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夜の訪問者

総合PV20万突破しました!

読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。

ささやかではありますが、感謝の気持ちを込めて、番外編第三弾でございます!

どうか楽しんでいただけますように……!

 誰もが寝静まった、静かな夜。

 王の執務机には、報告書の山ができていた。シュリーロッドの治世でできた綻びの山といってもいい。 

 ジェームスは目を通しても減らない書類の山に埋もれながら、いつになれば可愛い娘に会えるのか、と溜息を吐いた。

 そんな時、コンコン、というノックの音が聞こえ、ジェームスは書類から顔を上げた。

「ヴェールド男爵がお見えです。お通ししてもよろしいですか?」

 そう問うのは、シュリーロッドの近衛騎士であったベルゼンツだ。そして今は、ジェームスの近衛騎士である。ベルゼンツは近衛騎士であった自分にも責任があると言って厳罰を願い出たが、ジェームスはそれを断り、自分の騎士としたのだ。

「あぁ、かまわない。通してくれ」

 書類仕事ばかりだったから、少しは息抜きになるかもしれない。ヴェールド男爵であるグリエムを迎え入れるため、ジェームスは立ち上がった。

「こんな夜更けまで、精が出ますな」

 山積みになった書類を見て、グリエムは開口一番そう言った。

「えぇ。でも、休んでいる暇はありませんからね」

 今までずっと、自分は休んでいたようなものだ。皆の期待を知りながら、見て見ぬふりをしていたのだ。国王になったからには、もう休んではいられない。希望をくれた娘のためにも。

 ジェームスはグリエムをソファに座るように促し、自分も向かい側に座った。扉の近くには、ベルゼンツが待機している。

「ジェームス様が無理をしている、と皆、心配しております。特に、ティアレシア嬢が」

 その言葉に、ジェームスは苦笑を漏らす。たしかに、無理はしている。しかし、娘が整えてくれた舞台で国王という役目を担ったからには、無理をしなければやり遂げることができない。国民の混乱を、痛いほど理解していたのは、ジェームスだ。そして、同時に自分にかけられている期待にも、応えなければならない。

「毎晩、この執務室から灯りがもれているのを見かけますよ。ジェームス様、寝ていないでしょう」

「仮眠はとっているから心配いりません。そう、娘にも伝えてください」

 笑みを浮かべると、グリエムは怪訝そうな顔をした。

「それは、ご自分でお伝えくだされ。今日、わしがここに来たのは、ジェームス様を休ませるためです」

 ジェームスを叱りつけるように言って、グリエムは手に持っていた何かを取り出した。どん、とテーブルに置かれたのは、酒瓶だった。

「さあ、今夜は仕事を忘れて飲みましょうぞ」

 断る暇も与えられず、どこから用意してきたのか、グラスに透明な酒を注がれる。ジェームスがどうしたものか、と手に持ったグラスを覗き込んでいると、グリエムの怒声が聞こえてきた。

「ジェームス国王陛下は、わしの酒が飲めんとおっしゃるのか」

「い、いえ、そういう訳ではなく……」

「では、乾杯じゃ。ブロッキア王国の明るい未来に」

 かちん、とグラスがぶつかる音がした。

 強引にでも休ませようとするグリエムに真面目に返すのも馬鹿らしくなってきて、ジェームスは素直にその好意に甘えることにした。グリエムは、ジェームスよりも年上で、厳しいことも多く言われたこともあるが、こうしているとやはり頼もしい人だと思う。息子のブラットリーを厳しく、それでも真っ直ぐに育てあげたこの人は、父親としても立派な人なのだろうとジェームスは感心する。

「それにしても、懐かしいな。ジェームス様とエレデルト様が二人で支え合っていた時代が」

 グリエムは、兄の下に仕えていた。当然、ジェームスのことも知っていた。国境の防衛のために辺境へ自ら行くと言ったジェームスを推してくれたのは、グリエムだった。当時からずっと、グリエムはジェームスを気にかけてくれていた。エレデルトの治世には欠かせない存在だ、と。

「そうですね。でもまさか、自分が兄の座っていた椅子に座るとは思いませんでした」

 エレデルトが座っていた、王座という椅子。

 ジェームスは、優しかった兄を思う。

 兄が本気で怒ったところなど、数えるほどしか見たことがない。それも、自分のために怒るのではなく、他人の痛みを知って怒っていた。十数年前のカザーリオ帝国との戦も、兄がどれだけ苦悩して踏み出したか。人を傷つけたくないと願う兄だからこそ、兵士たちはその身体を張った。エレデルトへの忠誠心で、兵士たちは戦っていたのだ。そして、兄もまたその思いに応えていた。怪我をした兵士たちを見舞い、もう二度と戦争が起きないようカザーリオ帝国とは平和条約を結び、国内の安定に力を注いだ。そんな兄の努力を、一番見てきたのは、ジェームスだ。

 だからこそ、その兄の王座にふさわしくありたいと思うのだ。


「わしはずっと待っておったよ。クリスティアン様の悲劇があってから。それに……」

 グリエムはそこで言葉を区切り、ジェームスをまっすぐ見つめた。その藍色の双眸に強い何かを感じて、ジェームスは目がそらせなかった。

「エレデルト様は、この王国のことを一番理解しているのは弟の方かもしれない、と。だからこそ、国を任せるにふさわしい男だろう、と」

 それはまだ、跡継ぎである子どもがいない時のエレデルトの言葉だ。直系の長子である兄が次期国王となることは、生まれ落ちたその瞬間から決まっていた。しかし、エレデルトはジェームスの能力を高く評価していた。


『なあ、ジェームス。ブロッキア王国は広大で、とても豊かな国だ。この王国がこんなにも美しいのは、そこに住まう人々の心が満たされているからだ。つまり、私たち王族の役目は、王国の民の心を満たすことだ。決して、その心を枯らすためにあってはいけない』


 エレデルトが即位した時、王宮に集まった多くの民に笑みを向け、兄はジェームスにそう語った。その兄の言葉を胸に、ジェームスは今まで生きてきた。

 グリエムからエレデルトの言葉を聞いた今この瞬間、憧れの兄に国を託された、そんな心地がした。


(兄が愛したこの国を、私もまた、愛している。そして、民の心を満たすためには、私一人の力では足りない)

 その事実を、今ならすとんと受け入れることができた。少しだけ肩の力を抜いて、ジェームスはグリエムに笑みを向ける。

「私は、少し一人で頑張ろうとし過ぎたのかもしれません。ヴェールド男爵や、ブラットリー、他にも優秀な補佐官がいてくれるのに……」

 そう、ジェームスは一人ではないのだ。国王として、国の代表としての責務を負うからには、誰にも頼れないと思っていた。しかし、兄は一人ではなく、皆の協力を求めていた。だからこそ、ジェームスにも大切な国境を任せてくれたのだ。そして、それが信頼を強めることにもなる。

 酒の入ったグラスをテーブルに置き、ジェームスはグリエムに言った。

「ヴェールド男爵、あなたのお力を貸していただきたい」

 孤高の王などいらない。絶対王政など認めない。

 ブロッキア王国は、皆が笑って暮らせる優しい国を目指すのだ。

 だから、一人で頑張る必要はない。

 信じて、託す。大切なものを守るために。


「その言葉を待っていましたよ」

 グリエムがそう言って微笑むと、ベルゼンツが開けた扉から、雪崩のように人が転がり込んできた。

 ブラットリー、ヴァルト、フランツ、辺境から呼び戻した家臣たち……そして、ティアレシアまでいる。

「みんな揃って、どうしたんだ……」

「そんなの、お父様の力になりたいからに決まってるじゃない。なんでも一人でこなしてしまうから、みんな暇を持て余していたのよ。だから、みんな連れて来ちゃったわ」

 雪崩の山からいち早く体勢を立て直した娘が言った。その言葉に、まだ地面に転がっている者たちも、うんうんと頷いている。

 その様子を見て、ジェームスは破顔した。張っていた気が、いっきに緩んでしまった。今日はもう、仕事が手につきそうにない。

「そうか。そんなに暇なら、この書類の山を片付けてくれるか。明日の朝までだ」

 普通なら、こんな大量の仕事を任されれば嫌がられそうなものだが、皆、喜んで執務机に飛びついた。


(兄上、少しは私も兄上に近づけたでしょうか)


 カリカリとペンを走らせる音だけが響いていた静かな執務室には、今や夜の気配さえも明るくするような笑い声が響いていた。


読んでくださってありがとうございます!

楽しんでいただけたでしょうか。

20万PVを感謝して、誰々の番外編が読みたい! などのリクエストがあればできる限り答えたいと思います。

もしよければコメントくださると嬉しいです。

本当にありがとうございました。

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