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小さな我儘

いつも読んでくださる方、ありがとうございます!

今回は、新しい家族が増えております。

どうか楽しんでいただけますように。

 ふにふに、ふにふに……。

 やわらかくて、もちもちっとしたその頬に触れると、ふぇっ と声がした。


「うぅぅぅ、かわいいっ!」


 シュリーは何度目か分からない言葉をうっとりと紡ぐ。

 つい数日前に生まれたばかりの弟は、白い産着に包まれて、ほわほわと夢の中を漂っている。そんな弟の寝顔を見ているだけで、シュリーは幸せな気分になる。そのうち、見ているだけでは物足りなくなって、その白くてふっくらとした頬や小さな手に触れてみた。そうすると、もっと手放したくなくなって、自分の弟として絶対に守ってあげようと思うのだ。

 だって、今日はシュリーがお留守番で、弟のお守りなのだ。もちろん、広い屋敷内にはメイドたちもいるし、執事もいるから弟と完全に二人きりではない。しかし、シュリーは弟を任された姉として、しっかり面倒をみようと思っているのだ。そう、決してこれは愛でているだけではないのだ、と自分に言い訳をして。

「ルイス、あなたはどんな夢をみているのかしら?」

 弟のルイスは、父ルディ譲りの黒髪と黒い瞳を持って生まれてきた。顔立ちは、母ティアレシアに似ている気がする。美形家族だ、と誰かが言っていたのを聞いたことがあるが、自分はともかく、本当に弟は文句なしにかわいい。

 今まで、父や祖父がシュリーに必要以上に贈り物をする理由が漠然とだが分かった気がした。

「うん。こんなにかわいかったら、なんでもしてあげたくなるのもわかるわ」

 まだ三歳にして、シュリーはかなりしっかりしていた。

 家族だけでなく、騎士やメイドたち、ジェロンブルクの領民たちもみんな、シュリーに甘い。それはもう、シュリーが戸惑うほどに激甘だ。大事にされているのは分かるし、なんでも聞いてくれるのは嬉しいが、それによってみんなが大変な思いをするのではないかとシュリーはいつも心配になる。だから、そのことを母ティアレシアに相談したことがある。

『まあ。そんなことを気にしていたの。シュリーを愛しているから、何かしていたいっていうお父様やルディの気持ちも分かるけれど……。そうねぇ、だったら、シュリーがもらった幸せや嬉しいっていう気持ちをまた誰かに返していけばいいのではないかしら。でも、無条件に愛されるのが、子どもの特権でもあるのよ? そのことを、忘れないでね』

 愛しているわ。そう言って、母はいつも優しくシュリーを抱きしめる。時々、抱き合うシュリーと母に気付いて父までもが抱擁に混じってくる。それがまた、なんともいえない幸せをシュリーの胸に与えてくれる。

 こんなに自分ばかりがもらってばかりでいいのか、と不安になるくらい。

 だから、シュリーは絶対に自分からは何も望まない。今のままで十分幸せだし、これ以上の幸せなんて望んだら、きっと罰が当たってしまう。

「ふぎゃああっ」

 急に、ルイスが泣きだした。

「どうしたの、ルイス!」

 シュリーは慌ててルイスの身体をさする。いつも、母はルイスが泣きだしたらどうしていたっけ……。

「うぅ、ふえぇぇ……っ」

「え、どう、どうしたらいいの」

 赤ちゃんは泣くのが仕事だから、と母は笑っていたが、母がいる時にはすぐに泣き止んでいた。まるで魔法みたいに。

 そう考えて、シュリーはとっさにひらめいた。

「ほら、ルイス。おねえさまの方をみて」

 鳴き声が大きくなる一方のルイスの目の前で、シュリーはきらきらと輝く光の虹を生み出した。光に気付くと、ルイスはピタッと泣き止んで、きらきらと浮かぶ不思議な虹に興味津々だった。触れようと手を伸ばし、ルイスは笑顔になった。


 実は愛しい子ども達を窓の外からこっそり見守っていたティアレシアとルディは、飛び出しかけた足を元に戻して、二人で顔を見合わせた。

 ほっと胸を撫でおろし、ティアレシアがふふっと笑った。

「きれいな魔法ね。あなたのとは大違い」

「なんだと? 俺の魔力を受け継いでんだから、当然俺にもできるぜ」

「あら。シュリーみたいに優しい魔法なんて使ったことあったかしら?」

 いつも強引で乱暴だった過去を思い出し、ティアレシアはルディを見つめる。少しは昔の行いを反省してくれるだろうか。

「なんだ、昔の俺が恋しくなったか?」

 俺様なルディに、反省なんて言葉が通じる訳がなかった。余裕たっぷりに、にやりと笑みを向けられて、ティアレシアはむっと口を尖らせる。

「そんなかわいい顔して、何されても文句言うなよ?」

 その一言が耳に届いた直後には、ルディの顔が目の前に近づいていた。もう、と溜息をつきたくなるが、ティアレシアに避ける理由はない。もう、と思いながらも、ティアレシアはルディのキスに応えた。

「あっ。おかあさま、おとうさま! いつの間にかえっていたの?」

 二人の世界に入っていたために、シュリーの目線が窓に向いたことに気付かなかった。らぶらぶな両親を見慣れているので、シュリーもあえてそこを突っ込んだりはしない。

「おかあさま、おとうさま、おかえりなさい」

 花が綻ぶような笑顔でそう言われ、ティアレシアとルディも愛する娘に心からの笑みを向けた。



「あのね、それでね、ルイスが泣いてた時に、わたしがこうしてね、こうしたら笑ってくれたの!」

 子ども部屋のベッドで、シュリーは今日の出来事を話す。ティアレシアはベッドの側で眠るルイスを抱いて、シュリーの話を聞いていた。ルディは、仕事で王城に出かけていた。毎晩、子どもたちが眠る姿をみていないと落ち着かないというルディは、夜に呼び出しに来たフランツにかなり八つ当たりしていた。

「それはすごいわね。これからルイスが泣いた時はシュリーに側にいてもらおうかしら」

「うんっ! わたし、ルイスとおかあさまのために頑張るわ」

「シュリーはもう立派なお姉様ね。でも、ルイスのことだけじゃなく、シュリーも甘えていいのよ」

 ティアレシアの言葉を、シュリーはきょとんとして聞いていた。ティアレシアはシュリーの額にキスをして、にこっと笑う。

「お母様とお父様はね、シュリーの笑顔が大好きなの。かわいくて仕方がないの。だからね、少しくらい我儘を言ってもいいのよ」

 シュリーは、駄々をこねて怒ったことも、無茶な要求をしたこともない。今のところ、反抗期という反抗期もなく、ティアレシアは心配だった。まだ三歳なのに聡く、物分かりのいい娘をみていると心配になる。いつか、その溜めこんだ感情が溢れ出すのではないか、と。

「……ほんとに、いいの?」

 不安そうに見上げるダークブルーの瞳に、ティアレシアは大丈夫だと頷いてみせる。すると、恐る恐る、という風にシュリーが口を開いた。


「……もっと……一緒にいてほしい。おとうさまと、おかあさまと、ルイスと、もっと一緒にいたいの」


 ティアレシアは、その言葉にはっとした。

 ここ最近、年度の変わり目ということもあり、仕事が忙しかったのだ。ティアレシアは妊娠中で屋敷にいたが、その分ルディが離れていた。今日はこれから仕事で屋敷を開ける時のために、自分達が留守の間のシュリーとルイスが大丈夫かを見るためにこっそり見守っていた。しかし、そんな先を見越した親心よりも、寂しいと感じさせてしまっていたことに気付くべきだった。ティアレシアは、ルイスを抱いていない方の腕で、シュリーをぎゅうっと抱きしめる。

「こんな可愛い我儘なら、毎日でも言って頂戴。お父様に言ったら、きっとすっ飛んで帰ってくるわよ」

 ふふふっと冗談めかして笑ってみせたが、ルディなら本気で帰ってきそうだ。ティアレシアは仕事中のルディにこの声が届いていませんように、と心で祈っていたが、離れていても常にティアレシアと子どもたちのことに気を張っているあのルディに届いていないはずがなかった。


「シュリーっ! お父様が帰ったぞ‼」


 ティアレシアとルイスごと、ルディはシュリーを抱きしめる。内心で、ティアレシアは呆れていた。どこまで親ばかなのか。自分もルディのことは言えないのだが、そんなことをしみじみ思う。悪魔は地獄耳だ、ということも最近になって実感している。

「寂しい思いをしてたんだな。ごめんな。もう絶対、シュリーの側から離れたりしない!」

「うぅ、おとうさま、くるしいっ……」

 あまりに強く抱きしめられていたせいで、シュリーの顔がむぎゅうっと歪んでいる。それを見て慌てて腕を離し、ルディはシュリーの頭をなでなでしはじめた。

「シュリー、お前はかわいくてかわいくて、とんでもなくかわいいから、どれだけ甘えてもいいんだぞ」

 ルディは優しい父親の顔になって、シュリーに微笑みかける。いつもどこまで甘えてもいいのかと線引きを考えてしまうシュリーにだから、どれだけ甘えてもいいと言えるのだ。優しいシュリーが、胸に溜めていく小さな我儘を口に出せるように。

「おとうさま、おかあさま、ありがとう。でも、わたしのせいでおしごとをさぼっちゃだめだよ」

 最後の一言は、真っ直ぐルディに向けられていた。娘に見抜かれている。くすりと笑えば、少し罰が悪そうにルディが頭をかく。

「シュリー、仕事も大事だがな、俺にとっちゃお前達家族が一番なんだ。そのために、めんどくさい仕事もやってるんだ。シュリーがやめろっていうなら、今すぐやめてもいいんだぞ」

 本当に正直に話しやがった。ティアレシアはギロリ、とルディを睨むが、ルディは知らぬ顔。

「だめ。わたしがおてつだいできなくなるじゃない。一緒にいたいから、わたしもいっぱいおべんきょするの」

 その言葉には、ルディだけでなくティアレシアも驚いた。自分の側にいてもらうのではなく、両親の仕事が手伝えるように勉強して側にいようと考えていたことなど、まったく思ってもみなかった。

「そうね。それなら、絶対に辞めちゃだめよ。娘のお手本になって頂戴ね」

 ティアレシアは、いつもサボる隙ばかりを伺っているルディに目を向ける。娘の言葉には絶対服従のルディだ。当然のごとく、苦しそうな顔はしつつも、シュリーのために、と重く頷いた。

「あ、あぁ。当然だ。シュリーが俺の仕事っぷりに『お父様すごい! かっこいい! 素敵!』と目をキラキラさせる未来が見えるっ!」

「いまのおとうさまも、いつもおしごとがんばってて、すごいとおもうの。かっこいいおとうさまのこと、大好きだよ」

 追い打ちをかけたのは、このシュリーの一言であった。

 今もまさに仕事を放りだして屋敷に帰ってきたルディは、シュリーに愛してるとキスを落とし、ぎゅっと抱きしめてまた王城へと戻って行った。

「シュリー、よかったわね」

「うん!」

 ルディの顔を見れただけで、ぎゅっと抱きしめられただけで、シュリーはとても満ち足りた顔つきになっていた。


 それから少しして、シュリーはすうすうと安らかな寝息を立てはじめた。幸せそうに眠る娘の頬に、ティアレシアはそっとキスを落とす。

 少しでもいいから、家族の時間を毎日つくるようにしようとティアレシアは決めた。

 きっとルディも、だらだらと片付けていた仕事を短時間でバリバリとするようになるだろう。ルディはかなり能力が高い。めんどくさいと言って手をつけていないものがあるだけで、実はやればすぐだったりする。家族で出かける時なんかには、必ずすべての仕事を終わらせてくるのだ。できないとは言わせない。

 だから、もうシュリーに寂しい思いはさせなくて済むだろう。ただし、重度の親ばかを発症しているルディの相手をすることにシュリーが疲れなければいい。

 心配ごとは数えだしたらキリがないが、愛する家族が側にいてくれるだけで、ティアレシアは何の問題もないと思える。


「私が幸せなのは、あなたたちのおかげよ」


 眠る二人の我が子の手を握り、ティアレシアもこの日は子ども部屋で一緒に眠った。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

大好きな子どもたちと一時も離れたくない、と駄々をこねてティアを困らせているのは他ならぬルディでございます。それに比べて、なんと物分りのいい子なのでしょう、シュリーちゃん。ほんとにあなた3歳?と書いていて自分でも驚きです。

ありがとうございました!


奏 舞音

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