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娘の愛

いつも読んでくださる方、本当にありがとうございます。

感謝の気持ちを込めた番外編、楽しんでいただけますように。

 どこにいても、波の音が聞こえる。潮風に髪が揺られ、ティアレシアは自然と笑みを浮かべていた。

 その視線の先には、三歳になる娘を抱いて浜辺を歩く夫の姿がある。秋の夕暮が、二人をやんわりと包み込む。


「シュリー、ここにも綺麗な貝殻があるぞ」

「ほんとだ~! パパすごぉいっ!」

 ぱちぱちと小さな手を叩いて、シュリーが喜んでいる。ルディが手にした白い小さな貝殻を手に、シュリーが笑う。

 伸びてきたシュリーの白金の髪は、そのまま背に下ろしている。ふわふわの巻き毛は、シュリーの愛らしさをより一層引き立てていた。


「ちきしょ~、ほんとかわいいなぁシュリーは!」

 ルディは緩みきった顔で、シュリーのもちもちのほっぺに頬ずりをする。そんなデレデレの父に、シュリーは嬉しそうに笑っている。

 ちゅっと頬にキスを落とし、ルディはティアレシアに手を振った。それも、シュリーの小さな手を使って。

 そんな二人が愛おしくて、ティアレシアは思わず立ち上がり、二人の側へ行こうと足を踏み出す。

 しかし。


「ティア! お前は動くな!」

 あっという間に距離を詰められて、ティアレシアはふかふかのクッションを敷いた椅子の上に座らされる。

「もう、少しくらい大丈夫よ」

 丁寧にお腹にショールまでかけてくれた夫に、ティアレシアは抗議の視線を向けた。実は今、ティアレシアのお腹には二人目の子どもがいる。まだ、お腹は膨らんでいない。女の子かも男の子かも分かっていないが、ティアレシアは男の子ではないかと感じている。

 妊娠中のため、またもやルディはシュリーを溺愛しつつもティアレシアの行動に敏感になっている。

「駄目だ。なあ、シュリー?」

「だ~めっ」

 ルディは完全にシュリーを味方につけていた。かわいい娘にそんな風に言われては、ティアレシアの方が我儘を言っているような気がしてくる。手を伸ばして、ティアレシアはシュリーの頭を優しく撫でる。すると、シュリーはもっと、というようにすり寄って来た。

(あぁ、我が子ながら可愛すぎるわ)

 ぎゅうっとシュリーを抱きしめると、何故かシュリーごとティアレシアはルディに抱きしめられていた。

 

 ティアレシアたちがどうして海に来たのかというと、時は数日前に遡る。


  *


「ママ、これ、なあに?」

 絵本が大好きなシュリーのために、毎晩ティアレシアとルディは絵本を読み聞かせていた。二人でシュリーが寝るまで絵本を呼んで、おやすみのキスをする。それが、家族の日課だった。

 そんなある日、新しくジェームスが買って来てくれた絵本を見て、シュリーが言った一言がきっかけだった。

「これはね、海よ」

 人魚姫が出てくるその絵本の表紙には、青い海が描かれていた。シュリーはまだ、海を見たことがない。王都を流れるテーリャ河なら、何度も目にしていたが。

「……うみ、いきたい」

 周囲にたっぷり過ぎる愛情を捧げられていたシュリーは、自分が望むよりも先にすべてが近くにあった。

 しかし、こればかりは近くにない。

 王都ローゼクロスは内陸にある。海のある地域までは遠い。

 現実的にすぐには無理かもしれないと考えていたティアレシアを余所に、ルディが笑顔で宣言した。

「よし、じゃあ海に行こう」

 もちろん様々な問題はあれど、シュリーが口にすれば何でも叶えてあげたいのがルディだ。

「ちょっと、仕事はどうするの!」

 ティアレシアの夫となったルディにも、当然仕事が与えられている。国王となったジェームスに代わって、ジェロンブルクの地はティアレシアとルディが治めている。それはシュリーを穏やで優しいジェロンブルクの土地で育てたいというティアレシアの希望もあったからだ。王族であるティアレシアたちが会議や視察等の予定を自分たちの都合で勝手にキャンセルなんてできない。しかし、ルディは平然と言った。

「フランツに押し付ける」

「……はあ?」

 ティアレシアは、開いた口が塞がらなかった。

 フランツも、ティアレシアの護衛としてジェロンブルクの公爵邸に住んでいる。時々、恋人のジェシカが遊びに来てシュリーの子守をしてくれたりもする。フランツもジェシカも家族同然だ。

 しかしだからといって、仕事を押し付けてもいいはずがないではないか。久々にティアレシアはかちんときた。


「ルディ、ちょっといいかしら?」

 シュリーの目の前で喧嘩をする訳にはいかない。ティアレシアは笑顔を浮かべてルディを部屋の外に連れ出した。

「あなた何考えてるの! フランツだって忙しいのよ? 私たちの勝手に付き合せられないわ」

「そんなことは分かってる。だが、畑は十分収穫が見込めそうだし、災害の予兆もない。貴族たちからの会議の予定だってここ数日はない。今あるのは雑務だけだ。フランツは俺の副官という立場でもあるんだし、任せてもいい案件ばかりだ。そうカリカリするなよ」

 ティアレシアの怒りを受け流して、ルディは嫌らしいくらい整った顔で優しく笑う。

 そして、ティアレシアをそっと抱き寄せて、囁いた。

「ティアにも、息抜きが必要だろう?」

 本気で気遣うルディの言葉に、ティアレシアはもう頷くことしかできなかった。



 そんな訳で、ティアレシアたちは海を見にヴェリエナ地方にやってきた。肌寒い秋にくる観光客は少ないらしく、海辺はかなり空いていた。港の方は漁師や商人たちで賑わっているのか、活気のある声が行き交っている。


「うわあっ」

 初めて見る海に、シュリーは大きな瞳を輝かせていた。その表情が見られただけでも、連れてきてよかったと思う。

 長時間の馬車の移動ではあったが、ルディが魔力を使って衝撃を和らげてくれたので身体に負担はまったくなかった。

 それなのに、ティアレシアは何故か椅子に座らされ、二人が楽しんでいる様子を見ているだけとなってしまった。ルディ曰く、海には危険が多すぎる、らしい。

「パパはいいわよねぇ。かわいい娘と二人で遊べて」

 いじけて、ティアレシアはお腹にいる子どもに話しかける。まだ膨らんでいないお腹からは、返事は届かないが、きっと同意してくれているに違いない。

「まあ、見ているだけでも幸せなんだけどね」

 無邪気に笑うシュリー、デレデレにゆるみきったルディの笑顔。楽しそうな二人を見ているだけで、ティアレシアの心も楽しくなる。



   *


「遊び疲れたのね」

 両手に桃色と白色の貝殻を持って、シュリーはすやすやと寝息を立てている。ティアレシアは、そんな娘の頭を起こさないよう優しく撫でる。

「なんで海に行きたかったのか、今日シュリーが言ってたぜ」

 幸せそうに頬を緩めて、ルディが言った。

「あら、海を見たかったからじゃないの?」

 ティアレシアが首を傾げて問うと、ちゅっと軽くキスされた。いきなりすぎる。

「ママに元気な弟を生んでほしいから、だとよ」

「えっ?」

 思わず、ティアレシアはシュリーの寝顔を見た。

「今日集めた貝殻は全部、ティアと生まれてくる子のためのお守りなんだと」

 こんな小さな身体で、ティアレシアと生まれてくる子どものことを想ってくれていたのだ。甘えられるだけ甘えてもいいのに、シュリーはあまり我儘を言ったりしない。しかし、シュリーが言ったことすべてを実行したい父親と祖父、メイドたちがいるために、シュリーが色々と要求しているように見えるだけだ。そんなシュリーがはっきりと口にした望みは、いつも誰かのための望みだったような気がする。

(よく、似ているかもしれない……)

 クリスティアンに。しかし、シュリーはクリスティアンとは決定的に違うことがある。それは、ティアレシアとルディが絶対にシュリーを守るということだ。この、愛情に溢れた優しい娘を、誰にも傷つけさせない。人間の暗い部分なんて、闇なんて見せたくない。きっと、父もそうだったのだろう。それでも、クリスティアンは王女だったから、国を背負うために知るべき闇もあった。それ以上の闇と裏切りによって、クリスティアンは死んでしまったけれど。


「ふふ、シュリーったら、本当にいい娘だわ」

 ちょっぴり切なくて、それでもとても嬉しくて、幸せで、ティアレシアの目からは涙がこぼれてくる。その涙の意味を理解したのかしていないのか、ルディは優しい口付けを目元に落とし、涙をなめとる。

「あぁ。俺たちの子だからな」

「そうね」

 ふっと笑みを零し、ティアレシアはルディの胸にもたれかかった。当然のように受け入れてくれるその広い胸に、ティアレシアは安心して身体を預ける。

「ルディ、愛してるわ」

 いつもルディが先にくれる言葉を、ティアレシアは心を込めて紡いだ。

ルディでなければ、ティアレシアはこんな幸せを掴めていなかっただろう。人を惑わす悪魔なのに、クリスティアンのためにその魔力をくれた。ちゃんと、復讐に付き合ってくれた。そして、クリスティアンごと、ティアレシアを愛してくれた。

 可愛い娘も生まれて、持てるはずがないと諦めていた自分の家族ができた。もうすぐ、また一人家族が増える。ルディの愛があったから、ティアレシアの今の幸せがある。未来の幸せも、きっとルディがくれる。

 だから、安心してティアレシアはルディに甘えられる。すべてを委ねられる。シュリーが普通とは違うのだと気づいた時も、ルディがいるから心配はないと思えた。


「俺も、愛してるよ。今すぐ奪い尽くしたいくらいに」

 強引な愛の言葉とは裏腹に、ルディは優しいキスの雨を降らせる。優しく、ついばむような甘いキス。ルディの愛に包まれているのだと実感させてくれるこのキスが、ティアレシアは大好きだ。


「ありがとう、ルディ。海に連れてきてくれて」


「お安い御用だ。二人のお姫様のためなら」


 そう言って、ルディは眠るシュリーとティアレシアにおやすみのキスをした。


読んでいただきありがとうございます!

いかがでしたでしょうか。

シュリーは意外と我儘娘にはならなかったようですよ。周囲が勝手にいろいろと先回りして叶えちゃってますが。

でもまあティアの子ですから、冷静な部分でこれはやばいと気づいているのではないでしょうか(笑)

二人目は弟だと確信しているティアとシュリーちゃんです。

女の子だったとしても愛しぬくでしょうけども、二人目はティアの直観通り男の子です。

どんな息子さんになるのでしょうね。また時間がある時に書きたいなと思います。

これからも、どうか応援よろしくお願いします。


奏 舞音

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