贈り物合戦
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きゃっきゃとはしゃぐ声が部屋に響く。
「本当にシュリーはかわいいなあ」
孫を目の前にして、ジェームスは相好を崩す。ティアレシアが子どもの時も、こうやって優しい笑顔で甘やかしてくれたものだ。自分の子ども時代を懐かしく思いながら、ティアレシアは腕に抱く小さなシュリーをジェームスの手に預ける。
「べろべろば~っ」
一国の国王であるジェームスといえど、可愛い孫の前ではただの甘いおじいちゃんだ。しかしながら、ジェームスは五十代。まだおじいちゃん、という歳でもないような気がする。ジェームスに抱き上げられ、きゃっきゃとはしゃぐ娘の姿に、ティアレシアは自然と頬が緩む。それでも、今日こそは言わなければいけない、とティアレシアは心を鬼にしてどろどろに甘い顔をしている父に向き合った。
「お父様、シュリーを可愛がってくださるのはとても嬉しいのだけれど……もう贈り物はいらないわ」
シュリーのための子ども部屋には、溢れんばかりの箱があった。子ども用の服や玩具が山のように積まれている。これはすべてジェームスからの贈り物だ。出産祝いの時にはティアレシアにも多くの贈り物をくれたが、ジェームスが会いに来る度にシュリーへの贈り物が増えていく。
「何を言ってる。シュリーは喜んでいるだろう? なあ、シュリー?」
べろべろば~っとジェームスは孫娘に変顔を披露している。シュリーは好奇心旺盛な性格なのか、何にでも興味を示し、楽しそうに笑う。人見知りをしないため、人を怖がって泣くことはない。しかし、怖いもの知らずのようなところがティアレシアは少し心配だった。
(まあ、父親が悪魔ですものね)
今はまだ、怖いものなど本当にないのかもしれない。シュリーの周りには、優しい愛が溢れていて、誰も彼女を傷つけたりはしないのだから。
しかし問題は、その父親だ。
「そういえば、ルディはどうした?」
ジェームスがシュリーをあやしながら問う。ティアレシアは呆れながらも、正直に答えた。
「王都へ出かけているわ」
「それはまた……どういう風の吹き回しだろうね」
だいたいの事情は察しているだろうに、父も意地が悪い。ティアレシアはもう、と頬を膨らませた。
「お父様のせいですわ。シュリーのための贈り物で、ルディを挑発しないでください」
「ははははっかわいい娘をとられたんだ。これぐらいは許して欲しいな」
ティアレシアを溺愛してくれていたジェームスだ。ルディとの結婚は認めてくれたが、やはり面白くない部分もあるのだろう。将来、ルディもジェームスと同じようにシュリーの恋人に対して何かするに違いない。シュリーが生まれたその日にすでに宣言していたのだから。
ジェームスの贈り物を、シュリーは素直に喜んでいる。しかしそれが、ルディにとって面白くないようだった。ジェームスの贈り物以上の物でシュリーを喜ばせようと奮闘している。そしてまた、ルディの贈り物を見たジェームスが、次に来た時にさらに良い物を用意してくる。
そういう訳で、シュリーの部屋にはもう入りきらない贈り物の数々が別の部屋に保管されている。
当のシュリーは自分を巡って父親と祖父の争いが起きていることは知らず、かわいい笑顔を皆に向けている。白金の輝きを持つふわふわの髪に、ダークブルーの大きな瞳。愛らしいほっぺをもつシュリーは天使のようだ。
誰もが、その透明な笑顔の前では無力になる。シュリーの笑顔を見て、微笑まない人間はこれまでにいなかった。あのチャドでさえ、シュリーに会わせたらぎこちなくも頬を緩ませ、「なんでこんなに可愛いんですか」などと口を尖らせていた。彼の記憶はまだ戻っていないようだが、教会でしっかりと働いてくれている。ルディは記憶喪失なんて演技に決まってる、と怒っていたが、ティアレシアはどちらでもかまわなかった。チャドがチャドとして存在してくれているなら、それでいい。
「それじゃあ、そろそろ戻るよ」
ジェームスはいつも、公務の合間を縫ってシュリーに会いに来てくれている。今日もこの後会議があるらしい。ティアレシアはシュリーを抱き直し、父に笑顔を向けた。
「えぇ。ブラットリーとフランツによろしく伝えて」
ブラットリーは言わずもがな、王城グリンベルでジェームスの仕事を手伝ってくれている。しかしティアレシアの近衛騎士であるフランツもまた、王城にいた。
現在、まだティアレシアはバートロム公爵家で暮らしている。この屋敷では護衛は不要、とティアレシアはフランツに暇を出した。それというのも、フランツは年下の彼女ジェシカとデートらしいデートをしていない上に、ティアレシア優先でまったく仲を進展できていないという。だから、ジェシカのためにも、ティアレシアはフランツの背を押したのだ。もっと恋人らしい時間を持ってあげなさい、と。さすがに真面目なフランツは毎日恋人と過ごすことを良しとしなかったため、王城の新人騎士たちの教育係を頼んだ。聞くところによると、ジェシカは毎日フランツに差し入れをし、着実に距離を縮めていっているらしい。近いうちに、フランツから結婚の報告を聞けるかもしれない。大切な友人であるフランツの恋がうまくいきますように、とティアレシアは心の中で祈る。
父を見送ると、キャシーをはじめとするメイドたちが贈り物の箱をせっせと片付けはじめる。毎日のように増える贈り物は、一度シュリーに遊ばせてから、孤児院に寄付することにしていた。そして、それをジェームスとルディも知っている。だからこそ、大量に玩具や衣服を贈ってくれるのだが、二人にとって重要なのはどちらがよりシュリーを喜ばせられるか、ということだ。
「贈り物合戦、いつまで続くのかしらねぇ」
かわいい娘の小さな手を握り、ティアレシアは愛すべき困った二人のことを思い浮かべた。
「あ~うっ」
純真無垢な瞳で、シュリーがティアレシアの声に返事をする。
「シュリーはお父様もおじいちゃまのことも大好きなのにねぇ」
幸せを噛みしめながら、ティアレシアはシュリーをあやす。そのうち、遊び疲れたためか、シュリーはぐっすり眠ってしまった。シュリーをふかふかのベッドに寝かせ、ティアレシアも側の安楽椅子で少しまどろむ。
「ティア! シュリーっ!」
夢の世界に足を踏みいれかけた時、大きな音で扉が開かれた。結婚前は全身黒でクールにキメていた夫は、今や黒スーツに白いフリフリエプロンが板についてきた。勢いよく帰ってきたルディの手には、予想通り、大量の箱が抱えられていた。
「またそんなに買ってきたの? じゃなくて、シュリーは今寝たばかりなの。静かにして頂戴!」
慌ててティアレシアはルディに駆け寄った。その言葉を聞いて、ルディは残念そうに肩を落とす。
「そうか……。もう寝ちまったか」
絶対にシュリーを喜ばせる! と意気揚々と出て行った夫の姿を思い出し、ティアレシアは優しく声をかける。
「また明日、シュリーに見せてあげましょ?」
「そうだな。シュリーが寝たってことは、今からは夫婦の時間だよな?」
せっかく慰めようとしていたのに、ルディは意地悪く笑ってティアレシアを抱きしめる。もちろん、大切な贈り物は丁重に床に置いて。
いつの間にかルディの腕に抱えられて、ティアレシアはシュリーの部屋を出ていた。
「シュリーのこと、頼むな」
通りすがりにメイドに声をかけ、ルディは夫婦の部屋へと入って行く。
「ちょっと! 降ろして! シュリーの側にいてあげなきゃ」
「大丈夫、大丈夫。俺たちの子はそんなにやわじゃねぇよ」
強引にベッドに横たえられ、ティアレシアはむうっとルディを睨む。
「ほら、目ぇ閉じろ」
ルディに言われるままに瞼が落ちてしまう。シュリーを独りにはしておけないのに、そう思いながらも、ルディの優しい手に頭を撫でられてティアレシアの意識はふわふわと落ちていく。
「ようやく寝たか……ったく、休む暇もなく四六時中シュリーの側にいて、無理しすぎだ」
ティアレシアの疲れた寝顔を見て、ルディが呟いた。ティアレシアは、孤独にしたくない、という思いから、寝る間もなくシュリーの側に居続けた。もちろん、ルディがシュリーの面倒をみている間はティアレシアが休むこともあるが、ティアレシアは片時もシュリーから離れようとしなかった。ティアレシアを庇って死んだシュリーロッドのこともある。自分が側にいなくてはいけない、という強迫観念がどこかにあるのだろう。
しかし、何のために乳母やメイドたちがいると思っているのだ。シュリーだって、母であるティアレシアが無理ばかりしていたら心配してしまうだろう。
「俺たちの子は、独りにはならねぇよ」
そう耳元で囁くと、眠っているティアレシアの表情が和らいだ。かわいいその寝顔に、ルディは思わずキスを落とす。
そして、疲れているティアレシアのために買ってきた、リラックス効果があるというお香を部屋に焚く。
「ぐっすりおやすみ、眠り姫」
もう一度だけティアレシアに口づけて、ルディは愛する娘の部屋へと向かった。
読んでいただきありがとうございます。
シュリーはみんなに可愛がられています。ルディもメロメロでございます。自分が父親だから堂々としていればいいものを、対抗心メラメラでシュリーに贈り物を贈りまくっています。ジェームスも娘婿に負けじと贈りまくります。ティアレシア大変ですね。いや、一番大変なのはキャシーたちか。
この贈り物合戦はシュリーが大きくなっても続くでしょうね。何せ美人になりますから。美人といえば、シュリーの容姿はティアの銀髪とルディの黒い瞳を受け継いで、白金の髪とダークブルーの瞳となっております。性格はルディよりかもしれないですよ……!
なんだか書いていたら楽しすぎて、この二人の子どもたちを主人公にした作品を書きたいなぁと思いはじめております。いくつか連載作品を抱えているのですぐには無理かもしれませんが……。
いつも応援してくださる方がいてこそ、書いていられます。
本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願いします。
奏 舞音