小さな祝宴
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本当にありがとうございますm(__)m
これからも頑張りますのでよろしくお願いいたします。
読者の皆様への感謝の気持ちを込めた番外編、お楽しみいただけますように……!
新国王誕生で、ブロッキア王国内は活気に溢れていた。もう、〈悪魔の女王〉の目を気にしなくてもいい、という解放感に、国民は酔いしれていた。そしてまた、革命に参加した者たちも勝利を噛み締めていた。
しかし、その革命の中心を走っていたのが十六歳の少女だということは、一部の人間しか知らない。ほとんどの国民が、ジェームスによる革命だと認識している。
そして、人知れず革命を引き起こした張本人ティアレシアは、王城グリンベルのバルコニーから王都のお祭り騒ぎを眺めていた。
「夜風は冷えます。そろそろ中に……」
少し冷えた夜の風に銀色の髪を遊ばせていたティアレシアに後ろから声をかけたのは、正式に近衛騎士となったフランツである。
「そうね」
王都の賑わいに目を細め、ティアレシアはフランツに頷いた。
「あら、これは?」
バルコニーから室内に戻ると、テーブルの上に何やら箱がたくさん積み上がっていた。
「ジェロンブルクの領民たちから祝いの品だとよ」
箱から中身を取り出しながら、ルディが答えた。ルディの手には、赤く熟した林檎が握られている。そして、そのまま彼は齧り付く。
「やっぱジェロンブルクの林檎はうめぇな」
「ちょっと、何一人で食べているのよ」
「お前も食うか?」
そう言って、ルディがティアレシアの前に差し出してきたのは、手に持った齧りかけの林檎ではなく、自身の舌の上に乗った林檎だった。要するに、ルディの舌に乗せられた林檎を食え、ということらしい。バカバカしい、とティアレシアはルディを無視してテーブルへ近づく。
「ルディ、ティアレシア様に対してなんて無礼を……! それに、どうして『お前』だなどと気安く呼べるんだ! お前はティアレシア様の侍従だろう」
「お堅い騎士様と違って、俺はお嬢様とこの林檎のように赤く情熱的な関係ですので、別に問題ありませんよ」
「な、何を……ティアレシア様、本当にどうしてこのような男を侍従などにしているのですか!」
この二人は、顔を合わせれば必ずといっていいほど言い合いになる。そんな二人の仲裁をすることはもう、ティアレシアは諦めていた。
「残念だったな。ティアレシアは俺なしでは生きられないんだ」
顔を真っ赤にして抗議するフランツを、ますます挑発するようににやりと笑って、ルディは優しく林檎に口づける。どこか色気を含んだその行為に、ティアレシアの胸はどくんと跳ねた。
(まさか、いつも私に口づける時、あんな顔してるんじゃないでしょうね……)
誰もがうっとりと見惚れてしまうような、甘い表情。人を魅了する悪魔だから、尚更たちが悪い。ルディからの口づけは不意打ちが多いが、たいていティアレシアは反射的に目を閉じてしまう。だから、ルディがどんな表情でティアレシアにキスをしているのか、見たことはなかった。
「……なぁ、ティアレシア?」
ただでさえ、ルディの行為にどきまぎしているというのに、低く痺れるような声音で名を呼ぶものだから、ティアレシアの心臓は暴れまくっていた。
「う、うわぁ……葡萄まであるわよ。おいしそう!」
この状況をどう処理していいか分からなかったため、ティアレシアは何も聞かなかったことにした。
「えぇ! 本当においしそうですね!」
フランツも、乗っかって来た。彼も彼で、色々と耐え切れなかったのだろう。二人で箱の中にある果物やら野菜やらを見てさきほどまでの変な空気を誤魔化す。変な空気を作り出していたルディはといえば、つまらなそうに林檎を口に運んでいた。その様子が妙に艶めかしくて、ティアレシアは視界に入れまいと果物だけに集中する。
そうしてすべての中身を広げると、何やら宴会ができそうなくらい大量の食糧がテーブルに乗っていた。
「王都でもお祭りムードだし、私たちも祝宴でもしましょうか」
その一言で、小さな祝宴が開かれることになった。
「新国王ジェームス陛下に、乾杯!」
タイミングよく王城グリンベルにいた、ブラットリーとカルロを捕まえて、祝宴ははじまった。ジェロンブルク産の林檎や葡萄などの果物は豪勢に皿に盛られ、パンやチーズ、葡萄酒の瓶がテーブルに並んでいる。
「カルロ、病院に復帰したと聞いたけれど、身体はもう大丈夫なの?」
「えぇ、問題ありません。それに、じっとしている方がかえって身体によくない気がして」
そういって、カルロは紫の瞳を細めて笑う。
「医者が身体壊してちゃ世話ねぇからな。あまり無理はするなよ」
ブラットリーが葡萄酒をあおりながら、カルロに笑いかける。
「えぇ、カルロに何かあっては患者さんたちが困ってしまうわ」
ティアレシアの言葉に、フランツも強く頷く。彼もまた、カルロに救われた患者の一人だ。
「でも、またこうして皆で笑い合える未来があるとは思いませんでした」
カルロの言葉は、ここに集まった皆の気持ちだった。十六年前、彼らは一度すべてを諦めたのだ。しかし、生きて再び王国のために生きようとしている。
「みんな……ではなかったですね」
小さな声で付け足されたその言葉もまた、皆が等しく心に抱えているものでもあった。彼らが守ろうとした命は、十六年前に奪われた。
いつの間にか、祝宴のはずなのにお通夜のように暗く重い空気になってしまった。そんな空気をぶち壊してくれたのは、ルディだった。
「おっさん共が揃いも揃って辛気臭ぇ面するなよ。酒がまずくなるぜ」
国王の側近になったブラットリーと、王宮医師カルロ、護衛騎士のフランツ、という侍従という立場からすれば目上の彼らに対して、あまりにも失礼な物言いだった。三人共、一瞬時を止めたかのように固まった。そして、一斉に笑い出す。
「はははっ……確かになぁ。俺ら、もうおっさんになっちまったんだなぁ」
と、ブラットリーは腹を抱えて笑っている。
「おっさんは、ブラットリー様だけじゃないですか?」
笑いをかみ殺して、珍しくフランツが冗談めいたことを言う。
「いえいえ、皆さんおっさんですよ。ティアレシア様からすれば」
と、カルロが微笑む。
ティアレシアが口を挟む間もなく、ブラットリーたちは笑い合っている。
「……それに、クリスティアン様はみんなが笑って暮らせる王国を目指してたんだ。笑ってなきゃ、クリスティアン様に怒られちまうな」
笑みを残しながら言ったブラットリーの言葉に、フランツもカルロも笑顔で頷いた。
「ティアレシア様、どうしたんですか?」
笑い合う三人の様子を見ていたティアレシアに、フランツが心配そうな顔を向ける。
「どうした、ティアレシア嬢」
「気分でも優れないのですか」
などと、ブラットリーとカルロも、ティアレシアを見つめている。
感情的になることが少ないティアレシアが、泣いていたからだ。
泣くことは我慢していたのに、三人を見ているとどうしても我慢ができなくなった。
「なんでも、ないの」
クリスティアンの魂を持って生まれ変わったなんて、言える訳がない。でも、クリスティアンを守り、信じてくれた彼らが、ティアレシアの側にもいてくれることが、こんなにも嬉しいなんて。
また、みんなで笑い合える未来。
クリスティアンはここにいる。その未来は、実現している。
ティアレシアは涙を拭って、笑みをつくった。
「みんな、本当にありがとう」
言葉にすれば、たった一言の感謝。
それでも、その言葉に込められるだけの想いを込めて、ティアレシアは笑った。
クリスティアンだった時のような、純粋無垢な笑顔で。




