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チョコレートタイム

2/14 ハッピーバレンタイン!

ということで、番外編です。

楽しんでいただけますように……

 どこの異国の風習か、2月14日のバレンタインデーには好きな人にチョコレートを贈って気持ちを伝えるらしい。



 そんな話を、王都に出ていたティアレシアは耳にした。


「ティアレシア様、今の話はまともに聞かない方がいいですよ。チョコレートを売りたいというこの店の策略です」

 後ろから、護衛のフランツが耳打ちしてくる。目の前には、甘い匂いを漂わせ、宝石のようにきらきらしたチョコレート菓子が並んでいる。そして、にんまりとティアレシアにチョコレートを売り込もうとする店主がいる。男性店主は外国人で、バレンタインデーとチョコレートを普及するためにブロッキア王国に来たという。

 だから、ティアレシアが王女ということにも気づいていない。


「その、バレンタインデーというのは、告白をするものなの?」

 ティアレシアは、祭りやイベント事がけっこう好きだ。

 はじめて耳にしたバレンタインデーが気になる。ティアレシアが興味津々で話を聞いていることに、フランツは不機嫌そうな顔をしている。

「恋人だけじゃない。家族や友達にも、日頃の感謝の気持ちを込めて甘いお菓子を贈るのさ」

「まあ、それは素敵ね」

 ティアレシアはにっこりと微笑んだ。ティアレシアには、感謝してもしきれない人たちがたくさんいる。

 ブロッキア王国には馴染みのない風習だが、バレンタインデーとやらをティアレシアも実践してみよう。

 国民たちが大切な人たちに感謝の気持ちを伝えて、素直になれればいいと思った。ティアレシアは、ルディ相手にいまだ意地を張ってしまったり、なかなか素直に甘えられない。

 これを機に、かわいい妻になりたいものだ。


「チョコレート、頂けるかしら?」

「そうこなくっちゃ!」

 そう言って、店主はティアレシアが指したチョコレートを箱に包んでいく。

「ティアレシア様、そんなにたくさんどうするんですか」

 咎めるようなフランツの声は聞こえないふりをする。

「たくさん買ってもらってなんだが、恋人に贈るなら手作りチョコが喜ばれるよ」

 会計を済ませた後、店主がティアレシアにこっそり耳打ちした。



   * * *



 甘い香りが鼻腔をくすぐって、ルディは目を開けた。

 予定より遅い帰りだ。もう夜も深まっている。だからか、ティアレシアは自分を起こさないようにそっと部屋に帰ってきたようだ。

「ごめんなさい、起こしてしまった?」

 返事をするよりも先に、ルディは愛しの妻に口付けた。

「……もうっ何するの!」

 顔を真っ赤にして抗議してくる様が可愛くて仕方ない。これまでに何度も口付けて慣れさせているはずなのに、まだティアレシアは照れている。そんな初なところがまた愛しい。

 しかし、今回はティアレシアが悪い。

「そんな甘い香りをさせて、俺を誘惑してたんじゃねぇのか?」

 にやり、と笑ってみせると、ティアレシアの顔はさらに真っ赤になった。これもまた、ルディを誘っているとしか思えない。軽く頬に手を伸ばし、ティアレシアの顔を近づける。

 しかし、キスする手前でティアレシアがルディの手からすり抜けた。

「もう! 寝惚けてるんじゃないの? 私が誘惑なんてするはずがないでしょう」

「じゃあ何してたんだよ」

 柔らかくて、あたたかなティアレシアの肌に触れられなかったことに、ルディは少しむっとした。

 自分のものになったはずなのに、自由にはならない。別の生き物で、考え方も何もかも違うのだから当たり前だ。むしろ、違うからこそ惹かれたのだが、今はそれが面白くない。ルディの方から仕掛けなければ、照れ屋で意地っ張りなティアレシアは甘えてくれないのだ。いつか、ティアレシアが自分からキスのおねだりをしてくるようになればいいとルディは願っている。


「ねぇ、ルディ。バレンタインデーって知ってる?」


 いきなり出てきたバレンタインデーという言葉に、一瞬ルディは不機嫌顔をつくるのも忘れてしまった。

 そういえば、何となく遠い国でそんな言葉を聞いたことがあるかもしれない。


「あー、なんかあれだろ。たしか……バレンタインとかいう奴が処刑された日」

 記憶をたどって答えらしきものを見つけたのに、ティアレシアの顔は何故か青ざめた。

「違うわよ! いや、違わないのかもしれないけれど! 私が言いたいのはそういうことではなくて……」

 ぷるぷると細い肩を震わせて、ティアレシアが叫んでいる。何が言いたいのか、肝心なことは何も伝わってこない。

「そういや、バレンタインは恋人たちの守護神だとか言われてたっけ?」

 ティアレシアが何を言いたいのか分かった上で、ルディはあえて遠回りをする。もちろん、ティアレシアの反応を楽しむためだ。


「……ば、バレンタインデーは大切な人たちに感謝を伝える日なの! だから、その……」

 ティアレシアは口ごもる。

「大切な人たちに……ねぇ?」

「あのね、だから、その、お父様とフランツ、ブラットリー、カルロたちにはハート形の可愛いチョコレートをあげたのよ」

 ルディの視線から顔を背け、ティアレシアは早口で喋る。照れて饒舌になっているのだろうが、聞き捨てならない言葉があった。

「ハート形だと? しかもフランツにもやったのか!」

 バレンタインデーが恋人に愛を贈る日だと知っていて、ルディよりも先にフランツたちにチョコを贈ったのか。しかもハート形を。家族ならまだ分かる。ブラットリーやカルロもまあ許容範囲だ。しかし、フランツは駄目だ。


(俺という夫がいながら、自分を好きな男にハート形のチョコレートを渡す馬鹿がどこにいる?!)


 目の前にいた。

 クリスティアンであった頃の記憶から、ティアレシアの心は純粋で思いやりに溢れている。復讐心に囚われて歪んでいた感情も、少しずつクリスティアンであった頃のように落ち着いてきている。もともとが優しい娘なのだ。

 だからこそ、忠実に仕えてくれた騎士であり、友人であるフランツに必要以上に心を開いている。クリスティアンの生まれ変わりであるという真実は墓場まで持っていくつもりだろうが、ルディといるよりも楽しそうに見えることがある。

 ルディは自分が愛されていることを承知した上で、さらにフランツに嫉妬心を抱いているのだ。ティアレシアのすべてを独占したいから。


「フランツにあげても問題ないでしょう? 私の大切な人に代わりないんだから」

 ティアレシアが呆れ顔でため息を吐いた。

「ティア、お前の大切な恋人は俺ただ一人だろう?」

 甘く囁き、じっと漆黒の瞳で見つめれば、ティアレシアの頬が熟れた林檎のように赤く染まる。美味しそうに色づいたその頬に唇を寄せようとして、ルディの視界が突然真っ暗になった。


「……?!!」


 何が起きたのか。目を瞬かせると、視界を覆っていた黒い何かがティアレシアの手に持たれた箱であることに気づく。

「もう、恋人じゃなくて……私たちは夫婦でしょう?」

 かわいらしい声でそんなことを言われては、もう我慢できない。しかし、ティアレシアは手にもった箱をぎこちなくルディに差し出してきた。黒い丸い箱には、赤いリボンが結ばれている。箱から香る甘い匂いは、ティアレシアの身体から香るものと同じ。


「みんなにあげた既製のものより、美味しくないかもしれないけれど……私が作ったの」


 ルディのために。

 後付けされたその一言を聞いて、ルディはいじらしくて愛しい妻を抱き締めた。


「安心しろ。不味くても絶対他の誰にもやらねぇから」

 

 ティアレシアの愛情たっぷりの手作りチョコ。嬉しくないはずがない。味なんて関係ない。

 どんなものでも、誰にもやるものか。

 ルディはだらしなく頬を緩めながらも、ティアレシアからチョコをもらったフランツをどうやって牽制しようかということを考えていた。


 しかし、甘い匂いをさせた可愛い妻は、やはりルディを誘惑するために来たに違いない。

 そうでなければ、こんなにも甘くとろけるような幸せをもたらしたりしないだろう。


 ティアレシアの手作りチョコは、ハート形のガトーショコラ。

 濃厚なチョコの味を堪能する前にルディが堪能したのはティアレシアとの甘い時間。


 とろけるチョコレートは、二人の濃厚な愛を甘く彩った。


 

読んでいただきありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。

ルディの独占欲はとどまることを知りません。

この二人は本当にらぶらぶですね。このあともさぞかし甘い時間を過ごしていることでしょう。

私も書いていてチョコレートが食べたくなりました。

皆様にとって素敵なバレンタインになりますように。


奏 舞音

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