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雪の夜

60万PV突破ありがとうございます!!

多くの方に読んでいただけて、本当に本当に嬉しいです。

いつも読んでくださる方、コメントや感想をくださる方がいるからこそ頑張れています。

これからも、どうかよろしくお願いします。

感謝を込めて書いた番外編、どうか楽しんでいただけますように。


 吐く息も、降り積もる雪も、目に映る景色も、すべてが白い。雪の美しさに、人々は目を奪われている。

 しかし、雪が作り出す白銀の世界よりも美しい色を放つ銀髪を視界に入れ、ルディは口元を緩めた。


「きれいね」


 ティアレシアが穏やかに微笑む。その視線の先には、雪の花がある。

 今日は国民主催の雪まつりだ。

 王女であるティアレシアが来るような一大イベントではなく、小さな街のお祭りだ。

 しかし、ティアレシアは今まで王都を避けていたため、雪祭りを知らない。王女としての仕事もあり、行きたいと言えないティアレシアを、ルディが強引に連れて来たのだ。もちろん、誰にも内緒で。

 今頃、王城ではフランツが大騒ぎしているかもしれない。しかし、そんなこと、ルディの知ったことではない。最近、二人きりで出かけることなどなく、ティアレシアはいつも人に囲まれていた。特に、護衛騎士のフランツは本当に邪魔者だった。そんな訳で、ルディは欲求不満だった。

 ティアレシアに四六時中触れていたい。

 こいつは俺のものだ、と確認したい。


(俺のことしか考えられないようにしてやる)


 どこか凶暴な欲望を胸に抱きながらも、ルディは雪祭りを楽しんでいるティアレシアの腰に優しく手を回す。以前は恥ずかしがって振り払われていた手にも、最近は身を委ねてくれるようになった。ティアレシアが心を許してくれているのだと感じられるだけで、ルディの中の獣は大人しくなる。少しくらいなら、まだ我慢できる。


「へぇ、どんなもんかと思ったが、けっこう本格的だな」


 雪や氷の像だけでなく、子供向けに雪の滑り台まである。雪などそっちのけでティアレシアばかり見ていたルディだが、これでは怒られると思ったので適当に話をふってみた。


「えぇ。本当に素晴らしいわ」


 ティアレシアは、そう言ってにっこりと笑う。人々の笑顔を見て、ティアレシアはいつも幸せそうに笑う。

 自分のことよりも、他人を想っている。そのことがもどかしい。どうしても、ティアレシアの中がルディだけになることはないのだ。

 愛しているのに、愛し足りない。まだまだ、ティアレシアが欲しい。


「さ、もう十分見ただろ。帰ろうぜ」


 目の前に愛する女性がいて、今は邪魔者がいない。

 ティアレシアの喜ぶ顔も見られたし、二人きりで久々にデートできた。

 もう、我慢の限界だ。

 城になど帰らず、二人きりになれる場所へ行き、本能のままにティアレシアをこの腕に抱きたい。

 ルディがティアレシアの手を引こうとした、その時。


「うわああああんっ!」


 子どもの泣き声が聞こえてきた。掴もうとしたティアレシアの腕はきれいに空振り、ルディの手は空を掴んだ。泣き声を聞いてすぐに駆け出してしまったティアレシアを、ルディも仕方なく追いかけた。


「どうしたの?」


 大泣きしている男の子の背を撫でながら、ティアレシアが優しく問う。


「……う、おかあさんがいないの」


 七歳くらいの男の子は、涙をこらえてティアレシアに答えた。人混みの中で母親とはぐれたのだろう。


「迷子になっちゃったのね。きっとお母さんも君を探していると思うわ。お姉さんと一緒に待っていましょうか」


「うんっ!」


 ティアレシアの言葉に、男の子は目に涙を浮かべながらも、元気な返事を返した。


「おいおいおい、ちょっと待て。今日はせっかく二人で出かけてるんだぞ」


 ティアレシアといちゃいちゃすることしか考えていなかったルディは、男の子が脅えるのも無視して怒鳴った。普段なら冷静になれることでも、かなりの欲求不満を抱えるルディには落ち着いて納得できるはずもない。


「二人で出かけることなんて、これからいつでもできるでしょう。この子、怖がってるじゃない!」


 眉を吊り上げて、ティアレシアがルディを咎める。そうして、また泣きだしそうになった男の子を安心させるようにぎゅっと抱きしめる。


「おいこらクソガキ、こいつから離れろ」


 ここ最近、夫であるルディでさえ、ティアレシアから抱きしめられていないというのに。

 ルディの苛々は増していく。


「子ども相手に何を嫉妬してるのよ!」


「いや、こいつはれっきとした男だ。どさくさに紛れてお前の胸に顔を寄せていた」

 子どもだからといって、ルディの大切な女に触れるなど許さない。しかも、この子どもはティアレシアに見惚れ、心なしか鼻の下を伸ばしている。確信犯だ。


「ちょっと当たっただけでしょう!」


「う、うわああんっ! お姉ちゃん、この人怖いよぉぉ」


 子どもはばっとティアレシアにおもいきり抱きついた。その一瞬、ルディに対してにやっと笑った。


「ごめんね。怖かったよね。ほら、ルディも謝りなさいよ」


「絶対に謝らねぇからな。ってか、そんなガキ放っておいてさっさと帰るぞ」


「何言ってるの。置いて行ける訳ないでしょう。早く帰りたいなら、ルディもお母さんを探すの手伝って頂戴」


「はあ? なんで俺が……」


 言いかけて、ルディは口を噤む。

 ここでティアレシアと喧嘩して帰っても、いちゃいちゃするどころではないだろう。

 ティアレシアを独り占めするためには、さっさとこのクソガキを親の元に返さなければならない。

 そう思い至ったルディは、開き直って笑顔を浮かべた。


「分かった。俺がお前の母親を見つけてやるよ。だから、こっちに来い」


 ティアレシアにしがみついていた子どもを、ルディは無理矢理引っ張った。そして、そのまま抱き上げ、肩に乗せる。


「こうすれば人の顔がよく見えるだろ。さっさと母親を見つけろ」


「うぅ、怖いよ~! お姉ちゃん、助けて」


「耳元でうるせぇ。助けてほしかったら母親を呼べ、母親を!」


「ルディ、相手は子どもなんだから、もっと優しく」


「はいはい」


 ルディは子どもを肩に乗せ、ティアレシアはルディを諌めつつ子どもの母親を探して隣を歩く。


「そういえば、お名前はなんて言うの?」


「マディス。お姉ちゃんは?」


「私は、ティアよ」


 さすがに子ども相手でも王女の名前を出すのはよくないと判断したのか、ティアレシアは愛称を口にした。


「ティアお姉ちゃんの髪の毛、きれいだね」


「ありがとう。マディスの茶色の髪もくりんってはねてて可愛らしいわ」


 二人の会話が楽しそうに弾む。

 肩に乗せてやっているルディについては全く触れず、このクソガキ、いい神経をしている。


「今日はお母さんと二人で来ていたの?」


「うん、本当はお父さんも一緒に来るはずだったんだけど、急にお仕事が入っちゃったみたいで……」


「そう、それは残念だったわね」


「でも、ティアお姉ちゃんに会えたから、とっても嬉しいよ!」


「私もよ」


 と、ティアレシアが本当に嬉しそうに笑うものだから、今まで黙っていたルディの何かがぷちんと切れた。


「おい、俺との二人きりのデートはどうなんだよ。ま、もう二人じゃねぇけどな」


「……そんなの、ルディとはいつも一緒だから、今さら」


 ティアレシアは頬を染めながら、目を逸らした。その反応がかわいくて、ルディはもっといじめたくなる。

 しかし、肩に乗った邪魔者が口を挟む。


「ねぇ、ティアお姉ちゃんはこの怖い人が好きなの?」


「え、えぇ」


 その答えに、ルディは少しだけ満足する。それみたか、とマディスに勝ち誇った笑みを向けた。

 しかし。


「この人、子どもに優しくないし、怖いし、絶対うまくいかないと思うなぁ。ティアお姉ちゃんは、僕がおおきくなって幸せにしてあげるっ!」


 子どもながらの無邪気な笑みに、ティアレシアは怒ることなく「そうねぇ…」と笑みを浮かべている。


(俺はガキに負けるのか! このガキ、絶対に許さねぇ)


 ルディがおもいきり怒鳴りつけようとした時、ティアレシアが口を開いた。


「確かに、子どもに優しくないし、自分勝手だし、悪魔だし? うまくいかないって私も思っていたわ。でもね、私を理解してくれて、こんなに愛してくれるのは、ルディだけなの。ルディしか考えられないのよ、不思議なことにね」


 そう言って、ティアレシアはそっとルディの手を握った。冷たくなっていたティアレシアの手をあたためるために、ぎゅっと握り返す。

 ぬくもりを分け合う、この幸福感がルディの苛立ちも不満もすべて溶かしていく。


「悪ぃな。こいつは俺にベタ惚れなんだ」


 ふっと笑ってやると、マディスはむっとむくれて、また泣きだしそうな顔になった。


「マディスっ!」

 

 大泣きしそうになったマディスの耳に、母親らしき女性の声が聞こえてきた。


「おかあさぁぁんっ!」


 肩からおろしてやると、マディスはすぐに母親の元へ駆け寄った。母親の身体にぎゅうっとしがみついて、泣きじゃくる。


「本当に、ありがとうございます」


 マディスの母親が、ほっとしたような顔で頭を下げた。泣き止んだマディスも、それにならって頭を下げている。


「いえ、見つかって本当によかったです」


 ティアレシアがにっこり笑う。


「エミリー! マディス! あぁ、会えてよかった! 仕事が早く終わってね」


 背後から聞こえてきたのは、どこか聞き覚えのある声だった。

 背の高い男性が、母親と子どもに駆け寄って、抱きしめる。

 そして、彼は振り返り、ルディとティアレシアを見て、いっきに蒼白になった。


「ティアレシア様! それに、ルディ様!」


 茶色の髪と瞳を持つ、ひょろっと背の高い男、ティアレシアの家庭教師であるリチャード・オーディエがそこにいた。


「リチャード、あなた子どもがいたの! というか、結婚していたの!」


「えぇ、まあ。恥ずかしながら」


 リチャードは照れ笑いをして頷いた。その足元で、マディスが不思議そうな顔をしている。


「ねぇ。お父さん、ティアお姉ちゃんのこと知ってるの?」


「あぁ。お父さんと一緒にお勉強しているんだ」


「へえ! じゃあ、ティアお姉ちゃんはとっても賢いんだね」


「あなた、マディスは王女殿下にご迷惑を……?」


 ティアレシアが王女だと気づき、母親のエミリーは失神しそうだった。


「せっかく家族の方にお会いできたのだもの。もっとゆっくり……」


 話がしたいわ、と言いそうなティアレシアの口を抑え、ルディは有無を言わさぬ笑顔を三人に向けた。


「俺とティアレシアはこれから大事な用事があるので、ここで失礼させていただきますね。また改めて、ゆっくり話でもしましょう」


 もごもごとルディを責めるような言葉を発しているであろうティアレシアは無視して、ルディは無理矢理その場を後にした。


  *


「ちょっと! せっかくリチャードの家族に会えたのに。少しぐらいいいでしょう」


 開口一番、ティアレシアはぷんぷんと怒っている。


「じゃあ聞くが。お前は俺を愛しているんだよな?」


 真顔で問うと、怒りの勢いは一瞬で消えた。そのかわり、ティアレシアの頬が林檎のように赤く染まる。


「は、話をそらさないでよ」


「いや、大事な話だ」


「……もちろん、愛しているわ。分かってるでしょう?」


 恥ずかしがって、こちらを見つめてくる紺色の瞳に、ルディは思わずキスしそうになる。

 しかし、ここは我慢だ。


「だったら、分かってくれるよな。俺は最近、お前にキスすらできていない。人前では嫌だというから我慢していたんだ。それなのに、二人きりになってゆっくり過ごす時間がなかった。それでも、お前のためだと我慢していたんだ。ようやく今日、二人きりで過ごせるってのに、また他人に邪魔される。もう我慢できない」


 ルディの想いを聞いて、ティアレシアの目が見開かれる。罪悪感のような感情が、その瞳に浮かぶ。


「ティアレシア、俺だけが足りないのか? 愛しているのに、俺に触れたいと思わないのか?」


 ルディから、ティアレシアにキスをすることなら、いくらでもできた。

 それでも、我慢してきたのは、ティアレシアから求めてくれるのを待っていたからだ。

 この欲求不満の状況は自分で作り出したといっても過言ではない。

 ティアレシアが自分を求める様は、さぞかし可愛く、愛しいだろうと。それだけを楽しみに禁欲生活していたというのに。

 ティアレシアは側にいてほしいとねだったり、愛していると言葉をくれても、手を繋ぐ以上のぬくもりを求めてくれなかった。

 ティアレシアにとっては、はじめての男。ゆっくりと時間をかけて愛してやるべきなのだろう。ティアレシアは初心だから。そういうところも、とてつもなく可愛い。

 しかし、もう待てない。


「触れたいに決まってるじゃない! でも、ルディに触れたら止まらないもの。ルディのぬくもりだけに包まれていたいって、他には何もいらないって思うぐらい幸せな気持ちになるから……最近はいろいろお父様の手伝いとか王女としての公務が忙しくて、仕事に集中しなくちゃいけなかったのよ。だから、私だって我慢してたの……んん」


 その言葉を聞いて、ルディは我慢できず強引に口づけた。

 久しぶりに感じる、柔らかく、甘いティアレシアの唇。舌を絡め取り、その口内を犯す。乱れる吐息を耳にしながら、じっくりと唇を堪能する。

 ティアレシアが我慢していたなんて、思いもしなかった。ルディは緩む口元を押さえられない。


「もう、仕事はないはずだよな?」


 こくり、と頷くティアレシアの身体を抱き締め、ルディは耳元で甘く囁いた。


「じゃあ、安心して俺に溺れろ」


  ***


 この夜、王女夫妻はグリンベルに帰らなかった。

 国王もブラットリーも使用人たちも皆、ルディが禁欲生活していたことを知っていたので、事情を察していた。

 しかし一人だけ。納得できずに騒ぎまくっている男がいた。王女の近衛騎士、フランツ・ビレギッシュである。


「ティアレシア様! あのような危険な男に無理矢理連れ出され、さぞ恐ろしい思いをしているに違いない! このフランツが今すぐ助けに行きます!」


「いや、危険な男っていうか、夫だからな。フランツ、落ち着け。一緒に酒でも飲もう」


 ブラットリーが城を出て行こうとするフランツを止め、酒をすすめる。


「うぅ、私は、あのような男、認めません!」


「はいはい、愚痴ならいくらでも聞いてやるよ」



 

 はらはらと白い雪が降り積もる。

 白く柔らかな雪は冷たく、ぬくもりに触れれば解けて消えてしまう。

 人のぬくもりが恋しくなるように、誰かの側に在りたいと思うように。

 愛しい人のぬくもりに、大切な誰かのぬくもりに、そっと触れ合う、雪の夜。


いかがでしたでしょうか。

子ども相手に嫉妬するルディが書きたかったので、作者的には満足です。これが大人の男だったら即戦闘でしょうけど、子どもだとさすがにルディも手は出しませんでした。賢いぞ!

ティアレシアも十分、ルディの愛に溺れているのではないか、と。ただ、この子は基本ツンデレちゃんなので自分から求めるなんてことはよっぽどの状況じゃないとしないと思います。甘い雰囲気にはもっていくでしょうけど、最終的に暴走するのはルディですからね。この二人の子どもどうなるんだろう……。あ、子どもといえば、リチャードさん実は既婚者で子どもまでいたという事実。しかも父親に似ず、意外と子どもはませてます。賢い子だからこそ、ですかね。いや、実は頼りなげに見えるリチャード先生にも裏の顔があるのかも……?なんて。書きながらいろいろと妄想しておりました。

と、グダグダ書いてしまいましたが、皆様に楽しんでいただけているかドキドキしています。

本当に、こんなにたくさんのアクセス数を自分の作品で目にすることはないだろうと思っていたので嬉しすぎて変なテンションです。

読者様のおかげです。

本当にありがとうございます!

とても嬉しかったので、今後も番外編更新するかもしれません。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


奏 舞音

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