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仮面舞踏会

10/31、ハッピーハロウィン!ということで、何かハロウィンっぽいものが書きたかったのです。ギリギリでしたが、31日に間に合ってよかったです。

お久しぶりの番外編、どうか楽しんでいただけますように。


 秋の収穫祭が、王都を賑わせていた。

 人々は明るい笑顔を浮かべて様々な催し物を楽しんでいる。

 その様子に頬を緩めながら、ティアレシアは林檎ケーキを口にした。

「ん、美味しい」

 収穫祭というだけあって、この祭りのメインは"食"である。

 林檎のシャキシャキという食感と、ふわふわのスポンジ生地がたまらない。

 ここは、王都のとあるカフェ。二階のテラス席から、街の賑わいが見下ろせる。

 ティアレシアはお忍びで収穫祭を見に来ていた。


「そうか?」

 ティアレシアの隣で、ケーキではなく生の林檎をかじっているのは、婚約者のルディである。完璧すぎる美貌を持つ黒髪黒目の男は、ただ林檎をかじっているだけなのに妙な色気を纏っている。

 それは、彼が人を惑わす悪魔だからだろう。


 そんな悪魔を愛し、婚約までした自分が、ティアレシアは時々信じられなくなる。

 悪魔であるルディが人間である自分を愛するようになったことも。


(今が幸せ過ぎるせいね)


 ブロッキア王国は、父ジェームスの治世になって、少しずつ落ち着きを取り戻している。民の顔には、平和の象徴ともいえる明るい笑顔が浮かんでいる。

 ティアレシアの毎日も、平和で幸せに満ちている。

 しかし、だからこそティアレシアは時々不安になるのだ。今の幸せが信じられなくなる。

 当たり前にあった幸福が一瞬にして奪われることを知っているから。

 まして、ティアレシアが愛したのは人間ではなく、悪魔だ。

 悪魔であるルディがティアレシアへの興味を失ってしまうことが、怖い。

 人間と悪魔。

 ルディが好きだと気づき、彼の愛に包まれた時には、その気持ちだけで十分だと思っていた。

 それなのに、愛しいと想えば想うほど、その壁は大きいように思えた。


「どうした?」

 優しいルディの声に、ティアレシアははっと顔を上げる。

「な、なんでもないわ」

 そう言って顔を背ければ、ルディに顎を掴まれ、嫌でも向き合わされる。

「俺に言えないことか?」

 高圧的な物言いなのに、ティアレシアを案じてくれているのだと分かる。

 いつも、ルディはティアレシアを強く愛してくれる。

 それなのに、ティアレシアは素直に甘えることができない。

 今だって、ルディの綺麗な顔を見るだけで逃げ出したくなる。悪魔の美しい顔は、何度見ても慣れることはない。まして、至近距離で見つめられては心臓がもたない。

「も、もう無理っ!」

 ルディからの視線に耐えきれなくなり、ティアレシアは思わず彼の手を振り払う。

 強がってばかりいた自分が、婚約をしたからといってすぐに可愛げのある素直な娘になれるはずもなかった。

「ティアレシア様っ!」

 しかもタイミング悪く、護衛騎士であるフランツがティアレシアの声を聞き付けて駆けつけて来た。

「ルディ様、ティアレシア様に一体何をしたのですか!」

 ティアレシアの婚約者となったため、フランツは一応ルディに敬称をつけていた。しかし、二人の関係は以前と変わらない。

「別に。愛する婚約者に触れただけだが」

 向けられたその言葉に、ティアレシアの頬は赤く染まる。

「ティアレシア様が困っているではありませんか!」

「それは困ってるんじゃねぇ、照れてるんだよ」

「……やめて頂戴!」

 ティアレシアは我慢できずに叫んだ。恥ずかしすぎる。

「俺の姫が恥ずかしがってるから、騎士様は下がってもらえますかね?」

 ルディがティアレシアを庇うように前に立ち上がる。

「いえ、ティアレシア様を守るのは私の役目です。たとえ婚約者だとしても、ティアレシア様を困らせることは許しません」

 フランツもぐいっと前に出てくる。ティアレシアが口を挟む間もなく、二人は睨み合う。

「お前よりも俺の方が強いぜ」

「私も騎士です。元侍従殿に負けるつもりはありません」

「なら、試すか?」

「そうですね。いい機会かもしれません」

 フランツなら断るだろうと思っていたのに、何か思うことがあるのか真面目な彼には珍しく好戦的だ。

 もう羞恥どころではなくなったティアレシアは、慌てて二人に声をかける。

「馬鹿な真似はやめて頂戴。二人とも、ここがどこだか忘れたの?」

 ティアレシアの言葉で、二人の間に散っていた火花は消えた。

 ここは、王都のカフェ。

 王女であるティアレシアはお忍びで来ている。

 少し離れたところには多くの客がいて、騒いでいるティアレシアたちに注目していた。

 その現実を思い出したのか、フランツは申し訳ありません! と頭を下げた。ルディの方は人の目など気にしていないが、これ以上ティアレシアの機嫌を損ねないために大人しく椅子に座った。


「それで、結局何を考えてたんだ?」

「なんでもないって言ってるでしょう」

 ふいっと顔を背けると、ルディはひとつ溜息を吐いた。

 呆れられただろうか。

 少し心配になって横目で見てみると、ルディが何かを企んでいるような顔で口を開いた。

「たしか、今夜は仮面舞踏会だったよな」

「えぇ」

 秋の収穫祭の夜は、王宮で仮面舞踏会が行われる。

 身分も名もすべて仮面の裏に隠し、一夜だけ現実を忘れて踊り明かす。ティアレシアも、ルディと共に参加する予定だった。それを今になって確認するとはどういうつもりだろう。

「どうやら仮面舞踏会には使い古されたジンクスがあるらしいな」

 その言葉で、ティアレシアはルディが何を考えているのかを理解した。

『仮面舞踏会で、愛する者を見つけて踊ることができれば、二人は真実の愛を手にする』

 このジンクスは、クリスティアンであった時から恋する少女たちに信じられてきた。

「俺は、お前がどんな姿でもどこにいようと見つけることができる」

 そう言って、ルディはティアレシアの銀色の髪に口づけた。それだけで、ティアレシアの胸は熱くなり、全身が幸福感で満たされる。

「……私だって」

 ルディがどこにいても、どんな姿でも、見つけられる自信がある。

「なら今夜、俺を見つけてみろ」

 ルディの顔が間近に迫り、ティアレシアの唇に優しく触れた。

「他の男に触れたら、お仕置きするぜ」

 耳元で囁かれた言葉が甘い痺れをもたらし、ティアレシアは頷くことしかできなかった。


 ***


 仮面舞踏会の夜、人々は思い思いの仮面を身に着けていた。庶民も貴族も王族も関係なく、仮面舞踏会の夜は賑やかに騒ぐことが条件だ。

 皆が派手な衣装を身に着けている中、ティアレシアは黒のドレスに漆黒の羽付きの仮面を付けていた。

 ティアレシアが黒を選んだのは、ルディと並んでも違和感がないようにするためだ。

 装飾も何もない、ただ真っ黒なドレスは、色鮮やかな仮面舞踏会においてある意味目立っていた。

 しかし、同じように黒で目立つはずのルディの姿が見当たらない。テンポの速い明るい曲に合わせて踊る男女の間を抜けながら、ティアレシアはルディの姿を探す。

「美しい夜の黒蝶よ、私と踊ってくれませんか」

 声をかけられても、軽く無視した。男性に声をかけられているところをルディに見られたら、後で何を言われるか分かったものではない。

「絶対に、見つけてやるわ」

 いつも余裕ぶって、ティアレシアの側にいるルディ。

 ティアレシアがルディを喜ばせたことなんて、数えるほどしかないのではないか。

 ルディからこんな愛を試すような提案ははじめてだった。

 だから、ティアレシアもそれに応えたい。

 プロポーズの日、ティアレシアのすべてはルディのものになった。ならば、ルディのすべてもティアレシアのものであるべきだ。

(なんだか、ルディの思考に似てきたかもしれないわ)

 ふっと苦笑を漏らし、ティアレシアは会場内を歩く。

 曲調が優雅なものに変わった時、ティアレシアの視界で何かがきらめいた。

 銀色の髪を持ち、銀色の仮面をした男。

 その服は白銀で、胸ポケットには青薔薇が差している。ティアレシアの方など見向きもせず、人の流れにそって歩いているその人に向かって、ティアレシアの足は勝手に動いていた。

 彼が歩く先には、ひと気のないバルコニーがあった。


「銀仮面の方、どうか私と一曲踊ってくださいませんか」

 ここは仮面舞踏会だ。名前を呼んではいけない。だから、人々は仮面の色やドレスなど、特徴的なものを指して呼ぶ。

 ティアレシアは、彼を銀仮面と呼ぶことにした。

「喜んで。僕を追いかけてきた、美しい黒羽根の君」

 紳士的な笑みを浮かべた銀仮面の男は、ティアレシアの手を取った。エスコートは自然で、ティアレシアはそのまま身を任せる。しかし、内心では焦っていた。

(ルディよね? 見つけたら終わりじゃないの?)

 答え合わせがないままに踊りが始まり、ティアレシアは曲を楽しむどころではない。

 もしも間違っていたらどうしよう。

 ルディを独りにしていないだろうか。

 それでも、ティアレシアが銀仮面の彼に感じたのは、ルディへの愛しさと同じものだった。


「……まだ、カフェでのこと怒ってるの?」

 銀仮面は答えない。

「私はルディに愛されて、今、とても幸せよ」

 ティアレシアの左手の薬指にはルディにもらった指輪が輝いている。

「だからね、時々こんなに幸せでいいのかしらって不安になるの。また、私の前ですべて壊れてしまうんじゃないかって……」

 仮面で顔を隠しているからか、いつもよりも素直になれた。

「あなたは悪魔だもの。人間の私への愛情なんて、すぐに消えてしまうかもしれないでしょう?」

 ティアレシアは泣きそうになりながら、その言葉を口にした。現実にはなってほしくない、最悪の未来。その可能性を声にしたのははじめてだった。

 そして、ちょうど曲が終わった時、銀仮面の男はティアレシアの仮面を外して口づけてきた。

 柔らかくて、甘い、ティアレシアのよく知る口付け。


「ちゃんと俺を見つけたご褒美だ。いいことを教えてやる」

 目を開けば、いつものルディがいた。銀色の仮面を外し、意地の悪い笑みを浮かべた、ティアレシアの愛しい婚約者。


「悪魔の独占欲と愛情深さをなめるなよ? まだまだ、俺にはお前が足りない。お前の一生すべてを愛しても愛し足りないぐらいだ」


 ルディの力強い腕に抱きしめられ、優しくて心地よい声で囁かれる。

 


「ティアレシア・バートロムとクリスティアン・ローデントは、俺が幸せにすると決めた女だ」


 ルディの言葉が嬉しくて、ティアレシアは思わず涙ぐむ。

 やっぱり、幸せは恐ろしいものだ。


 今、こんなにも、ルディが愛しくてたまらない。


 *


 ルディに合わせた黒いドレスと、ティアレシアの銀色を纏った白銀のタキシード。

 そんな二人が仲睦まじく踊る姿に、仮面舞踏会の新たなジンクスが生まれた。


『黒いドレスと銀色のタキシードで踊ると、恋人との愛を深められる』


 当の本人たちは全く知らないままに、このジンクスによって次の仮面舞踏会では黒のドレスと白銀のタキシードが急増したとかしないとか。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ハロウィンといえば「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!」だったので、ルディにそれっぽく言わせてみたら「他の男に触れたら、お仕置きするぜ」になりました。どんなお仕置きなのかは、考えないことにしましょう。彼の独占欲はとどまることを知りません。ハロウィンの仮装は仮面舞踏会に変換しました。

なんだか本当に久しぶりに書いたのでいろいろとあれなんですが、まあ作者の趣味を詰め込みました。

楽しんでいただけたなら、本当に嬉しいです。

ありがとうございました!


奏 舞音

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