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特別な日

いつも読んでくださる方、本当にありがとうございます。

この番外編が、ずっと書きたかったのです。

作者的には、もう満足です(笑)

皆様にも楽しんでいただけますように!

よろしくお願いします。

 春の陽光が降り注ぐ、心地のいい午後。

 バルコニーに出て、ティアレシアは柔らかな風を感じていた。小鳥の囀る声や、街の喧騒が遠くに聞こえる。


「平和だわ」

 と、ティアレシアは微笑む。今日は、特に何の予定もない休日だ。街に出て行こうかとも思ったが、この王城グリンベルでゆっくり過ごすのも悪くない。昼食も終え、ティアレシアはこれからどうしようかと思案していた。

「ルディ?」

 いつもなら、呼ばなくてもティアレシアの側にいる悪魔だが、今日は一度もその姿を見せていない。気まぐれなルディのことだ。そのうち現れるだろうと思ってはいるのだが、一人でいるのはやはり寂しい。

「何してるのかしら」

 何度呼んでも、ルディは来ない。何か用事があったのだろうか。それならそうと、一言言ってくれればよかったのに、とティアレシアは口を尖らせる。

「フランツは、いるかしら……」

 ルディが捕まらないのなら、フランツと一緒にいればいい。そう思いついたティアレシアは、扉の外に控えていた騎士にフランツのことを尋ねてみる。しかし、返ってきた答えは「所要で城を出ております」という残念なものだった。

「お父様はお仕事で忙しいでしょうし、ブラットリーも同じよね……」

 ここ最近、国王即位のお披露目パーティーや同盟諸国の王族たちを招いた催しが多くあったため、目が回るほどの忙しさだった。その疲れもあってか、今日は昼前まで眠ってしまっていた。一日ゆっくりできることは嬉しいが、一人でいれば何をすればいいのか分からない。ルディと二人で恋人として過ごす時間にもようやく慣れてきたのに、今は肝心のルディがいない。

「一人って、退屈だわ」

 ティアレシアは不満気に呟いた後、大きなソファに身を投げ出した。もう、どうせやることもないなら昼寝でもしようと自棄になったのである。



 *



 ひんやりとした風に、ティアレシアは目を覚ます。

 バルコニーへ続く扉を開け放したまま眠ってしまったので、夕暮れ時の冷えた空気が入って来たらしい。

「あのまま本当に眠ってしまったのね」

 肌寒さに、ティアレシアは花柄のショールを羽織る。バルコニーに出ると、空は赤く染まっていた。薄らと、月も見えた。

「……みんなに、会いたいわ」

 たった半日、顔を見ていないだけなのに、とても寂しい。藍色と赤色が混じり合う空を見ていると、ティアレシアは急に心細くなってきた。

「ルディ」

 思わず、愛しい彼の名を呼んでいた。いつも側にいるのが当たり前だった。

 ルディがティアレシアの呼びかけに応えないなんて、どうしたのだろう。そのことが、何よりもティアレシアを不安にさせた。それに、今日は誰もティアレシアの顔を見に来ない。いつもなら、仕事の合間にでも父やブラットリーが会いに来てくれるのに。護衛騎士であるフランツも、何かあった時のために、といつも近くにいてくれるのに。


(……私、いつの間にこんなに弱くなったのかしら)


 姉に復讐をする、という意志に燃えていた時は、一人なんて怖くなかった。

 大切なものが増えることを不安に思っていた。しかし今は、逆だ。大切な人達が側にいなければ、不安になる。寂しくて、心細くて、自分という存在が分からなくなってしまう。復讐を遂げたから、ティアレシアの中でクリスティアンが薄くなっている気がする。

 確固たる自分を見失いそうで、怖い。

 みんなと一緒にいれば、自分が自分だと確かめられる。ルディに愛されていれば、自分が確かに生きてここに在るのだと実感できる。

 そして、誰かを愛することで、自分の心を保つことができる。だからこそ、ティアレシアはいつも誰かと一緒にいて、安心したかった。

 一人がこんなに怖いものだとは思わなかった。


(お姉様も、怖かったのね)


 姉のシュリーロッドは、たしかに愛されていた。しかし、本人がそのことに気付くことができなかった。姉はずっと、一人だと思い込んでいた。それはどれだけ恐ろしいものだっただろう。ティアレシアは、ようやく姉の恐怖を少しだけ理解できた気がした。



「泣いてるのか」

 ふいに耳元で聞こえてきた声に、ティアレシアは怒鳴るよりも先に抱きついた。全身黒で包み込んだ、美し過ぎる漆黒の悪魔は、突然の恋人からの抱擁に、頬が緩むのが止められない。ルディにぎゅうっと抱きしめられ、ようやくティアレシアは安心して顔を上げた。

「ルディの馬鹿! 何度も呼んだのよ」

「知ってる知ってる。だがそう怒るなよ。俺への愛が深まっただろう?」

「そ、そんな訳ないでしょう!」

 顔を真っ赤にして、ティアレシアはルディを睨む。その表情がすでに肯定を示していることに、ティアレシアは気付かない。

「そうか。俺には愛していると言っているようにしか見えないんだが」

 そう言って、ルディは自分の身体に縋りついているティアレシアの手を見て言った。自分から抱きついたことに今更ながら驚き、ティアレシアはぱっと手を離した。しかし、その手をルディは素早く握って、跪いた。

 手の甲に軽くキスを落とすと、ルディはにやっと笑って言った。


「さあ、お嬢様。素敵なパーティーのはじまりです」


 え? と戸惑うティアレシアは無視して、ルディは颯爽とティアレシアを抱えてバルコニーから飛び降りた。そして、連れて来られたのは、グリンベルが誇る見事な庭園だった。色とりどりの花が月明かりに照らされ、ティアレシアを迎え入れる。

「お手をどうぞ」

 ティアレシアを地面におろし、ルディがエスコートしてくれる。彼がエスコートする先には、たくさんの人が待っていた。

 父ジェームス、フランツ、ブラットリー、カルロ、グリエム、ベルゼンツ、ヴァルト、キャシーをはじめとするジェームス公爵家の使用人たち、家庭教師のリチャードまでいる。ティアレシアを側で支えてくれていた人たちが、こんなに集まって何があると言うのだろう。ティアレシアは不思議に思いながらも、みんなのいる庭園の中心まで歩く。

 どうしたの、とティアレシアが問う前に、皆が口をそろえて言葉を放った。



「ティアレシア様、お誕生日おめでとうございます!」



 そして、空にきれいな花びらが舞う。フラワーシャワーだ。心からの祝福の声と拍手の音が聞こえる。

 皆がティアレシアに笑顔を向けていた。

(そっか……今日は私の誕生日だったのね)

 四月四日。

 忙しい毎日にすっかり忘れていたが、今日はティアレシアが生まれた日だ。


「皆様、どうもありがとう」

 ティアレシアは感動のあまり泣いていたが、最高の笑顔を浮かべていた。こんなにも自分は愛されている。ほんの少し一人になったぐらいで不安になっていた自分が情けない。ここには、優しさと愛が溢れている。

「ティアレシア、誕生日おめでとう」

 ジェームスが優しい笑みを浮かべて、ティアレシアを抱きしめる。多忙な国王であるジェームスが、ティアレシアの誕生日を祝うために来てくれている。国王であると同時に、ジェームスは本当に心優しいティアレシアの父だ。

「ありがとう、お父様」

「ティアレシア様! お誕生日おめでとうございます! お側を離れて申し訳ございませんでした」

 ジェームスの腕から離れた途端に、フランツが大きく声を張って来た。花束をティアレシアに差し出しながらも、頭を下げて謝っている。なんだか面白い動きになっているフランツを見て、ティアレシアは自然と笑い声を漏らしていた。

 彼をはじめとする皆がティアレシアの側にいなかったのは、このパーティーの準備をしていたからだろう。

「ふふふ。ありがとう、フランツ」

 ティアレシアは、フランツが持っていたピンクで統一された花束を受け取った。

「ティアレシア様、お誕生日おめでとうございます」

 やわらかく、優しい笑みとともに祝いの言葉をのべたのは、カルロだ。いつもの白衣姿ではなく、彼は珍しく正装している。

「ありがとう。でも、病院の方は大丈夫なの?」

「えぇ。皆からも、ティアレシア様への祝いの言葉を頂いています」

 そう言って、カルロは微笑んだ。

「そう。ありがとう、と伝えておいて」

 ティアレシアが笑みを返すと、カルロの後ろからブラットリーの姿が見えた。


「ティアレシア様、おめでとうございます。しかし十七歳か。早いなぁ」

 ブラットリーはにっと笑い、ティアレシアの頭を撫でる。ティアレシアも、ブラットリーの言葉に頷いた。

「えぇ。本当に。色々ありましたけれど、無事に十七歳になることができましたわ。皆様に支えていただいたおかげです」

 ティアレシアは、できるだけ柔らかく微笑んだ。ここで泣きたくはなかった。


 ここに集まる者たちは、クリスティアンにとっても大切な人たちだ。

 そんな彼らにとって、今までこの日は喜ばしいものではなかった。

 四月四日は、クリスティアンが処刑された日なのだ。

 だからこそ、ティアレシアの誕生日は四月五日だと偽っていた。

 ティアレシアは十六年間、本当の誕生日を祝われることはなかった。それは仕方のないことだと思っていた。しかし今日、ティアレシアが生まれた日を愛する人たちが祝ってくれている。きっと、ルディが父ジェームスに提案してくれたのだろうとティアレシアは直感していた。今までこっそりと四月四日を祝ってくれていたのは、ルディとジェームスだったから。

 誰も、クリスティアンの名前は出さなかった。けれども、ティアレシアには分かっていた。心からティアレシアの誕生日を祝ってくれているのと同じように、クリスティアンの死も悼んでくれていると。だからこそ、祝われるティアレシアが悲しい目をしてはいけない。もう取り戻せない過去に思いを寄せてはいけない。

 ティアレシアは、前を向いて明るい未来に向かって歩いていくのだ。


「皆様、本当に今日は私のためにありがとうございました。私は皆様のこと、そしてこの国を心から愛しています。これからも、どうかよろしくお願いいたします」


 パーティの最後は、ティアレシアのこの言葉で締めくくられた。



  * * *



 夜風が銀色の髪をすくう。

 ティアレシアは手で押さえながらも、心ここに在らずといった様子だった。


「ティアレシア」

 呼びかけられて、ティアレシアははっとする。ルディは真面目な顔をして、こちらを見つめていた。漆黒の彼の姿は、夜の闇に溶けてしまいそうだった。

 ここは、王家の墓場だ。

 クリスティアンの墓参りに、ティアレシアは来ていた。クリスティアンの墓の前には、多くの花が供えられていた。おそらく、今日のパーティーに来てくれていた人たち皆からのものだ。


「まさか、皆に誕生日を祝ってもらえるとは思わなかったわ」

 ティアレシアはつい先ほどのパーティーを思い出して微笑む。

「ティアレシア、誕生日おめでとう」

 いつになく真剣な顔でそう言って、ルディはティアレシアに何かを差し出した。それは、小さな箱のようだった。硝子細工でできた、とても美しい箱だ。

「くれるの?」

 ルディにプレゼントをもらえるとは思っていなかった。いくら恋人だからといって、彼は悪魔だ。彼からは、今までにプレゼントなどもらったことがない。

「いいや」

 明らかにティアレシアに向かって差し出されているのに、ルディは首を横に振った。

 どういうことだろう、と思案しているとルディがにやっと笑う。いつもの笑みだ。


「これは、お前が俺のものになる証だ」


 そう言って、ルディは硝子細工の小箱を開けた。そこには、ティアレシアの髪色によく似た銀色の光を帯びたダイヤモンドの指輪が鎮座していた。月の光に照らされて、ダイヤモンドは美しく輝いている。その美しさに見惚れていると、ルディがじれたようにティアレシアの左手を取った。

そして。

「人間は愛する者を永遠に自分のものにするために指輪を贈ると聞いた。これでお前は、心も身体もすべて、永遠に俺のものだ」

 訂正したい部分はあるが、ティアレシアの心の内はそれどころではなかった。

 なんて強引で、傲慢で、愛しいプロポーズなんだろう。

 ティアレシアはルディによって左手の薬指にはめられた指輪を見て、思わず笑っていた。

「何がおかしい」

「ううん、嬉しくて。これで私は、すべてルディのものだわ」

 ルディを愛している。それだけで、胸の内から幸せがこみあげてくる。


「あぁ、それともう一つ」

 そう言って、ルディは胸ポケットからまた硝子細工の小箱を取り出した。

「まだあるの?」

 もう指輪だけで十分嬉しかったのに、まだ何かあるのだろうか。しかし、ルディがティアレシアのために贈り物をしてくれるなど、滅多にないことだ。わくわくしながら、ティアレシアは彼の手の中にある小箱を見つめる。

「これは、クリスティアンに」

 ルディは、ちらりとクリスティアンの墓を見て小箱を開けた。

 小箱の中には、花の形をしたローズクォーツのイヤリングがあった。クリスティアンは、花が大好きだった。中でも、ピンク色の花が好きだった。

 目に涙を浮かべて、何も言えないでいるティアレシアの耳に、ルディは黙ってイヤリングを付ける。


「今のお前はティアレシアだ。だが、クリスティアンでもある。俺は、クリスティアンごとお前を愛している」


 その一言で、ティアレシアはルディの胸に飛び込んでいた。

 クリスティアンが確かにティアレシアの中に生きていることを知っているのは、ルディだけだ。クリスティアンのまま、存在している訳ではない。しかし、ティアレシアの中には確かにクリスティアンがいる。自分が何者なのか、時々不安だった。クリスティアンなのか、ティアレシアなのか。どちらも自分で、どちらも存在していた。ティアレシアとして生きていても、たしかにこの魂はクリスティアンのもの。クリスティアンがいなければ、今もティアレシアは存在しない。

 だからこそ、ルディの言葉は胸に響いた。

 クリスティアンごと、ティアレシアを愛することができるのは、ルディだけだ。

 ルディは、クリスティアンのことも大切に愛してくれている。

 両耳に揺れる花のイヤリングが、左手の薬指に輝く指輪が、ルディの愛がティアレシアの未来を照らしてくれる。


「ありがとう、ルディ。心から、私はあなたを愛してるわ」


 ティアレシアの言葉に、返ってきたのは甘い口付けだった。

 




読んでいただきありがとうございます。

クリスティアンが十六歳まで生き、生まれ変わったティアレシアはついに十七歳になりました。復讐にとらわれない新しい人生を、これからルディと生きていってほしいと思います。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


奏 舞音

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