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氷撃のカイ・フィリード  作者: 狼花
2章 【青き嶮山 イーヴァン】
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◇霊峰ヴェルン(3)

 それから一晩経って翌日になると、イリーネの体調も万全となった。カイからのお許しももらって、いざギヘナ大草原へ向けて出発である。


 イーヴァン王都オストからギヘナ大草原までの道のりは険しい。テルメニー山、ガデル山、そして霊峰ヴェルンという三つの山を相次いで越えなくてはならない。しかもイーヴァン西部は未開の辺境。街も殆どなく、物資の補給や休息をとることでさえ容易ではないのだ。

 物資は昨日のうちにアスールたちが揃えてくれたらしく、朝から豪華な食事を摂ってすぐに出発する準備が整った。城の門に集まった面々を見てみれば、荷物の大半はニキータが持っているではないか。十中八九カイが持たせたのだろう。なんだか申し訳ない。


 見送りに来てくれたのはファルシェとヒューティア、そしてアーヴィンだった。アーヴィンはイリーネを見るなり、心配そうに尋ねた。


「大丈夫、イリーネさん? 体調悪かったって聞いたけど……」

「もうすっかり元気です。心配してくれてありがとう」


 そう微笑むと、アーヴィンは赤面してもごもごと口の中で何か呟いた。姿の見えないエルケのことについて問いかけると、エルケは上空を哨戒中だそうだ。それは口実で、本当はあまり人前に出たがらない性格らしい。


「あんたは来ないの? てっきり、ついて来るのかと思ってたけど」


 チェリンの言葉にアーヴィンは首を振る。


「僕は残る。これからお前たちはファルシェ陛下と連携を取るんだろ。だったら、その仲介になる者が必要なはずだ」


 そうか――アーヴィンは自ら、その役割を買って出てくれたのだ。旅先でイリーネらは様々な事態に直面するだろう。リーゼロッテの内情を探るファルシェのほうでも新たな発見があるかもしれない。それらの情報を交換する中継役を、アーヴィンとエルケが担ってくれる。手紙でやり取りするよりもより正確に、より速く両者の情報が共有できそうだ。

 クレイザがイリーネらに同行するなら、もはやアーヴィンも知らぬ顔はしない。クレイザに対する彼の忠誠心は、それほど強いのだ。


 ファルシェはあちこちに包帯を巻いていて痛々しい。だが立ち姿は堂々として、怪我をしていることなど一切感じさせない。まだ十九歳――イリーネより年下――とは思えない威厳だ。


「さて……まず南のインデの街に行くと良い。そこから街道を西へ進めば、すぐテルメニー山に入る。ニムに次ぐイーヴァンの高山だ、準備は怠りなくな」


 アスールの広げたイーヴァンの地図を覗き込んで、ファルシェが説明する。インデは数日前、カイと共に依頼で行った街だ。あの小さな白い仔犬――元気だろうか。


「で、そこからだが、霊峰ヴェルンの麓にトンガという街がある。とりあえずはそこを目指せ」

「……まさか、インデからトンガまで人里はひとつもなし?」


 カイの訝しげな視線を受けて、ファルシェはにっこりと微笑んだ。


「正解だ」

「ちょっと……未開にも程があるんじゃないの?」

「食材や資材が豊富な山ではないのだ。しかも、高さではニムには負けるが、険しさにおいてはニム以上の山々だ。仕方ないだろう。街を経由しても良いが、えらく遠回りになるぞ」


 つまり食材が尽きても、山の中で調達することができないということだ。遠回りを嫌うカイはぐうの音が出ない。


「……ギヘナ大草原の地理は?」


 たいして期待した風でもなくカイが尋ねる。ファルシェは腕を組んだ。


「過去に何度か調査隊を送ったことがある。これはイーヴァンだけでなく、どの国も試みたことだろう」

「で?」

「手酷く失敗した。他国はいざ知らず、イーヴァンの調査隊は……手前の霊峰ヴェルンに入った時点で、消息を絶った。だからギヘナどころでなく、霊峰ヴェルンすら我々には未知の土地だ」

「……本当によくもまあ、そんなところを通ろうなんて言い出したね」


 非難の目でカイはニキータを振り返る。ニキータはどこ吹く風だ。


 ファルシェはイリーネの目の前に歩み寄った。そこで思ったのだが、ファルシェは案外小柄だ。他の男性陣が長身すぎるのかもしれないが、僅かに視線を上げるだけでイリーネはファルシェと目が合ってしまう。


「協会のハンターには手出しができないが、そのほかイーヴァン国内にいる間の安全は俺が保障する。だがヴェルン以降は何が起こるか分からない。くれぐれも注意してくれ、イリーネ。新しい情報が入れば、アーヴィンを通じてすぐに知らせる」

「ありがとうございます、色々お世話になって」

「なに、それは俺の台詞だ。イーヴァンの民は受けた恩義を忘れん」


 ふっとファルシェは微笑む。それから顔を上げ、次に声を投げかけたのは青髪の貴公子だ。


「それとアスール、単独行動は控えろよ」

「……ファルシェ、私を子供か何かと勘違いしていないか? 言われずとも心得ているさ」

「どうだかな。お前は本来、熱血野郎じゃないか。どうにもお前は、カーシェル殿のことやサレイユのこととなると冷静さを欠く傾向がある」


 よく見ている、とカイが呟く。洞察力に優れたファルシェは、アスールの抱える焦りや不安を完璧に理解していたようだ。観念したようにアスールも、忠告を素直に聞き入れた。


「……それじゃ、旅の無事を祈ってるよ」

「気を付けてね」


 ファルシェに続いてヒューティアも口を開く。送り出してくれる人がいる――それがこんなにも嬉しい。ヒューティアが手を振り、ファルシェとアーヴィンが見送ってくれた。少々名残惜しかったが、イリーネは踵を返して市街のほうへ足を向けた。


 襲撃から丸一日以上経って、市街はすっかりいつも通りだった。インデ方面に続く街道へ出るため、一行は王都の南の城門を目指して大通りを進んだ。今までは四人だったのに、今日から六人だ。一気に大所帯になった気がする。


「にしても吃驚よね。まさかイーヴァンの国王が後見に立ってくれるなんて……ニムを出たときには考えられなかったわ」

「私も一応王族なんだがね」

「あんたのことを王族だと思ったことなんて滅多にないわよ」


 アスールのアピールもチェリンは一蹴してしまう。すっかりお約束の光景だ。

 先を行くカイはなんとはなく露店に目をやっている。それから、ふと視線を後ろに向けた。


「でもさ、正直どうなの?」

「なにがだ?」

「ファルシェってヒトは、信じられるの? そりゃあの子本人は良い奴だろうけど、国王っていうのは国益最優先でしょ。不利と見て神国に寝返るってことも、あるんじゃない?」

「ま、普通の王ならそうだろうな」


 カイの疑惑にアスールは苦笑する。


「へえ、それじゃあの子は普通の王じゃないって?」

「そもそも神国の権威に怯えるような王なら、クレイザを匿って神国の怒りを買うような真似はしないだろう。あいつはあいつの義に従い、やりたいことをやっている。その途中で手を引くことも、裏切ることもないはずだ」

「そう。ならいいけどね」


 あっさりと頷いた様子は、本心からファルシェを疑っていたようではなさそうだ。少し盲目的になっていないか、知己だからと無意識に信頼してしまっていないかと、そういう警告だ。何せカイはファルシェと初対面なのだ、彼がどんな人物なのかは短期間で量れない。

 知ってか知らずか、ニキータが嘆かわしげに溜息をついた。


「最初からヒトを疑ってかかるとは、心が荒んでいやがるじゃねぇか。あの頃は可愛かったのにこんなにひねくれて、俺は悲しいぜ!」

「あんたたちが不用心すぎるだけだし、俺はあんたに育ててもらった覚えがまったくないんだけど」


 冷たすぎるカイの視線を受けても、ニキータはにやにやと笑っているだけだ。このふたりが打ち解ける日――いや、気心知れた仲なのは確かだろうが――は来るのだろうか。無理な気がする。

 なんともちぐはぐな面々が揃ったものだ。これからはこの六人で、サレイユを目指さなければならない。霊峰ヴェルン、ギヘナ大草原と難所が続く道のりだ。気を引き締めなければならない。


 しばらく、都市の賑わいとお別れだ。




 インデまでは、化身したカイの脚で二時間ほど。人間の徒歩だと、その倍ほどの時間がかかる。インデの街に到着したのはちょうどお昼時で、アスールおすすめの飲食店で昼食を摂ることになった。

 ニキータが肉食で大食らいなのは分かっていたことだが、目の前で大量の肉をたいらげるものだから、カイのほうはめっきり食欲減退である。


「ちょっと、お金のことも考えてよ。あたしたちだってそんなに余裕あるわけじゃないんだし」


 チェリンが渋い顔で、積み重ねられていく皿のタワーを見ている。するとニキータはひらひらと手を振った。


「心配すんな、旅の資金はこっちが全部負担するからよ」

「そんなお金、あんたたち持ってなかったんじゃないの? 宿にすら泊まれていなかったじゃない」

「実は持ってるんだなぁ、これが。ほれ」


 ニキータが差し出した布袋には、ぎっしりと貨幣が詰まっていた。しかも、すべて銀貨だ。これにはチェリンも目を丸くする。


「な、なによこの大金!?」

「ファルシェからの小遣いだな」

「小遣い!?」


 小遣いというレベルの金額ではない。というかそんなことよりも。


「随分、気前が良いんですね……」


 イリーネの呟きにニキータはにやりと笑う。


「イーヴァンは金のある国なんだよ。なんせ世界で使われる木材、鉄、石炭、諸々の資材はイーヴァン産が八割を占めているからな。おまけに近年軍事行動を起こしていないもんだから、金も人員も有り余っているわけだ。リーゼロッテですら、イーヴァンがどれだけの資産を隠し持っているか把握しかねているらしいぜ」


 なるほど、ファルシェは随分やり手の為政者のようだ。前々から分かってはいたが、これだけの大金をほいほい渡してくるのを見ると改めて納得してしまう。


「ま、旅の資金はこれで賄ってくれってよ。俺らが使いやすいように、全部銀貨に両替してくれたしな」


 金貨というのは、主に商店や国同士の金のやり取りでしか使われない。一般市民が生活の中で金貨に触れることなどそうないのだ。そのためのファルシェの配慮だろう。この分ならイーヴァン国内と言わず、サレイユに行っても当分の資金には困らなさそうだ。

 いつか必ずお礼を言わなくては。イリーネが固く決意したとき、空の皿を重ねて端に押しやっていたクレイザが顔を上げた。


「そういえば、今更ですけど馬車は使わなくて良かったんですか?」

「本当に今更だね。ここから先、馬車なんて通ってないし」

「あはは、すっかり忘れてました」


 ただでさえイーヴァンは起伏に富んだ道が多く、馬車の運行が可能な場所は限られる。圧倒的に旅人は徒歩を選ぶが、それでも馬車がある場所は馬車に乗った方が速いに決まっている。平坦なオスト盆地では、王都から近くの街へ多数の馬車が出ていたのだが、全員で素通りしてきたのである。


「馬車は窮屈だし、徒歩のほうが気分いいじゃない」


 カイが水を飲みながら答えると、アスールとニキータが怪訝な目を向ける。気付いたカイがちらりと目線を送る。


「なに?」

「いや、極度に動くのを嫌うお前がそんな風に言うとはな」

「意外だよなあ」


 早くも息が合ってきたのか、アスールとニキータはお互いにうんうんと頷いている。憮然としたカイを見ると居たたまれなくて、せっかくカイが庇ってくれたが本当のことを打ち明けた。


「あ、あの……私が。私が、徒歩がいいって言ったんです」

「そうだったのか?」


 アスールに問われ、イリーネは首肯する。


「前にフローレンツで馬車に乗った時、気分が悪くなって。それ以来、乗らないようにしていたんです。……アスール、私は昔からこうだったんですか?」

「……いや。私が知る限り、君が乗り物に酔ったり閉所を恐れたりしたことはなかったのだが」


 逆に、普段馬車に弱かったのに記憶を失って今だけは平気になった――というより恐怖を忘れた――のならまだ納得がいく。しかしイリーネの場合はそうではない。幼馴染アスールが言うのだから、おそらくイリーネは馬車に対してなんの恐怖も抱いていなかったのだろう。

 それが急に、馬車が駄目になるとは。自分の身に何があったのか。


「あ、別に馬車に乗りたかったってわけじゃないんですよ。というより、僕とニキータなんて馬車に乗るお金の余裕すらなかったので。皆さんが徒歩で平気っていうのなら、それでいいんです」


 クレイザは実に朗らかに、手をひらひらと振った。金欠との熾烈な戦いを繰り広げていたクレイザとニキータに、最初から『馬車に乗る』という贅沢な発想はなかったようだ。そこまでいくと本当に悲しい。


 食った食った、とニキータは背もたれに寄りかかった。「おっさん」とカイがぽつりと呟くのがイリーネの耳に届く。思わず笑いそうになってしまったのをぐっとこらえ、イリーネは伝票を手に取る。――本当に、昼食とは思えない量と金額を食べたものだ。これから毎回こうなのだろうか。


「カイ」


 急にアスールが、小声でカイに注意を促した。切れ長の青い瞳が、店内のある一角を見ている。カイの眠そうな紫の瞳も、同じ場所を見る。しかしほんの一瞬だけで、すぐにカイは目を逸らした。ニキータなど、そちらを見る気配もない。


「分かってる、分かってる……出よう、みんな」


 いつもうだうだと動こうとしないカイが、真っ先に立ち上がった。イリーネのことを自分の身体で隠すようにして、店の入り口まで向かう。ちらりと店の奥を見ると、柄の悪そうなハンターたちがこちらをじろじろと見ていた。カイかニキータか、もしくはアスールか、正体がばれかけているのかもしれない。

 チェリンが手早く会計を済ませ、慌ただしく店を後にする。ニキータは西に目を向けた。


「このまま街を出るぞ。西に行けば、奴らも追っては来ないだろうよ」


 インデより西は未開の山岳地帯。いくら目当ての賞金首が向かったとはいえ、何の準備もなしに追いかけてくるほどハンターたちも考えなしではないだろう。

 しばらく人里とはお別れだというのに、その感慨にふけるでもなく逃げるように一行はインデの街を出発したのだった。





★☆





 オスト盆地を形成する西の山脈、テルメニー。ニムに次ぐ高さと規模を誇りながら、その険しさはニムを越える。何せ人の手が長らく入っていない原生林が広がっているのだ。ジャングルかと思うほどに密集する森であるだけでも大変なのに、斜面もかなりきつい。道も殆どなかった。


「と言っても、昔はこの山にも頻繁にヒトが出入りしていた。俺がガキだった頃には、狩猟が盛んに行われていたもんだ。ここに住みついていた連中もいたなあ」


 草を掻き分けて進みながら、ニキータが言う。特別背の高いニキータは、しょっちゅう木の枝や蔓に頭を引っ掛けていた。そんなニキータを盾にするようにしてカイが続き、後続が進みやすいように道を踏み固めていく。


「その証拠に、ほら、今俺たちが歩いている場所。これも一応、当時のヒトが使っていた道の名残だぜ」


 そう言われてみれば、確かに人が歩いた形跡があるような――ないような。ニキータが子供のころといえば、百年近く前のことだ。当時どれだけ整備された道だったかは分からないが、これだけの年数が経てばもはや道など破壊されてしまっている。


「どうしてヒトが入らなくなったのかな」


 クレイザが素朴な問いを投げかけると、ニキータはあっさりと答えた。


「大規模な噴火があったのさ。今は鎮静化しているが、昔はテルメニー山も活火山のひとつだった。溶岩と灰で、この近辺の集落が埋もれたらしいぜ」


 噴火――山からマグマが噴き出る現象。言葉の意味は分かっても、その光景をイリーネは想像することができない。


「当時は――というか今現在もだが、噴火のメカニズムってのは庶民にゃよく分からん。が、イーヴァンの民はそれを『山の神の祟り』だと信じていた。テルメニー山の獣を狩り、木を切った自分たちへの天罰だってな」

「それで、テルメニー山に立ち入ることを禁じた――ってことだね」

「ああ。まあ、それからもう百年以上だ。現代人が何を思ってテルメニー山に入らないのかは知らん。自分たちの祖先が『入るな』と言ったから入らない、そんな程度だとは思うがな」


 先人の教えは偉大だねぇ、とニキータの口調は明るい。話を引き継いだのはアスールだ。


「代わりに、テルメニー山は歴史的価値の塊だ。火山灰の層の下に、過去の遺構や遺物が埋もれているのだからな」

「その割には、発掘された様子はありませんね」


 イリーネは辺りを見回してみる。当時の歩道の名残があるくらいなのだから、いまイリーネらがいる場所は噴火の影響は少なかったのかもしれない。それでも、研究者や発掘作業員がいるならもう少しヒトの手が入っていそうなものだが。

 適格な意見だったのか、アスールが苦笑して頷く。


「主に噴火の影響があったのは山の西側だから、ここにはたいした影響がなかったのだろう。それにイリーネの言う通り、発掘作業は行われていない。イーヴァンの民とって山は至高なものであるからな。必要以上に山を掘ることを許してはくれぬのだ」

「勝手なこと言うぜ。自分たちは散々石炭を掘ったり、木材を伐採したりしているのにな」

「今を忙しく生きる人々には、過去の歴史を振り返る暇などないのだと思いますよ、【黒翼王】殿」

「過去の歴史ってなあ。俺は普通に生きていたっつの」

「そうそれ、化身族の方々にとって百年前など『ついこの間』ですからね」


 寿命の異なる種族同士では、時間の感じ方も異なる。イリーネたち人間族にとって百年前は『遠い昔』のことだが、百年以上を生きる化身族にとってはそれほど前のことではない。ニキータのような『生きた歴史書』もいることだし、百年程度の過去は調べるまでもないのだろう。何せ、生き証人が世界中ごろごろいるのだ。

 

 と、先頭を歩くニキータが止まった。次に歩いていたカイも止まり、その背中にぶつかりそうになりながらイリーネも足を止める。後ろの方からチェリンがひょっこり顔を出した。木々が邪魔で、一列でしか歩けなかったのである。


「どうしたのよ?」

「いや、道がねぇなと思って」

「はあ?」


 イリーネがなんとか前方を見てみると、ニキータの目の前にあったのは高さ三メートル近い壁であった。よじ登るには無理がありそうだ。

 カイが溜息をつく。


「道なりに来たはずなのに、なんで行き止まりなのかなあ」

「俺が聞きたい」

「で? この崖沿いに歩いてみる?」


 いつかこの崖の上に行けるかもしれない――が、方向を間違えれば確実に遭難だ。ニキータは振り返る。眼帯に隠されていない緋色の隻眼が爛々と輝いている。楽しんでいる顔だ。それを見たカイは心底嫌そうに顔をゆがめる。


「ちょっくら迂回路を見て(・・)来るわ。ここで待ってろよ」


 言うが否や、ニキータは鴉の姿に化身して空に飛び立ってしまった。あっという間に小さくなった鴉を見送り、残された面々は唖然としてしまう。

 その中で平然としていたのはクレイザである。当然といえば当然かもしれない。


「ニキータが上空から通れそうな道を探してくれている間に、僕たちは休憩でもしませんか?」

「……そうだね、そうしよう」


 カイは苦笑して、どっかりその場に腰を下ろしたのだった。

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