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氷撃のカイ・フィリード  作者: 狼花
2章 【青き嶮山 イーヴァン】
62/202

◆黒翼王と吟遊詩人(9)

 イリーネの指示で単独行動を開始したのは良かったのだが、実はカイは少々途方に暮れていた。というのも、そもそも王都オストの地形が頭にないので『敵に狙われやすい場所』も知らなければ、犯人たちが何人、どんな格好をしているのかも分からないのだ。鼻も火の匂いで利かなくなっており、頼りになるのは夜の闇でも見通す目のみ。そしてカイの目には、今現在のところ怪我人の姿しか見えない。


 火種は見つけ次第“氷結(フリージング)”で潰し、カイは化身を解いてとりあえず人命救助にあたった。――爆心地からはだいぶ距離があるはずなのだが、衝撃波や飛散した家屋の残骸は、こんな遠くにまで届いている。凄まじい威力の爆発物だったようだ。これなら持っていた本人が跡形もなく消えてしまうのも無理はないとは思うが、ヒューティアに守られていたとはいえ、よくもまあファルシェは怪我だけで済んだものだ。

 今のところ、他の場所で同じ爆発が起きた様子はない。別行動をしているアスールとチェリン、ニキータが先手を打ったのか、それとももう敵はいないのか。慎重にならなければいけない。敵は爆弾そのものなのだ。


「おにいちゃん……いたいよぅ……!」


 手当てしてやっていた少年が、涙に滲んだ声を出す。腕に裂傷がひとつ、たいしたものではないが子供には大怪我だ。他に骨折や怪我もないようなので止血で応急処置はできるが、こう縋られてしまうとカイも邪険には出来ない。

 今日は年に一度の祭りの日だ。子供も当然、多く市街には出ていた。


「骨は折れてないから大丈夫。この布で傷を押さえて待ってて。そのうち医者も来るだろうし……」


 色々説明して落ち着かせようとするのだが、これは見事に逆効果だった。号泣し始めた少年を目の前にして、カイはまたもや途方に暮れた。

 これはつまり、助けが来るまで傍にいろと要求されているのか――ぼんやりとそう思ったとき、真横に何者かが立った。見上げると、そこにいたのは化身を解いた【光虎ヒューティア】である。


「とらのおねえちゃん……!」


 少年の声が若干明るくなる。「虎のお姉ちゃん」ことヒューティアは、街では顔馴染みの存在だったらしい。

 彼女はカイの隣にしゃがんで少年と目線を合わせ、にっこりと笑顔を見せた。


「ひとりでお祭りに来たの?」


 問われた少年は、ふるふると首を振った。そしてつい先程までカイが手当てをしていた、傍に倒れ込む女性に目を送る。頭を打ったのか先程から気を失ったままだ。だが目立った怪我はないので、軽い脳震盪だと思う。


「お母さんと、一緒……」

「じゃあ、君はお母さんの手を握っていて。お姉ちゃんとお兄ちゃんが、すぐ助けを呼んできてあげる」

「ほんと?」

「ほんと。だから、君はお母さんをここで守るの。泣かないで待っていられるよね?」


 頷いた少年の頭をぽんと撫でて、「いい子」とヒューティアが褒める。そして、ヒューティアの言いつけ通り母親の手を握った少年の傍を、カイとヒューティアはそっと離れた。怪我人の対処も一応終わり、カイは頭を掻いてヒューティアを見やった。


「あー……ごめんね。俺、ああいうの慣れてなくて」

「ううん、いいの。ありがとう、みんなを助けてくれて」


 イーヴァン人の殆どは、褐色の肌と色素の薄い金の髪を持つ。ファルシェも、そしてヒューティアもその典型的な容姿をしていた。長い髪を頭の頂上で団子状にまとめたヒューティアは、チェリンとは違った大人の女性らしさがあるのだが、彼女は妙に少女じみているということをカイは知っている。


「君も来たの? てっきり、王さまの傍にいるもんだと思っていたけど」

「ファルシェくんが、行けって言ったから」


 ――ファルシェくん(・・)。そう呼ばれてもおかしくない年齢だというのは分かるのだが、違和感だらけだ。


「……じゃあ、俺あっち行くから。君は向こうをよろしく」


 とりあえずそう頼んでカイは身を翻そうとしたのだが、くいっと後ろに引っ張られる。見れば、ヒューティアがカイの服の裾を掴んで引き留めていたのだ。


「待って。あの、待って」

「なに?」

「私も、い、一緒に行く……」

「……は?」


 か細い声で聞き逃しかけたが、カイの耳はしっかりと言葉を捉えた。弱々しい少女の声は、さながら迷子の子供のようだ。


「いや、ほら。王都は広いんだし、手分けして探したほうがいいと思うんだけど」

「で、でもでも。どのくらい敵がいるか分からないから、単独行動は控えたほうが」

「それはそうだけど、ぶっちゃけ時間の無駄って言うか」

「さっき、アスールくんとチェリンちゃんは一緒に行ったでしょ……?」

「戦いに慣れていないチェリンの単独行動は危険だからだよ。君はその手のプロだろ」

「ふえぇ……」

「え?」

「えう……」

「……まさか怖い?」


 それこそ「まさか」と思って問いかけたのだが、じわっとヒューティアの眦に涙が盛り上がったのを見てカイはぎょっとした。さっきまでの笑顔は一体どこに行ったのだ。そもそもなぜ泣いているのか。イリーネが泣くときはそれなりに気を張って慰めるカイでも、このときばかりは言葉が見つからない。


「ちょっ、何で泣くの……?」

「……ひとり、寂し……っ」

「えー……っと」


 あまりのことに絶句すると、ヒューティアはごしごしと涙を拭いながら呟いた。


「ファルシェくん、いないしっ……熱いし怖いし暗いしっ……もうやだよぉ……」


 なんなのだろう。このヒト、なんなのだろう。

 サディの街でデュエルしたときの勇敢さも獰猛さも、ファルシェにぴったり寄り添う従順さも、どこかへ捨ててきてしまったようだ。ここにいるのは泣き虫の少女で、果てしなく――面倒臭い。つまりヒューティアは、ファルシェがいないとどうにもならないということか。


 つくづく、妙なものだ。化身族は単独で生きることをモットーとした種。だというのに、人間に従うどころか、すっかり依存するとは。


「――分かった、分かったから。俺と一緒に行こう。王都の地理はさっぱりだから、案内してくれると助かる」

「う、うんっ」


 もうやけくそでそう提案すると、ぱっとヒューティアは笑顔を見せた。機嫌が治ったことにほっとしたような不安のような複雑な気持ちで、カイは移動を開始する。ヒューティアはちょこまかとそのあとをついてきた。


 化身族にかけられる賞金の基準など誰が決めた訳ではないが、その化身族によって人間側が『どれだけの損害を被ったか』という点で賞金額が跳ね上がる傾向がある。狩りに向かったハンターが何人返り討ちにされたかということは勿論だが、ランキング上位の強者たちはそれだけではない。

 ニキータの例でいえば、彼はヘルカイヤ公国軍としてリーゼロッテ神国と戦い、神国の軍を壊滅に近いところまで何度も追い込んでいた。その過去があるから、もはや戦犯として賞金首になっている。カイも――何もしていないとは言えない。カイが過去にしたことは、人間たちにとっては許せない行動だったのだろう。だから九八〇〇万ギルもの賞金をかけられたのだ。


 では、いま後ろをくっついて歩いてきている【光虎ヒューティア】は? この泣き虫女は、いったい過去に何をやらかしたのだ。確かに戦闘能力は高いが、先程から「怖い」だの「寂しい」だのと、戦う意欲がまったく感じられない。ファルシェの指示があればなんでもする、くらいの気概はあるようだが、あの青年王が非道なことを命じるとは思えない。


「君は、あの王さまとどうやって知り合ったの?」


 質問を口に出してから、こんなときに何を聞いているのだと自分に呆れる。


 高いところから街全体を見たほうが良さそうだと思ったカイは、住宅の塀から屋根へ、屋根からさらに高い住宅へと移動している。そつなくヒューティアもついてくるあたりはさすがというべきか。

 街のほぼ中心にある巨大な時計塔の上に登ったところで発せられたカイの質問に、ヒューティアは小さく首を傾げた。それからぽつりと答えてくれた。


「ファルシェくんは、私と友達になってくれたの」

「友達?」

「そう。私の初めてのお友達」


 微笑んだヒューティアの表情から、クレイザ以上の天然臭を嗅ぎ取ってカイは目を逸らす。


「生まれてすぐ、ハンターたちが私の一族を襲ってね。私だけ、みんな逃がしてくれたの。それから転々と生きてきたんだけど、みんな私のこと凶暴な虎だとしか見てくれなくて……」

「まあ、見た目は凶暴な虎そのものだしね」

「……ひどっ……」

「ごめんなさい冗談です続きをどうぞ」


 扱いづらいような、扱いやすいような、なんともいえない性格の女だ。


「ひとりが寂しくて、誰かと友達になりたかったの。でも出会った動物くんたちはみんな逃げちゃうし、人間も化身族も私に攻撃しかしてこなかった……ひどいでしょ?」

「そうだね」


 ひどいと言いながら、きっとヒューティアは襲ってくるハンターたちを全員返り討ちにしていたのだろう――カイはほぼそう確信している。でなければヒューティアはいまここにいない。


「そうやって、六十年くらいずっとひとりだったんだ」

「……俺より年上さんなんだ」


 ならば単純に計算して、ヒューティアが殺したハンターの数はカイの二倍近くということになる。それでこの無邪気な性格は、まさに邪悪の権化というべきではないのか。

 ヒューティアはそこで恋する乙女のような笑顔を浮かべた。


「でもね、そんなときにファルシェくんと会ったの。ファルシェくんは他のヒトとは違った。私とお話しようって、友達になりたいって言ってくれた。だから私は、ファルシェくんの傍にいようって決めたの。ファルシェくんは、私に戦う意味をくれたから」

「ははあ、それはそれは……」


 孤独から愛情や友情に飢えていたヒューティアにとって、『友達になろう』というのはどれだけの威力を持つ殺し文句だったことか。相手がファルシェだったから結果オーライのようなものの、もしも少し頭の回るハンターが同じ言葉を使っていたら、ころっとヒューティアは人間に狩られていたのではないか。そういう危機感がないとは、困ったものだ。

 ファルシェはどういう意図で、ヒューティアに声をかけたのだろう。ハンターとしてならば、ヒューティアをすぐに協会に突き出していたはず。だが彼はそれをせず、ヒューティアを自らのパートナーに据えた。これは、【光虎ヒューティア】を手に入れたい協会からすればとんでもないことだ。

 強者と契約したかったのか。イーヴァンの一角で大量虐殺を繰り返すヒューティアを止めたかったのか。それとも単純に、彼女の寂しさを紛らわせてやりたかったのか――ともかく、十代半ばほどの少年がやるには度胸のいることだ。


「……傑物だらけだな、この世界は」


 思わず呟くと、何を勘違いしたのかヒューティアもうんうんと頷く。


「ファルシェくんのおかげで、お友達も増えたの。お城の衛兵さんや侍女さんたちに、クレイザくんやニキータくん。もう寂しくないよ」

「良かったじゃないの」

「カイくんとも、もうお友達だよね?」

「え」


 ぽかんとしてヒューティアを振り返ると、またしても彼女は今にも泣きだしそうに目を潤ませて俯くではないか。


「……違った?」

「違わないです。ありがとう、俺も君と友達になれたら嬉しい」

「良かった!」


 ああもう、ほんとにこのヒトは。





 下手に地上を動き回るより、高所から見渡したほうが見落としがない。そう思ってはいたものの、異常は今のところ見受けられない。逃げ惑っていた人々もどこかに避難し、すっかり人の気配が失せた街はどこか寂しい。それを見ながら、カイは後ろで別の方角を見ているヒューティアに尋ねた。


「何か見える?」

「なんにも……」

「……まさか、あの一発で反乱終了……? そんな馬鹿な」


 敵は複数。策は二重三重。ファルシェの推測は、あの場にいた誰もが納得していた。カイも例外ではない。必ず何かある。そう思っていたのだが――。


 と、その時、カイの視界の端で眩い光がちらついた。はっとしてそちらに目を向ける。薄闇の中でもよく見える――街の北側に、巨大な建造物がある。あれがこの国イーヴァンの王城だ。

 光が見えたのは、その王城の少し手前。天から地上へ向けて、光の柱が撃ち込まれていたのだ。カイはその正体を知っている。


「! ……ニキータだ」

「どういうこと……?」

「分からな――……いや、そうか。敵の狙いは、最初から王城……?」


 ファルシェの命を狙って爆発を引き起こし、ファルシェの身辺警護を厚くする。そのとき手薄になるのは、応援のため兵が出払った王城だ。それを狙っていたとすれば――。


「ほ、本気で国を獲るつもりで……!?」

「行こう」


 短く告げてカイは化身する。勢いよく時計台から飛び降り、住宅の屋根に着地した。そのまま屋根伝いに、一直線に王城へ向けて駆ける。虎の姿のヒューティアも、そのあとを追ってきた。

 ニキータも、アスールもチェリンもきっとあそこにいる。カイはそう確信した。そこに自分とヒューティアが駆けつけるとなれば――どれほどの相手であろうと、敵ではない。

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