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氷撃のカイ・フィリード  作者: 狼花
2章 【青き嶮山 イーヴァン】
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◇旅は道連れなんとやら(7)

「い、イーヴァンの王さまとデュエルした……!? なんでそんなことに」


 事情を話したイリーネは真っ青になって、真正面に座るカイとチェリンを見た。


 アスールとともに喫茶店の待ち時間を確認に行ったのだが、一時間近く待つということで別の店を探そうということになった。さすがにアスールも、旅の途中の休憩のために一時間時間を取るのは嫌だったらしい。幸いにも周辺にはそれっぽい店がいくつもあり、空いている店を見つけることができた。

 そうしてカイとチェリンを呼びに戻ろうと思ったのだが、アスールが「まあまあ」なんて言いながら近くの雑貨店などを冷かしはじめてしまったのだ。カイたちを待たせているのに、と気が気でなかったのだが、そのうちイリーネも見たことのない装飾品や衣類に目が移るようになってしまったのは女の性か。


 逆にカイとチェリンが探しに来たところでイリーネははっと我に返った。ほったらかしにしたふたりに謝ろうと思ったのだが、ぱっと見たカイの頬に一筋の傷があって、脇腹の服がぱっくり裂けていることに気付く。驚いて事情を聞こうと思ったら、カイは「ここじゃまずい、場所を変えよう」と背中を押されてしまった。

 目星をつけていた喫茶店に入ると、待たされることもなく席に案内された。とりあえず全員飲み物を頼んで、運ばれてくるまでの間にカイから説明をもらったのだ。それが先のイリーネの驚きに繋がる。


 カイは弁解するように手を振った。


「あっちから挑んできたんだよ。俺は悪くない」

「そうよ、向こうが悪いのよ。市場のど真ん中であんな虎を嗾けるなんて」


 チェリンも興奮冷めやらぬ様子で憤慨する。そこで店員が飲み物を運んできたので、会話は一時中断された。カイは例のごとくフルーツジュースで、他の三人はみな冷たいコーヒーだ。

 一息でコップの半分くらいまで飲んでしまったカイは、相当喉が渇いていたのだろう。生き返ったような息を吐いて、対面のアスールを見やる。


「で、あのヒトはほんとに何なの?」

「なぜ私に聞く?」

「どうせ知ってるでしょ」


 確かにアスールは、国だけでなく様々な街、果ては人物にまで明るい。知らないことがあるほうが驚きなくらいだ。思った通りアスールは苦笑して口を開いた。


「ファルシェ・I(イーヴァン)・ラスタル。三年前に十六歳で即位した『青年王』で、今現在世界で最も若い君主だ。紛れもなくこの国の王だよ」

「ハンターだっていうのは?」

「事実だ。そもそも、彼は前王の弟でな。歳の離れた兄が王位について自分の王位継承は遠のいたために、ハンターとして国中を練り歩いていたのだ。ところが兄王は不慮の事故で亡くなってしまった。世継ぎがいなかったために、仕方なく弟のファルシェが王位につくことになった。まあ、彼にしてみれば青天の霹靂といったところか」


 兄王に子が生まれれば継承権はそちらが優先される。そう思って気楽に生きていたら、自分が王になる羽目になったのか。ハンターになるくらいなのだから、相当奔放で血気盛んなはずだ。城に縛られて政務に明け暮れるのは、苦痛なのだろう。


「好き勝手生きていた割には、政務はきちんとこなしているようだがな。たまに『癖』が出て、強い相手を見つけるとデュエルを挑みたくなるらしい。カイもそのとばっちりを受けたのだろう」

「と、とばっちり……」

「それで市街を壊すのは困ったものだが、あの若さと気さくさだ。支持率は高いし、もはやイーヴァンではアイドルだよ」


 アスールがそこまで評する国王ファルシェを一目見てみたかった――と、少々イリーネは残念だ。渋い顔をしているチェリンが口を開く。


「あの虎女は?」

「【光虎(こうこ)ヒューティア】だな。賞金ランキング第六位、特級手配者。カイに数字では劣るが、彼女がこの国最強の化身族だ。どこでどう出逢ったのかは知らないが、即位前からの長い付き合いのようだ」

「そんな女によく勝ったわねぇ」

「あれは勝ったっていうのかな?」


 チェリンとカイが首を傾げているが、イリーネはぎょっとして目を見張った。驚いたのは、カイが勝ったという部分ではない。


「カイより劣る……? え、カイってそんなに強かったんですか!?」

「……カイ、話していなかったのか?」


 アスールの怪訝な視線を受けたカイは、ちるちるとストローでジュースを啜る。


「自分で誇って言うことでもないでしょ」

「お前は本当に化身族なのか……?」


 呆れたアスールに代わってチェリンが説明してくれた。ただし、カイに向けて指を突きつけながら。


「こいつは賞金ランキング第五位、九八〇〇万ギルの特級手配者よ。フローレンツ最強であり、世界で五番目に強いわけ」

「フィリードのヒトたちもいるんだし、厳密にはもっと強い人がいるよ」


 カイはぼかそうとするが、それでも上から数えられるだけの順位を持っているのは間違いない。彼がフローレンツ最強というのは分かっていたが、まさかそれほどだったのか。


 第六位、【光虎(こうこ)ヒューティア】。


 第五位、【氷撃(ひょうげき)のカイ・フィリード】。


 第四位、【黒翼王(こくよくおう)ニキータ】。


 第三位、【迅風(じんぷう)のカヅキ】。


 第二位、【獅子帝(ししてい)フロンツェ】。


 アスールが一度に列挙してくれる。「獅子帝」とか名前だけで強そうなどと思っていると、一位を残してアスールが口をつぐんだ。おや、とイリーネは首を傾げる。


「一位は?」

詳細不明(アンノウン)、と呼ばれているのだよ」

「アンノウン?」


 コップは空になっているというのに未練がましくストローを咥えているカイが話を引き継ぐ。


「種族も、生息地も、何もかも謎。けど確かに『存在はする』――そういう曖昧な相手。トライブ・【ドラゴン()】の可能性が高いと言われてはいるけど、竜なんてここ数百年目撃例がないからね。噂話止まりなんだ」

「だが確かに竜族が存在するとしたら……誰も太刀打ちできない、真に『最強』の化身族だろう」


 得体のしれない恐怖に襲われて僅かに身震いすると、チェリンが苦笑した。


「大丈夫よ。いくらこいつが問題児だからって、竜なんて連れてこないわよ」

「チェリー、俺がいつどこで問題起こしたの?」

「たった五分前にやらかしたばっかりでしょうが」


 間髪入れずにカイの口を封じておいて、チェリンはテーブルの脇に置いてある箱から液糖シロップを取って自分のコーヒーに注いだ。くるくるとストローでコーヒーをかき混ぜながら、次に視線をアスールに向ける。


「……それより、まるでイーヴァン国王が友達みたいな口ぶりだったけど、どういう関係なわけ?」


 アスールはにっこりと微笑む。彼の笑みは優しいが、その笑みが本当のことをすべて隠してしまう仮面になっているのだということを、イリーネは最近理解した。アスールがそうやって笑っているときは、必ず何かはぐらかす。


「彼の評判はイーヴァン国内にいればどこででも耳に入る。まだまだ遊びたい盛りの若者なのさ、そう思うと可愛らしいじゃないか」

「……」

「――まあ、実際は何度か言葉を交わしたことがあるのだがな」


 ようやく教えてくれた事実に、チェリンは「ほらやっぱり」と呟いてコーヒーに液糖シロップを注いでまた掻き回す。


「アスールは王さまとも面識があるんですね」


 素直な驚きを込めてそう言うと、アスールは笑った。


「あちらから声をかけてくれたのだ。光栄なことにな」

「その見た目が目立つからじゃない?」


 カイに指摘されてアスールは自分の服に目を落とした。ニムを越えてから彼は暑苦しいマントを脱ぎ、薄手のシャツを身につけていた。イーヴァン人は暑さゆえかどうも露出面積の多い服を好むようだが、アスールは貴公子然として袖のあるシャツだ。これだけ長いこと炎天下を歩いてきたのに日焼けひとつしていないのはさすがである。


「そうだろうか?」

「服じゃなくて、その髪の色」

「ああ、これか。見事な色だろう?」

「妙な色だから悪目立ちしてるんだよ、奇人(きじん)だと思われて」

貴人(きじん)? それはほら、生まれつきだから仕方ないではないか。まさしく私の心のように澄んだスカイブルーだよ」

「澄んだ心? 誰が?」


 痛烈なカイの一言を最後に、四人の間で沈黙が舞い降りる。

 聞こえるのは周囲の喧騒と――氷がコップにぶつかる音のみ。


 アスールは軽く咳払いして、対面のチェリンを見やった。


「……時に、チェリン姫?」

「何よ」

「先程からかなりの液糖をコーヒーに入れているが……もはやそれはコーヒーではないのではないか?」


 チェリンはストローでコーヒーをかき混ぜる手を止め、視線を落とす。色自体はそれほど変わっていないが、少し減っていたはずのコーヒーの量が元に戻ってしまっている。

 イリーネが試しに飲んでみたのだが――思わずむせてしまうほどの甘さだった。


「だ、大丈夫、イリーネ?」


 カイに心配そうに尋ねられ、イリーネは咳き込みながら頷く。


「これは……液糖のコーヒー味です……!」

「おお、なんだその、聞いただけで身体に悪そうな名称は」


 アスールが頬をひくつかせる。この喫茶店で砂糖の類は無料ということになっていたが、それにしてもチェリンひとりで消費しすぎだ。

 チェリンは顔を赤くした。


「だ、だって、これ苦いんだもの!」

「まあ、ブラックコーヒーだしね」

「前に温泉で飲んだときはもうちょっと甘かったわ」

「あれは牛乳が入っていたから……というより、あれでも苦かったんですね」


 とにかくチェリンが尋常ではない甘党なことは分かった。それならコーヒーなど頼まなければいいのに――と思ったのだが、チェリンは平気な顔をしてストローを咥える。


「あの、無理して全部飲まなくてもいいと思いますよ」

「平気平気。これは甘くて美味しいから」


 そう言ってコーヒー味液糖という名の劇物をやすやすと飲んでいく。カイは空のコップをテーブルの脇に置いた。


「人の食べ物の好き嫌いに口出すより前に、その味覚をなんとかしたほうが……」

「しかしおかしいな。そのような者があれだけの料理を作れるとは思えないのだが……」


 アスールも心底不思議そうに首を傾げる。チェリンが半眼で男二人を睨んだ。


「ちょっと、人を味音痴みたいに言わないでくれる!?」


(みたいも何も、断言してるのに……)


 三人とも同時にそう思ったが、それを指摘すればさらにチェリンが怒るだろうことは分かりきっていたので、みな沈黙を以って答えた。

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