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氷撃のカイ・フィリード  作者: 狼花
2章 【青き嶮山 イーヴァン】
42/202

◇山岳を越えて(13)

 下山というのは「地上を目指して下ればいい」なんて単純なものではない。滑落の危険もあるから慎重に歩を進めねばならず、登山道を逸れて遭難するという可能性も出てくる。

 人によっては登山より下山のほうが辛いという者もいるが、イリーネもそう感じていた。カイに手を貸してもらいつつ、ゆっくり慎重に狭い道を歩く。かなり体力が必要だ。


 ニム周辺はこうした急斜面が多い。あと一時間もすれば沢に出て広い地面になると言われたが、そこまで果たして辿りつけるのか。


 先導するカイ、その後ろにイリーネとチェリン、最後尾をアスール。ごく自然とこのような並びになっている。この急斜面は山に慣れているはずのチェリンでも歩きにくいらしい。そもそもチェリンは、ニムより下の世界を知らないのだ。道に慣れていなくて当然だ。


「そこ滑るよ、気を付けて兎さん」


 ちらりと後ろを振り返ったカイの忠告を受けたチェリンが、まさに苔むした岩で足を滑らせそうになってなんとか踏みとどまる。チェリンはほっと息を吐く。


「あ、ありがと……っていうか、なんであたしのことをいつまでも『兎さん』なんて呼ぶのよ。ちゃんと名乗ったでしょ?」

「あー……『チェリン』ってちょっと発音しにくいんだよね。俺、滑舌悪いから」

「滑舌!?」


 確かに普段は間延びした口調の多いカイだが、聞き取りにくいといったことは一切ない。チェリンが呆れているところで、カイがまた後方を振り返る。


「じゃ、『チェリー』でいい?」

「さくらんぼかっ。そこまで言えたなら『ン』まで言いなさいよ、もう」


 文句を言いつつ妥協したらしいチェリンの後ろで、事もなげに歩を進めるアスールが微笑んだ。


「さくらんぼか……そういえば、丁度今の時期が旬だな。あれは夏の食べ物だから」

「ニムにもどっかで自生してるんじゃないかな。探す?」


 あっさりとカイはそう提案したが、歩くのに精いっぱいで息も絶え絶えな今の状況でそれは無理がある。アスールも肩をすくめる。


「野生の果実というのも魅力的だが、街に出ればいくらでも食べることができるだろうよ」

「まあ、そうだね」

「時にカイ、質問があるのだが」

「急に改まってなに?」


 アスールはかなり難しい顔をしていた。知らず、イリーネもチェリンも黙して彼の言葉を待ってしまう。

 やがて深刻そうに顔を上げたアスールは、カイに問いかける。


「なぜ、ニムの『山菜採りツアー』に参加しなかったのだね?」

「……は?」


 カイがぽかんと口を開ける。イリーネも首を傾げてチェリンを見やると、「ニムの山菜採り名人の案内で山に入って、自分で山の幸を採ってくる催しものよ」と教えてくれた。ニムで唯一の観光客向けのツアーらしい。


「なぜって……そんなもの知らなかったんだけど」

「なぜだ!?」

「いや、だからね」

「お前はニムに何をしに来たのだ!? まさか、山越えのための通過点に過ぎないなどと言うのではなかろうな?」


 いやぁ、その通りなんですけどねぇ、とカイが口の中で呟くのが見える。


「様々な国を訪れ、その街の特産を知り、観光地には足を運び、名物は食べる! これぞ旅の醍醐味ではないか」

「思いっきり物見遊山じゃん、それ」

「それ以外のなんだというのだ?」


 断言されてしまい、カイが頭を掻く。確かにここに来るまで、カイとイリーネは『観光』という観光をしてこなかった。食事も然り、観光名所も然り。とりあえず街から街へと移動することを第一にしてきてしまっていた。


「せっかくの旅行なのだぞ。色々と体験しなければ損ではないか」

「……そりゃ、正論だね」


 だからって山菜採りツアーはどうなのだろう。正直そう思わないのでもないのだが、カイも少し思うところがあったらしい。急ぐ旅ではないと言いながら、実際はかなり急いで旅を進めていたのは事実だ。


「そういうわけだ、麓のハサンの街に着いたら、美味しいチェリーケーキで一服といこうではないか」

「到着は二日後だっていうのに、気が早いわねぇ」


 そういうチェリンも、それなりに乗り気らしい。


「そこは勿論、あんたの奢りなのよね?」

「私は君たちの旅に同行させてもらっている身だ、当然のことさ。仮にそうでなくとも、男が全額出すものではないかね、カイ?」


 一切の無関係を決め込んでいるカイに、アスールが意味ありげな目を送る。しかしカイは素知らぬ顔で足場を選び、軽々と岩から岩へ飛び移る。


「俺のお金はイリーネのお金でもあるから、アスールの美学には反するんじゃないかなぁ」

「イリーネ姫、今すぐ『小遣い制』を施行することを提案する。男女の共同生活の中では、女性が財布を握る方が万事うまくいくのだ」

「ちょっと、妙なこと吹き込まないでくれる?」


 個性的な面々にイリーネは終始笑顔だったが、さすがにその余裕もなくなってくる。むしろこの場面にきて悠々と会話を交わせているカイとアスールが信じられない。イリーネはもう声を出す余裕すらなくなっているというのに。

 せめてきちんとカイについていって、進行を遅らせないようにする。イリーネはそう決意して黙々と進む。


 そうして山を下ること一時間。踏み固められた土の地面は存在感のある小石に変わり、やがて木々に覆われていた視界が開けた。そうして現れた小さな川と、眼前に広がる河原。カイが言っていた沢だ。

 石で歩きにくい河原を歩き、川辺へと近づく。透明度の高い水だ。清流の音を聞いているだけで暑さも和らぐように感じて、イリーネはほっと息を吐く。


 カイは辺りを見回して危険がないことを確認してから、背負っていた荷物を下ろした。


「ここで休憩しよっか」


 異を唱える者はいない。イリーネは半ばへたり込むようにカイの傍の岩に腰を下ろした。そうして一息ついている間に、カイは清流からカップに水を掬い、イリーネに差し出してくる。


「はい。ここらの水は身体に良いって有名なんだよ」

「ありがとう、カイ」


 マグカップを受け取った時、僅かにカイとイリーネの指が触れ合う。――その瞬間、イリーネの指先から光があふれ出した。はっとして手を引いても遅く、カイの掌を光が包み込む。カイはマグカップを持ったまま、左手で右手の甲をさすった。


「おっと……どこかで擦りむいてたのかな」

「……私、また……」


 勝手に発動する治癒術。少し触れただけでこうなってしまうのだ。早いところなんとかしなければいけない。

 カイは改めてイリーネに水を渡して、隣に腰を下ろした。少し離れた場所では、チェリンとアスールがまた些細なことで夫婦漫才をしている。それを眺めながら、カイが口を開いた。


「君の認識を覆すようなこと言うけど、いい?」

「え?」

「実はね、女神エラディーナは、ほんとは神様なんかじゃないんだよ」


 唐突にそんなことを言われて、イリーネは沈黙する。だって以前、女神の話をしてくれたのはカイではないか。


「話がややこしくなりそうだから、前は言わなかったんだけどさ。エラディーナっていうのは古代に実在した人間族の女性で、後になって神格化されたヒトなんだ。勿論、創世なんてしていないよ」


 実在の人物が後の世で神格化されることは、そう珍しいことでもないらしい。偉大な功績を残したとか、人々に愛されたとか、理由は様々だ。エラディーナもそうやって、名を遺したのだろう。


「……あれ? でも、エラディーナは魔術の大成者なんですよね。彼女は化身族じゃないのに……?」


 イリーネの疑問に、カイは頷いた。


「当時、どうも魔術はそう珍しいものでもなかったらしくてね。人間族でも使えたっていう記録がある。それどころか、戦いの主力は魔術だった説が濃厚だ」


 そんな時代が過去にはあったのか――今とは違って。


「種族の起源は俺にも分からないけど、少なくともエラディーナの時代――三千年近く前には、もう化身族と人間族は区別されていたらしい。そしてその時代は、種族戦争がもっとも激烈だった時代だ」

「化身族と人間族の戦争……」

「そう。エラディーナは一国のお姫様で、人間を率いて化身族と戦っていた。化身族も化身族で、王を立てて統一されていたらしい。今では考えられないことだけど」


 いつの間にか夫婦漫才を切り上げていたアスールが、小川の辺に立ってこちらを振り返る。


「しかしエラディーナは、敵方である化身族の王と恋をしてしまった――なんともありがちな話であろう?」

「そうだったんですか……!?」

「だがしかし、時は戦乱の世。そんな恋愛が許されるはずもない。――結局エラディーナはその王を討ち、戦争は終結したという。終戦後に女王として即位した彼女は化身族との対話を試みた。その結果、ほんの一時ではあるが種族平等の世が訪れる……その功績をたたえ、民衆は女王エラディーナを『平和の女神』と称した。これが今に残る『女神教』の始まりだ」


 まるで演劇の朗読のように、流暢にアスールが語る。チェリンもこのときばかりは素直に聞き入っていた。カイが呆れたように苦笑を浮かべる。


「ほんと、よくご存じですね」

「女神教の信仰団体は、種族間恋愛を認めないからな。その部分は民衆に伏せられているが、少し興味を持って調べればすぐに分かることだ」

「女神教の司祭たちがエラディーナを創世の女神に仕立て上げたのは、そのほうが民衆の信仰を集めやすいからだろうね。たかだか数千年前の、実在が史実として証明されている人間だっていうのに」


 カイが詳しいのは――きっと、父であるフィリードの長から教わったのだろう。イリーネはそう思ったが、口には出さない。長の名は、できれば聞きたくないものであろうと感じていたからだ。


「……何が言いたいかっていうと、人間が魔術使ってもおかしくないってことだよ。元々は使えていたんだから」


 そのカイの言葉で、イリーネははっと顔を上げた。魔術を使える自分に負い目を感じていたイリーネを励ますために、この話題を出してくれたのだ。イリーネが口を開くより先に、カイは続ける。礼など必要ないとでも言うように。


「魔術書っていうのは歴史書でもあるんだ。エラディーナがその魔術を使ったとき、どんなエピソードがあったのか……断片的なそれぞれの逸話を繋ぎ合わせれば、ひとつの歴史になる。これはそういう代物だから、読み物としても面白いよ」

「へえ……早く私も古語を覚えて、魔術書を読みたいです」

「それなら、チェリーに教わればいいんじゃないかな」


 唐突に話を振られたチェリンが、漆黒の瞳を丸くした。


「え、あたし?」

「読めるでしょ?」

「一応、ね……得意じゃないけど」


 なんでもフィリードでは、生まれた子供には必ず古語を教えるらしい。カイもそうして習得したのだろうが、どうもチェリンはあまり真剣に学んではいなかったようだ。


「でもあたし、教えるのとか下手よ?」

「そんなことないです! チェリンなら絶対上手ですよ!」

「あんた、あたしを過大評価し過ぎよ。……まあ、善処しますけど」


 少し照れくさそうなチェリンと、朗らかなイリーネ。それを見てアスールが微笑む。


「美しい姫君がふたりもいると、場が華やかで良いものだなぁ」

「おじさんくさいこと言わないでくれます?」


 鬱陶しげにアスールを追い払ったカイだったが、何かに気付いて顔をあげる。イリーネもチェリンもアスールも、一気にカイに視線を戻す。


「どうしたんです……?」

「いや……追っ手、かな」


 カイの視線の先を追う。先程通り抜けた林――その木々の向こうから、何者かが近付いてきている。後ずさりしたイリーネを守るように、カイとアスールが前に進み出る。アスールは油断なく剣の柄に手を置いていた。


 現れたのは――見覚えのある青年だった。カイとチェリンの口から、驚きの声が漏れる。


「ファビオ……!」


 それは昨日、イリーネらを拘束したフィリードのファビオだった。チェリンから、彼は長の付き人で集落の防衛を担う責任者だと聞いていた。そんな彼が、なぜひとりでこの場所に。


 ファビオは無言でカイの前まで進み出る。足場の悪い河原であることなど、なんら問題ではない軽やかな歩調だ。いぶかしげな顔のカイが軽く腕を組む。


「……こんなところで何をしてるの? フィリードの領域から出るのはご法度なんじゃなかった?」


 だがファビオは答えない。あまりに不気味な沈黙に、カイはゆっくりと腕組みを解く。するとファビオの口から、唸るような低い声が漏れだした。


「――カイ、俺と戦え」

「……なんで」

「お前が気に食わん……! それ以上の理由が必要か!?」


 昨日の慇懃な態度は捨て、ファビオはカイに詰め寄った。


「お前を潰さねば、俺は長になれない! お前が、お前が帰って来なければッ!」

「あのねぇ、俺は集落を捨てたんだよ。長になるわけがないでしょ」

「お前は分かっていないのだ! 長はいつだってお前しか見ていなかった。お前を長にしようと、日々心を砕いておられたのだ! それを、罰当たりなお前はすべて跳ね除けた! 俺が欲しくて欲しくてたまらないものを、いとも簡単にッ!」


 激昂するファビオの身体が、僅かに赤く光る。剥きだしの闘気と、とんでもない魔力だ。


「……だから俺は、お前を倒して屍を長に突きつける。そうすれば長も諦めがついて、元通り公正な御方に戻るだろう……!」

「言ってることが支離滅裂よ、ファビオ! あんたいい加減に――」


 チェリンが反論したときには既に、ファビオは化身していた。トライブ・【ウルフ()】。カイと並び立つと評された、フィリードの戦士だ。

 カイが溜息をつく。


「ほんと、頭に血が上るとこれだから困るよね」

「カイ……!」


 イリーネが呼びかけると、カイは肩越しに振り返った。


「一発殴って落ち着かせるから、ちょっと待ってね」


 カイにしてもそんな余裕をかましている場合ではないだろうに、悠々と豹へと化身する。何か勝算でもあるのか――。

 二匹の獣が唸り合う。一方は白銀の豹、一方は灰色の狼。ファビオの闘志は尋常ではなく、気迫だけでたいていの相手は引き下がってしまいそうな勢いだ。


 イリーネは隣に立つチェリンに、視線はカイから逸らさずに尋ねた。


「ファビオさんって、やっぱり、強いんですよね……」

「カイが集落にいたときは二強だったらしいわよ。肉体派のファビオと、魔術に長けたカイ……正直、どうなることやら」

「――ま、大丈夫だろう」


 あっさりとそう評したのはアスールだ。彼は不安そうな女子二人に、朗らかに微笑んで見せる。


「あれは明らかに、『勝てる余裕』だ」



 ファビオがカイに飛び掛かる。カイは焦らずに後ろに飛びのいて避ける。冷静だ。続く第二撃、ファビオの爪。これも回避。首元に食らいつきに来たファビオを、身体を捻って払い落とす。二人の位置はまた最初に戻った。

 いつもならとっくに“氷結(フリージング)”を使っているだろうに、カイはその使用を控えている。何らかの意図があるのは間違いないだろう。だが、それがかなり回りくどい方法だというのはイリーネにも分かる。


 やがてしびれを切らせたファビオが、一気に間合いを詰めた。突進するファビオの身体に、炎がまとわりつく。カイと見事に対称的な魔術――“炎陣(えんじん)”。

 己が身に炎を宿したファビオは、一本の火矢のように疾駆した。その速度、カイを上回る。


 炎の塊が突進してきても、カイはそれを堂々と迎え撃った。炎とぶつかる強烈な冷気。盛大に蒸気が発生し、イリーネはチェリンとアスールによって避難させられた。


 蒸気の向こう側で、何かが倒れる音がする。カイか、ファビオか。

 

 煙が晴れる。

 立っていたのは、人の姿の――カイだ。


 ほっとイリーネは息を吐き出した。カイから少し離れたところには、同じく化身の解けたファビオが地面に座り込んでいる。すっかり頭は冷えたらしい――複雑な表情だ。


 イリーネらがゆっくり、ふたりのもとへと歩み寄る。吹き飛ばされた時に肩を打ったのか、右肩を抑えながらファビオはカイを見上げた。


「……殺さない、のか」

「うん」


 即答したカイを、ぽかんとファビオは見詰めた。そしてやがて、疲れたように笑い声を漏らす。


「ふ、ははっ……なんだ、お前は」

「なんだって言われても」

「人間に紛れて牙を抜かれたか。腑抜けたな。挑んできた者は必ず殺す、かつてのお前はどこに行った」


 カイは「ああ」と声を漏らす。そんなこともあったな、とでも過去を懐かしむように。


「牙は抜いたんじゃなくて、相手を選ぶようにしたんだよ」

「なに……?」

「早く里に戻って手当てしなね。それじゃ」


 立ち去ろうとするカイを見て、ファビオははっと我に返ったように顔を上げた。そして声を張り上げた。


「……い、行くな、カイっ!」


 カイは足を止めたが、振り返りはしない。ファビオのすがるような声を、背中に受けるだけだ。


「里に戻るんだ……長はお前じゃなきゃいけない。俺じゃ駄目なんだ! 俺じゃ、ゼタさまはお喜びにならない……!」


 それが、本音か。

 ファビオ自身が長になることよりも、「カイを長にする」という今の長の暗黙の願いを、叶えるために。


 カイは軽く眉をひそめた。――そんな言葉は、聞きたくないとでもいうように。


「俺は戻らない」

「カイ……!」

「……ゼタはそんな不公平な男じゃないんじゃない? 俺よりも、君の方がよほど立派な長になれると思うよ。……よく知らないけどね」


 それだけ言って歩みを再開したカイは、荷物を背負って小川にかかる木製の橋を渡っていく。慌ててイリーネがそれを追いかけ、チェリンとアスールも続く。一度振り返ったが、ファビオは河原に座ったまま悔しげに俯いていた。追いかけてくる様子はない。

 後方はアスールが警戒している。イリーネは先を行くカイを見上げた。


「大丈夫でしたか、カイ?」

「うん。……ファビオは魔術が得意じゃないのに、興奮するとすぐ魔術に頼るからね。わざと怒らせれば突っ込んでくるのは分かってた。進歩がないというか、昔から変わらないというか」


 その口ぶりから察するに、昔からカイは同じようにファビオをあしらっていたのだろう。チェリンは頻繁に後ろを気にしている。ファビオの追撃の可能性がないわけではない。背後に注意するのは当然だ。

 カイもそれは分かっているだろうが、彼は後方を警戒するチェリンとアスールに手を振った。


「心配しなくても、ファビオはもう来ないよ。あいつも馬鹿じゃない」

「信じているんですね、ファビオさんのこと」


 イリーネの朗らかな言葉に、カイは苦虫をまとめて噛み潰したような顔をした。視線を明後日の方向へ向けて溜息交じりに、小さく吐き捨てる。


「能力だけはね」


 ――本当は、ファビオととても親しいのではないだろうか。互いを高め合う好敵手として。そんな気もしたのだが、イリーネは何も言わなかった。そんなことを言えば、全力でカイが否定するというのは分かりきっていたからだ。

 ただ、後方で「男の友情も美しきものかな」としみじみ呟いたアスールが、カイから非難の視線を浴びていたのだった。

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