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氷撃のカイ・フィリード  作者: 狼花
1章 【北の果て フローレンツ】
21/202

ある放浪者の独白

「なるほど……姫君はイーヴァンに向かったということか」


 内心で呟いたはずのそれは声になって漏れていたらしく、対面に立つ少女が怪訝そうな顔をした。危ないやら怪しいやら、諸々の感情が詰まった表情だが、残念なことに好意的なものは何一つ感じられない。

 さもありなん。自分でもそう思うのだから。


「……お兄さん。貴方本当に何者なんですか?」


 少女はそう尋ねた。街中で会った時は何も知らない顔でにこにこ笑っていたが、どうやら相当演技派のようだ。本音は、私が怪しくて怪しくて仕方ないといったところだろうか。

 何者か。至極当然の問いであるが、今はまだ答えるわけにいかない。


「あの時も言っただろう、私は通りすがりの放浪者だ」

「しらばっくれる気ですか? どうして通りすがりの旅人が、『イリーネという名の少女を探してくれ』なんて依頼をするんですか。しかも、協会の依頼としてならともかく、私個人に」



 狩人協会のペルシエ支部で受付嬢をしているこのアネッサという少女に出会ったのが、丁度十日ほど前だ。

 出会ったと言っても、支部の前でなんとなく互いの目が合った程度。けれども私はその時、彼女に個人的な『頼み』をした。それが先の通り、ある少女の捜索願だった。


 この国での協会の権威は強く、多くのハンターが集う王都の協会であるなら、きっと情報が集まると思っていた。だからこそ彼女に法外な額の報酬を用意して、大至急の捜索を頼んだ。おそらくその時点で私が只者ではないことに気付いたであろうが、何も言わずに彼女は捜索の準備を進めていた。

 そう、準備の段階だったのだ。だというのに、我が麗しきイリーネはあっさりと王都に姿を現した。予想外の僥倖で、アネッサから連絡を受けた私は狂喜したほどだ。


 彼女と口裏を合わせ、イリーネを街へ連れ出してもらい、そのまま接触する――それで万事済むはずだった。

 はずだったというのに。



「イリーネさんと知り合いなんですよね? でもイリーネさん、お兄さんのことまったく知らないようでしたよ」

「……うむ、それが私にも分からないのだ」


 イリーネと最後に会ったのは、確かに数年ほど前のことだ。だが私の容姿が劇的に変わったという訳でもなく、彼女の方にもなんの変化もなかった。強いて言うなら、より一層大人の女性の魅力が増したというか――おっと、失礼。

 とにかく、もう何度も会ったことがあるはずの私を見て、イリーネは何も反応を示さなかった。ただの通りすがりの軽薄な男、程度にしか捉えてはもらえなかったのだ。なんということであろう。


 まさか似ているだけの別人? いや、そんなことはない。幼いころから彼女を知る私が、彼女を見間違えるわけがない。顔も、声も、身体つきも、ちょっとした仕草も、すべて私の知る彼女と一致する。では記憶を失っているのか。だとしたら、『イリーネ(・・・・)』という名はなんだ? 自分の名前だけ都合よく覚えていたというのだろうか。

 それにハンターになったとは。彼女に武器を取らせるなど、そんなとんでもない。

 治癒術(・・・)は、まだばれていないのだろうか――?



 考え始めれば埒が明かない。とにかく彼女の無事は確認できた、それだけで十分だ。

 相変わらず不審な表情を解かないアネッサに、私は笑って見せる。


「ありがとう、助かったよアネッサ姫。これは約束の謝礼金だ」


 予め用意していた金の袋を、彼女に差し出した。けれどもアネッサ姫はそれを受け取ってはくれなかった。おやと首をかしげると、彼女は顔を背けた。


「……受け取れません。イリーネさんを騙して、こんなことしちゃった私には」

「……私が無理を言ってさせてしまったことだ、遠慮はしなくていい」

「けど! けどイリーネさんは、すっごくいい人だった! もしかしたらお兄さんは、イリーネさんに何か悪いことをしようとしているのかもしれないでしょ」


 なるほど。いや、まったく、彼女の言うとおりだ。悪人に間違えられるのは心外というものだが、この状況ではそう思われて仕方がない。

 しかし、一介の受付嬢である彼女の心を揺さぶるほど、イリーネは彼女と親しくなったのか。さすが、我が麗しき姫君だ。


 少し嬉しく思っていると、アネッサが金の袋を押し戻しながら言った。


「イリーネさんに何かしたら、私もカイさんもただじゃおかないんですからね」

「カイ……【氷撃のカイ・フィリード】か」


 ここでその名を聞くことになるとは。

 世界の賞金ランキング、第五位。九八〇〇万ギルの特級手配者、カイ・フィリード。賞金額はそのまま、強さを数値化したものだ。その名は世界に轟いている。


 なんだってそんな強力な男が、イリーネと契約をしているのか――いかにイリーネが他人の心を掴むことに長けていたとしても、幸運すぎて逆に不幸にすら見えてくる。


 しかし、何かが引っかかった。


「【氷撃】というのは……化身すると、どのような姿になるのだ?」

「白銀の豹ですよ。それはそれは綺麗なんですから」


 白銀の豹。

 白銀の、獣。



 ――そうか、彼はあの時の――。



 ふっ、と笑いがこぼれた。アネッサ姫がますます怪訝な顔をする。


「……何がおかしいんですか」

「ふふ、いや、なんでも。得心がいっただけだ……成程、だから……」

「……とにかく! イリーネさんに妙なことしないでくださいね!」

「ああ、命にかけても」


 私は金の袋を鞄に戻し、空を見上げた。夜空に浮かぶ丸い月――今日も見事な満月だ。

 昼過ぎにペルシエを発ったというのなら、今頃はケルボの街だろう。いや、旅を強行してシャルム川を渡ったかもしれぬな。


 ありがとう、ともう一度アネッサ姫に声をかけて踵を返す。そんな私の背中に、アネッサ姫が詰問調の声を投げかけた。


「どこ行くんです!?」

「イーヴァンへ行こうかと」

「……ほんとにストーカーで訴えますよ」

「それだけは勘弁」


 本気で訴えられかねないので、私は足を止めて振り返った。訴えられても構わないといえば構わないが、さすがに外聞が悪い。


「心配せずとも、やましい気持ちは何もない。イリーネは私にとって、大切な人であるからな。君が彼女を想ってくれるのと同じように。行方知れずになった知人を探していただけだ」

「……」

「……ふむ」


 これはなかなか、逃がしてはくれないようだ。


 けれどもアネッサ姫は溜息一つ吐いて、こう言うのだ。


「……ま、おかしなことしたらカイさんがこらしめてくれるでしょうし」

「はは……そうはならないことを願いたいものだ」


 割と本気でそう思いながら、私は再び踵を返して歩き出す。アネッサ姫が呼び止める気配はもうなかった。

 出会って数日であるのに、あれほどまでに人を魅了するイリーネ。……さすがだ。


 良い友をお持ちになられた。そう思いつつ、路地を抜けて商業街へ出る。今宵は宿で夜を明かし、明日になったら出発しよう。半日ほどイリーネから遅れているが、彼女らが徒歩の旅であることは分かっている。馬車に乗れば、すぐ追い抜かしてしまうだろう。

 また彼女に接触する気は、今のところない。イリーネと【氷撃】の旅を、遠くから見守らせてもらおう。

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