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氷撃のカイ・フィリード  作者: 狼花
1章 【北の果て フローレンツ】
12/202

◇最果ての地で出会いしは(11)

 カーテンが開けられる音がして、イリーネは目を覚ました。だが実際に聞こえた音はカーテンの音だけではなく、しとしとと降る雨音だった。

 身体を起こすと、カイが窓際に立って外を見ていた。窓の外は朝だというのに薄暗く、目で確認できるほど雨が降っていた。


 カイはイリーネを振り返って肩をすくめた。


「おはよ。やだね、今日は雨だよ」

「そう、みたいですね。昨日は良い天気だったのに……」


 枯れ果てた大地が続くフローレンツ北部では、これは恵みの雨だろう。だが旅をするには雨は遠慮したいものである。雨が小降りになるまで宿で待つという手段もあったが、時間が惜しいのでふたりは出発することにした。


 傘は贅沢品だ。買ったところで荷物になるだけだからと、カイはイリーネにマントをしっかりと着させた。一応水を弾く加工がされてあるとかで、よほどの雨でなければこのマントで耐えられるという。

 宿のロビーで宿泊料金を払い、フードを被って外に出る。朝早くから出歩いている他の人々も、マントを着たりタオルを頭に被せたりしながら、足早に歩いていた。


 同じようにフードを被った背の高いカイを追いかけながら、イリーネはふと空を見上げた。灰色の空から絶え間なく落ちてくる雫――雨を見るのは初めてではないと思う。けれど、曇天というのはここまで気分を暗くさせるものだったのだろうか。

 顔を上に向けた瞬間に、雨粒が目を直撃した。慌ててそれを拭って、イリーネはそれきり空を見上げなかった。


 向かったのは、昨日夕食を摂った酒場だ。ここで軽く朝食を摂り、今日の分の食糧を買って、いよいよ王都ペルシエへ向けて出発だ。


 酒場にいたのは昨日と同じウェイターで、向こうもカイらのことを覚えていた。あれだけの騒ぎを起こせば当然だろう。昨日と同じ席に案内され、朝食のメニューを差し出してくる。昨日はそんな余裕がなかったが、この酒場はハンターがいなければ品が良くて綺麗な店だ。

 相変わらず肉を食べないで細々と食事をしていたカイが、急に顔を上げた。イリーネが肩越しに振り返ってカイの視線の先を見ると、入り口付近で急に物音がした。


「ケモノだ! 賞金四二万ギルの未契約(フリー)だ!」


 その叫び声がした瞬間、酒場にいたひとりの青年がばっと店を飛び出していった。それを追って、いま入ってきたばかりのハンターたちも雨の中を駆け出していく。

 ざわつく店内で、カイは溜息をついた。


「朝からよくやるよ」

「でも……店の人たち、たいして驚いてないですね」


 イリーネの耳に聞こえてくるのは『またか』という嘆息ばかりだ。カイは皿の上に視線を落とした。


「どこに行っても、こんなことは日常茶飯事だよ。特に賞金かかってる化身族は、顔が割れてるから見つかりやすい。いま店内にいる他の化身族は『自分じゃなくて良かった』とでも安心してるんじゃない?」

「え……他にも化身族いるんですか?」


 驚いてイリーネは辺りを見回した。カイはパンを口に放り込む。


「そこら中にいるよ。化身族だって街で暮らしているんだからね」

「そうだったんですか」

「人寄りに生活する人と、獣寄りに生活する人がいるんだよ」


 人寄りに生活する化身族は一般人として街で暮らしているという。その目的は『契約主』を探すこと。強さを至上とする化身族は、なるべく良質な人間族を探して出会った相手と契約を結ぶのだそうだ。そのために人に紛れて暮らしている。なんだか運命の相手を探しているようで、やけにロマンティックに感じてしまうけれども。

 人の姿をとる化身族は人間族となんら変わりがないので、見分けるのは不可能に近いのだという。だから、もしかしたらあのウェイターだって化身族なのかもしれない。


「人間だってね、誰もが化身族と契約しているわけじゃないよ。むしろそんな幸運な人は一部だけだ。実力と運があった人間だけが獣を従え、ハンターになれる。ハンターになりたい人間は血眼になって獣を従えようとする。ハンターに何の興味もない一般の人たちは……化身族にも優しい」


 たとえば、ヘベティカのヘラーのように。彼女は化身族と人間族が共存する世界を受け入れていて、カイにも親切だった。みながみな化身族を敵視し、奴隷扱いするわけではないのだ。


「まあいい……さっきの可哀相な子にハンターの目がいっている間に、俺たちも出かけよう」


 カイはそう言って水を飲み干し、ウェイターを呼んで会計を済ませた。なんだか化身族の青年を囮にしたようで複雑な気分だったが、すたすたと歩いていくカイのあとを追いかけるしかほかになかった。



 朝食を摂っている間に、幾分か雨は小降りになっていた。それでも身体を叩く雨は冷たく、イリーネはしっかりとマントを身体に巻き付ける。


 エフラから真南。そこに王都ペルシエがある。さすがにこの間の人の往来は多いが、今日は雨天ということで馬車を利用する者が多いようだ。そのために、街道の人通りは少ない。

 街の入り口の脇から発車した馬車を見送り、そのあとを追うようにふたりもエフラの街を出た。小さくなっていく馬車の後姿を見て、イリーネはぽつりと尋ねた。


「……あの馬車を引いているのも、化身族ですか?」

「いや、あれは本物の馬だよ。トライブ・【ホース()】は、大体の場合軍用馬にされるから」


 カイの声が遠く感じるのは、雨のカーテンのせいと、フードが耳を隠しているからか。


「ややこしいですね」

「まったくだね、ややこしい」


 エフラを取り囲むように流れるシャルム川の支流は、昨日見たときは綺麗に透き通っていたというのに、今日は水量も増え茶色く濁っている。夜の間に結構な雨が降ったのだろう。

 川にかかる石橋を渡ると、そこはまた荒涼とした荒野。乾いて白っぽく硬い大地は、雨を吸って多少はぬかるんでいる。長いブーツを履いていて良かったと思えるほどだ。


「ふわぁ……あ」


 カイが大きく欠伸をした。もう見慣れた光景だ。


「昨夜もあんまり眠れなかったですか?」

「少しは寝たよ」

「ならいいですけど」

「一時間ぐらい」

「だから、それは寝たうちに入るんですか……?」


 まあ、ヘベティカでは三十分だと言っていたから、それよりは眠れたのだろう。そもそも夜行性の豹であるカイに睡眠時間を削らせているのはイリーネだ。それを思うと申し訳なくなってくるのだが、当のカイがひらひらと手を振った。


「街は基本的に昼しか機能してないから、夜行性だと面倒臭いんだよ。そのうち慣れるようにするから、気にしないで。……あ、それよりイリーネ」

「はい? って、きゃっ!?」


 急にがくんと態勢が崩れた。左足を地面についた瞬間、足が地面に吸い込むように沈んだのだ。

 腕を掴んで支えてくれたカイが「あら」と声を漏らす。


「そこ、めっちゃぬかるんでるから気を付けて……って言おうと思ったんだけど」

「お、遅いですよぉ……」


 何のお約束のやり取りだろう。カイに手伝ってもらって足を抜いたが、ブーツは泥まみれだ。せっかくヘラーにもらったのに――王都についたら、綺麗にしておかないと。

 ペルシエへの道中せめて転びませんようにと、イリーネは心中で祈った。





★☆





 小雨になってそのうち止むかと思われた雨だったが、それから霧のように細かい雨が一日近く降り続いた。いくら防水・防寒と良質なマントといえど、一日中雨に打たれていれば限界も来る。身体は冷たくなり、寒さでかじかみ足ももつれてくるというものだ。


「うーん、強行突破するんじゃなかったかなぁ」


 カイは空を仰いでそう呟く。日の光が出ていないために、時刻も分からない。ただひたすらに街道を歩いてきた。途中何度か馬車とすれ違ったり、追い抜かされたりした。親切な御者は乗っていくかと尋ねてくれたが、カイは以前のイリーネの様子からかすべて断っていた。


「あ、でもあそこ、城壁みたいなのが見えます」


 イリーネが前方を指差す。霧雨の向こうに、ぼんやりと見える建物。黒々としているそれは、確かに王都ペルシエの城壁だった。

 視認できるほどの距離まできたが、田舎で空気が澄んでいると遠くの景色が近く見えてしまうものだ。あともうしばらく歩かねばならないだろう。


 目的地が見えてきたことで、しばし失っていた気力も復活する。歩調のペースを少しばかり上げてふたりが歩みだしたその時――。


「――おっと」

「えっ!?」


 カイが急にイリーネの腕を掴み、街道の外へと飛び退った。何の前触れもなかったその動きにイリーネが文句を言おうとした瞬間、なにか「バサリ」という重々しい音が響いた。

 何の音か。まるで、巨大な鳥が空を切って飛ぶ翼の音のよう――。


 突風が吹いた。フードが跳ね除けられてしまうほどの強風だ。それと同時に、雨もこちらへ強く吹いてくる。


 そして今の今までカイとイリーネがいた街道には――巨大な鳥がいた。


「な、なに……!?」

「トライブ・【ホーク()】。ハンターだ」


 猛禽の瞳はぎろりと鋭く、こちらを射抜いてくる。

 その大きさが規格外だ。何せ人がひとりふたりは背中に乗れそうな勢いである。


 ――とか思っていたら、本当に鷹の背中から人間が下りてきた。何故見えなかったのかといえば……あまりに小柄な少年だったからである。

 十歳前後にしか見えない背丈。爛々と輝く大きな瞳。癖毛なのかあちこちに飛び跳ねた金髪。


 少年は途方に暮れるカイとイリーネの前に仁王立ちすると、びっとカイに指を突きつけた。


 ……小さい。


「ついに見つけたぞ、【氷撃】! 今日こそこの僕がお前を」

「うわ、背ぇちっさい」

「ひ、人の話を聞け! ちっさい言うな!」


 本音を包み隠さず漏らしたカイに、少年が早くも涙目になってぷんすか怒っている。身長のことはタブーだろう。


「お前には三度挑み、そして僕は三度負けた! だが今日は違うぞ、僕もエルケも研鑚を積んで」

「三度? 俺、君たちのこと全然覚えてないんだけど」

「なんだとっ!? お、お前は、このアーヴィンの顔を忘れたのか!?」


 本気でむきになっているアーヴィンという少年が可愛らしくて、イリーネはカイの後ろに隠れるようにして密かに笑みをこぼした。

 カイは困ったように首をひねる。


「でも運良いじゃない。俺、向かってきた奴は全員殺してきたから。そんな俺に三度挑んで命があるなんて幸運だよ。命は無駄にしちゃ駄目だから、お家にお帰りよ坊や」

「坊やじゃ、ないッ! 僕はもう十六だぞッ」


 え、十六――?

 やっぱり小さい。


「僕は決めたんだ、フローレンツ最強のお前を倒して、最強のハンターになると! いざ、尋常にデュエル! 行くぞ、エルケっ」


 アーヴィンの言葉と同時に、地面に降りていた鷹のエルケが空中に舞い上がる。カイはやれやれと肩をすくめながらマントを脱ぎ、そっとイリーネに羽織らせた。


「カイ……」

「ちょっとこれ着ててね。すぐ済ますから」


 カイはそう言うとエルケに向きなおり、豹の姿へと変化した。いつ見ても、たとえ雨の中でも、白銀の豹は美しい。

 アーヴィンはそんなカイとイリーネを見ていたが、顎をつまんで「ふうむ」と呟く。……どうしても、幼子が大人ぶっているような動作にしか見えない。


「【氷撃】が契約したというのは噂に聞いていたが、本当だったんだな。貴方が契約主なんだろ?」

「一応……」


 契約した実感はないので、イリーネは曖昧に答える。アーヴィンはふっと笑った。


「僕は紳士だからな、女性には手を出さんぞ! ただし、僕が勝てば契約具は頂くから――って、ちょっと!?」


 アーヴィンが長々と喋っている間に、カイは空中にいるエルケという鷹に飛びついていた。地に足をつけて戦うカイに、空中からの奇襲を得意とするエルケの相手は難しいのではないかとイリーネは思ったが、そんなことはなさそうだ。カイはエルケより速く、地上の誰よりも高く跳躍する。素早さで豹に勝てるものなどいない。


 きーっとアーヴィンが地団太を踏む。本当に十六歳の少年なのか。


「僕をことごとく無視するのか! ええい、そっちがその気なら構わんぞ。エルケ、やってしまえ!」


 足に食らいついたカイを、エルケが振り落す。地面に着地したカイに向け、エルケは急降下した。先程と同じ上空からの奇襲攻撃、エルケがもっとも得意とする技だ。

 ひらりと躱したカイが、エルケの翼をもぎ取ろうと根元に食いつく。凄まじい力なのか、エルケは空中に飛び上がれずに一声鳴いた。


「エルケ! がんばれ!」


 アーヴィンの無邪気な応援が届いたのか、エルケは再びカイから逃れて上空へ。ぽたぽたと雨に混じって血が落ちてきている。


 一度目のデュエルの時と違って、イリーネは落ち着いていた。正直、このやけに可愛らしい少年を恐ろしいハンターだなどと思えなかったのである。

 カイの強さは、身に染みて知っている。三回勝ったのなら、四回目だって勝てるだろう。


 跳躍。翼でカイの飛翔を阻もうとしたエルケだったが、カイはそのままエルケに向けて体当たりをかました。どんと突き飛ばされたエルケが態勢を崩して空中でよろめいた。その間にカイも着地し、再び飛び掛かる態勢に入っている。


 さっきからエルケは防戦一点だ。これでは勝利は時間の問題。

 散々食らいつかれているがそれでも、エルケは戦意を失っていなかった。勿論のことカイも、地上で姿勢を低くして上空のエルケを見上げている。


 再びエルケの奇襲攻撃。鋭い爪はカイの比ではなく、やすやすと肉体を貫いてくるだろう。その速さも、離れた場所で見ているイリーネだから視認できるものだ。戦っている本人たちは、どれだけのめまぐるしさで戦っているというのだろう――。

 しかしカイはまたしても回避する。そして身を捻って繰り出したカイの一撃で、エルケは地面に叩きつけられる。追撃したカイよりも一瞬早く空へ飛びあがったが、明らかにその動きは鈍っていた。


 アーヴィンはぐっと拳を握った。


「くっ、やはり強いな……だが! 以前と同じだと思ったら大間違いだぞ!」


 少年はカイに指を突きつけた。


「エルケ、奥義だ!」


 奥義。聞き慣れない言葉に、イリーネがきゅっと眉を寄せる。この少年は、四回目の対戦にあたって必殺の奥義を身につけていたというのだろうか。

 エルケは滞空したまま、ばさっと翼を大きくはためかせた。何が来るかはカイも知らないらしく、ただ地上で身構えている。


 再び、翼がはためく。突風が起こった。


 さらにもう一度。街道の小石や土が舞い上がった。


 もう一度。風が渦を巻き、立っていられないほどの暴風雨と化した。


「こ、この風……!?」


 翼のはためき程度で形成される風の強さではない。明らかに、異常な力が加えられている。

 イリーネは身を小さくして吹き飛ばされないようにし、カイも足を踏ん張っている。一番浮いてしまいそうなアーヴィンだが、彼はエルケの真下にいるために風の影響を全く受けていなかった。彼はにんまりと、その顔に笑みを浮かべた。


「これがエルケの奥義、“豪嵐(テンペスト)”だぁッはっはっはははは!」


 悪役じみた嘲笑と共に、形成された風の渦が打ち出された。それは真っ直ぐにカイの躰を捉え、白銀の豹はふわりと宙に浮いた。そのまま後方に吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。


「カイっ!」


 イリーネが叫んだ。叫んでから、はっと我に返る。

 動じてはいけない。取り乱してはいけない。契約主の動揺や躊躇いが、そのまま化身族の動きを鈍らせる。カイは大丈夫だ。


 カイは地面に叩きつけられてすぐに跳ね起きた。怪我をした様子はないが、だいぶ距離を飛ばされている。彼は俊足を飛ばした。


 何事もなかったかのようにトップスピードで駆けてくるカイに、アーヴィンは怯んだ。エルケの鉤爪を掌で叩く。


「し、しぶとい……! エルケ、もう一度“豪嵐(テンペスト)”だ!」


 その声に応じ、エルケが再び凶器と化した突風を打ち出す。カイは避けようともせず、真正面からそれを迎え撃った。

 再び吹き飛ばされるか、それともずたずたに切り裂かれるか――どちらかだろうとアーヴィンが確信したその時。


 突風が霧散した。


「……な、なに!?」


 あれだけの勢いと強度だった風は一瞬で消えたのだ。代わりにぱらぱらと地面に落ちる白いもの――イリーネが目を凝らしてみて、やっと気づく。

 それは巻き上げられた小石などが凍ったもの――要は雪の結晶。


 カイは足を止め、吠えた。遠吠え――猫の鳴き声にしか聞こえないのだが。


 その瞬間、世界が凍った(・・・・・・)。降り続いていた雨は瞬間冷凍され、宙に浮遊する。地面もピキピキという音をたてて凍りついていく。

 何が起きているのかは分からない。だがその氷結の中心にいるのは紛れもなくカイで、凍りついた雨に囲まれている白銀の豹は神秘的だ――。


 “氷結(フリージング)”。


 礫と化した氷が、まるで意思を持ったかのように動き出す。それは真っ直ぐにエルケへ向けて豪速で飛んだ。それはきっと、弾丸よりも速かった。

 氷の弾丸がエルケの翼を撃ち抜いた。エルケが慌ててさらに上昇したが、合わせて弾丸も追尾した。耐え切れなくなり、エルケはその場を離脱してエフラ方面へと飛び去った。


「あ、ああっ、エルケ!」


 呆然としていたアーヴィンが、飛んで行った相棒の後姿に叫ぶ。彼はエルケを追いかけようと駆け出したところでぴたりと足を止め、くるりと振り返った。そして頬を膨らませた。


「……きょ、今日は負けを認めてやる。だが、僕は何度でも挑むからな! 覚悟しておけよっ」


 捨て台詞を残してアーヴィンは街道を駆け去って行った。小さい見た目通り、素早い走りだ。


 人の姿に戻ったカイが平然と戻ってくる。すっかり氷の礫は消え、先程までと同じように小雨が降っているだけだ。地面の様子も元に戻っている。


「元気のいい坊やだったね」

「そ、そうですね……」


 イリーネはカイにマントを返しつつ、吹き飛ばされた時についたのかシャツの埃を払ってやる。


「あ、あの、さっきの魔術みたいなのは……?」

「みたいも何も、あれは魔術だよ。言ったでしょ、俺も使えるんだって」


 マントを羽織ったカイはさっとフードを被った。


「化身族に賞金がかかる最低条件は、魔術が使えることなんだよ。そういう意味では、あのエルケっていう鷹さんも強いんだろうけど」


 エルケの“豪嵐(テンペスト)”も魔術だったのか。そしてカイの“氷結(フリージング)”も。


 あらゆるものを凍りつかせる魔術。

 カイがなぜ【氷撃】と呼ばれているのか、それがようやく分かった。カイは、氷を自在に操ることができるのだ。この北国に住む、白銀の豹に相応しい能力だ。


「奥義見せられたら、奥義で返すのが礼儀だからね。手痛くやっておいた」

「……っていうか、奥義って共通の認識だったんですね」


 男の子って、そういうの好きなのだろうか――と頭の片隅で思ったイリーネだったが、無論口には出さない。カイは街道に足を戻す。


「さて、さっさと王都に行こう。さすがに風邪引いちゃうや」

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