第四十六話 帰京【再び檻の中へ】
瀬戸内海の小さな島編が、あっけなく終わりました。そして、孤児院へです。
今 俺は、フェリーの上の手すりに掴まって、ただただ海を眺めている。夏目 雅子さんは、白血病の病状が思わしくなく、医師と看護婦さんからは、面会謝絶で 東京の大学病院に、すぐ入院とのこと。最後の挨拶すら、出来なかった。だから俺は、別れとはこういう思いでこんなにしんどいものなのかと、痛感している。今俺が フェリーに乗れているのも、雅姉の奮闘のおかげなのに!
そうこうしている内に フェリーは本土に着き、待ち構えていた救急車に乗って、雅姉は東京の大学病院に、運ばれて行った。念の為 俺は、救急車に「ありがとうございました!」と深く頭を下げておく。酷く落ち込んでいた俺は、それからどうやって東京へ帰ったのか覚えていないが、きっと、電車とバスを乗り継いで、東京にある 孤児院に帰った。
東京都 小平市にある、児童養護施設 サレジオ学園。そこで 小学校1年生から小学校3年生まで収容されているのが、『ねむの家』。開放的な空間で、大きく2つの部屋に分かれており、10数人ずつ合計30人前後が暮らしている。子供達の世話をしているのが、キリスト教のカトリックの修道女で、シスターと呼ばれている女性達だ。『ねむの家』のシスターはたった2人だけで、佐藤シスターと三宅シスターだ。俺の部屋の担当は 佐藤シスターで、別に仲が悪い訳でもなく暮らしている。俺の場合、三宅シスターとは仲が良くない。あと、ねむの家も含む 小学校3年生から高校3年生までいる『サレジオ学園』の園長で神父の、村上コウスケというのも たまに『ねむの家』に来る。そして 三宅シスターと神父の村上コウスケは、不純な関係だ。それだけが原因ということでもないが、俺とは仲が悪い。それに キリスト教 カトリックの教えでは、修道女も神父も、恋愛も結婚も してはいけないんだけどね。それも、仲の悪い理由の一つだ。俺の住んでいる所は、ざっとこんな感じだ。
それと、夏休みに自分の家に帰っていた子供達も、既に『ねむの家』に着いていた。
「ハヤト 清二、お帰りなさい!2人とも、その顔どうしたの!?」と、困惑する佐藤シスター。
俺の骨まで見えていた 腕の怪我は治ったが、俺もヤトさんも、ボコボコに殴られた顔の傷と腫れが、まだ残っている。
「はっ!?また ヤトさんが、暴れて!」と、俺。ヤトさんが、笑う。
「ハヤト!また喧嘩したの。清二まで、巻き込んで!」と、声を荒げる 佐藤シスター。普段は、優しい人なんだけど。
「殴られたから、殴り返しただけだ」と、小3のサイトウ ハヤト君。
「んだ、んだ」と俺。佐藤シスターが戸惑っているので、「お前が、説明しろ」とヤトさんに、言われる。
「誰かが言っていた。自衛の為の暴力は、暴力ではないと。だから今回の喧嘩は、暴力には暴力を返しただけなので、俺としては問題ないと思う。闘った相手が、チンピラだったりたちの悪い 大人達だったからね。唯一駄目だったのが、島田紳助さんと闘ったこと。紳助兄やんは、俺の側の人間です。その他は、正当防衛です」と俺。
「ハヤトがまた、勝手に暴れた訳じゃないのね」と、佐藤シスター。「ああ」とヤトさん。「はい」と俺。
「あと 俺はもう、テレビにも映画にも出たくない。ろくなことがない」と俺。「ああ、俺もだ」とヤトさん。
「分かりました。もう出演オファーが来ても、うちの子は出させません。とりあえず、これ以上顔が腫れないように、氷で冷やしましょう。救急箱も、持ってこないとね」と言い残し、佐藤シスターは 足早に走り去った。
「ヤトさん。大人達から アゲカツしたお金のことは、黙っておいたので、あとは ヤトさんの好きにして下さい。ただ、サレジオの子供達に盗まれないようにだけ、気を付けてください」と俺。
「ああ。清二の取り分は、どうする?」
「いりません。新品の野球のグローブが手に入ったので、十分です。ヤトさん、知ってますか?俺の中では、俺と日本人には 野球のDNAが流れています。なので、野球を教えることも出来ますし、とりあえず近々、キャッチボールでもしましょう」
「ああ、だな」とヤトさんは言い、お金を隠しに行った。と言っても ここから見えるので、ベッドの下の奥の方にしまっている事を、俺は知ってるけどね。
そんな中、氷枕に氷を入れて 救急箱も持った、佐藤シスターが早足で戻って来た。
「清二、ちゃんと冷やさないと。どうやったら こんなに顔面が腫れるぐらい、殴られなきゃいけないの!ハヤトは!?」と、キレ気味の佐藤シスター。
「ヤトさん!そんな所にエロ本隠してないで、治療の時間ですよ」と俺。
「お前、ふざけるな!俺は、エロ本なんてもってねえ!」と、こちらもキレ気味のサイトウ ハヤト君。佐藤シスターが、エロ本の代わりにお金を見つけてもいいのに。佐藤シスターに目をつけられ、ヤトさんは、苦笑いをしている。
《昔だと、孤児院だが 今では児童養護施設と、呼ばれている。プライバシーもなく、物を隠せる場所も限られているので、盗みが横行してたりする。そして 最終的には、喧嘩が強い奴が一番偉いとなる。もちろん 俺だって、強くなろうとしてたさ。IQテストを受けさせられ、俺はサレジオ始まって以来の成績を残した。神父の村上コウスケすら、分からない難問の最終問題もね。ちなみに神父の村上コウスケは、それを自分が解いたとIQテストの本に書かれた電話番号に電話し、あっさり見破られていたけどね。そんな人が園長だったりするから、ここサレジオ学園は、地獄のイメージだったりする》
こうして、兎にも角にも 生きて帰って来れた!別に、いい暮らしが待ってる訳ではないけど。ちなみに こののち俺が、夏目 雅子さんに、会うこともなく、時間を変えられる度に、記憶を消されるので、情報すら知らなかったりする。雅姉が遺産を俺に与えようと頑張ってくれてたのを知ったのは、随分あとのことだった。雅姉が馬場ちゃんと、末永く一緒にいられますように!次回の話からは、ここ東京のサレジオ学園を舞台にした話です。ヤトさんは、お金を守れるか?俺は、グローブを持ってい続けられるか?乞うご期待!それでは!
読んでくれて、ありがとうございました。よろしければ、続編も楽しみにしてくれると、嬉しいです。