第十六話 雅子姉さんとお風呂
『瀬戸内少年野球団』という、映画の中の話です。
映画の撮影の、なつめ 雅子さんとお風呂に入るシーンの、本番を迎えた。俺は、耳の聞こえない子供の役なので、その体で、お風呂場へ入る。
「お風呂の時は、前を隠さない!」と、早速、新人女性教師役のなつめ 雅子さんに、怒られた。なつめ 雅子さんの、お風呂に入る時の作法みたいだ。俺は一瞬ビクッとしたが、前を隠さず、シャワーを浴びる。前回の話で書きましたが、この当時俺は、お尻が臭かったので、キレイにお尻を洗えて、ホッとしていた。ただ、耳の聞こえない子供の役なので、話をする訳にもいかず、何とか身振り手振りで、演技をしていた。
「耳が聞こえないの?」と、なつめ 雅子さんに聞かれるが、聞こえてないフリをする。だって、耳が聞こえない設定なんだもの。なつめ 雅子さんに、手招きされ、俺は頷き、ようやく風呂桶に入る。さすがに、全裸同士なので、ドキドキする。その後も、なつめ 雅子さんに、話しかけられても、身振り手振りで答える。だんだん、意思の疎通が出来るようになってきたところで、俺は、自分の両耳を両手で横に引っ張る。
「初めまして、東 清二と申します」
「しゃべった!」となつめ 雅子さん。
「しゃべれますよ。もう俺との、お風呂のシーンは撮影出来ただろうと思って。監督に言って、俺のシーン撮れたら、合図すればいいようにしてたので」
「本当に口が聞けないかと、思っちゃった、よかった」と なつめ 雅子さん。
「いやー、撮影始まる前に監督から、お前は耳の聞こえない子供だ、と言われ、それを撮影当初から忠実に守っていると、こうなるんです。多分、大して何も考えずに決められたとは、思いますが」
「それで、口聞かなかったんだ!」と なつめ 雅子さん。
「正確に言うと、耳の聞こえない役なので、音にすら反応していませんけどね。股間の前を隠すなと言われた時は、ちょっと驚きましたけど」
「お風呂の作法よ。子供だから、気のせいかもしれないけど、君どっかで会った気がするの」となつめ 雅子さん。
「そんなこと言ったら、俺だってどっかで会った気がしますよ。大体、刺激があれば思い出すけど」
「私は女優だからじゃない。見た事ぐらいは、あるでしょきっと」
「うーん、取りあえず、この島に来る前に、なつめ 雅子さんの写真を見せてもらったんだけど、素敵な女性だとは、思ったけど正直ピンとは来なかった。それに、今俺が置かれている環境は、映画はおろかテレビも、大して観てはいない。あと俺の場合は、女優さんと会う時は、ちゃんと距離間を取ることにしている。壁と表現しても、いいけど。ただ、なつめ 雅子さんの場合は、少なくとも一人前の女優さんで、映画の主演か出来る、少なくとも一流の女優さんで、見た目も良いし中身もちゃんとある。だから、今の俺の、東 清二という人生の前に、出会った可能性がある。今は、思い出せないけれど」
「ふーうん、そうなんだ。あのね」となつめ 雅子さんが言うと、監督の声がそれをかき消した。
「おいっ、お前等いい加減にしろ!」と監督が、怒鳴った。
「お風呂は、いい加減ですが何か?」と俺。なつめ 雅子さんも、思わず笑う。
「明日も撮影があるし、まだ風呂のシーンを撮影してない子供も、いる。トットと上がれ!」と監督。
「じゃあ、最後にお互い、撮影以外で何と呼ぶか、決めよう。こっちは、雅子姉さんで」と俺。
「じゃあ、私はダーリンと呼ぼう。あと、今日来てる子供の中に『松田 優作』の生まれ変わりの、子がいると、横山 ひろゆきって子が、言ってたのだけど?」
「じゃあ、雅子姉さん、それは宿題で」と言うと、俺は湯船からあがる。
「待って、ダーリン!まだ、話たいことが」となつめ 雅子さん。
が、俺は全裸で『コマネチ』を決め、風呂場を後にした。
早速、孤児院の先輩達のところへ行き、「ぴろゆき!何で、俺の過去のことを話してるんだよ」と、横山 ひろゆき君に言う。が、先輩なので、「まぁ、別にいいだろ」と笑顔で言われる。良くねー、まったく。そのまま談笑していると、最後に風呂場に入って行った、クソチビコンビ吉田 大地と大木 茂が、監督に怒鳴られながら、風呂場から出てきた。何したんだ、まったく。
その後、監督とスタッフが何やら話会い、なつめ 雅子さん、たっての希望で、再び俺が、なつめ 雅子さんと風呂に入ることが決まった。まぁ、俺としても、話の途中だったしね。以上。
よろしければ、続編も楽しみにしていただけると、嬉しいです。