愛の証明
クールな彼女と一途な彼氏
社会人カップルの小話。
「ねえ、俺のこと愛してるなら、死んで証明してみせて……?」
………私の彼氏様は、どうやら頭のネジが一本どころか数本まとめて抜け落ちてしまったらしい。
雑誌を捲る手を一旦休めて、横目で彼氏を見遣るが、その表情は至って真剣。
どうやら冗談で言っている訳ではないようだ。
「……何で?」
あまりに馬鹿馬鹿しい内容に返事をするのも億劫だったが、このままやつを放置すれば間違いなく喚き出すだろうから、仕方なく問うてあげた。
こいつの話には極力付き合ってやらねば、面倒が増えることになると、過去の経験ですでに教訓を得ている。
「なっちゃんは俺のこと愛してないの?」
「いや、だからって何で死ななきゃいけないの。愛してるイコール死、その方程式はどこから成り立ってるわけ」
「……だって。この本に書いてあったんだもん……」
おーおー、あるはずのない犬の耳が垂れてる幻覚が見えるよ、彼氏の頭部に。
彼氏が胸元に掲げた本の表紙には、【ヤンデレの愛とは?】の文字がでかでかと掲載されている。
うん、題名からしてあんた、読む本間違ってるよ。
「それを参考にすること自体がおかしいんだって。大体、あんたはヤンデレじゃないでしょう」
ヤンデレ……、ヤンデレって何だっけ?
狂気的な人のこと言うんだったかな。
「で、でも!ここに書いてあるヤンデレチェック項目にほとんど当て嵌まるんだよ?俺、ヤンデレだよきっと」
「例えば?」
「えっと……、好きな人には自分だけを見てもらいたい、とか……」
「それ、恋をしてる人なら誰だって思うことじゃない?」
「え!?じゃあ、俺がなっちゃんを誰の目にも映らない檻の中へ囲いたい、って思うのは、恋してる人なら当然の気持ちなんだね!良かったあ」
「……訂正、あんたは立派な予備軍だわ」
檻って。
監禁でもして私の生殺与奪権とか獲得する気だったの?
見た目ワンコのくせにそんな恐ろしい計画を脳内にチラつかせていたの、彼氏の新しい一面を知れて本当に良かったと思うよ。
「あのね、俺、不安なんだ……。だってなっちゃんは、たくさんの異性からモテるでしょ?今は相思相愛でも、いつか俺は捨てられてしまうんじゃないかって、すごく怖い。なっちゃんの愛が未来永劫変わることのない、確固たるものなんだっていう確証を得たかったの」
それで、死んでみせて、ねえ……。
話がぶっ飛びすぎてて、どこから突っ込んでいいか分からない。
「亮太、一つ聞きたいんだけど、あんたはこの先私と一緒にいたくないの?」
「ええっ、俺にはなっちゃんがいない人生なんて考えられないよ!だからこうして、なっちゃんの愛を確かめようと……」
「あんたが提示した方法だと、仮に私があんたへの愛を証明できたとしても、その後亮太の傍にはいれないのよ。だって死んでるし」
「え?あ……!」
まるで今思い浮かんだとばかりに反応した彼氏に、やっぱりそこまで考えていなかったのかと、私は嘆息する。
「私、亮太のこと好きよ。愛してる。確かに愛は行動で示さなきゃ分からないけど、命を絶つことで証明できる愛なんてちっぽけなものじゃない。それよりも、生涯に渡って永らく愛を与え続けることの方が、ずっと大変で尊いものでしょ。亮太がそこまで私の愛に疑心暗鬼になってるのなら、いいわ。これからじっくりと、存分に味わってちょうだい?私の愛の証明は、あんたの傍にいることで発揮できるんだもの。
……あ~あ、こんな風に言うつもりじゃなかったんだけどなあ、堪忍してね。
亮太、結婚しよっか」
ぽかーん、と。
こういうのを鳩が豆鉄砲を食らったような顔というのか、私の彼氏は目を見開いて茫然としちゃってる。
可愛い、けど、なんか反応ほしいよね。
これでも一世一代の告白なんだから。
「……………………え?」
かなりの間を空けて、ようやく声を発したかと思えば、わずか一語だし。
「何、嫌なの」
「そそそうじゃなくて!突然のことでっ、び、びっくりして!嫌なわけじゃ……むしろ、うれ、しい。俺も、なっちゃんのこと大好きだから……」
次いで、顔を真っ赤に染める彼氏様。
うん、知ってる。
あんたが私をめちゃくちゃ愛してくれてることくらい。
今まで数年間、傍にいたんだもの、肌身でしっかり感じてた。
「もう、私に死んでなんて言わない?」
「言わない!絶対言わないよ!」
「そ。良かった」
「なっちゃん大好き愛してる!俺の奥さん!」
がばっ、と思い切り抱き着いてきた彼氏に押し倒され、手から雑誌が零れ落ちる。
あ、もう彼氏じゃなくて旦那様になるのか。
「これからずっと一緒だね!」
「ん」
―――愛の証明って、どれだけ相手に広義の意味で尽くせるかだよね。
私の残り半生をあげる行為こそ、最大の愛の証明に繋がると思うんだ。
うん、まあ、何が言いたいかっていうと、世にありふれた“結婚”って、とっても素敵なことじゃないの?
おしまい。
以上、ヤンデレ予備軍の扱いが巧みな彼女でした~。