第26話 母親
ご自分の息子が、生死をさまよっているときに、同乗者にも謝罪に来るなんて…なかなか気丈な方でないとできることじゃないと思う。
最愛の一人息子と過ごしていた女性が、私みたいな主婦だと知って、どう思ったんだろう…?
同じ母親の立場で考えると、本当に自分が恥ずかしくなった…。
「…最近、拓也が楽しそうにしていたので、好きな人でもできたのかなぁ…とは思ってたのですが、まさか山本さんのような方だとは思いもよらなかったので、正直、戸惑ってます…」
と、ぽつりと話す山田さん。
「…けれど、息子がこうなった今、もう関わらないでほしいんです…」
と、はっきりとした口調で言われた…。
正直、面と向かって言われるとショックだったものの、予想していたことでもあったので、私は、ゆっくり頷いた…
息子の様子が気になるので、今日はこれで失礼します…と言い残して、山田さんは出て行った…
独り病室に残された私は、山田くんとは、もう二度と会えないんだ…と実感して例えようのない虚しさで、押し潰されそうになった…
目を閉じると浮かぶのは、夕日の中でしっかりと抱きしめてくれた山田くんの姿…。抱きしめてくれた肩も、キスをしてくれた唇も、まだ感触が残ってる…
数時間前まで、あんなに幸せだったのに…どうして…どうしてなんだろう…
主婦は恋することも、神様は許してくれないのかしら…
彼の姿を見ることも、話すことも許されない私は、思い出だけを糧に残りの人生を過ごさなければならないのか…と思うと涙が止まらなくなった…
そして、今やっと分かった。私が愛しているのは、彼なんだと…
あと少しで、完結です。自由なようで、自由な人生を送れない主婦。日々、家族のために頑張っている女性達は、幸せでもあり不幸せかもしれません…。自分の気持ちに正直に生きることの難しさを感じてるのは、彼女たちのような気がします…