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「逆瀬川楓氏。さきほどあなたは、『ヴァーチャリアルは自分が生み出した』、とおっしゃいましたね。そしてそれが自分の罪であるとも言った。これはどういうことですか?」


「それは……そのままの意味です。もちろん、実際にその存在を作って世に知らしめたのは、紛れもなく父に他なりません。しかし……」


「しかし?」


「……そもそも、ヴァーチャリアルという選択肢を父に提案したのは――わたし、なのです。わたしの提案から父はなんらかの可能性を感じとり、あの世界を生み出したのです。すべての元凶は、わたしです」


「……なるほど。なぜあなたは、そんな提案を博人氏に?」


「さっきの話にもあったように、偽物だらけの日常に、わたし自身、うんざりしてしまっていたからです。どこか別の世界に行きたい、こんな退屈でつまらない繰り返しの日常ではなくて、もっと刺激的で、楽しい世界……そう、そういう世界を、わたしは……父に、作ってもらいたかった」


「それで、あなたは博人氏にヴァーチャリアルのことを提案し……博人氏は、それを見事つくりあげた、と」


「はい、そう……なります」


「ふむ……」


「……わたしは、ヴァーチャリアルのせいで、多くの友人を失いました。失った、というか、離れてしまった、というか……」


「…………」


「わたしは、素晴らしい世界を求めていました。夢のように、華々しくて、綺麗で、わくわくするような、そんな世界……。でも、やっぱり、そんなものはどこにも無いんだって、悟りました。父が死んで――いや、殺されてから、わたしはそう確信したんです」


「殺された……というのは、一体どういうことでしょうか?」


「それも、そのままの意味、ですよ。わたしの父……逆瀬川博人は、殺されたんです」


「誰にですか?」


「――父の跡を継ぐことになった、多くの科学者たちによって……です」


「……どうして、あなたはそれを知っているのですか?」


「――目の前で、見ていたからです」


「…………」


「わたしが見ている、その目の前で、父は……父は、殺されました。凶器はいまだにわかりません。刃物とか、銃器とか、そういうものではなかったのは、覚えています。見たことのない、何かでした」


「……その記憶は、今でもまだ、あなたを苦しめていますか?」


「いえ……そういうわけでは、ありません。何しろ、もう昔のことだし……ああ、いや、だからといって、記憶が無くなった、ということでもないのです、ただ……忘れたい記憶では、あります」


「あなたは、博人氏のことをどう思っていましたか?」


「誇れる父親……だったと、思います。母もそう言っています」


「博人氏の死に関して、なにか思うことはありますか?」


「……それは……なんというか、難しい……です。さっきも言ったように、わたしは父が死ぬところを目の前で見ていました。もしかすると、父が殺されるのを、わたしは止めることが出来たのかもしれない。勇気を出して父の名を呼べば、最期の言葉ぐらい聞けたのかもしれない。でも、もう……遅いんです。すべては後悔でしかない。だからもう、無駄なんです」


「…………」


「……すいません、その……」


「……いえ、構いませんよ。涙は流すものですから」


「そう……なんです、かね、えと……ええ、そう、ですよね。すいません。もう、大丈夫です」


「尋問を続けましょう。あなたは、ヴァーチャリアルを生み出してしまったことについて、罪の意識を感じている。そうですね?」


「はい。そうです」


「では――あなたがその罪を認めてでも、償いたいと思う理由は、なんですか?」


「…………」


「…………」


「……それは……わたしが、その……ある人を、愛しているから、です」


「…………」


「わたしは、その人を……その、愛する人を、悲しませてしまいました。ヴァーチャリアルという存在が、その人の、かけがえのない想いを、奪っていきました。それをわたしは、ただ……見続けることしか、出来なかった」


「…………」


「……辛かった。身を引き裂かれるような、そんな気分でした。わたしが愛するその人は、わたしではない、別の人を愛していました。わたしは、その事実を知ったとき、途方もない後悔と……それと、同時に……言いようのない、歓喜に、打たれました」


「…………」


「『ああ、ついに二人だけになれたんだ』、と……そう思いました。嘘ではありません。本当に……心の底から、そう思ったんです」


「…………」


「だからわたしは、その人に言いました。『自分は最低な人間だ』。……でも、その人は、そんなわたしを許してくれました。そして、わたしの想いを、受け入れてくれた」


「…………」


「……幸せでした。今も、幸せです。人がどんどんいなくなっていくこの歪んだ世界で、やっとわたしの想いが報われた……そう思いました。わたしが壊してしまったこの世界で、やっと、本物の何かを手に入れることが出来たんだ、って……。すごくうれしかった」


「…………」


「だから、その……わたしはもう一度、その人に謝りたいんです。たとえ過ぎたことであっても、わたしがその人の恋心を踏みにじってしまったことは事実だし、それに……」


「……それに?」


「わたしは――もう一度だけ、確認したい。その人が、こんな最低なわたしでも、本当に愛しつづけてくれるのかどうかを。わたしがこのままヴァーチャリアルに行かずに、この世界に残るとしても……ずっと一緒に、いつまでも一緒にいてくれるのか、どうかを」


「…………」


「わたしは、わたしの罪を償います。なにがあっても、わたしは――は、その人を傷つけたことを、決して忘れない。それを含めて、その人を愛したい。だから……勝手かもしれないけど……答えを、出してほしい、です」


「…………」


「僕と一緒に……生きて、くれますか?」


「…………」


「…………」


「……ふふふ」


「……?」


「――とおっ!」


「えっ? うわっ! ち、ちょ――んぐっ!?」


「……んむー……んむ……」


「う、ん、む……!? んー! んー!」


「むむむむむ……ぷはぁっ」


「ぷ、はっ、はぁっ……げっほ、げほげほっ! ち、ちょ、ちょっと、え、ちょ、いま、ちょ」


「ふふふ……ふふふ……楓ちゃんが悪いんだよ……?」


「え、え……? な、なにが? なにが!?」


「楓ちゃんが……楓ちゃんがっ、かわいすぎるからだもん……! 楓ちゃんがかわいいのが悪いんだもんっ! うわきゃあああああああかわいいかわいいかわいいかわいいよ楓ちゃぁああああん! ふみゃるみゅあぁああ! はぁーん楓ちゃんは私のものーずっとそばにいるよーうもーう楓ちゃんはかわいいなーもうーえへへー」


「わ、わわ、ちょ、ちょっ、あおいちゃん、ま、まって、なっ、なんかもうっ、いろいろ、おかしいっ、おかしいよっ、ちょっと!」


「なんでー? なにがおかしいのー? ふふふふふふ」


「ちょっ、目ぇこわっ! 明らかに正気じゃないよね!? わ、ちょ、だめ、甲斐先生見てるよっ!? 見てるって! めちゃくちゃガン見してるって! ちょ、見て……おおおおおいどっから双眼鏡持ってきたこの変態教師があああああああああ!!」


「ずーっといっしょーっ! わたくし藍桜葵は楓ちゃんとご結婚しまーぁす! 死ぬまで! 死んじゃうまで! いっしょ! 楓ちゃんといっしょーっ! ちゅー!」


「んむっ! んーっ! んぐ、ぷはっ、だ、誰かぁっ! 誰か助け……てめぇじゃねぇえええええ変態教師いいいいいいいい来るなあああああああっ!」


「頼れる人は! もう誰も! どこにも! いないのだよおおおおおおおおっ! ひゃっはああああああ!!」


「いやああああああっ! やっぱりいやだこんな世界いいいいいいーっ!!」












「葵ちゃんが、そくほーをお伝えします」


「はい」


「今日で、ぼくたち、わたしたちは、卒業でございます」


「ぱちぱち、だね」


「そんけーする先生方は、みんなみんな、ヴァーチャリアルに行ってしまいます」


「あらあら」


「つまりー」


「つまり?」


「この学校には」


「うん」


「私と楓ちゃんの」


「うんうん」


「二人しかいません!」


「おおー」


「えっへん!」


「それで、どうするの?」


「んー、どうしよっか?」


「なんか僕、いろいろと疲れたな……」


「そーだね。どっかで休もっか?」


「ああ、保健室とかでいいんじゃない?」


「…………」


「こらそこ妄想しない」


「うんでもたぶんダメだと思う……白いシーツを背景に楓ちゃんを見るのはたぶん……死んじゃうと思う」


「この際だから、死んじゃってもいいんじゃないかな?」


「楓ちゃんそれ殺し文句」


「どうせだったら殺しちゃってもいいかなーって思ってる」


「罪には問われないとでも言いたいのかっ!?」


「はは、冗談冗談。……とりあえず、どこかで寝ようか」


「抱く……?」


「抱かない」


「むー」


「はいはい……それはまた後でね」


「へっ? あ、後……ってそれは……まさか……?」


「…………」


「…………」


「……なんか、照れくさい」


「……ふふ……ふふふ……」


「こらそこ妄想しない」


「あいたっ」


「ふぅ……。さ、はやく寝ようよ。どこで寝る? この学校の中なら、僕らの自由だよ」


「んー、じゃあ……体育館! 体育館で寝よ!」


「おー、いいね! そうしよう!」


「うんっ! ……えへ、あの、楓ちゃん?」


「ん?」


「……手、とか……つないでも、いい?」


「……うん。いいよ」


「で、では失礼して……あはっ、あったかいなぁ……」


「基礎体温は高いんだ」


「ほんとにそれだけ?」


「……実は、割と緊張してる」


「えへへ。だよね。……私も、ちょこっとだけー」


「う、うん……そりゃそうだよね……緊張、するよね……」


「……うん……思いのほか……固まっちゃうね」


「……その、――キス、とか、すれば……大丈夫、かも」


「…………」


「……だめ?」


「……いや、だめとかじゃなく……」


「…………」


「たんじゅんにー、その……恥ずかしい、よね……」


「……はは、そ、そうだね……」


「じ、じゃあさ! わ、私待つから!」


「えっ?」


「や、ほら、こう……ちゅーっていう感じで、こう、待つから」


「お、おう」


「そこにこう、楓ちゃんがー……って感じ、で、どう、ですかね?」


「い……いいと、思う」


「そそ、そっか……じ、じゃあやりますぜ? やりますぜ!?」


「……えと……かかってこい?」


「こほん、こほん! では、し、失礼して……ちゅー……」


「…………」


「……ちゅー……」


「…………」


「…………」


「……葵ちゃん」


「ちゅう……?」


「今の葵ちゃん……めちゃくちゃかわいい」


「!! ちゅ、ちゅうううっ!」


「はぷっ!? ……むぐ……」


「はむ……んむ……」


「…………」


「…………」


「……んぐ……」


「…………」


「ぷ、ぷふっ……ぷはっ!」


「はぁっ! はっ、はっ……」


「ぷふっ、ふぅっ、ふぅ……。……あの、葵ちゃん……」


「なに……?」


「くるし、かった……」


「……えと……」


「…………」


「それも、その……愛の一種、っていうか……?」


「……じゃあ、そういうことで……?」


「そういう、ことで?」


「…………」


「…………」


「……ふふふ……」


「……にゃははは……」


「ファーストキスは?」


「涙の味がしました!」


「しょっぱいなぁー」


「しょっぱいねぇー」


「ふふふふ……」


「えへへへ……」











「えと……じゃあ、とりあえず?」


「体育館へ?」




「「れっつごー!」」


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