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「葵ちゃんはやがて、考えることすらおっくうになっていきました。ていうか単純にめんどくなりました。なので葵ちゃんはお友達の楓ちゃんと一緒に勉強にいそしむことにしたのでしたーぱちぱちー」
「てい」
「ひゃああん私の消しゴム投げられたー!」
「ごめん消しカスかと」
「んなわけないでしょお! カバーちゃんとついてるし! MONOだし!」
「MONO……ふっ」
「なぜ笑うぅぅうう! 貴様にMONOを笑う権利があるのかあああああああ!」
「うるさい」
「はいすいません」
「お口チャック」
「じー」
「結構」
「それでねー!」
「てい」
「むぐぅー」
「一回でいいから黙れ。な?」
「むぐーむぐー」
「な?」
「むぐ……」
「結構」
「ぷはぁっとうああああああ楓ちゃんのいんぐりっしゅのーとぶっくにでぃすいずぺんがだいれくとあたああああ」
「うるせぇっつってんだろ!」
「ひゃあんごめんてー! ああああ筆箱―! ふでちーん!」
「ふでちんっていうのアレ……だっさ……」
「ださいとか! 言うなよ! 言うなよ!」
「うるせぇよ」
「言うなよ!」
「うるせ」
「言うなよ!」
「うる」
「どんと! せい! いっと!」
「言わないよ!」
「せんきゅう!」
「どういたしまして!?」
「そこは『ゆーあーうぇるかむ!』って言うとこじゃない!?」
「しゃらっぷ!」
「おーいえあ!」
「小休止……」
「ふぅー」
「…………」
「あ、消しゴム拾ってくるねー」
「うん……」
「よっとっとっとっ」
「…………」
「あー意外と遠いわ……楓ちゃん未来のピンチバッターだわ」
「なぜピッチャーではないのか小一時間問いつめたい……」
「こほんこほん。ごめーん待ったー?」
「ううーん今来たとこー」
「うわーすっげー今の楓ちゃん二つのおめめがぐれいとふるでっどだわ」
「……はぁ。で」
「んで?」
「なんでここにいるの?」
「暇だからじゃない?」
「部活は?」
「一人だべ?」
「一人でもやれば? ていうか先生いるんじゃないの?」
「ぶー、甲斐せんせーはー、なんだかんだ言ってサボろうとするからやだー」
「へえ……どんまい」
「お、その受け答えは英語の勉強の成果ではありませんか?」
「そうでもないね」
「そうでもないか」
「まあ、たしかに甲斐先生はアレだね、サボり魔だもんね。ていうかあの人新聞部の顧問じゃなかった?」
「新聞部はもうないよ?」
「え、本当?」
「うん。一人だけ先輩が残ってたらしいけど。奈央先輩だったっけ、なんだったっけ……でも、その人ももう、あっちの世界に」
「あー……ヴァーチャリアル?」
「うん」
「そっか……そりゃ、残念」
「残念ですのー」
「時代だね」
「うむ」
「…………」
「……ねーねー、楓ちゃん」
「うん?」
「楓ちゃんは、暇じゃないの?」
「……うん。たぶん」
「たぶんってどゆこと?」
「なんていうかな……僕、あんまり暇ってものを感じたこと、ないんだ。不思議だけど」
「むむむ、なかなか興味がありますの」
「別に何も面白いことないけど」
「いや、私としては楓ちゃんの素性が知れる時点でもーまんたいっていうか」
「のーぷろぶれむっていうか?」
「いぇすあいどぅ」
「あのさ、薄々思ってたんだけど」
「なに?」
「藍桜さんって……もしかして、レズ?」
「ちっ、ちちちちちゃうわああああああっ!」
「うわあ僕のシャーペンが投げられた!」
「三遊間突き抜けました!」
「セカンドランナー走る走る!」
「レフトがとった! レフトがとった! 間に合うか!」
「ランナーサードを蹴りました!」
「レフト送球! 間に合うか! 間に合うか!」
「ランナー、ホームベースに滑り込みます!」
「ショートがホームに送球した! タッチ! どうだ!? ほぼ同時だ! これはどっちだ? どっちだ!?」
「…………」
「……すうっ」
「「セーフだあああああああ逆転サヨナラ勝ちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」」
「やりました! ついにやりました! 15年ぶり三回目の優勝を飾ったのはっ!」
「……ごめんシャーペンとってくる」
「藍桜ホリーホックスだあっ!」
「腑に落ちない!」
「なんで!?」
「わかんないけどとにかく負けた事実がやだ!」
「むー、じゃあ勝ちは楓リバースリバーズ! これでいいの!?」
「名前を英語に訳して無理やりチーム名つけるのやめてよ! 普通に藍桜チームと逆瀬川チームとかでいいじゃん! なんかそういう名前恥ずかしいから!」
「いいじゃん! 名前っていうのは大切な宝物だよ! 大事に大事に改変してあげないと!」
「具現化してるよパラドックス!」
「どげんかしてるよパンドラボックス!?」
「耳」
「うぎゅーいたいいたいいたいいたいひっぱるにゃー!」
「はぁ……。あのね、一応言っておくけど。僕は自分の名字、あんまり好きじゃないから。これだけは覚えといて」
「うにゃ? なんで?」
「……藍桜さん、ニュースとか見てる?」
「奇跡起こせーってやつ?」
「ごめんアイドルグループの方じゃなくて」
「んー、あんまり見ないね」
「そっか。じゃあさ……ヴァーチャリアルのことを調べたり、誰かに聞いたりしたことは?」
「ないねー」
「そっか。じゃあいいや。説明してもわかんないだろうから」
「む。なんか引っかかるのーう……」
「気にしないでいいよ」
「えー教えてよー」
「絶対に教えない」
「むー。いいもん、帰ったら自分で調べるもん」
「やめてよ」
「いーやーだー」
「やめて」
「…………」
「お願いだから。絶対にやめて」
「……ねえ、楓ちゃん」
「なに?」
「目、怖い」
「怖くしてる」
「なんで?」
「そうでもしないと、藍桜さんはどうせ、ヴァーチャリアルのこと調べるんでしょ?」
「…………」
「……いや。やっぱり、もういいよ。勝手に調べればいいさ。わざわざヴァーチャリアルのことを話題に出した僕が馬鹿だったんだ。僕のせいだ。だからいいよ、調べても。僕の言うことなんて聞く必要ない。人間は好奇心が強い生き物なんだってよく聞くしね。それに、僕なんかに藍桜さんが止められるわけもない。いいよ。どうぞ勝手に調べてみればいいさ。僕は知らない」
「……なんで、そんな怖いこと言うの?」
「それだけ調べてほしくないってこと」
「どうして?」
「理由がそのまま、答えだよ」
「そんなの、わかんないよ」
「わからなくていいって、さっきから言ってるんだ。わかってほしくないんだよ」
「でも……でも私、楓ちゃんのことなら、なんでも知りたい」
「僕のことだったら、なんでも?」
「だって……楓ちゃんは友達だもん」
「…………」
「友達のことだったら、なんでも知りたいって思うもん。それがどんなに嫌なことでも、変なことでも、恥ずかしいことでも、知りたいって思うもん。私だって、そういうことたくさんあるんだって、二人とも一緒なんだよって、笑いあえる方が楽なんだもん。楓ちゃんは……そう思わないの?」
「……思わない。というか、思えないんだ」
「どうして?」
「藍桜さん。君には、友達がいた?」
「…………」
「誰でもいい。クラスメイト、演劇部の人、中学校の頃の友達、幼馴染、親戚の人……僕以外なら、誰でもいい。そういう人はいた?」
「……うん。いたよ」
「たくさん?」
「……うん」
「でもみんな、いなくなった。違う?」
「……ううん。違わない」
「みんなみんな、ヴァーチャリアルに行っちゃった?」
「……うん」
「それ、僕のせいなんだよ」
「え?」
「僕のせいだよ。みんないなくなっちゃったのは、僕のせい」
「それ……どういう、こと?」
「答えがそのまま、理由だよ」
「そんなのっ! ……わかん、ないよ」
「わからなくていい。わからなくて、いいんだ」
「…………」
「……ごめん。僕、そろそろ帰るね」
「…………」
「藍桜さんも、気を付けて。それじゃあ……」
「……うん。ばいばい。また明日……会おうね? 約束だよ! 破ったら怒るからね! 絶対にっ、絶対に会おうねっ!?」
「……うん、ありがと。ばいばい」