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 二人の少女が、ただ淡々と会話し続けるだけの物語。

 残響の先には、きっと何かが。





「――つまりさ、つまりさ、かえでちゃんが言ってることはさ、『あなたのことが好きです、付き合ってください!』っていう意味でいいんだよね!?」


「いやなんでそうなるの? 違うよね僕全然違うこと言ったよね。『すいません、目の前に立たれると気が散るのでちょっとどいてもらえませんか?』ってことを言ったんだけどな。おかしいな、言い間違えたっけな」


「え、つまり私の言ったとおりじゃない?」


「どこがさ?」


「『ああ、愛すべき私のプリンセス! あなたの姿を見ているだけで私の胸はもう張り裂けてしまいそうだ! ああなんて罪深いことなのだろう……! いやしい身分であるこの私にとって、あなたを愛してしまうことは、重く深い罪でしかないのに……! ああ、しかし、駄目なのです。私の美しいプリンセス。もう私は止められない。この溢れんばかりの愛を、燃えたぎるあなた様への赤い熱情を、止めることが出来ないのですっ! ああ、私はどうすればいい!? もう私には何もできない、どうすることもできない……。ですから――ですから、プリンセス。どうか、どうかあなたの手で! 聖母のように慈悲深いあなたの、その御手で……! 私の震える心を、想いをすべて――受け止めていただきたいのです……!』って感じでしょ?」


あいおうさん、演劇部だっけ」


「うん!」


「台詞は即興? 上手だね。あと演技もすごい上手い。手を広げたりするのとか、目線の感じとか、いかにもって感じ」


「えっ、そ、そう言われると照れますなー……うへへへ」


「ただしゼロ点」


「どうしてぇっ!?」


「……藍桜さん、質問は注意して聞きなさいって先生によく言われるでしょ。訳すべき文も訳し方もそもそも間違えてるよ。ていうか僕そんなこと言ってないし。勉強のじゃまになるからどいてくれませんかーってことだから」


「ぶー。ねえねえ、じゃあさ、なんで楓ちゃんってそんなたくさん勉強してるわけ? 東大にでも行くの?」


「行かないよ、別に。これは趣味」


「たいそうなご趣味をおもちでー」


「なにその……とにかくすごい顔。やめてよ。ていうか、無理にわかってもらえなくていい。僕だって変だと思ってるから」


「いやいや、全然変じゃないと思いますのよ?」


「何キャラなのさ。語尾がおかしい……あとその顔のまま言うのやめて、怖いっていうかなんていうか……うんとにかくすごいそれ。言葉にできない。すごい」


「私はねぇー、個性というものをねぇー、大事にしようとねぇー、しているんですよぉー、ええぇー」


「教頭先生の真似はしなくていい……っていうかその顔のまま真似しないで、夢に出そう」


「そんなにすごい? ちょっと写真撮ってよ」


「カメラないよ」


「…………」


「あーすごーい横顔にすごい視線感じるー。っていうかこわーい。結構こわーい。どれぐらい怖いかっていうとお化け屋敷に入ったのにお化けらしきものがまったく出てこないまま終わっちゃったときぐらいこわーい」


「…………」


「ああもうやめてよ! わかったよ撮るよ! 本当はカメラも持ってるよ! 撮るからさ! だからその顔やめてよ! 残るんだよそれ! 記憶にも網膜にも! やめてよ!」


「むふふふ、作戦成功」


「なんて恐ろしい戦術だ……孔明もびっくりだね」


「ナポレオンでも『いやこれ侵略するの無理だろ』って言っちゃうレベル?」


「ネルソンでも『ちょっと陸上がるわ』って言っちゃうレベル」


「やったね! エジプト遠征大成功じゃね!?」


「うん、生まれる時代間違えたね」


「てへへ」


「済まされない」


「こほん」


「うん。で、話戻すけどさ。そこどいてくれる?」


「いやじゃし」


「へえ」


「うわぁ私のカバンが人質に取られた!」


「帰ってくれるならちゃんと渡すよ」


「とか言ってそのまま奪って中に入ってあるりっぷくりーむとかで欲情する気だなっ!」


「おいそろそろいい加減にしろ」


「はいすいません」


「持って帰るわけないから。返すって言ってるじゃん。話を聞け。その両耳は飾りか。装飾か。つーかだいたいなんで僕がわざわざこんなクソ重いものを持って帰るとか」


「そ、そんながしゃがしゃ振らないでよぉっ! それに重くないし! まだ40台キープしてるし!」


「いや、藍桜さんの体重は聞いてない」


「はっ……! ハレンチな……!」


「聞いてない」


「聞いてよ」


「何キロ?」


「ハレンチな……!」


「投げるぞ」


「嘘、51キロ」


「40キロ台キープしてねぇじゃん!」


「ぐはぁっ! なぜ投げたぁっ!?」


「投げるよそら! なに真顔で嘘ついてんのさ!?」


「…………」


「いやだからその顔やめろ!」


「……わたしはねぇー、40キロ台をねぇー、キープしようとねぇー、日々精進をねぇー、しているんですよぉー、ええぇー」


「その顔で嘘つきながら教頭先生の真似するのやめろ」


「わたしはねぇーうぇへへへへへ」


「殴るぞ」


「はいすいません」


「嬲るぞ」


「どうぞ」


「冗談」


「私とは遊びだったのねっ!?」


「もぉーいいからどっか行ってよぉっ! 勉強できないんだよもうっ! 帰れよっ! 放課後だよもう! なんでこんな時間まで君みたいな変人と付き合わなきゃなんないのさっ!?」


「うっ、変人とは言うてくれるの! そういう楓ちゃんこそそうではないかねっ!?」


「う、な、なにがさ……?」


「楓ちゃんってばー、かわいいかわいい女の子なのにー、こんなに髪短くしちゃってー、しゃべり方も変えちゃってー、なんかー、変ってゆーかー、よく言って個性的ぃ? っていうかー」


「ばっ、べ、別にいーだろっ! 僕がどんな趣味してようがさぁ!」


「ええ~? 僕ぅ~? 楓ちゃん男の子みた~いふふふ~かわい~」


「……はっらったっつっなぁっ、もうっ! 帰れ!」


「わたしはねぇー、まだねぇー、帰るわけにはねぇー、いかないんですよねぇー、ええぇー」


「殴」


「ぶっ! ちょ、宣言し終わる前に殴らないで!」


「る」


「おそい!」


「けどいいかな?」


「懇願だったの!? じゃあ私断る権利ちょっとはあったんじゃない!? なんで行使させてくれないの!? ねえ!?」


「君があまりにも非現実の格子にはまっているものだから」


「孔子みたいなこと言わないでっ」


「孔子はそんなこと言ってないでしょうがっ」


「てへっ」


「済まされない」


「こほん」


「状況を整理しよう」


「しよう」


「僕は今勉強に専念したいんだ」


「さいですか」


「藍桜さんは何がしたいの?」


「千年の封印を……」


「真面目にどうぞ」


「部の勧誘に……」


「はじめからそう言え」


「いたっ! むー、なによー! じゃあ楓ちゃん入ってくれるの!?」


「いや、入らないよ」


「楓ちゃんの生殺しー」


「たぶんそれ使い方間違えてるよ……」


「もー! いいよそんなのどうでもっ! ね、なんで入ってくれないの? 一人だから? 部員が私一人しかいないから? たった二人だけしかいないとかなったら、寂しさがまるで夕暮れ時の波のようにもの静かに心に押し寄せてくるから? そうなの?」


「いや、ただ単に部活に入りたくないだけ」


「けっ、世間体の問題かよ」


「世間体て」


「いいもん! 私、楓ちゃんより身長高いもんね!」


「背検定か」


「よくわかったね!」


「わかりたくなかった……」


「まーそれはいーとしてー。どうよ!? 青春!」


「お断り」


「させるかー」


「させてよー」


「楓ちゃんはシェイクスピアみたいな人になりたくないの!?」


「別になりたくないよ……」


「歴史に残る名作とか書きたくないの!?」


「別に書きたくないよ……」


「オムライスとか!」


「ハムレットね」


「スパ王とか!」


「リア王か」


「プリンとアラモードとか!」


「ロミオとジュリエットっていうかまともに覚えてねぇだろ! しかもなんで全部間違え方が食い物関連なんだよ! 食いしん坊か! おちゃめさんか!」


「てへっまちがえちった☆」


「槍で貫かれろ……」


「シェイク『スピア』なだけに!? なにその発想好き!」


「うるせえよ」


「はいすいません」


「じゃあ僕もう帰るね……」


「えーもうちょっとだけー」


「何を話せと?」


「あのさー、楓ちゃんってさ」


「うん」


「ヴァーチャリアル? ってやつ、興味ある?」


「ないよ」


「そっか」


「うん」


「じゃあ、また明日、会えるね?」


「そうだね」


「うん、それならいいや!」


「そっか。じゃあ、僕もう帰るよ。藍桜さんも、帰り気を付けてね。もう外暗いし」


「うん! それじゃあ、また明日ね!」


「うん、また明日」






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