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そう思っていたのに天気予報が外れ、朝から雨が降っていた。
十一時になっても止まず、それでも諦めきれなかった三人は、曇った顔をして玄関に集まった。
「これ、効かなかったなぁ」
陽太の小さな手から、一本の紐が垂れている。その先にあるのは、にっこり笑顔のてるてる坊主。
陽太は起きた直後にてるてる坊主を作り、急いで窓へ吊るした。それを見た睦月が「懐かしい~」と言いながら追加で三個作ったものの、結局雨は止まなかった。
これには陽太も睦月も、肩を落として残念がった。「楽しみにしていたのに」と口をへの字に曲げる陽太を見るに、相当この日を待ち望んでいたらしい。
だけど、この天気なら諦めるしかない。雨の日は、ルカは部屋から出てこないから。
ただでさえブルーベリー狩りを強要しているのに、加えて〝雨〟なんて……。
ルカの「行けない条件」が揃いすぎている。
一息ついた後、小さな二人組へ話して聞かせた。
「今日は残念だったね。この雨だと外に出られないから、また来週いこう」
「え~」
案の定、口を尖らせて陽太は不満を露わにした。隣で睦月が「私は濡れても平気だけどなぁ」ときょとんとしている。妖怪って風邪をひかないのかな? そもそもタヌキとして生活していたら天気なんて関係ないか。
「どうしてもだめ? お願いだよ、お姉ちゃん!」
「う……」
目に涙をため、今にも泣き出しそうな陽太。可愛い、できることなら叶えてあげたい……だけどダメだ。今無理に行って風邪を引いたら、辛いのは陽太だから。期待に応えてあげられないのが悔しい。
「どうしても今日いきたい! 行くったら行く!」
「そっかぁ」
この前、陽太とケンカして以来。陽太は自分の気持ちを素直に伝えてくれるようになった。ワガママなんて聞いたことなかったのに、今じゃこの様だ。隠すことなく、自分の本音をぶつけてくれる。
私を信頼しているからこそ出来ることだよね。だからこそ嬉しい。陽太がワガママを言ってくれると、可愛くて仕方ない。それが前面に出てしまって、つい顔がにやけてしまう。陽太にバレないよう上唇を噛み、なんとか隠す。
「傘をさして散歩できるなら、ブルーベリーだって採れるよ!」
「え、でも濡れちゃうよ?」
「濡れたら、すぐ帰ればいいもん!」
そう言いながらも、いざ濡れても帰らないのが幼い子供だ。果たされない約束だと、既に分かっている。何とか諦めてほしいけど、今日の陽太は粘り強い。そんなにブルーベリーが好きだったかなぁ?
不思議に思っていると、膨れっ面した陽太に代わり、睦月が私に耳打ちする。
「陽太はね、家族でお出かけするみたいって、すごく楽しみにしていたんだよ」
「家族?」
「どうやら私とルカのことを家族と思ってくれているみたい。みんなでお出かけするのが久しぶりだから楽しみって、ずっと言っていたの」
「そうだったんだ……」
確かに両親が健在だった頃は、外でお昼を食べたり、モールへ買い物をしに行ったり、家族四人で出かけることが多かった。もちろん二人きりになってからは、そんな余裕はなかった。近くの公園に行って帰ることが、ほとんどだ。
そっか。陽太、寂しかったんだ。そりゃ寂しいよね。
無茶でも、ブルーベリー狩りに行くべきかな? 陽太の言うように、濡れたらすぐ帰ればいいのだから。でも陽太が風邪を引いて治らなかったら、なんて怖さもある。
人は、いつどうなるか分からない。知人であれ、家族であれ。思いがけない時に別れが来ることを知っているからこそ、一歩が踏み出せない。
こんなことじゃダメなのに。いつかルカが言ったように、陽太を、陽太の言葉を信じてあげればいいのに。容易く実行に移すには、もう少し覚悟が足りないらしい。でも女は度胸って言葉もあるし、せっかく陽太が自分の気持ちを話してくれているのだから、姉として叶えてあげるべき……だと思う。
超えないと、壁はなくならない。
だから一つずつ、乗り越えて行く。
「――わかった」
「え?」
「ブルーベリー狩りに行こう。ただし、あまりにも濡れたら帰ること。
あと今日ルカは来られないこと。この二つに納得してくれたら連れて行ってあげる」
「え、ルカお兄ちゃん来られないの?」
「この雨だと無理っぽいよね~」
落ち込む陽太を元気づけるように、明るい声で睦月が返事をする。その間に、私は三人分のカッパを探すため靴を脱いだ。だけど背中に、意外な声がぶつかる。
「だったら行かない」
「陽太?」
「ぼく、確かにブルーベリー狩りに行きたいよ。でも〝みんなで〟行きたいんだ」
「今日……行けなくてもいいの?」
「いい。そもそもルカお兄ちゃんについていくって約束でブルーベリー狩りに行くんだし。そのお兄ちゃんが行かないなら、ぼくも行かないや」
「……そっか」
ブルーベリー狩りに行きたい、でも四人で行きたい――そんな陽太の葛藤が手に取るように分かる。優しい陽太をギュッと抱きしめると、トクントクンと子供特有の速い鼓動が、私の胸を同時に打つ。温かいなぁ。陽太も、陽太の心も。
「陽太、食べ物で何が好き?」
「え、オムライスだけど……」
「じゃあお昼は一緒に作ろうか、オムライス。陽太には、ケチャップで卵に何か描く係になってもらおう」
「うん、わかった!」
外の雨に負けない、ハツラツとした笑み。それを見ると「ブルーベリー狩りに行っていいよ」と言ってよかった。もし風邪を引いたらと思うと心配で、許可を与えるのは覚悟がいったけれど……おかげで陽太の弾ける笑顔を見られた。私が一歩を踏み出さなければ、出会えなかった笑顔だ。
「勇気を出して良かったな」
「ゆうき?」
「うん」
陽太を抱きしめたまま話していると、私の背中に小さな手が乗る。見ると、睦月も「ぎゅ~」と言いながら私を抱きしめていた。
「雨が降るから少し寒いけど、おしくらまんじゅうしたら温かいね~!」
「おしくらまんじゅう? それって美味しい?」
「陽太しらないの? なら、この睦月ちゃんが教えてあげよう!」
ヒヒと笑う睦月。その笑顔につられて、陽太も私も笑みを浮かべる。気づけば皆の足は、すでに家の中へと向いていた。
「じゃあ、みんな着替えて台所に集合しよう」
「「はーい!」」
一斉に靴を脱いで廊下を進む……いや、進もうとしたところで、先頭を走る陽太が「わぁ⁉」と腰を抜かした。すぐ後ろを走っていた睦月もドミノ倒しのように尻餅をつき、最後尾を行く私が二人を受け止める。
「まさかゴキブ……きゃあ⁉」
三人の前にいたのは、虫ではなく、大きなてるてる坊主。天井につきそうなほど高い背をしたソレは、鋭い目で私たちを見下ろしている。
「わー! おばけー‼」
「悪霊退散! 悪霊退散‼」
どこからともなく、睦月は自分の背よりも長い刀を出す。初めて見る陽太はこれにも驚いて、「わぁー⁉」と大混乱だ。
「陽太、下がって! コイツは悪鬼かもしれないから!」
「あ、あああ、あっき?」
睦月は陽太を背にしてかばう。手を後ろに回し、スラッと鞘から刀身を覗かせる。後ろに控える陽太はさらに混乱し「本物ぉ⁉」と、今まで聞いたことのない大声を出す。
だけど私は冷静だった。腰を抜かした陽太、刀を抜きにかかる睦月を追い越し、大きなてるてる坊主に近づく。
「部屋から出てきてくれたんだね、ルカ」
「「え、ルカぁ?」」
驚く二人が、団子のように上下に頭を並べて、こちらを見る。すると大きなてるてる坊主……ルカは、着ていたカッパのフードをずらし「……あぁ」と返事をした。




