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 その後、サンドイッチを食べたお母さんは「また来ます」と言って山へ帰った。ルカは見送りに出ていて、今は不在だ。不思議だったのは、ルカに「お母さんを送る」よう促した時、なぜか私と青年を見比べたことだ。


『大丈夫か?』

『なにが?』

『いや……』


 そうしてまた口を閉ざすものだから、今度という今度は言ってやった。「ちゃんと自分の気持ちを言ってくれないと分からないよ」って。どうせスルーされるんだ。これくらいは言っても平気だろうと、軽く考えていた。

 だけど違った。ルカは私の腕を握り、ズイッと顔を近づけた。


『俺が帰るまで用心しろよ』

『よ、用心? 何に?』


 ルカは何も言わなかったけど、視線の先には青年がいた。陽太と余ったフルーツを食べながら、和気あいあいと話している。ほのぼのする光景とルカの鋭い視線は、あまりにも正反対すぎてポカンとしてしまう。すると睦月がやって来て「ここは任せて」と、ルカの背中を叩いた。そうしてやっとルカは、お母さんと一緒に家を出たわけだ。


『な、なんだったの?』


 さっぱり理由が分からない私を見て、睦月は楽しそうに破顔した。そうかと思えば「お兄さん~良かったら片付け手伝ってー」と青年へ声をかける。いきなり手伝いを頼むのは失礼では?と思ったけど、青年はやる気だった。


『美味しいご飯を頂いたお礼に、何でもします!』


 そうしてルカとお母さんは山へ、私たちは家の中へと入り、二手に分かれたのだった。



  

 睦月と青年がサンドイッチで使った洗い物をしてくれている間、私と陽太は、さっきまでお母さんが使っていた部屋を急いで整理している。


「お姉ちゃん、本当にあの人、ここに住むの?」

「学生証まで見せられて、挙句に『住むところがない』と言われちゃあね。幸い、お金も払うと言ってくれてるし……」


 片づけをしている間、青年は自分のことを話してくれた。

 どうやら青年は、さっき私と陽太が話していた新しくできた大学の学生さんらしく、なんと一ヶ月後に入学式があるらしい。だけど近くのアパートは既に満員。加えて実家も遠く通学は無理で、一時は「受かったけど退学しないといけないかも」と途方に暮れていたという。挙句の果てに迷子になっていたところ、どこからともなく声が聞こえ「近くに宿屋がある」と教えてくれたという。

 その宿屋というのは、きっと一匹妖怪を泊めていたウチのことだ。だけど宿屋をやっていたのは、妖怪しか知らない。ということはあの青年は、妖怪からウチのことを教えてもらった、というわけだ。


「まさか、あの人も妖怪が見えるのかな?」


 声が聞こえたくらいだから、妖怪の姿が見えたっていいはずだ。幸運なことに青年は、教わった相手が妖怪だと気づいていないみたいだけど……。


「睦月は太刀、ルカは尻尾を出さないよう、強く言わなきゃ」


 あんなものを見られては、青年もびっくり仰天するだろう。最悪「お化け屋敷」と言われるかもしれない。その噂がこども園に伝わって、もし陽太が悪く言われるようなことがあったら本末転倒だ。睦月やルカは、いまや陽太の心を明るく照らしてくれる存在だ。それがひっくり返るようなことは、あってはならない……とはいえ、妖怪が住む家で、妖怪の存在を隠しながら生活しないといけない労力を考えると、この先が思いやられる。


「ゆっくりできるはずの家が、一気に気を張る場所になっちゃった」


 どんよりした空気をまとう私を、陽太が「疲れた?」と心配そうに見つめる。

 くりくりした丸い目は、まるでウサギのようで可愛らしい。こども園でも陽太は「優しくてかわいい」と評判らしい。これからどんな風に成長するんだろう。いつまで「お姉ちゃん」と言ってくれるかな? 睦月のように、いつまでも天真爛漫でいてほしい。でもルカのように大人っぽいクールさがあっても、カッコいいかも。


「ん?」


 カッコイイって、なんだ。まるで私がルカのことを「カッコイイ」と思っているみたいじゃないか。

 さっき抱いた感情を払うように、顔の前で手をパタパタさせる。


「大丈夫だよ、ありがとう。

 ルカのお母さんが掃除をしてくれていて助かったね。部屋にある私物をどかせばいいだけだから」


 部屋は綺麗だ。あとはウチの物を撤去するだけ。と言っても、おじいちゃんおばあちゃんの家って、色んな物が置いてある。ルカのお母さんの時は甘えてそのまま置かせてもらっていたけど、赤の他人となれば話は別だ。何もない空っぽの状態で、部屋を明け渡さないといけない。


「う……この壺、重たい」

「睦月お姉ちゃんと代わるよ。ほら、お姉ちゃんって力持ちだし!」

「それはダメだよ」


 あの青年を完璧に信用したわけじゃない。見せてくれた学生証が偽物で、怪しい人かもしれないし。睦月は妖怪だし強いから、青年が何者であっても対応できる。だけど陽太はまだ子供だから、何かあった時にどうすることもできない。

 だから睦月と相談したのだ。青年を信用するまでは警戒心を解かないでいこう、と。さっきルカが「俺が帰るまで用心しろよ」と言ったのも、こういうことだったのかと遅れて理解する。


 今、睦月が二人きりで下にいるのも「まずは私が様子を探るよ」という、睦月本人からの申し出によるものだ。

 最初こそ二人きりにするのを心配したけど、睦月は笑顔で「何かあってもコレがあるから大丈夫」と太刀をチラ見せ。いつの間にか私は「事件になるから脅すだけにしてほしい」と、睦月ではなく青年の身を案じていた。

 もちろんこんな生々しい事実を陽太に話せるわけがないので、やんわりと濁して説明する。


「陽太って最近すごく力持ちになったでしょ? だからお姉ちゃんのお手伝いをしてほしいな」

「わかった! よーし、がんばるぞ!」


 たちまちやる気になった陽太と一緒に、大きな壺を持ち上げる。だけど車のタイヤほどある壺はびくとも動かない。無情にも、私と陽太の息遣いだけが部屋に響く。

 もう転がして運ぼうか、と思った時。

 わずかな風が吹いたかと思えば、いともたやすく片手で壺を持ち上げるルカの姿があった。


「ルカお兄ちゃん! 帰ったんだ!」


 陽太が嬉しそうにルカの足へしがみつく。大きな壺を持ち、加えて足に陽太をぶら下げるなんて……ルカの筋肉ってどうなっているんだろう。

 足をプラプラさせて陽太を喜ばせるルカに「おかえり」と、一歩近づく。


「お母さんを送ってあげられた?」

「あぁ……それより」


 ルカは眉根を寄せ、ピクピクと人間の耳を動かす。


「あの男は台所にいるのか?」

「あの男? あ、忍足くんね。そう、今は睦月と一緒に洗い物をしてくれているよ」

「おしたり……」


 学生証を見せてもらった時、自己紹介してくれたのだ。

 忍足おしたり すいくん。私より一つ下の十七歳。


「趣味は魚釣りらしいよ。苦手な食べ物はなくて、好きな食べ物はカレー。甘い物も辛い物も、何でも食べられちゃうんだって」

「……嬉しそうだな」

「聞いた言葉をそのままルカに伝えているだけだよ。ルカの言った通り、用心して睦月に探ってもらっているし。睦月が大丈夫だと判断したら、このまま住んでもらおうかと思っている。貴重な収入源になるし、それに……」


 今より賑やかになりそうだし――と言った時。

 ルカが「え」と不満げな声を出し、顔をしかめた。


「ルカ、どうかした?」

「……別に」


 足から陽太を離したルカは、そのままピッと姿を消す。やっぱり忍者だと再認識する傍ら、さっきのルカの顔を思い出す。どこか悲しそうで、どこか仏頂面。そんなルカの複雑な表情が気になった。

 

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