表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

「や、やよいくんママも、こちらのスーパーに来ていたんですね」

「この辺はココしかないですから……」


 なぜかやよいくんママと並んでカートを押し歩くスーパーの中。私の隣を歩く睦月が、カチコチに緊張した私の顔を、さっきから不思議そうにのぞき込んでいる。

 睦月から「お金が足りなくなる」と聞いて焦ったけど、今のこの状況も、私はかなり焦っているのだ。


 前にやよいくんママからブルーベリーの話を聞けた時は、「ケンカ中の陽太と仲直りできた直後」だったから私の気分も上がっていて、いわば、その場のノリで話かけることができたのだ。だけど今は、何のブラフもかかっていない状態……。


「陽太くんのお姉さん? 顔色が悪いけど大丈夫?」

「へ? あ、あはは……」


 前に話をした時、私は陽太の母ではなく姉だと説明した。その時にやよいくんママは「そうだったんですね」と、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。きっと私が陽太のママだと、ずっと勘違いしていたんだろう。最初こども園で会った時、すごい顔で見られたもん。「こんな若い子が年長さんのママ?」って、心の声が聞こえそうだった。


 それでも、こうしてママと話せているのは、私が勇気を出して話しかけたからだ。せっかく打ち解けることができたのに、さっき私が「えぇ⁉」と叫んだのを見られてしまい、若干の気まずさが漂っている。人前で叫ぶなんて、完全に不審者だ。警戒されても不思議じゃない。


 気まずいままで別れたくなくて「一緒に買い物しませんか?」と、半ば勢いで誘った。でも、それがかえってよくなかったかもしれない。やよいくんママからしたら断りたくても断れなかっただろうし、迷惑だったかも。今から「やっぱり別々に買い物しますか?」と提案しようか。いや、それもそれで後々気まずくなりそうだ。


 いろんなことを考えながら、何気なくバナナを手にした時だった。やよいくんママが「それ」と、別のバナナをつかんだ。


「こっちのバナナの方が五十円ほど高いけど、甘いんです。だからやよいもよく食べてくれて助かってるの」

「そうなんだ! とりあえず安くて本数が多い方を、って思っていたから……今日はこっちを買ってみます」


 お礼を言うと、やよいくんママが笑ってくれた。いつもポニーテールをしていてバリキャリ感が満載だけど、今日は休みだから髪を下ろしていて、どことなく雰囲気も柔らかい。


「やよいくんは、パパとお留守番ですか?」

「ええ。二人でキャッチボールをするって、公園に出かけました。休みになると主人がやよいの相手をしてくれるから助かるの。おかげで私はこうして買い物に来られるし」


 そう言った瞬間、やよいくんママの顔がぎこちなくなった。なんとなく「申し訳ない」って顔に見える。陽太のパパとママがいないことを思い出したのかな。でも申し訳なく思わないでほしい。だって私たち、今はもう二人ぼっちじゃないもの。


「まだ朝は涼しいから、外で遊ぶにはもってこいですよね! 私も最近『親戚』が一緒に住んでくれるようになって、今も陽太と遊んでくれているんですよ」

「ご親戚が? そう、よかったですね。じゃあ、その子も?」


 やよいくんママは、私の隣を歩く睦月を見る。ずっと気になっていただろうに、何か事情があるのだろうと聞かないでいてくれたんだ。

 一緒にいることで知られる、その人の優しさ。そういう発見があればあるほど、もっと一緒にいたいと思える。

 第一印象だけで「この人とは合わなさそう」と決めつけるのはよくない。何事も踏み込んでみるものだ。


 一方、やよいくんママに見つめられた睦月は、困ったように私を見上げた。なんと答えていいか分からないのだろう。私は睦月の頭をなでながら「親戚であり、大事な家族です」と答える。すると睦月は嬉しそうに半歩前に出て「睦月です」と、やよいくんママに挨拶した。


「ねぇ、やよいくんママ~。私たち今日お別れ会をするんだけど、どんなご飯がいいと思うー?」

「お別れ会?」

「あ、親戚の親戚が泊まっていたのですが、今日のお昼に帰ることになって」

「じゃあ、あまり時間がないですね。手軽に作れるものだと……」


 やよいくんママはカートを押しながら辺りをキョロキョロ見回して、ヒントになる食べ物を探す。時折私へと振り返り、メニューになりそうな手がかりを聞き出す。


「その方の好物は何ですか?」

「狐の好きな食べ物……?」

「狐?」

「え、あ、あはは。何でもないです! でも、そうですねぇ」


 狐の好物って言ったら、やっぱりネズミや鳥、とうもろこし、あとは果物だろう。油揚げは、きっと空想の中で生まれた好物だろうから除外だ。

 私は言葉を変えながら「鶏肉やコーンや、フルーツが好きだと思います」と答える。すると睦月が「卵も!」と付け足した。へぇ、狐は卵も好きなんだ。


「だったら、中身が好きに変えられるサンドイッチはどうですか? もも肉は薄く切って焼いて甘辛ダレ、茹でたとうもろこしの実を縦に切って挟めるようにして……あ、レタスをつけてもいいですね」

「わあ、おいしそう~!」

「ゆで卵を潰して卵サンド、果物と生クリームを合わせてフルーツサンドとか。どうですか?」

「最高です、サンドイッチなら時間もかからないしっ」


 睦月と一緒に拍手をすると、やよいくんママは照れたように笑った。そうして一歩、私のカートに近づいた。


「私も具材集めを手伝います。一人より二人の方が時短になりますし」

「やよいくんママ……すみません、よろしくお願いしますっ」


 その後「では私は野菜コーナーへ」、「私は精肉コーナーへ」と、スーパーを右往左往した。もちろん睦月も「私はパンコーナー!」と言って、買い物を手伝ってくれた。

 無事に会計が済んだ後、やよいくんママと店先で挨拶をする。


「今日は本当に助かりました。なんとお礼を言ったらいいか……」

「……」


 やよいくんママは何も言わない。もしかして買い物に付き合わせすぎて疲れちゃったのかな?

 そんな心配をしていると、ママは「嫌なら断ってくださいね」と前置きをした後、とある提案をする。


「今度一緒に遊びませんか? 休日に会えるとやよいも喜ぶと思うし」

「え」

「ブルーベリー狩りに一緒に行くのも、きっと楽しいと思うのですが……もちろんお姉ちゃんさえ良ければ」

「っ!」


 ブワッと体中の毛が逆立つような衝撃だった。驚きと感動で、全身が歓喜して震えた。一気に体に熱が加わり、ぽかぽかと温かい。


「いいんですか? ぜひ、一緒に遊んでください!」


「もっと料理を教えてほしいし」と言うと、やよいくんママは笑った。お安い御用、と言っているような優しい微笑みだった。


「じゃあサンドイッチ作り、頑張ってね」

「はい、ありがとうございますっ」


 何かあったら電話してね、とやよいくんママが電話番号を教えてくれた。すぐに折り返し、私の番号もママに伝える。やよいくんママは車で来たらしい。白色の車が日光に照らされ、キラリと光りながら遠ざかる。


「なんか、すごい夢みたいな瞬間だったねぇ……」


 こういうのを、いわゆるママ友っていうのかな?

 本当に私が、ママ友を作れたんだ。


「なんか、すごく嬉しいかも……っ」


 まだ実感が湧かない。だけど胸に手を当てれば、これが現実だと知らせてくれているように、すごい勢いでドクドクと脈を打っている。現実なんだ、嬉しいな。


 陽太と二人ぼっちだと思っていた世界に、一人ずつ加わり、人数が増えていく。ルカに睦月、ルカのお母さん、そしてやよいくんのママ。あれほど無音だった世界が、祭囃子でも聞こえてくるかのように、だんだんと賑やかになっていく。それが嬉しくて、とても心強い。


 今までたった一人で陽太の親代わりをしていた私にとって、頼れる誰かがいるということは、それだけで心に日が差すような幸福感を得られるのだ。


 心臓に手をあてたまま、あまりにも動かない私を、睦月が心配そうに見上げた。不安そうに「大丈夫?」と言われて、返事をするより先に、たまらず小さな体を抱き上げる。

 ルカと睦月に出会わなければ、私は今も、無音の世界にいたままだった。二人に会えたからこそ、今がこれほど楽しくて、まぶしいんだ。


「ありがとう睦月。ありがとうね」

「えへへ? なーに、明里ったら」


 睦月の心臓の音が聞こえる。トクトクと規則正しく聞こえる。私の世界を変えてくれた、大切な人。

 どうか、この音が一日でも長く鳴り続けますように――家までの帰り道、たたずむお地蔵さまに手を合わせて願った。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ