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「や、やよいくんママも、こちらのスーパーに来ていたんですね」
「この辺はココしかないですから……」
なぜかやよいくんママと並んでカートを押し歩くスーパーの中。私の隣を歩く睦月が、カチコチに緊張した私の顔を、さっきから不思議そうにのぞき込んでいる。
睦月から「お金が足りなくなる」と聞いて焦ったけど、今のこの状況も、私はかなり焦っているのだ。
前にやよいくんママからブルーベリーの話を聞けた時は、「ケンカ中の陽太と仲直りできた直後」だったから私の気分も上がっていて、いわば、その場のノリで話かけることができたのだ。だけど今は、何のブラフもかかっていない状態……。
「陽太くんのお姉さん? 顔色が悪いけど大丈夫?」
「へ? あ、あはは……」
前に話をした時、私は陽太の母ではなく姉だと説明した。その時にやよいくんママは「そうだったんですね」と、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。きっと私が陽太のママだと、ずっと勘違いしていたんだろう。最初こども園で会った時、すごい顔で見られたもん。「こんな若い子が年長さんのママ?」って、心の声が聞こえそうだった。
それでも、こうしてママと話せているのは、私が勇気を出して話しかけたからだ。せっかく打ち解けることができたのに、さっき私が「えぇ⁉」と叫んだのを見られてしまい、若干の気まずさが漂っている。人前で叫ぶなんて、完全に不審者だ。警戒されても不思議じゃない。
気まずいままで別れたくなくて「一緒に買い物しませんか?」と、半ば勢いで誘った。でも、それがかえってよくなかったかもしれない。やよいくんママからしたら断りたくても断れなかっただろうし、迷惑だったかも。今から「やっぱり別々に買い物しますか?」と提案しようか。いや、それもそれで後々気まずくなりそうだ。
いろんなことを考えながら、何気なくバナナを手にした時だった。やよいくんママが「それ」と、別のバナナをつかんだ。
「こっちのバナナの方が五十円ほど高いけど、甘いんです。だからやよいもよく食べてくれて助かってるの」
「そうなんだ! とりあえず安くて本数が多い方を、って思っていたから……今日はこっちを買ってみます」
お礼を言うと、やよいくんママが笑ってくれた。いつもポニーテールをしていてバリキャリ感が満載だけど、今日は休みだから髪を下ろしていて、どことなく雰囲気も柔らかい。
「やよいくんは、パパとお留守番ですか?」
「ええ。二人でキャッチボールをするって、公園に出かけました。休みになると主人がやよいの相手をしてくれるから助かるの。おかげで私はこうして買い物に来られるし」
そう言った瞬間、やよいくんママの顔がぎこちなくなった。なんとなく「申し訳ない」って顔に見える。陽太のパパとママがいないことを思い出したのかな。でも申し訳なく思わないでほしい。だって私たち、今はもう二人ぼっちじゃないもの。
「まだ朝は涼しいから、外で遊ぶにはもってこいですよね! 私も最近『親戚』が一緒に住んでくれるようになって、今も陽太と遊んでくれているんですよ」
「ご親戚が? そう、よかったですね。じゃあ、その子も?」
やよいくんママは、私の隣を歩く睦月を見る。ずっと気になっていただろうに、何か事情があるのだろうと聞かないでいてくれたんだ。
一緒にいることで知られる、その人の優しさ。そういう発見があればあるほど、もっと一緒にいたいと思える。
第一印象だけで「この人とは合わなさそう」と決めつけるのはよくない。何事も踏み込んでみるものだ。
一方、やよいくんママに見つめられた睦月は、困ったように私を見上げた。なんと答えていいか分からないのだろう。私は睦月の頭をなでながら「親戚であり、大事な家族です」と答える。すると睦月は嬉しそうに半歩前に出て「睦月です」と、やよいくんママに挨拶した。
「ねぇ、やよいくんママ~。私たち今日お別れ会をするんだけど、どんなご飯がいいと思うー?」
「お別れ会?」
「あ、親戚の親戚が泊まっていたのですが、今日のお昼に帰ることになって」
「じゃあ、あまり時間がないですね。手軽に作れるものだと……」
やよいくんママはカートを押しながら辺りをキョロキョロ見回して、ヒントになる食べ物を探す。時折私へと振り返り、メニューになりそうな手がかりを聞き出す。
「その方の好物は何ですか?」
「狐の好きな食べ物……?」
「狐?」
「え、あ、あはは。何でもないです! でも、そうですねぇ」
狐の好物って言ったら、やっぱりネズミや鳥、とうもろこし、あとは果物だろう。油揚げは、きっと空想の中で生まれた好物だろうから除外だ。
私は言葉を変えながら「鶏肉やコーンや、フルーツが好きだと思います」と答える。すると睦月が「卵も!」と付け足した。へぇ、狐は卵も好きなんだ。
「だったら、中身が好きに変えられるサンドイッチはどうですか? もも肉は薄く切って焼いて甘辛ダレ、茹でたとうもろこしの実を縦に切って挟めるようにして……あ、レタスをつけてもいいですね」
「わあ、おいしそう~!」
「ゆで卵を潰して卵サンド、果物と生クリームを合わせてフルーツサンドとか。どうですか?」
「最高です、サンドイッチなら時間もかからないしっ」
睦月と一緒に拍手をすると、やよいくんママは照れたように笑った。そうして一歩、私のカートに近づいた。
「私も具材集めを手伝います。一人より二人の方が時短になりますし」
「やよいくんママ……すみません、よろしくお願いしますっ」
その後「では私は野菜コーナーへ」、「私は精肉コーナーへ」と、スーパーを右往左往した。もちろん睦月も「私はパンコーナー!」と言って、買い物を手伝ってくれた。
無事に会計が済んだ後、やよいくんママと店先で挨拶をする。
「今日は本当に助かりました。なんとお礼を言ったらいいか……」
「……」
やよいくんママは何も言わない。もしかして買い物に付き合わせすぎて疲れちゃったのかな?
そんな心配をしていると、ママは「嫌なら断ってくださいね」と前置きをした後、とある提案をする。
「今度一緒に遊びませんか? 休日に会えるとやよいも喜ぶと思うし」
「え」
「ブルーベリー狩りに一緒に行くのも、きっと楽しいと思うのですが……もちろんお姉ちゃんさえ良ければ」
「っ!」
ブワッと体中の毛が逆立つような衝撃だった。驚きと感動で、全身が歓喜して震えた。一気に体に熱が加わり、ぽかぽかと温かい。
「いいんですか? ぜひ、一緒に遊んでください!」
「もっと料理を教えてほしいし」と言うと、やよいくんママは笑った。お安い御用、と言っているような優しい微笑みだった。
「じゃあサンドイッチ作り、頑張ってね」
「はい、ありがとうございますっ」
何かあったら電話してね、とやよいくんママが電話番号を教えてくれた。すぐに折り返し、私の番号もママに伝える。やよいくんママは車で来たらしい。白色の車が日光に照らされ、キラリと光りながら遠ざかる。
「なんか、すごい夢みたいな瞬間だったねぇ……」
こういうのを、いわゆるママ友っていうのかな?
本当に私が、ママ友を作れたんだ。
「なんか、すごく嬉しいかも……っ」
まだ実感が湧かない。だけど胸に手を当てれば、これが現実だと知らせてくれているように、すごい勢いでドクドクと脈を打っている。現実なんだ、嬉しいな。
陽太と二人ぼっちだと思っていた世界に、一人ずつ加わり、人数が増えていく。ルカに睦月、ルカのお母さん、そしてやよいくんのママ。あれほど無音だった世界が、祭囃子でも聞こえてくるかのように、だんだんと賑やかになっていく。それが嬉しくて、とても心強い。
今までたった一人で陽太の親代わりをしていた私にとって、頼れる誰かがいるということは、それだけで心に日が差すような幸福感を得られるのだ。
心臓に手をあてたまま、あまりにも動かない私を、睦月が心配そうに見上げた。不安そうに「大丈夫?」と言われて、返事をするより先に、たまらず小さな体を抱き上げる。
ルカと睦月に出会わなければ、私は今も、無音の世界にいたままだった。二人に会えたからこそ、今がこれほど楽しくて、まぶしいんだ。
「ありがとう睦月。ありがとうね」
「えへへ? なーに、明里ったら」
睦月の心臓の音が聞こえる。トクトクと規則正しく聞こえる。私の世界を変えてくれた、大切な人。
どうか、この音が一日でも長く鳴り続けますように――家までの帰り道、たたずむお地蔵さまに手を合わせて願った。




