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「見えた、ブルーベリーだよ!」

「すごい、いっぱいあるねえ!」


 睦月が指をさす。その先には、丸く膨らんだブルーベリーが、たくさん枝についていた。高い木になっているかと思えば、そうでもない。私の背丈ほどの木もある。今まで食べるだけで、ブルーベリーに関しては何も知らなかった。


「例年だと、まだ時期が早いのに……豊作だな」

「ねぇルカお兄ちゃん、どれを採ってもいいの⁉」

「そうだな……」


 陽太の質問を受け、ルカは辺りを見回した。たくさんなっているブルーベリーの実を、チョンと鼻で小突く。


「これを基準にすればいい。この実より小さいのは、まだ熟れていない証拠だから採るな」

「分かった!」


 ルカの言葉通り、見本のブルーベリーを持ってあちこち移動する。好奇心旺盛な陽太のあとを、睦月が「私も行く~」と同行した。私はルカが濡れないよう、相変わらず彼の真横へ立つ。


「明里も行ったらどうだ」

「大丈夫。たくさんなっているから、ここからでも採れるよ」


 ヨイショと手を伸ばし、ふっくらした実に触れる。確認するようルカを見ると頷いてくれたので、採って良いということだろう。実を斜めに倒し、枝から切り離す。


「ツヤツヤして美味しそうだね。はい、ルカもどうぞ」

「……頂く」


 雨に濡れたルカの鼻が、私の指に当たった。パクッと口に含んだ後、お行儀よく咀嚼して飲み込む。


「どう? 美味しい?」

「……あぁ」


 もっと、というように、ルカは次の実へ目をやる。私が採って、ルカが食べる。それを何度も繰り返した。その間なんの話をしたかというと、これといって特に。たまにルカが「これは苦いな」というので、「そっか」と相槌を返した。


 苦手な雨のなか、久しぶりに家族と会う――ルカにしてみれば気が気でないだろうな。かなり緊張していると思う。頭の中、考え事でいっぱいいっぱいのはずだ。だから私が話しかけて、余計な気をもませたくないというか。こういう時は、きっと妖怪だって一人で静かに考えたいと思う。


 時おり耳をピンと上に向け、辺りを見回すルカ。わずかな物音さえも拾っているんだろう。家族の音を探しているんだ。

 会いたい。だけど会うのが怖い――不安に揺れるルカの瞳を見ながら、心の中で「がんばれ」とエールを送る。

 すると陽太と睦月が、走りながらこちらへ戻って来た。


「お姉ちゃん、ルカお兄ちゃん! 見て、こんなに採れたよ!」

「帰ってブルーベリージャムを作ろう~!」


 尻尾の下ではしゃぐ陽太と睦月は、再びブルーベリー狩りを始める。そんな二人を、ルカは優しい目で見た。そうかと思えば「俺は」と視線を下げる。


「素直になれないし、甘え上手でもない。しかも『求められないならそこまでの関係』と割り切るから、かなり淡白だ。周りから見れば、さぞ冷たい奴だろう。俺のそういう性格に、母親は愛想を尽かしたのかもしれないな」


 いきなりの独白に驚いてしまった。時間をかけて、「そっか」と返す。

「求められないならそこまでの関係と割り切る」とルカは言ったけど、相手に迷惑をかけたくないだけで、本当はルカだって関係を断ちたくないはずだ。現に、ブルーベリー狩りに誘った際、ルカはこう言った。


『俺は家族に捨てられた。そんな俺と会うことになれば、向こうが気まずい。だから行かない』


 ルカは自分が気づいていないだけで、心の優しい妖怪だ。私がルカに何度も助けられたのが、何よりの証拠。


 そういえば「人助けが出来る人は心の優しい人だ」と、よくお母さんが言っていた。怒っていたり、自分に余裕がなかったりする人は、一時的に「自分の中にある優しさが欠けてしまう」らしい。そんな時は、誰かから優しさをもらって自分の心を満たす。そうして「自分の優しさが満杯」になったら、今度は自分が人助けをするのだ、と。

「皆で優しさを繋いで世の中は出来ている」と聞いた時、心があたたかくなったのを覚えている。

 ルカは妖怪だけど、「皆」の内の一人に入るだろう。優しさに境界線はない。ルカも睦月も陽太も私も、等しく、世の中を作っている一部なのだ。


「私は好きだけどな、ルカの温もり」


 ポツリと呟いた言葉は、きっとルカに届いているだろう。ルカは返事をしない代わりに、再び自分の本音をこぼす。


「今日ここへ来たはいいが、もし家族と会えたとして……何を話せばいいのか分からない。俺を捨てた母親だ。俺を見たら、また逃げるに違いない」

「見つけても、やっぱりルカは追いかけないの?」

「追いかけられても迷惑だろう。だから何もしない。陽太を思う明里の気持ちと一緒だ。元気なら、それでいい」


 陽太とケンカした日。雨に打たれる桜を見ながら、ルカと話した時を思い出す。「陽太が成長したら、きっと明里に感謝するはずだ」と言われて、私が返した言葉だ。


『感謝なんて、いいよ。ずっと陽太が元気に幸せでいてくれたら、それでいい』


 私は陽太が大好きだ。好きだからこそ、何も見返りを望まない。私のために何かしなくていい。元気で、幸せでいてくれたらそれでいい。さっきのルカの言葉も、まったく同じだ。


『元気なら、それでいい』


 この言葉が出るということは、ルカもまたお母さんが好きなのだ。口ではそっけないことを言っていても、心では嫌いになれず大事に思っている。


「ルカは優しいね。そしてお母さんも、幸せな狐だね」

「どうしてだ」

「これほど子供から無条件に思われたら幸せだよ。ルカのお母さんは、きっと『ルカの母親で良かった』って思うよ」

「そんなものは妄言だ」


 うぅ、すっぱり一蹴されてしまった。でも口では冷たいことを言うくせに、望みを託すようにルカの瞳がきらりと光る。空を見ると、雲が引きはじめ、太陽が顔をのぞかせている。


「ルカ、お日様だよ」


 シトシト降る雨が、だんだん音を失っていく。ついには一粒も降らなくなり、完璧に雨が止んだ。その瞬間、眠りから覚めるように木がざわめき、鳥が羽ばたき、動物が鳴いた。ルカがピタリと動きを止めたのも、同じ時だった。


「今の鳴き声は……」


 ルカが首をもたげるとフードが脱げて、力なく背中へ戻る。たまった雨を器用に落としながら、尻尾を元の大きさに戻した。そのまま無言になったルカ。今のうちにと、わずかに雨を含むポンチョを脱がす。その間も、ルカは時が止まったように動かなかった。もしかして、お母さんの気配を察知したのかな?


「お姉ちゃん、見てー!」


 さっきよりも更に多くのブルーベリーを採った睦月と陽太が、パンパンに膨らんだ袋を両手に持つ。採りながらつまんだのだろう。二人の口元は、ドラキュラのように赤紫色の汁がついていた。それに気づいているのかいないのか、二人は無邪気に笑い合う。


「雨が止んだら、山が賑やかになったね。まるではしゃいでいるみたい!」


 さっき聞こえた自然の音を、陽太も聞いていたのだろう。隣に並ぶ睦月は「そうだねぇ」と、好奇心を含んだ目でルカを見る。


「まるで、この時を待っていたかのようだねぇ」


「この時?」と私と陽太の声が重なる。睦月はニッと口角を上げる。


「雨が止むのを。もしくは、誰かさんが山に来るのをさ」


 意味深に呟いて、睦月は再びルカを見る。やっぱりお母さんが近くにいるのかもしれない、と私はなんとなく思った。そしてそう思った時には、もうルカを抱き上げて走っていた。


「え……は? おい明里、どこに行く」

「お母さんの所。近くにいるんでしょ?」

「!」


 知っていたのか、という顔だ。さっき動物の声がした時に反応していたし、それに睦月のあの言い方を聞けば、誰だって察しがつく。睦月が「陽太のことは私に任せて行っておいで~」と、白い煙幕と共に自分より大きな大刀を出現させる。陽太が「ヒッ」と腰を抜かした瞬間、ブルーベリーが地面に転がってしまった。あぁ、大丈夫かな――戻ろうか、足を迷わせた時だった。


「お姉ちゃん! 僕のことは気にしないで、ルカお兄ちゃんをお願い!」

「え」


 さっきまで腰を抜かしてたはずの陽太が、キリッとした目で私を見る。


「ルカお兄ちゃん、今日すごく頑張っているもん。だから、やりたいことがあるなら、最後まで頑張ってほしい!」

「陽太……」


 不安なルカへ、陽太が優しさを与えているように見えた。陽太もまた、私と共にルカにたくさんの優しさをもらった一人だから……今度はわたしたち姉弟が、ルカに優しさをあげる番。


「睦月は強いって、信じても大丈夫?」

「もっちろん! 私って空も飛べちゃうから、いざとなったら陽太を連れて逃げるなんてお安い御用だよ」


「まぁそもそも変な奴がきても返り討ちにするけど」という睦月の言葉を信じて、ルカを抱きしめる腕に力を込める。


「行こう、ルカ。大丈夫、一人じゃないよ。私も一緒に行くから」

「…………あぁ」


 長考の末、ついにルカはうなずいた。返事を聞いた私は、ルカが示す方へ足を進める。しばらく歩くと「止まってくれ」と、ルカは私から降りて一人で歩き始める。そうかと思えば、ある一点を見てピタリと動きを止めた。彼の視線を追うと、黄金の毛が横たわる光景が目に入った。


「母上……?」


 そう呟いたきり、ルカは岩のように固まって動かない。同じく横たわる狐こと、ルカのお母さんも微動だにしない。長い間この状態だったのか、さっきまで雨に打たれていたことを物語るように全身が濡れていた。

 ただ寝ているようには見えない。まさか――滝のような冷や汗が、私の背中をザッと流れた。

 

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