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 やっぱり。この身長とこの無表情を、私が見間違えるわけない。睦月にも見間違わないでほしかったけど……。でも見慣れない物を着ているから、悪鬼と間違えても仕方ないのかも。「なんだ、ルカか~」と安堵の息を吐く二人を背に、俯くルカへ、私は一歩近づく。


「これカッパだよね? これを着て、ルカはどうしたいの?」

「俺は……」


 床を見つめていたルカだけど、ゆるゆると視線を動かして私を見た。カッパのフードの部分が後ろに膨らんでいる。よく見ると、いつもの長い髪がない。どうやら一つにくくっているらしい。

 ルカが何を思って髪をくくり、カッパを着たのか、もう私は分かっている。だけどルカの口から聞きたい。今のルカの気持ちを、ルカの口から直接聞きたい。


「俺は……ブルーベリー狩りに行きたい。たとえ、雨が降っていても」

「いいの?」


「行く。雨はコレでしのぐ。皆が濡れないようにも気を配る。

 だから……俺についてきてほしい」


 あの寡黙なルカが、自分の思いを口にしている。嫌いな雨の日に外へ出て、私たちにお願いまでして――そこまで強い思いがあると思ったら、なんだか胸にじんと来る。(当たり前だけど)ルカにも心があると思ったら、嬉しくなった。

 口を真一文字に結び、不安そうに私からの返事を待つルカ。震えているように見えた手は、緊張で固まっているのか逆にカチコチだった。冷たい温度をまとう手を、安心させるようにギュッと握る。


「もちろん、当たり前だよ」


 ルカは「どうしてブルーベリー狩りに行きたいか」までは言わなかったけど、会えるものなら会いたいと思っているんだろう。お母さんに、弟に。そうして踏ん切りをつけようとしているんだ。再び前を向くために、心に積もった雪を溶かすために。


「ね、ねぇ、ルカお兄ちゃん」


 奥からおずおずと陽太が出て来て、ルカに尋ねる。


「ぼくがワガママを言ったから、無理に行こうとしてる?」

「どうしてそう思うんだ」

「だってルカお兄ちゃんは、耳がいいから」


 陽太も知っていたんだ。階が違っても話し声が聞こえてしまうほど、ルカの耳がいいって。


「……確かに陽太の〝駄々〟は聞こえたが」


 ルカは私からほどいた手を、そのまま陽太の頭に置く。何度か撫でられると、陽太は安心したように力を抜いた。カッパを着ているから、ガシャガシャという音が絶え間なく響く。それが面白かったのか「ふひ」と、陽太の顔に笑みが戻る。


「行く理由はそれだけじゃないから、安心しろ」

「うん、わかった!」


「それだけじゃない」ということは、少しは陽太のことも考えているということ。「みんなで行きたい」と言った陽太の思いにも、ルカは応えてくれるんだ。「ありがとう、ルカ」と、広い背中にお礼を言う。


「――」


 その時、ルカは何かを呟いたようだけど、カッパの音に掻き消されてしまった。何て言ったんだろう?


「お姉ちゃん、ぼくもカッパ着る! 早く早く!」

「あ、そうだった」


 ルカが着ているのは、お父さんのカッパだ。どこで見つけたんだろう。そこへ家族三人分のカッパも、きっとあるはず。生前、みんなで買い揃えた記憶がぼんやりある。

 探しに行こうとすると「必要ない」とルカに止められる。


「この雨だよ? しかもブルーベリー狩りだもん。カッパじゃないと無理だよ」

「さっき言っただろう。『皆が濡れないようにも気を配る』と」

「聞いたけど……じゃあ、どうするの?」


 するとルカは一人だけ外に出て、宙返りをした。体の後を追って、一つに括られた長い髪も円を描く。するとルカは狐の姿になり、「コン」と一つ鳴いた。何をするんだろう?

 陽太と揃って首を傾げる。だけど睦月だけは「その手があったね」とうなずいた。


「ねぇ睦月。ルカは何をしようとしているの?」

「まぁ見てて」


 睦月の言う通り、ルカを見つめる。なんだか、しっぽがだんだん膨らんできたような……。


「って、大きすぎ!」


 ルカの尻尾が、家の屋根くらい大きくなった。靴を履いた陽太が「わ~、これなら濡れないね!」と見上げながら、さっそく尻尾の下へ入る。


 毛の隙間から雨漏りすることなく、本当の屋根のように雨から陽太を守っている。

 大きな桜の木も尻尾の傘下に入り、どこかホッとしたように見える。強い雨のせいで、花びらどころか葉っぱまで散ってしまった。桜の木だって、そりゃ雨宿りをしたいだろう。


「というわけで、行くぞ」

「ま、待ってよ。これだと目立ちすぎちゃう」


 どこの百鬼夜行かと思われちゃうよ!

 だけど私の心配はよそに、妖怪二人は盛り上がっていた。


「こんな雨の日に、わざわざ山へブルーベリー狩りに行くなんて私たちだけだよ! 妖怪に見つかることはあっても、人間に見つかることはないから安心して!」

「そうだ。そんなもの好き、他にいない」


 もの好きって、そのまま私と陽太のことになるんだけどな……。思わず苦笑が浮かぶ。

 でも、それだけ「行きたい」ってことだもんね。人の気配がしたら尻尾を小さくして、身を隠してもらえばいいか。

 その時のことを想定し、やっぱり皆の分のカッパを持って行くことにした。


「あと五分だけ待ってくれる? 準備してくるから」


 うなずいたルカは「狐の姿」だから、カッパを着ていない状態だ。もう濡れてしまって、雨粒に濡れた毛が束になっている。せっかく着たカッパも、人間のルカと共に消えちゃったんだ。「俺は濡れても平気だ」とか言って、尻尾の下にも入ろうとしないし。


「あれだと風邪ひいちゃうよね……そうだ」


 ひらめいた「ある物」を取りにいくため、自室を目指す。その間も、はしゃぐ陽太と睦月の声が、ルカの尻尾の下から聞こえていた。


 ◇


 一通りの準備を終えて、いざブルーベリー狩りへ。

 陽太と睦月は「お弁当箱」の歌を歌いながら、手を繋いで行進している。大きなルカの尻尾の下で。


 先頭を行くのは、もちろんルカだ。金色の毛は、今だけ白いふわふわに覆われている。実は、陽太が着ていた白いポンチョをかぶってもらっているのだ。少々濡れても風邪ひかないように、という私のおせっかい。

 ところどころにクマさんの絵が描かれていて、フードにはクマさんの耳がついている。狐なのにクマさんの耳が生えているギャップが、それはもうたまらなくかわいい。


「どうしてお前は尻尾に入らない? わざわざ屋根を用意したのに」


 自分の頭上にある傘を、ルカは恨めしそうに見た。次に私を見て、「頑固な奴め」とあきれ声。

 というのも私が尻尾の下に入らず、ルカの隣で傘を差しているからだ。ルカは「濡れても平気だ」と言ったけど、びしょぬれになるルカを黙って見ているわけにはいかないし。

 ということで、二人の頭上で傘をさしている。


「傘よりも俺の尻尾が濡れないというのに、お前という奴は」

「はいはい」


「返事は一度きりだ」

「はーい」


 今日のルカは、珍しくよく話してくれる。「物静かで冷静な人」と思っていたけど、ルカは意外にも小言が多い。といっても寡黙よりは断然いいから、その小言にも律儀に返事をしてしまう。


「そういえば、懐中電灯を持ってくればよかったなぁ」


 雨のせいか、お昼なのに外が暗い。山に入ると言っても、斜面が急だとか、大きな岩があちこちに点在しているとか、そんなことはない。少し小高い、開けた山なのだ。だけど雨となれば姿を変えたみたいに、不気味に見える。さっきから陽太が大きな声で歌っているのも、きっと不安を吹き飛ばすためだろう。


 だけど耳を澄ますと鳥の声が聞こえる。雨から逃げるように忙しなく飛ぶ鳥の声だ。次に聞こえたのは、私が差している傘の音。雨がぶつかって、高い音でパタパタと傘が鳴っている。それらの音を聞いていると、寂しい気持ちが和らいでいく。


「山は元気だね」

「元気?」

「だって静かな時がないじゃん」


 両親がいなくなった時、家から音が消えた時期があった。陽太は泣き続けたせいで涙が枯れ果て、私はどう処理していいか分からない書類を前に、ただ呆然としていた。


『陽太……市役所、いこう』

『……うん』


 交わす会話は最低限。それぞれ心の整理をつけるのに必死だった。

 陽太よりも先に現実を見て、私ががむしゃらに動き出したのは、それからすぐのこと。


 あの頃は家の中だけでなく、外さえもシンとしているようだった。音が消えて、世界に二人きりでいるみたいだった。

 でも、あの時だって外は変わらず賑やかだったんだ。私が聞こえていなかっただけで。

 心が元気じゃないと、音って聞こえないんだと思う。情報を拾っても、脳がフリーズしているから処理しきれないんだ。だからあの時、私の耳は音を拾わなかった。音を受け入れる余裕がなかったから。


 それに比べて、今はたくさんの音が聞こえる。私の心が、元気な証拠。


「山の音って素敵だね、ルカ」

「……そうか」


 最近は外だけでなく、家の中も賑やかになった。毎日、陽太の笑い声がたくさん聞こえる。陽太が笑い、私がその笑い声を拾う。この日々を取り戻せたのは、ルカと睦月がいてくれるからこそ。


「ありがとうね、ルカ」

「明里は、その言葉をよく使う」


 まるで「もう聞き飽きた」と言わんばかりだ。キツネになっても変わらない切れ長の瞳が、スッと細くなって私を見る。


「ごめん。でも私の力だけじゃ陽太を笑顔にはできなかったからさ。きっと私一人だったら、いつまでも陽太を囲ったままだったと思う」


 外は危ない、だからどこにも行かないで、家にいて――もう誰も失いたくないと願った、私の心の叫びだった。だけど、それでは誰も幸せになれない。わかっていたのに、陽太を手放す勇気がなかった。


「だけどルカたちが後押しをしてくれたおかげで、世界が開けたの。ご飯が美味しいと思えた。景色がキレイだと思えた。そんな何でもないことが、私にとってとても嬉しかった」


 顔を上げると、厚い雲に覆われた太陽が、わずかに光を放っている。雲の隙間をぬけてこぼれ出た光が、私と、そしてルカの目の前の道を照らす。


「もしルカが一歩を踏み出せずにいるなら、今度は私が背中を押したい。雨の日が怖いなら、怖くないと思える日まで一緒に頑張りたいと思ってる」


 雨に打たれた桜は可哀想ではなく美しいと教えてくれたルカに、私も教えてあげたい。雨上がりの桜も美しいんだよと、希望を見せてあげたい。

 まるで小さな子が宝物を交換するように、人間と妖怪も分け隔てなく気持ちを分け合う。そうして支え合っていけたらいいな。


「だからブルーベリーを採ろう。いっぱい食べて、元気になろうね」

「……俺はもともと元気だ」


「ううん、心の方だよ」

「心も元気だぞ」


 虚勢を張る姿が可愛くて「はいはい」と、ふもふの頭(今はフード)を撫でる。もちろんルカに「こら」と怒られてしまった。

 

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