白黒つけなさい!
カチャッ! カチャッ!
二つの冷たい金属が、私、しがない新人教師・高無カスミの左右の側頭部に、寸分の狂いもなく、すっと、向けられた。
マジか…。私、今日なんか悪いことしたっけ…。
「「先生、彼女いるの?」」
完璧にシンクロした、鈴の鳴るように可愛らしい声が、私の鼓膜を優しく抉ってくる。
目の前には、我がクラスが誇る二大巨頭。
【右サイド】黒猫クロ
黒髪清楚!品行方正!聖母のような学級委員長!
ただし、懐に入れた相手にはとことん甘え、敵対者には爪を研ぐ気まぐれなメインクーン!
【左サイド】白犬シロ
銀髪元気!天真爛漫!誰とでもすぐダチになる転校生!
ただし、その友情表現は全力でじゃれついてくるゴールデンレトリバーのそれ!
二人とも、その手に物騒な鉄の塊と、ブレザーがはち切れそうな豊満な胸さえなければ、ただの良い子なのに…。
「進路相談が…」なんて優等生なセリフに釣られた数分前の自分、マジで人を見る目なさすぎじゃん…。
結果がこれだよ! パイプ椅子に監禁され、左右から銃口ロックオン!
質問は、ただ一つ!
「先生、彼女いるの?」
ゴゴゴゴゴゴゴ………
無理無理無理! どっちに答えても地獄しか見えないんだけど!
「うふふ…。先生、答えてくださいねぇ」
先に口を開いたのは、クロ。慈愛に満ちた微笑み、とは裏腹に銃口がこめかみを優しくグリグリしてる…。痛いって…。
「もちろん、『いる』って答えてくださいますよねぇ? だって、私が、いるんですからぁ…」
重いんだよなぁ、その愛情…。
彼女はうっとりと目を細め、喉を鳴らす猫みたいに私の頬にスリスリしてくる。私より小柄なはずなのに、身を乗り出してくるせいで、その…豊満な双丘が視界に物理的に突きつけられてるんですけど!銃口と胸のダブルの圧!やめてくんないかな!
「あらあら、昨日もお疲れだったのですね。先生のアパートのゴミを、少し拝見しましたの。コンビニのお弁当ばかり…。いけませんよぉ、そんな食生活ではお体を壊してしまいます。私がいるのに、悲しいですわ。だから今朝、私が栄養バランスを考えた手料理をポストに入れておきましたの。もちろん、全部食べてくださいましたよねぇ?(にっこり)」
「あ、うん(あの料亭レベルの三段重は…!)」
愛情っていうか、もはや管理じゃん…。マジで重い…。
「カスミーッ!」
今度は、シロが元気よく割り込んできた。ゴールデンレトリバーが飛びついてくるみたいに、長身のシロが背後からガバッと私に抱きついてきた。近い近い近い!というか、重い!肩に!肩にシロの柔らかくて巨大な何かが乗っかってるんだけど!銃口だけじゃなくて胸まで凶器にするのやめてくんない!?
「彼女ッ!いねーだろッ!」
決めつけんなよ…。
彼女は私に抱きついたまま、顔をぐいっと近づけてくる。
「カスミのロッカーとかカバンとか、昨日放課後チェックさせてもらったぜ!ダチのこと、何でも知っておくのは当たり前だろ? そしたら特定のヤツの影、全くなし!つまり、カスミの一番のダチの席、空いてるってことだよな!」
そこまで一息に言うと、彼女は「シロちゃんの名推理だぜ!」と得意げに笑った。
その推理、前提が色々おかしいんだよ…。
「よっしゃあ!カスミとこれから面白いこと、ぜーんぶ最初にやるのはこのシロちゃんだ!決定な!異論は認めねえ!」
いや、あるから。異論しかないから。
「まあ、シロさん。そんなに先生にじゃれついてはいけませんよ」
クロが、シロから私を引き剥がすように、正面から私にぎゅっと抱きついてきた。
やめて!そっちもそっちで密着しないで! 小柄なクロの柔らかいそれが腰のあたりに、背後からはシロのそれが頭のあたりに!もう私、上下左右、逃げ場がどこにもないんですけど!?
「先生は、私がいないと何もできない、危なっかしい方なのですから。私がしっかりお世話をして差し上げないと」
「はぁ?何言ってんだクロ!カスミは俺といた方が絶対楽しいって!毎日爆笑させてやんぜ!」
「あらあら。楽しいだけでは生きていけませんことよ?まずは健康管理。先生の全てを私が把握して、完璧な生活を送らせて差し上げるんです」
「管理なんて窮屈だろ!俺はカスミを自由にする!俺といる時が、一番自分らしくいられるんだぜ!」
(過保護な猫と人懐っこすぎる犬の板挟みかよ…しかも物理的に。銃と胸の圧でサンドイッチとか、マジで地獄じゃん…)
私の内心のツッコミなど、もちろん二人の耳には届かない。
「「さあ先生、どっち!」」
ぐり、と皮膚に食い込む二つの銃口。
もうダメだ…選ばないと…。
【緊急脳内シミュレーション・Final】
▼CASE 1:「クロの言う通りです」
クロ「うふふ、良い子ですねぇ♡」→ シロ「なんだよカスミ!俺との友情は嘘かよ!」→ 【監禁END】
▼CASE 2:「シロの言う通りだよ」
シロ「だよな!やっぱ俺たちマブダチ!」→ クロ「あらあら…少し悪い子のようですねぇ。『躾』が必要かしら?」→ 【監禁END】
どっちも同じじゃん!
こうなったら…もう、第三の人物に全部押し付けるしか…!
「わ、私には…!」
私は震える声で、苦渋の決断を口にした!
「わ、私にはっ、好きな人が、いますっ!……それはっ!」
「「それは?」」
ハモんなって…。
「こ、この学校の…! 保健医の…! きょっ……京子先生、みたいな人に、憧れてる、というか……」
シーン………
化学準備室の空気が、凍った。
クロとシロは、銃口を胸当てたまま、ピタリと動きを止める。
そして、ゆっくりと顔を見合わせた。
その瞬間、二人の頭上に、『NEW ENEMY』という文字が見えた気がした。
クロが、ふふふ、と慈愛の笑みを浮かべた。
「まあ、京子先生…。先生が憧れる方はどんな素敵な方なのかしら。ご挨拶して、先生のことを一番理解しているのは私だと、ちゃんとお伝えしませんといけませんねぇ。…爪の研ぎ甲斐がありそうですわ」
シロが、ニカッと太陽のように笑った。
「なんだよ京子先生か!カスミの一番のダチはこの俺だってのに、見過ごせねえな!よーし、どっちがカスミとマブダチか、勝負しに行くぜ!」
私に向けられていた銃口と胸が外される。
安堵したのも束の間、二つの銃口は、くるりと向きを変え、準備室のドアへと向けられた。
「うふふ、行きましょうか、シロさん」
「おう!面白くなってきたぜ!」
嵐のように去っていく二人。
私は、パイプ椅子の上で、ただ、ガタガタと震えることしかできなかった。
(ああああああああああごめん京子先生…マジごめん…!)
私の悲痛な叫びは、誰にも届かない。
夕暮れの化学準備室には、これから始まる新たな波乱の予感が、満ちていた。
(もう私、明日から学校来たくねー…)