2.ナターシャの工房で。
予定変更で夕方更新。
私たちは一度、冒険者ギルドを離れて少女の工房へ向かった。
ほどなくして到着したそこは、一人が生活するにはずいぶん広い造りになっている。居住空間にもなっているようで、ひとまずリビングへ向かおうとしたら、
「あ、そっちは駄目! 悪いけど、さっさとアトリエに行こう?」
そのように引き留められ、私は大人しくナターシャに続く。
アトリエという名の作業場には、防具を作るために使用するらしい様々な道具が並んでいた。雑然とした部屋の中、それら個々の名前は分からない。
おそらく訊ねても、専門的な話しか出てこないとも思った。
そう考えながら私は少女が広くしたテーブルの上に、守護竜の鱗を置く。――ドスン、という音と共にそれは軽く転がった。すると、そんな鱗を認めたナターシャは、
「ふむふむ、なるほど。これは、想定以上の重量みたいだね」
「そう? たしかにちょっと重いけど、持ち歩けない程じゃないわよ」
そんなことを言うのだった。
見れば少女は何やら苦笑いをしている。だけどアタシにしてみれば、
「そう? ちょっと重いけど、持ち歩けない程じゃないと思うけど……」
素直に首を傾げながら、そんな彼女の意見に応える。
すると少女はこう口にした。
「あのね、アリシア? 防具は持ち歩くものじゃなくて、身につけて戦うためのものだよ? このままの重量で良いわけがないし、他の素材でさらに重くもなる」
「あぁ、そっか。だったら軽いことに越したことはないのね?」
「そういうことだね。もっとも、あなたみたいな馬鹿力なら例外かもだけど――」
「馬鹿力……?」
「おっと、ごめんね。これは失言だった」
納得していると、何やら暴言を吐かれたような気がする。
そのことを追求しようとすると、しかしナターシャは飄々と話題を変えた。
「そうなってくると、下地になるのはライトウルフの皮が良いかな。それで繋ぎの部分には、なにか軽い金属があったら一番なんだけど――」
そしてそのまま、思考の海を漂い始めてしまう。
どうにもこのナターシャという女の子は、生粋の職人気質らしかった。ああでもない、こうでもないと設計図を描いては消し、描いては消しを繰り返す。
何度か声をかけてみても、完全に自分の世界に入ってしまっていた。
「これは、ちょっと時間がかかりそうね」
そう思った私は、少し休憩させてもらおうと決める。
そして先ほど行けなかったリビングへ、おもむろに足を運ぶと――。
「そこにおるのは、何者じゃ?」
「あ、お邪魔しています」
どうやら同居人の方がいたらしい。
一人の老爺が、椅子に腰かけてこちらを見つめていた。
とても険しい表情を浮かべた人だ。元々の背丈はそれなりにあったのだろうが、すっかり腰が曲がっている。前かがみになって、テーブルに肘を置いていた。
それ以外は健康らしく、手元にはアタシがくる直前まで開いていたであろう本がある。タイトルまでは見えなかったが、裁縫師に関するものかもしれなかった。
「自己紹介が遅くなり、申し訳ございません。アタシの名前はアリシア、と申します。ナターシャさんに防具を作成していただきたく、お邪魔しておりました」
「ナターシャに……?」
正直に事情を話すと、老爺は少し難しい表情になる。
そして、
「ずいぶん礼儀正しい方のようじゃから、悪いことは言わん。あのような未熟者に防具を依頼するのは、やめておいた方がよろしいぞ」
「未熟者、ですか……?」
そんなことを言うので、アタシはつい首を傾げてしまった。
口振りからして、この人も裁縫師、ということか。それにしてもナターシャが未熟者、というのはどういう意味なのかが気になった。
「言葉通りの意味です。アレにはまだ、致命的に足りないものがある」
すると、そう考えるアタシに老爺は言う。
致命的に足りないもの、というのは何だろうか。そう思い、黙っていると――。
「ちょっと、クソジジイ! わたしの依頼人に、なに吹き込んでるのさ!?」
アタシの不在に気付いたのか、ナターシャが血相を変えてやってきた。
そして間に割って入り、あからさまな敵意を老爺に向ける。
すると、
「なにも吹き込んどらんわ。すべて、事実だからの」
「事実なんかじゃない! ジジイに認められなくても、わたしの腕はもう一人前! 勝手に保護者面して、他人の仕事にケチをつけないでよね!?」
「……ふん。言いよるわ、未熟者が」
「くっそ、このジジイ……!」
激しい口論が始まってしまった。
アタシは置いてけぼりになってしまい、行き場を失う。なので、
「……あ、見たことのない茶葉だわ」
お茶でもして待っていよう。
そう考えて、勝手ながらキッチンを借りることにしたのだった。
謎に自由な令嬢である(勝手にキッチン借りるな
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