消えない傷跡
帰宅すると、またママが酔っ払っていた。
まだ起きているからいいものの、うわごとのように何かを言いながら夕食の支度をしている。
って、本当に大丈夫なんだろうか。心配になるよ。心の病院に行った方がいいんじゃないの? って思うけど、やんわりとほのめかしたらそれは無視された。
とはいえ、家事歴が長いせいもあるのか、ママの作る料理は見事だった。
肉じゃがにハンバーグ、付け合わせのポテトにトマトとレタスの入ったサラダもある。全体的に、わたしの好きな内容だった。さすがママ、よく分かってる。
作っているのを見て手伝おうかなとも思ったけど、わたしは料理が得意じゃないし、きっと邪魔するだけになってしまうだろう。
匂いに釣られたのか、幽霊マルチーズのキャンディまでシッポを振りながらリビングに入って来る。食べられないだろうに。思わずその姿を見て笑ってしまった。
パパはいなくなってしまったけど、別に幸せが根こそぎ無くなったわけじゃないよね。半ば自分に言い聞かせるようにそんなことを思った。
料理がテーブルに並ぶと、思わずヨダレが出てきた。全部わたしの好物。これだけで今日の嫌なことは全部帳消しになる。
さて、一緒に食事をしようかと思うと、ママは一人で席に着いて食事を始めた。ちょ……わたしまだお皿とか無いんですけど。
まあいいや。そうだよね。自分の分ぐらい、自分で用意するべきだよね。わたしは何から何まで人に任せて、さすがにダメだなって反省する。
自分の皿を出そうとすると、ママがブツブツと何かを呟いている。
「なんで行ってしまったの。どうして私を置いていったの。私を、一人にしなくたっていいじゃない」
え? って思ったけど、どうやらママはこの家を去ったパパに文句を言っているようだった。ケンカばかりしている時は地獄みたいな光景だったけど、誰もいないところに文句を言い続けるママの姿も、それはそれで怖い。
ママが涙声で空気に語りかける。
「ねえ、帰って来てよ」
それを聞いて、ママはまだパパが去ったことを受け入れられていないんだなと思った。
うん、聞かなかったことにしよう。ママだって、色んなものと戦いながら生きているんだから。
ママにはわたしみたいにキャンディが見えるわけじゃない。
わたしがママのことを支えてあげなくちゃ。そう思いながら、虚空へと話しかけるママのうしろ姿を眺めていた。