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キッチンドランカー

「ただいま」


 帰って来ると、家の電気は消えていた。ママは買い物にでも行ったのかな?


 そう思いながらリビングへ行くと、ママは授業中に居眠りをした生徒みたいにテーブルへ突っ伏していた。


 またか。


 そう思っちゃいけないんだろうけど、どうしても批判的な感情がわいてきてしまう。


 テーブルにはチューハイのロング缶。まだ夕方なのに、強めのお酒を二本も空けていた。


 ため息をつきそうになりながら、へたっているママに声をかける。


「ママ、帰ったよ」


 ママはウンともスンとも言わず、そのまま寝息を立てている。ダメだこりゃ。この感じだと、夕飯はいつ食べられるんだろう。そんなことを思いながら、わたしは自分の部屋へと入っていった。


 ママが酒におぼれだしたのはパパのせいだ。


 パパは夜のお店で遊んで回り、それがバレるたびにママと激しいケンカをしてきた。ケンカっていうか、ママが一方的に怒っているだけだったけど。


 それはそうとして、パパの夜遊び癖は治らなかった。稼ぎのいい仕事には就いていたらしいけど、その分誘惑も多いのか、隙さえ見つければすぐに他の女に手を出していた。


 二人がケンカをするたびに、わたしは部屋まで逃げて嵐が去るのを待っていた。巻き添えはゴメンだったし、わたしにできたことだって何もない。ましてやパパがママ以外の誰かとそういうことをしているっていう話を聞きたくなかった。マジでキモいし。


 そんなある日、パパはこの家を出ていった。


 家と養育費を「手切れ金」にして、他の誰かと結婚するということを言っていた。それを聞いたのは子供部屋のドア越しだった。


 最悪な父親。そうは思いつつも、やっぱりいなくなるとそれはそれで困るものがあった。だって、普通の家には父親がいるし、それが急にいなくなるっていうのがどういうことなのか、わたしには分からなかった。


 不幸中の幸いで十分な生活をしていけるだけのお金はもらっているらしいけど、パパはわたしに会いに来ないし、ママも昼間からお酒を飲みはじめた。そのせいで、帰って来るとさっきみたいな光景に出会うことが多くなった。


 あんまり憶えていないけど、昔はもっと幸せだったはずなんだけどな。


 おぼろな記憶をたどるけど、なかなか幸せだった時は思い浮かばない。だけど、探せばどこかに幸せだった時もあるはず……。


 だけど、さっき見たママの姿が地獄過ぎたせいか、幸せだったひとときの記憶はついに出てこなかった。


「あーあ、なんでこうなっちゃったのかな」


 そう口に出すと、シッポを振りながら愛犬のキャンディが寄ってくる。


「ああ、心配してくれるの。いい子だね」


 そう言ってマルチーズのキャンディを撫でようとした手は空を切る。


 キャンディは小学校を卒業する直前に亡くなっている。今目の前にいるのはキャンディの幽霊だ。


 だけど、そんなことは感じさせないほどキャンディはへっへと笑いながらシッポを振りまくっている。


 普通亡くなったペットは成仏するものなんだけど、キャンディはまだわたしのそばにいたいみたい。だから気の済むまでここにいさせておこうと思ってる。


 多分だけど、キャンディは自分が死んでいるのを知らない。肉体が焼かれても、いつもの通りにわたしと遊ぼうと帰って来たんだろう。キャンディがまだ生きていれば、ママもあんな風にはなっていなかったのかな……?


「キャンディ、ママがまたお酒を飲んでるの」


 わたしがそう言うと、キャンディは「くーん?」と首をかしげる。かわいい。なんでそれだけでそんなにかわいいんだ。


 ママがあんな状況になっても大丈夫なのは、キャンディの癒しがあるからに違いない。まさか幽霊に癒されるなんて。でも、霊視ができて良かった。


 キャンディはトコトコと歩いてくると、わたしのすぐそばでペタンと座る。なんだか、そばにいてくれるだけでとても嬉しかった。


 そうだよね。体が無くなっても、心はすぐそばにいられるもんね。


 そう思うと、だいぶ気は楽になってきた。ママはいまだに飲んだくれな生活をしているけど、この日々にもきっと終わりがくるはず。


 もしかしたら、今が最悪過ぎるから、わたしは幽霊が見えるようになったのかな?


 でも、いつかはみんなで笑って過ごせる時間を取り戻したい。そう信じて、明日も生きていこう。

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