挨拶
レイスが騎士たちを引き連れて出かけて行ったのを確認すると、ソフィアはすぐにエリオットに屋敷の中の説明を求めた。
昨日は到着してすぐ、旅の疲れを癒すため部屋で休ませてもらったし、夕食後にレイスが戻ってきても簡単な会話をしただけで終わってしまった。
屋敷や周辺のことを何も聞かされていなかったので、今日はまず辺境伯家について教えてもらうことにした。
まずは部屋を案内してもらう前に、この屋敷で働いている使用人との顔合わせが先になった。
到着したときにはエリオットだけしかいなかった使用人も、食事の時には数人いた。そして、専属のメイドのリノアとは顔を合わせているが、それ以外にもまだ使用人はいる。
「リノアとはすでに顔を合わせていると思いますが、それ以外のメイドたちです」
使用人たちを集めるため広い空間を利用することになり玄関ホールで挨拶することになった。
「これで全員ですか?」
ホールに並んだメイドの人数に驚くしかなかった。リノア以外に3人のメイドがいるだけ。その中で一人年配のメイドがいたが、彼女がメイド長を務めているメイリ=ルガルと紹介された。
「彼女は私と同様長くこの屋敷で働いておりますので、わからないことがありましたらいつでもお尋ねください」
「わかったわ」
エリオットの説明に頷くと、メイリは穏やかな笑顔で頷いていた。
それ以外の2人のメイドは、ソフィアよりも年上のようだが、どこか緊張した面持ちで立っていた。
「他のメイドは、まだここで働き始めて5年にも満たない者たちです。イリア=アッセムと、サリー=キャムベルです」
イリアと呼ばれた赤髪の女性は少し幼い顔だちで、ソフィアとそれほど年は変わらないと思われた。もう一人は薄紫の珍しい髪色をしていた。青い瞳が緊張しながらもソフィアを品定めするかのようにじっと見つめてくる。
「他に私の下で働いている執事のリックス=アルフォンです」
茶髪の青年は快活そうに見えて、ソフィアに興味があると言わんばかりにまっすぐに緑色の瞳を向けてきていた。
「他にも庭師1名と料理長。それと下働きが1人おります。後ほど仕事場で紹介したいと思っております」
庭師が庭へ出た時に。料理長達は厨房で顔を合わせることになりそうだった。
全員ソフィアよりも年上なのは確実だった。
学園を卒業したばかりのソフィアはまだ18歳。屋敷で働く者たちは20歳を超えている。それでもソフィアはこの屋敷の女主人となった。立場ではソフィアが上になる。
「皆さんよろしく」
決して下手に出てはいけない。そう心がけて挨拶をすると全員が軽く頭を下げた。立場をお互いに理解している証拠だ。
「では、屋敷の中を案内させていただきます」
使用人たちはそれぞれの持ち場で仕事をするためすぐに動き出した。
ソフィアはエリオットの案内で廊下を歩いて奥へと進んでいく。
各部屋を案内され、その部屋の使用目的を説明される。全体的にどの部屋も調度品などをあまり置かずシンプルな装飾だった。屋敷の主人であるレイスの意志なのか、辺境伯家が代々そうしてきたのかはわからなかったが、ソフィアとしては嫌いではなかった。
ソフィアが暮らしていた伯爵邸もあまり派手な装飾を好まなかった。落ち着いた色合いと雰囲気だったのだが、叔父たち家族がやってくると、屋敷内は様変わりしてしまった。ソフィアもいつも屋敷にいるわけではなったため、用事で屋敷に戻ることがあると、知らない派手な装飾品が置かれていることがあった。
それを見つけて、これはどうしたのかと聞くことも必要なかった。伯爵家の財産で買ったことは明白だった。
増えていく調度品に、このままでは伯爵家が傾くのではないかと不安になった時もあったが、ソフィアが何かを言ったところで叔父の不興を買って追い出されるだけになる。それをわかっていたから何も言わずにいたが、セレスもまたドレスや宝石を買っているようだったので、親子そろって散財していたのだ。
辺境伯の屋敷がシンプルであることにソフィアとしてはほっとしている部分が大きかった。
部屋の案内が終わると厨房へと足を運びそこで料理長と下働きの青年とも挨拶をした。
その後屋敷の外へ出て庭も見ることになった。
「それほど広い庭ではありませんが、庭師がきちんと管理しております」
周囲を森に囲まれた中のある屋敷だが、ちゃんと庭も作られていた。
ただ、国境となっている森の中にある屋敷ということで、あまり外に出てのんびり過ごすという習慣はないらしく、庭に出て何かをするというよりも、屋敷の中から庭を眺めるために作られているということだった。
「花も綺麗に植えてあるのに、外で眺めることができないなんて残念ね」
森の景観に合わせているようだったが、屋敷の中で眺めることが本来のやり方だと聞いてしまうと残念な気持ちになってしまった。
「特に今は警戒していますので、奥様もできるだけお屋敷から出られないようにしてください。出かける際には必ず護衛を付けての買い物などになります」
隣国への警戒心が今は高くなってきている。ソフィアも辺境伯家の一員になったのだから、いつ何が起きても対処できるようにしなければいけなかった。
普通の貴族令嬢が嫁いできたのなら怖がって屋敷から出ないか、森の外にある街に避難したいと思うのかもしれない。しかし、ソフィアはこの警戒中の辺境伯領に必要な存在としてエリック王太子の頼みで嫁いできたのだ。怖がっていては意味がない。
『護衛なんかいなくても、あたしの風で防いであげるわ』
『ぼくの水もあるよ』
護衛騎士よりも頼りになる精霊たちはいつ襲撃があってもソフィアを護ってくれることだろう。それに、ソフィア自身も精霊から力を借りて精霊魔法を使いことができる。だが、これは最終手段だ。魔法が使える人間がいると知られるといろいろと騒ぎになりかねないので秘密にしなければいけない。それよりもいつも側にいる精霊たちが先に動いてくれる。
庭師とも挨拶を交わして屋敷の使用人と屋敷の案内が終わった。
「一つ気になったことがあるのだけれど」
説明が終わって屋敷の中に戻ったソフィアは昼食の準備がされている食堂へと向かい途中、エリオットに気になったことを聞いてみた。
「この屋敷の広さに比べて使用人が少ないのはなぜ?」
使用人以外にも騎士たちも一緒に暮らしている屋敷だ。区画を分けているが屋敷自体は一つになっている。騎士たちの方が圧倒的に多く、今の使用人だけでは明らかに仕事が回らないと思えた。
「前辺境伯様の時はもう少し使用人の数も多かったのですが、最近の情勢も踏まえて必要最低限の人数に絞っております。騎士たちはできるだけ自分達でできる範囲で動いてもらっているので、使用人は屋敷の中での仕事をしていれば問題ありません」
戦争が起これば一番に攻められるのはこの屋敷ということになる。そのため使用人の数を減らして街の別邸に移動させていた。
ソフィアがいなければメイドの数ももっと減っていたらしいのだが、ソフィアが嫁いで来ることになって急遽メイドを増やして対応していた。それでも明らかに人数が少ない状態ではある。
「ご不便をおかけしないようにするつもりでありますが、どうしてもメイドの数が必要でしたら別邸に連絡を入れまして、メイドをこちらに送ってもらうようにいたします」
「屋敷の仕事が出来ているのなら、問題にはしないわ。本当に必要になったらその時は頼むわね」
ソフィアとしてはそこまで困ってはいなかった。リノアが身の回りの世話をしてくれることになっているが、ソフィアの服は少なく世話をしてもらう程でもない状態だ。
「それからもう一つ」
食堂に到着すると食事はすでに準備が終わっていた。椅子に座りながらソフィアはエリオットにまだ気になっていることを聞いてみた。
「森の中の案内もしてもらえるのかしら」
それは使用人の仕事ではないはずなので、レイス本人か騎士たちに案内をしてもらう必要があった。
ソフィアがここへ嫁いできたのは辺境伯夫人として屋敷に居座るためではない。森の精霊を確認しなければいけなかった。
「森のことはすべて辺境伯であるレイス様の判断になります。ですが、基本的に森の中に入ることは危険ですので禁止されています。こちらに来たばかりで気になることはあるでしょうが、森のことは見ているだけに留めておいてください」
レイスに言っても中に入る許可はもらえないと言われているようだった。ソフィアの能力を知らないのだから、ただの貴族令嬢が好奇心で言っていると思われたのだろう。
秘密にしているので仕方がないことだった。
「わかったわ」
とりあえずここは引き下がることにした。
「まだお義母様にお会いしていないけれど、こちらに来る予定はあるのかしら」
レイスとは顔を合わせたが、別邸にいるというレイスの母親とはまだ挨拶をしていなかった。屋敷に来る予定がなければ、こちらから街に出向く必要がありそうだった。
森の精霊の事を解決しなければいけないが、辺境伯夫人になったのだから、そちらの事もしなければソフィアにとっては大事なことだった。
「大奥様でしたら、しばらくこちらに来る予定はありません。ですが、奥様がこちらに来られたことで、メイドの手配を頼みましたし、奥様には伝わっております。近々来られる可能性はあります」
レイスとの結婚は突然決まったことだった。そして、ソフィアが来たことも急だったためメイドを大至急屋敷に呼びよせた形になった。
当然レイスの母にも伝わっている。突然現れた花嫁をどう思っているのかわからないが、顔を合わせる時期はすぐにやってきそうだった。
「この後の予定も特にないし、部屋で休むことにするわ」
屋敷の案内が終わったことでソフィアは昼食後に一度部屋に戻ることにした。レイスが戻ってくるのはまた遅くなりそうだったので、彼が戻ってこないと森のことは何も聞けそうにない。
まずは目の前の食事をすることにした。
先ほど挨拶をした料理長はいい腕をしているなと思う。その後午後からどう過ごすべきかを考えてモクモクと食事をすることになった。




