顔合わせ
のでしょうね」
顔も合わせたことのない辺境伯だが、さっさと帰ってきてほしいと本気で思ってしまった。
「お食事中、失礼いたします」
だんだん不穏な食事になってきていると、エリオットが部屋に入ってきた。不穏な空気を気にすることなく話しかけてきたのは、長年の執事として働いてきた経験なのかもしれないとソフィアは感心してしまった。
「どうしました?」
「レイス様がお戻りになりました」
「やっとか」
エリオットの報告にジークがため息とともに言葉を漏らす。彼が立ち上がったのでソフィアも一緒に立ち上がった。待っていた相手がやっと戻ってきたのだ。
「レイスはどこに?」
「戻って来たばかりで、まだ玄関におられます」
エリオットがすぐに案内してくれた。
自分の旦那となった人にいよいよ会うのだと思うと、少しだけ緊張してきたソフィアだった。
どんな人物なのか、ほとんど情報が無いため不安と期待が入り混じっていたことも緊張に繋がっていた。
玄関ホールへと歩いていくと話声が聞こえてきた。
「レイス」
ホールに着くと、ジークは玄関に入ってすぐのところに立っている男性に声を掛けた。
そこには数人の騎士の恰好をした男性が立っていたため、顔を見たことがないソフィアでは誰が誰なのかわからなかった。しかし、ジークはレイスの元同僚だ。一瞬で彼を探し出して声を掛けたのだ。
1人の男性が驚いたように反応したのがわかった。
艶のある黒髪に緑の瞳が大きく見開かれる。白い肌に整った顔立ちは確実にイケメンの部類だった。
エリックは容姿についてほとんど話をしていなかったが、学生時代に殿下の護衛騎士は顔面偏差値が高いという噂があったことを今になって思い出した。
そう言えばジークも整った顔立ちをしていたのだ。
わざと選んだのか、たまたまだったのかはエリックに直接聞いてみないとわからない。
「ジーク、エリオットから来ているとは聞いたが、本当に来たんだな」
「久しぶりだな。元気そうでなによりだが、俺がいるのはお前の花嫁を連れてきたからだ」
「・・・・・」
先ほどまで文句を言っていたジークはそんなことを忘れたように嬉しそうにレイスに話しかけていた。だが、ソフィアの話をしたとたんにレイスが無表情で固まってしまった。
「陛下から手紙が来ていただろう。ソフィア=エリッドとの婚姻が決まったこと」
「それは・・・知っている」
視線が泳いでどこか頼りない雰囲気になった。
「殿下から、その花嫁の護衛をするように命を受けて、俺が連れてきた」
「連れて来たって・・・」
そう言ったレイスがソフィアに気が付いたように視線を向けた。ばっちりと視線が合う。
「まさか・・・」
「初めまして。レイス=グリースト様と結婚することになったソフィア=エリッドです」
一歩前に出て挨拶をすると、明らかにレイスが息を飲んだのがわかった。周囲の騎士たちも急なソフィアの登場に戸惑っているような雰囲気を醸し出していた。
その中でレイスが動揺するよりも驚きが勝って思考停止になっていることなど、ソフィアが知る由はなかった。
「・・・俺の、花嫁?」
「そうだぞ」
なんとか目の前の状況を理解しようと言葉にして疑問を投げかけると、何故かジークが胸を張って答えていた。
「まったく。すぐに引き合わせて俺はすぐに帰るつもりでいたのに、お前が帰って来ないから一晩泊まることになっただろう」
ついでに文句もこの場で言っていた。
「それは、すまない」
謝った後ソフィアに視線を向けたが、すぐにジークを見た。
なんだかソフィアを避けているように感じた。
初対面の人間に対して人見知りするタイプなのかと思ったが、彼はエリックの護衛騎士をしていたし、辺境伯となった人だ。こんなところで人見知りを発揮するとは思えなかった。
「とにかく、こんなところで立ち話もなんだから、とりあえず座って話せる場所に移動しよう」
ここは玄関先だ。屋敷の主人を出迎える客人という変わった構図になってしまっていた。
レイスは着替えるため一度その場を離れ、ソフィアたちはエリオットの案内で客間へと移動することになった。
「これで明日すぐにここを発てそうだ」
ジークの安心する声に、ソフィアも自然と肩の力が抜けるような気がした。
客間に通されると、簡単に着替えを済ませたのかすぐにレイスが部屋にやって来た。
先に部屋に入っていたソフィアとジークが向かい合うようにソファに座っていたため、レイスは一瞬どこに座るべきか迷ったようだったが、ジークの隣に座ってソフィアと向かい合うことになった。
「もう一回紹介しておいた方がいいか?」
ジークの問いにレイスは首を振った。
「大丈夫だ。それよりもまだ俺が名乗っていなかった」
レイスが新しい辺境伯であることは知っているが、初めて顔を合わせたので名乗ることにしたようだった。
「半年前に辺境伯を引き継いだレイス=グリーストだ。エリック王太子殿下から連絡はもらっている。ソフィア=エリッド伯爵令嬢が、俺の妻として嫁ぐことになったと」
「私のことをご存じでしたか」
「殿下から何度か学園での話の中で名前を聞いた程度には」
つまりほとんど知らないということだった。
そんなソフィアと突然結婚しなければいけなくなったことをレイスがどう思っているのか、今の表情からは読み取れなかった。
歓迎されているのか、拒絶されそうなのか、それは今後様子を見ることになりそうだった。
それよりもソフィアは確かめたいことがあった。
「辺境伯領には国境となる森があると聞きました。そこに森の精霊がいて、国境を一緒に護ってくれていると」
初対面なのだから、本来ならいろいろとお互いのことを知るための話をするべきなのだろう。ただ、ソフィアが辺境伯家へ嫁いできたのは訳があるので、すぐに本題に入ることにした。
精霊に関してはあまり知られていないが、嫁ぐソフィアにエリックが教えたのだから、知っていることに疑問を持たれる心配はないと思った。
レイスの眉間に皺が寄った。精霊の話は今持ち出されたくなかったようだ。
精霊と契約できていないことも教えてもらっているし、そのせいでソフィアがここへ嫁ぐことになったのだが、そのことは言うべきではないので黙っておく。
「森の精霊チクニは代々辺境伯と契約をして辺境伯領と隣国の間にある森を守護してくれている。森の中限定になってしまうが、ほとんどが国境として接しているため、隣国は森の抜けなければこちらに入ってくることができない」
森の精霊の守護で、侵入を防げているのだ。
もちろん辺境伯はそれだけで安心しているわけではない。領地は森だけではないのだから、森以外の場所にも目を向けなければいけない。
今の辺境伯であるレイスはその精霊とまだ契約が出来ていない。そのため森から侵入者があったとしても精霊が護ってくれないのでレイスが対応しなくてはいけなかった。
だが、そのことを彼は口にしなかった。まだ契約が出来ていないと来たばかりの嫁に言うには重要案件でもあった。
とりあえず知らないふりをしてソフィアは話を続けた。
「この場所は森に囲まれたお屋敷になっていますね。主都となる街が森から離れた場所にあったのが気になったのですが」
どちらかと言うと屋敷が森の中にあることが気になっていた。
「辺境伯領の主要な街は森の近くにあるレグストという街になる。森の精霊と契約している都合上、この屋敷だけは森の中に建てられているが、これは初代の契約者の時から変わっていないんだ。必要な物は定期的にここまで運んでもらっているから、不自由なことはほとんどない」
必要だと思ったら街まで買い物に行くこともできる距離だった。
「レグストには別邸があって、そこは母が住んでいる。俺はまだここに戻ってきて半年だから、街の事や領地経営に関しては母を中心に行っている」
経営に手を出している余裕がレイスにはなかった。今は精霊との契約が最優先だ。そのことには触れることなく、彼は辺境伯領について話をしてくれ、ソフィアも疑問に思ったことをその都度質問していた。
「おい」
会話が順調に進んでいると、ジークの低い声が響いた。
どうしたのだろうと首を傾げると、彼はなぜかため息をついていた。
「初対面とはいえ、新婚なんだぞ。顔合わせの会話が辺境伯領の事だけなのか」
言われると確かに違うなと思ってしまう。
お互いのことを話すのが先だった。
「そう言われてもな・・・」
レイスは戸惑っているようだった。女性とあまり話をしたことがないのか、ソフィアと視線が合うとすぐに逸らしてしまった。
急なことだったから戸惑っているだけだと思い、ソフィアも会話が続いていたので気にしないことにしていたのだ。
「とりあえず顔合わせはできたことだし、長旅で疲れているだろう。今夜はゆっくり休むべきじゃないか」
ジークの突っ込みにレイスは話を打ち切ることにしたようだった。
「そうだな。俺たちは体力があるからまだいいとして、ソフィア嬢は疲れているだろう」
何日もかけて馬車で移動してきた。疲れが蓄積されていることを心配されたようだった。
『あたしたちの加護があるから、少しくらい平気なのに』
『ぼくたちのことを知らないからしょうがないよね』
頭の上で精霊たちが騒ぎ始めたので、ソフィアは立ち上がった。
「そうですね。これから私はここに居ることになりますし、詳しいことは明日にでも」
今日はゆっくり休みたいということを提案すると、2人ともすぐに立ち上がってくれた。
部屋は用意されているのでそちらに戻ればいい。
廊下に出るとジークは違う方向へと足を向けた。
「俺の部屋はこっちだから」
そう言って去っていく。ソフィアに用意された部屋はレイスの隣なので、当然部屋まで一緒に行くことになってしまった。
廊下を歩く間無言の時間が続く。
「君はこの婚姻を納得しているのか」
部屋の前まで到着すると、急にレイスが話しかけてきた。
「え?」
「王命とはいえ急な婚姻だっただろう。顔を合わせたこともない、辺境の領地に嫁ぐことになったんだ。何かしら思うところはあったんじゃないか」
歩いている間ずっと考えていたのかもしれない。
「これは王命です。私に反論する余地などありません」
国王陛下というよりエリック皇太子の仕業ではある。それでもソフィアが拒否する理由もなかった。
伯爵邸に戻ることもできず、1人で生きていかなければいけない状況ではあったが、精霊たちが一緒ということで何とかなるだろうという気持ちもあった。
もしかしたら、叔父によって変なところに嫁がされる可能性もあったのだ。
ソフィアの力が必要で、元護衛騎士であり、信頼できる嫁ぎ先として申し分ない相手。
だからこそ、辺境伯家との婚姻が決まった。ソフィアは後悔などしていなかった。
「・・・そうか。今夜はゆっくり休むといい」
それだけ言うとレイスは先に部屋に入っていった。彼が何を思ったのかその時のソフィアには何もわからなかった。




