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その後

「奥様にお手紙が届いております」

「誰からかしら?」

「それが・・・エリッド伯爵家からです」

少し言いづらそうにしながらリノアは手紙を差し出してきた。

戦争から半年が経ったある日の昼時だった。

エリッド伯爵家と言えばソフィアの実家だ。だが、両親は事故で亡くなり叔父が引き継いだ。ソフィアにとっては家族ではなく親戚という感覚しかない。

ソフィアの物はすべて従妹のセイラが奪っていったし、叔父も万が一ソフィアが戻ってくることを望んでいないはずだ。

ソフィアがグリーストに嫁いでから一度として手紙を送ってきたことがなかったため、渡された手紙は明らかに不信感しか持てなかった。

手紙を渡したリノアもソフィアの境遇を知っている。戦争も終結しグリーストで生きていくことを決めたソフィアは王都でのことを何気なくリノアに話したことがあった。そのため、リノアもエリッド伯爵家から手紙が来たことに戸惑いを覚えている様子だ。

当然ソフィアから手紙を出したことはない。

「今更何かしら?」

不信感を抱きつつ不思議に思ってとりあえず中身を確認することにした。

「・・・・・・・ふ~ん」

そんな声がソフィアから漏れた。

「奥様?」

「ステファン=エリッドはどうやら事業に失敗したらしいわ」

事業というよりも投資に失敗したようだった。

儲かると思って注ぎ込んだ金がすべて無駄になった。それは先読みできなかったステファンの責任である。

「身内のよしみで助けてほしいみたいね」

どれだけ失敗したのか詳しいことは書かれていないが、土地を手放すところまできているようだ。

父が一生懸命働いて盛り立ててきた領地を叔父は簡単に壊してしまったようなものだった。

手紙を机の上に放ってソフィアは窓の外を見た。

「手紙は燃やしておいてくれる」

「かしこまりました」

読まなかったことにしようと思った。

追い出しておきながら苦しくなると助けを求めてくる。

そんなことを許すほどソフィアはお人よしではない。両親との思い出のある領地であるが、叔父が引き継いでいるより、より豊かにできる誰かに引き継いでもらった方がいいとも思ったのだ。

それにグリースト辺境伯から何かできることなど知れている。このまま知らないふりをしたほうがお互いのためのような気もした。

セイラはどこかに嫁げば問題ないだろう。

「気分転換に森に行こうかしら」

見なかったことにすると決めたが、気分は下降気味になるのがわかった。

『賛成』

『森の方が自由にできるしね』

レラとワッカも嬉しそうな声を出して天井を飛び回っている。

リノアには見えていないのでソフィアは返事をすることなく椅子から立ち上がった。

森に行くならレイスに声を掛けなければいけない。チクニと契約しているのはソフィアだが、周囲はレイスが契約者だと思っている。ソフィア一人で森に行くと不審に思われるので、森に行くときはいつもレイスと一緒になってしまっていた。

そのことで何も知らない使用人や騎士たちはいつも森に2人で出かける仲睦まじい夫婦だと思っているようだった。

そのうちソフィアだけでも森に入って違和感がないようにしたいと思っているし、レイスが契約者だと思われているので、彼1人でもチクニに会えるようにできないものかと考えているところだ。

レイスは執務室で仕事をしていたがソフィアが森に行くことを伝えると、休憩ということにして仕事を切り上げてくれた。

「今日は何の用があるんだ?」

気分転換だと言っていたソフィアだが、レイスはそう思っていなかった。ソフィアが森に行くときは必ず理由がある。だからこそ素直に森に一緒に行ってくれている。

「それは行ってからのお楽しみということで」

気分転換だと言ったが、チクニに会う理由があった。だがそれをここで話すことなく、レイスと一緒に森に入っていった。

森の中を数歩歩くとすぐに移動してチクニがいる場所にたどり着く。何も言わなくてもソフィアが森に入ったことを察知したチクニが移動させてくれるのだ。

『ようこそ森へ』

チクニの挨拶はいつも変わらない。

「今日はチクニに確認したいことがあってきたの」

『確認ですか?』

森に入った途端レラとワッカはどこかに飛んでいき、今は一緒に森に入ったレイスとソフィア、チクニだけがいる状態だ。

「契約のことについてよ」

ソフィアは考えていたことがあった。それはチクニとの契約に関することだった。

今はソフィアと契約関係にあるが、ソフィアと永遠の契約というわけではない。当然寿命があるので、死んでしまえば契約が解除されてしまう。

今後もグリースト辺境伯領でチクニとの契約が継続できるようにしなければ、グリースト辺境伯は一時的な安泰で終わってしまう。

『どういった確認ですか?』

ソフィアとの契約に問題はないと思っているチクニは首を傾げていた。

ソフィアも個人での契約では問題があるとは思っていなかった。

「私がいなくなった後の話よ」

そう言うと、チクニよりも先にレイスが驚いた顔をしてソフィアを凝視した。チクニは数回瞬きをしてから何かを考えるように視線を地面に向け、じっと地面を見つめてからソフィアに視線を戻した。

『ソフィア様との間での契約になっていますので、契約者であるソフィア様がいなくなれば当然契約が切れてしまいます』

チクニは淡々と話を進めていた。森の精霊にとってはソフィアが今の契約者であるが、その契約が切れてしまうことに感情は必要ないようだった。

レラやワッカのほうがもっと感情を表に出している。とはいえ、ソフィアとの契約が切れてしまったら、きっと彼らもそこまでとなり契約者がいない自由の身となって生きていくことだろう。

だが、チクニは少し事情が違う。チクニの森はグリースト辺境伯にとって隣国との境界線であり、敵の侵入を防ぐ重要な役割を持っている。契約は継続できるようにしておきたかった。そのためには今までのグリースト辺境伯たちが継続してチクニと契約できるようにしなければいけなかった。

「グリースト辺境伯の血筋で契約が引き継がれていたでしょう。できることなら私もこの先の辺境伯となる人間に引き継いでもらえるようにしたいと思ったの」

代々受け継がれてきた契約には条件があった。

「各世代で1人だけという条件になっていたけれど、今回は辺境伯となった人間で、チクニが認めた者を契約者にしたいと考えているの」

『わたしが認めた者ですか?』

「辺境伯を引き継いでいるということが条件になるわ。そして、その相手をチクニが良しとするなら、契約者として認めてほしいのよ」

そこに精霊力は関係ない。本当なら力のある者を契約者にしたいところだが、今までの辺境伯たちも力がなかった。ただ、チクニと初代の辺境伯の約束で代々の契約が成立していたのだ。

今回も精霊力がほとんどなくても契約者になれるようにしておきたかった。ただし、条件は今までと違う。

1世代に1人だけという縛りをなくした。そうすることでレイスのような存在を生み出さないことになるし、グリーストの血筋が絶えない限りチクニとの契約が続いていくことになる。ただし、辺境伯となりチクニが契約するに値すると判断できる相手でなければいけないという条件になった。

チクニの判断基準が厳しければ誰も契約者になれない可能性もあったが、今まで精霊力がなくても契約してきたチクニなら、辺境伯を簡単に切り捨てるようなことはしないと考えていた。

『・・・・・わかりました。契約者であるソフィア様が言うのであれば、異存はありません』

しばらく考えてからチクニが承諾してくれた。

『ですが、この契約はソフィア様が亡くなってからになります。それまではソフィア様が契約者です』

今はレイスが辺境伯であるが、その後の後継者がいたとしてもソフィアが生きている限りは契約者はずっとソフィアであるということだった。

「それで構わないわ。私の死後、辺境伯である人間を契約者としてグリースト辺境伯を守ってくれればいいわ」

チクニがグリースト辺境伯領の重要な存在であり続けてくれれば、隣国が手を出そうとは思わないだろう。すでにチクニの森を拡張して相手の領地を奪っているのだ。これ以上の被害は避けたいはずだった。

そのあとはレイスも加わり森に異変が起きていないか話をして、森を出ることになった。

「どうして急にチクニとの契約に関する話をしたんだ?」

チクニが屋敷の前まで移動してくれたところで、レイスが質問してきた。一緒に話を聞いていたレイスは、ソフィアとチクニの契約の話について口をはさむことなく黙っていた。だが、なぜ突然契約の話をしていたのか気になっていたらしい。

話が終わり少し進めば庭に出られるところで疑問を口にしたのだ。

ここでならまだ森の中で、2人だけ。森の精霊に関する話を屋敷の中で話すと誰かに聞かれてしまう可能性があるため、レイスは今聞くべきだと考えたようだった。

「私は永遠の命ではないから、いつかは終わりを迎えるわ。その前にチクニとの契約をしっかりさせておくべきだと思ったの」

「その言い方だと、もうすぐ命が尽きるように聞こえるが」

余命僅かのソフィアが身辺整理のためにチクニとの契約交渉したように聞こえたようだった。

レイスを見れば、明らかに勘違いして傷ついたような顔をしていた。

そんなつもりはソフィアにはなかった。当然余命宣告されたわけでもない。

「午前中に医者が来ていただろう。何か言われたのか?」

今日の午前にソフィアは少し体調が悪かった。医者を呼ぶほどでもなかったのだが、念のためにと執事長が手配していたのだ。診察を受けてから午後に森に行ってチクニと会ったことでレイスは悪い方向に考えが至ってしまったのだ。

「お医者様には確かに言われましたね」

「何を?」

「そんなに慌てなくても大丈夫よ。私はまだ死にません」

余命宣告を受けたわけではない。

レイスの頬に手を伸ばして彼を安心させるように撫でる。

「本当は屋敷に戻ってから報告するつもりでいたけれど」

そう前置きしてからソフィアはレイスに少しだけ屈むように言った。

不思議そうにしながらもレイスが大人しく身を低くしたので、彼の耳元でソフィアは囁くように言った。

「グリースト家に後継者ができたので、ちゃんと今後のことを考えておこうとしただけよ」

「後継者・・・・・」

一瞬何を言われたのかわからなかったようで、レイスは静かに考えてからハッとしたようにソフィアを見た。そして、ゆっくりと視線を下に動かすと腹部で視線を止めた。

ソフィアがグリースト辺境伯に留まることを決めたことで、2人は完全な夫婦関係を築いていた。

ソフィアの言っている意味をレイスは正確に把握できたのだ。

「リノアは一緒にいてくれたから知っているけれど、他の人は知らないわ。まずはチクニと契約の確認をしてから屋敷に戻って伝えるつもりでいたんだけれど」

悪い方向に考えてしまっていたレイスを見ていたらここで告げるしかないと思った。

「家族が増えるのよ」

レイスにとってもそうだが、両親をすでに亡くしているソフィアにとっても家族が増えることになる。

黙って腹部に視線を向けていたレイスだったが、突然ソフィアを引き寄せて抱きしめた。

「ありがとう」

静かな声だったが少し震えているようにも聞こえた。

ゆっくりと体が離されて屋敷へと歩き出そうとすると、名前を呼ばれて足を止めた。どうしたのだろうと思うよりも先にソフィアはレイスの腕の中で抱きかかえられていた。

「え?」

突然のことに反射でレイスの首に腕を回すと顔がすぐ近くにあった。

「大事な体になったんだ。森の中は足場も悪い。このまま屋敷に戻ろう」

「無理さえしなければ、普通の生活ができるわ」

「そのことについては屋敷に戻ってからじっくり話し合うことにしようか」

急に過保護になったレイスはソフィアが何を言っても降ろしてくれそうな気がしなかった。

仕方がないのでそのまま屋敷戻ることにしたソフィアは、そのあと怪我をしたのではと勘違いされて使用人たちにひどく心配されることになるだが、ソフィアの状況が知れ渡ると誰も安堵し祝福していることになるのだった。


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