報告
大量の書類を片付けていたエリックのもとに一通の手紙が届いた。
差出人は元護衛騎士のレイス=グリーストだった。
仕事の手を止めて休憩時間としたエリックはソファに移動して手紙の封を切った。
すると、手紙にはレイスが書いた便箋と一回り小さい手紙が入っていた。
小さな手紙にはソフィア=グリーストという差し出し名が書かれていた。
「ソフィアからも手紙を書いてくれたのか」
レイスの手紙に混ぜてこっそりと送ってきたということは、周りに読まれたくないエリックにだけ伝えたい手紙なのだとわかる。
まずはレイスからの手紙を読むことにした。
一夜の戦争があってからひと月。
グリースト辺境伯とバークウッド伯爵の小競り合い程度の戦いだったが、完全な国同士の戦争と位置付けられていた。グリースト領をある程度制圧してバークウッドの領地にするつもりでいたのだろうが、結果としてチクニの怒りを買ってバークウッドの領地を取られることになった。
チクニの森が拡張され、その範囲はすべてグリースト領になったのだ。
交渉として王都から派遣されたものが敵国と話し合って決められた結果ではあったが、最初から決まっている話し合いになっていた。
レイスからはバークウッドに広がった森が正式にグリースト領に変わったことの報告と交渉人の派遣への謝意が書かれていた。そして、チクニの契約者が決まり、森とグリーストが落ち着いて平和を取り戻せたことも報告されていた。ただ、その契約者はレイスではなくソフィアだという手紙の内容にエリックは戸惑いを覚えた。
「チクニの問題を解決してほしいとは願っていたが、ソフィア自身が契約者になるとは思わなかったな」
ソフィアには6大精霊の水と風がついている。それだけでも十分すごいことなのに、そこへ新しい精霊を受け入れてしまった。
エリックよりもはるかに膨大な精霊力を持っているからこそできることだった。
想定としてレイスがチクニと契約できる方法を見つけ出し、無事に契約ができたら、2人が同意して離婚の意思を示したらエリックも許可を出すつもりでいた。
チクニと契約できればレイスがソフィアと結婚している理由がなくなる。
王命による政略結婚だ。顔を合わせたこともない愛情などない結婚を無理やりさせた自覚はエリックにはあった。
「ソフィアが契約者なら、グリーストに留まるつもりなのだろう」
チクニは森の中でしか存在できない精霊だ。グリーストを守るための精霊ともいえる。チクニを置いてソフィアが王都に戻ってくるとは思えなかった。
「ソフィアの決断も読んでみたほうがいいな」
レイスの手紙に隠されて送られてきた手紙。ソフィアの考えがおそらく書かれているはずだ。
今度はソフィアの手紙を読むことにする。
レイスとは違う柔らかい文字が目に入り、その内容を読み進めたエリックは読み終わると深く息を吐きだした。
「予想通りだな」
ソフィアの手紙にもチクニの契約者になったことと、グリーストに留まることが書かれていた。
本来はレイスを契約者にする予定でいたが、それができないことにより他の契約者を探すつもりでいたらしい。だが戦争によって新しい契約者を探している余裕がなくなりソフィア自身がチクニと契約したという流れまで説明されていた。
エリックの意図を把握し、ちゃんと役目を果たしてくれたことはよかったのだが、エリックの予想と大きくかけ離れた結果もあった。
「辺境伯領に居続けることになったか・・・」
ソフィアの役目はレイスとチクニの契約をさせること。それが叶わなくても、他の契約者を探してチクニと契約してもらい辺境伯領を安泰させることだった。
役目が終わればソフィアは王都に戻ってくるだろうと考えていたのだ。
離婚が必要なら速やかに手続きをするつもりでもいた。王命による本人の意思など関係ない政略結婚だったため、レイスも離婚には素直に応じてくれるだろうと思っていたのだ。
「戻ってくると思ったのに」
『ソフィア嬢が戻ってこないことを、随分と残念に思っているようだね』
エリックの独り言に反応する声が聞こえた。
手紙から視線を動かすと、テーブルの上に光の精霊イメルが立っていた。
小さな姿をしているため、エリックを見上げる形だ。
「残念に思っているよ。彼女には王都に戻ってきてもらって僕の側妃になってもらおうと思っていたから」
『正妃も決まっていないのに、すでに側妃が決まっていたのか』
初めて聞く話にイメルが驚いた顔をしていた。エリックも誰にも話していない計画だった。
「僕にも婚約者はいるよ。彼女と結婚すると正妃は確定だよ。ソフィアは離婚して王都に戻ってきても行く当てがないし、放っておいたら別の場所に行ってしまうだろう。その前に僕のもとで側妃として囲っておけば、今後役に立ってくれると思っていたからね」
結婚はもう少し先になる予定だ。正妃となる女性はもう決まっているが、ソフィアには側妃候補としてエリックの側にいてもらおうと考えていた。
離婚することで傷物と評価されるソフィアに、次の結婚が条件のいいものになるとは思えなかった。それに実家はすでに叔父家族に奪われていて帰る場所がない。
だからこそ、エリックが囲ってしまおうと思っていた。
ソフィアには側妃としての役目を負ってもらうつもりはない。彼女は精霊使いとして、エリックの役に立ってもらいたかった。
「せっかくの精霊使いを放置しておくのはもったいないだろう」
帰る場所のないソフィアに同情している部分もあった。だが、最大の理由はやはり精霊の契約者ということだった。エリックが動けないときに、ソフィアが代わりに精霊の力を借りて解決できることがあるはずだ。
何かしらの役職についてもらうことも考えたのだが、そうなるとソフィアの力を公にしなければならない。それを避けるため側妃という役目を盾にしようと考えていたのだ。
『こき使うようなことをすれば、精霊たちが黙ってはいないぞ』
「そんな乱暴なことをするつもりはないよ」
契約者が無理やり力を使わされているとわかれば精霊たちは容赦なくエリックに敵意を向けてくるだろう。
イメルがいるとはいえ、ソフィアの精霊は6大精霊のレラとワッカだ。怒らせてはいけない相手だということはわかっていた。
「辺境伯領に居ることになったから、僕の計画は無駄になったよ」
エリックの考えはすべて無駄となった。何かソフィアに手伝ってほしいことがあっても、辺境伯にいては助けにはならないだろう。
『そうか』
イメルはそれ以上何も言わずにふわりと浮かび上がると天井を飛び始めた。
エリックに気を使っているようにも見えたが、ほとんど気にしていないようにも感じて、精霊と人間の大きな違いを見せつけられている気分だった。
エリックは仕方なく窓の外を見た。
ソフィアに対して恋愛感情がなかった。
精霊と契約できている珍しい人間として興味を持ったのが最初だった。そして、共有の秘密を抱えた者同士の仲間意識のようなものはあっただろう。
だからこそ、ソフィアが両親を亡くし、叔父家族から虐げられていることを知って助けたいと思った。
ちょうどそこにレイスのチクニと契約できないという報告を受けて、ソフィアに役目を持たせて王都から離れさせることにした。
ソフィアはグリースト辺境伯で自分の居場所と役目を見つけた。
そのことを喜ぶべきなのだろうが、戻ってこないことで精霊の話ができる仲間を失った気分でエリックの中に複雑な思いがあるのも事実だった。
「・・・幸せになれよ」
それでもソフィアが幸せでいてくれるならと思う。
「さて、仕事を再開するか」
溜まっている書類が机の上に置かれている。イメルは気にすることなく天井を飛んでいた。
エリックは再び執務机に戻ると、書類に目を通し始めた。




