チクニの契約
「まず確認しておきたいのは、君は精霊使いで間違いないね」
森で精霊を見せた時は時間がなかったこともあり、言葉での説明がされない曖昧なままだった。とりあえず見たものを理解して納得しておくという暗黙の了承がなされた。
それを今改めて確認すると、ソフィアは静かに頷いた。
話が長くなりそうだったので、椅子を用意してレイスはベッドの横に座った。
ソフィアはいつでも横になれるようにベッドの上だ。
無理だけはさせないように彼女の様子を観察しつつ、レイスは話を続けた。
「森の火を消したのも精霊の力ということで合っているか?」
「そうです」
ソフィアは右手を天井に向けて伸ばすと、彼女の手に小人のような姿の精霊が現れた。
「私の精霊たちです。今は小さい姿を取っていますが、森で見た姿が本来の精霊です」
説明するソフィアの手にレラとワッカがじゃれつくようにくっ付く。その光景に不思議なものを見せられていると思うが、それ以上に、精霊が2体いることにレイスは驚くしかなかった。
「両方とも君の精霊なのか?」
「そうです。水の精霊ワッカと風の精霊レラです」
名前を呼ばれて精霊たちがレイスを見る。
レラと呼ばれた風の精霊はにこりと笑ったが、ワッカと呼ばれた水の精霊はどこか不満そうな表情に見えた。
「精霊は本来1人に対して1体だと思っていたが、そうではないようだな」
精霊の反応よりもレイスは自分の思い浮かんだ意見を言っていた。
レイスが仕えていた王太子エリックも光の精霊と契約している。ほかの精霊はいなかった。
エリック自身も他の精霊と契約することは難しいと言っていた気がする。それは精霊力の問題だったのだがレイスはそのことを知らなかった。
ソフィアの精霊力がエリックよりもはるかに強いことなど、レイスは想像することさえできていない。
「そうですね。私の場合はレラとワッカと契約してもまだ余裕があるようでしたから」
それはまだほかにも精霊と契約できることを暗示していたのだが、レイスはそこまでの知識がなかったため聞き流してしまった。
「殿下が君を俺のところに嫁がせた理由は、チクニと契約できない原因を突き止めるためだったんだな」
今ならわかる。突然の結婚に、どうしてソフィアだったのか。
精霊使いであるソフィアなら、チクニと契約できない原因を探ることができ、何かの解決をしてくれるだろうとエリックが考えたのだ。
辺境伯家の血を引くのがレイスだけとなり、その血を絶やさないためにソフィアが選ばれただけなのだと最初は思っていた。そして、血筋さえ残ればいいのかと憤ってしまったことを反省しなければいけないと思った。
「エリック殿下には頭が上がらないな」
側近として護衛騎士をしていたのにエリックの意図に気付けなかったことを情けなく思ってしまった。
「殿下とは学園で精霊と一緒にいるところを目撃されました。それ以来お互いの精霊についての話や、私がどうして複数の精霊と契約できるのかなど話をする機会が増えました」
堂々と教室で会話をすることができない内容だったため、時間を見つけては人目のない場所で会っていた。ほかの生徒に見つかれば密会を重ねているように疑われる可能性もあり、エリックの婚約者候補として周囲の女生徒から目を付けられる可能性もあった。
城に呼び出す理由もなく、学園でしか会えなかったため、精霊たちの力を借りてソフィアたちは会っていたのだ。
そのため噂は一切なかった。
ソフィアの話に、エリックが彼女を信頼していることがわかった。
ソフィアもエリックを王太子としての価値で値踏みするようなことをせず、精霊と契約している者同士という友人関係を築いていた。
「私はチクニの問題を解決するために来ました。結婚という形を取りましたが、問題さえ解決できれば離婚することもできます」
「え?」
「王命による政略結婚にはしていますが、すべて殿下が画策したものです。お互いの意思を無視したものだったので、離婚したいと言えばすぐにでも許可は下りると思います」
ソフィアはチクニの問題を解決するために派遣された花嫁だった。問題が解決すれば結婚している意味がなくなる。王命ではあったが離婚をしたいと思えば許可は簡単に降りるということだった。
「そうか」
レイスはそれだけしか言えなかった。
確かに最初は急な結婚に不満があった。
ソフィアの行動にも疑問を持つこともあった。不敬になるだろうがエリックに恨み言でも手紙に書くべきかと考えてしまったこともあったのだ。
だが、離婚を考えたことがなかった。もちろん王命だったため離婚などできないという考えもあったためだ。
だが、今目の前に離婚という言葉が現実をもってレイスにのしかかってきていた。
「だが、チクニとの契約問題がまだ解決していないだろう」
原因は判明した。レイスではチクニと契約することができないこともわかったが、チクニと契約してグリースト辺境伯領を守っていくという問題がまだあった。
たった一夜だが、戦争になったことでチクニの問題が後回しになってしまっていた。
「・・・そうですね」
なぜがソフィアは間を置いてから返事をした。
まるでそのことを気にしていないように感じられて、レイスは首を傾げてソフィアをじっと見た。
「旦那様はチクニの森が広がったことを知っていますよね」
「当然だ。あれは森を焼かれたチクニの反撃だったのだろう。敵の領地に入り込んで街まで繋いでしまった。森となった場所はチクニの領域になったはずだし、そうなると国境も変わると考えている」
森自体はグリースト領になる。ほんの一部道のように伸びてしまったチクニの森だが、チクニの領域となったことでグリースト領にすることが可能になった。
イグレイト王国は反感を持つだろうが、戦争の敗戦国としてグリーストが求めれば無条件で差し出さなければいけない部分となるだろう。
チクニの森を攻撃してはいけないという教訓にしてほしいものだ。
「あれは確かにチクニの力です。ですが、チクニだけで成し遂げたことではありません」
そう言うとソフィアはベッドから降りようとした。
まだ寝ているべきだと止めようとしたレイスだが、ソフィアはなぜか笑顔で窓の外を示した。
「少し外に出ましょう。旦那様に見せておきたいものがあります」
庭に出たいということだった。そこにレイスに見せたいものがあるとは思えなかったが、ソフィアは何かを伝えようとしているように思えた。
「無理はしていないな」
体調の確認をすると、ソフィアは穏やかにほほ笑んだ。
「着替えをしますから、少し待っていてください」
とても大切なことのような気がして、レイスは承諾するとソフィアの着替えの邪魔にならないように部屋を出ることにした。
部屋の外で待機していたリノアに声をかけてソフィアの着替えを手伝ってもらう。
ソフィアの準備が整うと、レイスは彼女に腕を貸して2人で庭へと向かうことになった。




