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望まぬ結婚

兄の死を知らされて突然爵位を継ぐことになって半年。

レイス=グリーストは領地に戻ってきて今までにないほどイラついていた。

仕方がないと思う気持ちもあるが、納得いかない気持ちの方が大きくてとにかく自分の気持ちを押さえられないでいた。一歩前に進む足に余計な力が入る。

「・・・荒れているな」

背後から声が聞こえたが無視する。

「慰めたら余計に荒れそうだし、そっとしておけよ」

これはレイスにではなく、声を出した人間のさらに後ろにいる数人の騎士たちに言っていた事だった。

ただ、聞こえるように言っているような気もして、それが余計に腹立たしかった。

「うるさいぞ」

振り返ることなく言うと、背後が静かになる。

レイスがこれだけ怒りを露わにしているところなど誰も見たことがなかった。それほどまでに、昨日届いた手紙の内容が納得できないことだったのだ。

手紙は2通。国王陛下と王太子殿下からだった。どちらも重要なものだったのですぐに開封したレイスは、その内容を読んで絶句してしまった。

レイスの婚姻に関する内容に、読み間違えたのかと何度も目を通したほどだった。

だが、何度読んでもレイスがソフィア=エリッドという伯爵家の娘と結婚することになっていた。婚約ではなく結婚である。

しかも、手紙の数日後にはソフィアが辺境伯領へ来ることになっていた。レイスの意思など関係なく、すべてが決まっていた事だった。

陛下の手紙は王命である。王太子殿下の手紙はとてもフラットな書き方をしていたが、ソフィアが殿下の学友であり、結婚することを祝福する内容だった。

ソフィアがどういった女性なのか、その内容は何もなかった。

「突然の結婚に、相手の情報が何もないなんて、何を考えているんだ」

王命なら従うしかない。政略結婚などどこにでもあることだ。ただ、レイスの知っている女性であって欲しかったと思ってしまう。情報が無さ過ぎて混乱するしかなかった。

ソフィア=エリッドという名前には聞き覚えはあった。

レイスがエリックの護衛騎士をしていた時に、学園に通っていたエリックから名前が出てきたことがあったのだ。

とはいえ、学園に護衛として同行することがないレイスは、名前を聞くだけの令嬢がどんな人物なのか知らなかった。

どうしてその女性がレイスの結婚相手なのかもわからなかった。

わからないことだらけで、無性に腹が立っていた。

「少しくらい情報を書いておいてほしかった」

エリックに対して恨み言を言っても仕方がないのだが、それでもこの怒りを鎮める方法がないため、文句を言いながら前に進むしかなかった。

進みながら警戒を怠ることはない。周囲の気配を探りながら進んでいくと、レイスはぴたりと足を止めた。

何かの気配を感じたのだ。

今まで何度も森に入ってきたが、ここまではっきりと気配を感じたのは初めてだった。

「なんだ?」

不思議に思いながら辺りを確認していくと、その気配がふっと掻き消えた。

それは一瞬の事だった。

森の中で突然感じた気配なら、森の精霊かもしれないと思う。

動物にしてはあまりにも突然気配が消えすぎだった。

「姿が見えなくても、少しは近づけたのか?」

レイスが何度も辺境伯の森に入っているのは精霊に会うためだった。

兄の突然の死によって、レイスが爵位を継ぐことになった。何事もなければエリックの護衛騎士として王都で生きていくはずだったのだ。

それが叶わなくなったことを残念に思う気持ちはあったが、なぜ突然兄が死ぬことになったのか、それが不思議だった。

兄のことは気になるが、それよりも先にやらなければいけないことがあった。それは辺境伯家が代々引き継いでいた精霊との契約だった。

森の精霊と契約することで、隣国との境界線である森と領地を護ってもらっていた。

契約を継続するため新しい領主としてレイスはすぐに森に入って精霊と契約するつもりでいたのだ。

しかし、何故か精霊が姿を現すことがなく、何度訪れても契約する前には至らなかった。

原因がわからず、レイスも困っていたのだが、とにかく精霊を探さなければいけないと思い、何度も森に足を運んでいた。今にも攻めてきそうな隣国が精霊との契約が出来ていないことを知ってしまうと、戦争になりかねない。その前に精霊と契約をしたかった。

「レイス様?」

声を掛けてきたのは騎士のニック=トールスだ。辺境伯騎士団の副団長を務めながらレイスの護衛騎士でもある。森に入る時は必ず彼も同行していた。他にも数人の騎士が一緒に来ているが、レイスを守るための騎士ではない。いつ怪しい動きを見せるかわからない隣国が、森の中に侵入者を潜り込ませている可能性を考慮して、襲撃に備えているためだった。

まだ、森の精霊との契約が切れていることを知らないようだが、もしも知られてしまえばいつ攻めてくるかわからない。精霊の護りがない辺境伯領など簡単に攻め落とせると思われても困るのだ。

「何か気配を感じた気がしたんだ」

「敵ですか?」

ニックが周囲を警戒するように見回している。

「いや、精霊のような気がする」

彼は何も感じなかったようだ。敵ならすぐに気が付けそうだが、精霊がレイスにだけ気が付くようにしたのかもしれない。

ただ、その姿は見つけられない。

「少しは精霊に興味を持ってもらえたのかもしれないな」

「そうだと良いですね」

もう少しここに留まるべきかと考えたが、空を見上げたレイスはすぐに考えを変えた。

生い茂る木々の間から見える空はすでに薄暗くなっていた。

これ以上留まっていると、完全な暗闇が森を覆ってしまい帰り道を見失う可能性があった。

「今回はここまでにしよう」

そう言うと、レイスについてきた他の騎士たちも一緒に屋敷へと戻ることになった。

「何としてでも精霊に会わないと・・・」

歩きながらレイスは独り言を漏らした。

急に爵位を継ぐことになり、戻って来るなりバタバタとやるべきことが山積みになっていた。

領地に関することのほとんどを母親が管理してくれているおかげで、レイスへの負担は軽減されている。だが、一番やらなければいけないことがまだ解決していない。

これは辺境伯となったレイスにしかできないことだった。

森の精霊チクニと契約すること。

代々の辺境伯がその契約を引き継いできた。それによって国境である森をプリディード王国側の領土とし、攻め込もうとする隣国からグリーストを護ることでプリディード王国を護っている。

だが、レイスが爵位を継いで精霊に会うため森に入ったのはよかったが、肝心のチクニが姿を見せないのだ。なぜ会えないのか、レイスはその理由を知らない。突然兄が死んだことで、精霊に関することを直接聞けていなかった。日記や日誌のようなものがあればと思ったのだが、精霊に関することは発見できなかった。

そのため毎日のように森に出向いて精霊を探すしかなかった。

「花嫁が来る前に何とかしたいところだな」

突然の結婚までさせられることになった。王命なので受け入れるしかない。

どんな相手なのかレイスは全くと言っていいほど情報が無かった。

不安を覚えながらも、仕方がないと思っている。とはいえ、やはり腹立たしい感情が消えるわけでもなかった。

まだ相手が辺境に来るまで時間があるだろう。そんな甘い考えを持っていたレイスが屋敷に戻って執事長から聞かされた内容に驚愕することになるのは少し後の事だった。


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