契約者
「・・・・・・・疲れた」
意識を集中させていたソフィアは、精霊たちが力を使い終わったことを感じ取ると一言だけ呟いた。
疲れたとは呟いたが、ソフィア自身が動いて何かをしたわけではないので肉体的に疲れているわけではない。集中して精神的に疲れたという意味だった。
それに、精霊力もまだ十分にあることは感じ取っていたし、それだけ精霊力が多いという証拠でもあった。
「何とか終わったみたいね」
レラとワッカには敵領地に行ってもらい、攻撃を仕掛けてくる部隊を壊滅させてもらうことにした。
全員生きて帰れないように攻撃するつもりでいた精霊たちに、さすがにやりすぎだと思って戦意喪失してくれればいいと伝えておいた。
どんなふうにやるかは精霊たちに任せるしかない。
ソフィアは森の中で力を使っていることを感じ取ることしかできなかった。
ただ、なんとなく直接的な攻撃ではなく、水と風を利用して部隊を鎮静化しているようには感じていた。
血生臭いことが行われていないだろうと思いつつ、ただ待っているだけだったソフィアは、レラとワッカが無事に任務を終えたのだとわかって安堵するのだった。
「これでこれ以上森に攻撃されることはないでしょう」
火を放つことをやめてしまえば、森は無事だ。敵が森に侵入してくる気は最初からなかった。森に入ればチクニの領域となり何もできなくなってしまうことを理解しているのだろう。
「あとは旦那様のほうが無事に終わればいいけれど」
レイスのほうは完全な人間同士の戦闘となる。ばれることなくグリースト領に侵入して街に進めていると思い込んでいる敵に対して、数が少なくても奇襲のような状態で攻撃を仕掛けることになり、きっとレイスなら問題ないはずだ。
辺境伯領の騎士たちが簡単にやられるわけもない。
「さて、次は」
焦げてしまった森から、緑あふれる場所に移動していたソフィアは、森の中を一度見渡してからチクニを呼んだ。
森の精霊はレラとワッカが側にいないソフィアのことを心配して、森の中に隠れるように提案した後も少し離れた場所でじっと敵側を見つめていた。
燃えてしまった森に嘆いている暇はない。自分の領域を傷つけられて怒りもあるだろうが、今は落ち着いた表情をしていた。
『何か?』
「レラとワッカのほうは片付いたみたいよ。これで火を放たれる心配はなくなったわ」
『そうですか。ありがとう』
ただ、今は攻撃をやめたが、またいつ森を燃やそうと動き出すかはわからない。
レイスたちが無事に侵入者を排除しても同じことだろう。
戦争は始まってしまった。
完全に戦意を失わせて、降参させられる方法をソフィアはずっと考えていた。
「チクニ。このままやられっぱなしは嫌でしょう」
森を攻撃することがどれだけ危険なのか後悔させられたら、今後バークウッドは攻撃を躊躇うだろう。そして、イグレイト王国自体も隣国に手を出すことを控えるはずだ。
「仕返しをしてみようと思うの」
『仕返しですか?』
「もちろんチクニが仕返しをしないといけないわ。今後森に手を出してはいけないという意味を込めて」
『でも、攻撃は森の外からでした。わたしが反撃するには敵が森の中に入らないといけません』
仕返しを考えているソフィアに対して、チクニは何もできないことを説明してくる。
このままではチクニの言うとおりだ。
「もちろん。このままだと相手に攻撃すらできないわ」
チクニの言っていることは正しい。ただ、ソフィアには考えがあった。
「だったら、反撃できる状況を作り出せばいいのよ」
『状況を作り出す?』
何を言っているのかわからないようでチクニは首を傾げてソフィアの言葉を繰り返していた。
「そうよ。でも、そのためにはどうしても必要なことがあるの」
ソフィアが考えていることをするためには、チクニだけではどうすることもできない。
『それは何ですか?』
できることなら仕返しをしたいと考えているのだろう。チクニが興味を示してくれた。
「私と契約しましょう。そうすればチクニの力に私の精霊力も加わって、最大限の力を発揮することができるわ」
やろうとしていることには力が必要だった。そのためにはチクニと契約することがソフィアには必要であり、チクニにも必要なことだったのだ。
今でもレラとワッカという複数の精霊と契約しているソフィアは、これ以上精霊を増やせば、精霊を使える者たちの中であまりにも力の偏りが生まれてしまう。それを避けたい気持ちもありチクニとの契約には後ろ向きだったソフィアだが、状況が変わった。
チクニの力を最大限発揮してもらうため、ソフィアは協力するために契約を持ち掛けたのだ。
レラはチクニと契約することに賛成してくれるだろうが、ワッカは渋っていたので契約したことを知ったら怒るというより拗ねそうな気がする。だが、事情があるのだから理解はしてくれるだろう。
「どうかしら?」
辺境伯と森と領地を守るため契約を交わしてきたチクニだ。新しい契約者に戸惑いがあるかもしれない。
そう思って様子を伺っていたソフィアだが、話を聞いたチクニは少しだけ考えるそぶりを見せた後、口元に笑みを浮かべた。
『新しい契約者は力が強いようですし、森を傷つけた奴らを懲らしめることができるのなら、わたしとしては、契約を結ぶことをこちらから頼みたいくらいです』
覚悟はあっさり決まったようだった。
『森の力を使って、必ず敵を後悔させましょう』
「わかったわ」
嬉しそうに微笑んだチクニが両手を広げる。すると風がないのに、森の枝がざわざわと動き出した。
『我は森の精霊チクニ。今ここに新たな契約者との新たな契約を結ぶ』
草木が揺れる。チクニの力がソフィアを包み込んでいくのがわかった。
『契約者よ。名前を』
「ソフィア・・・ソフィア=グリースト」
一瞬エリッドの姓を使いそうになったが、すぐにグリーストを名乗った。
『手を』
いつのまにかチクニが目の前にいて、手を伸ばしてきた。ソフィアよりも大きな手を両手でつかむと、ソフィアの中にある精霊力が急激に奪われていくのがわかった。
それと同時にチクニの力が混ざり合って戻ってくる。
体を駆け巡る力に抵抗することなく受け入れると、チクニが手を離した。
『契約ができました』
今の力の流れが契約になったようだった。
「レラや、ワッカの時とは違うのね」
精霊によって契約の仕方が違うことに気が付いた。
6大精霊であるレラとワッカは、もっと簡素なものだった。
もしかしたら限定的な精霊だからこその契約方法だったのかもしれない。
『仕返しはすぐにできるのですか?』
体に異常がないことを確認していると、チクニは尋ねてくる。
すぐにでも森を焼いた敵に反撃したいのだろう。
「そうね。夜明けまでに仕掛けたほうがいいでしょう」
ソフィアが考えている仕返しは暗いうちに行うほうがいいと思えた。明るくなって朝を迎えた時、敵側が愕然とするような状況を作りたかったのだ。
チクニもやる気を見せているので、ソフィアはすぐに行動を開始することにした。
レラとワッカが暴れたことで疲れは感じているが、精霊力はまだ十分にある。このまま続けても問題ないと判断した。
「私の考える仕返しを教えるわ」
ソフィアが考えているのは誰かを攻撃したり傷つけるものではなかった。それをチクニが納得してくれるかわからなかったが、とにかく説明していく。
最後まで聞こえたチクニはしばらく考えるそぶりを見せたが、最終的には納得したのか大きく頷いた。
『わかりました』
返事をもらったことで、ソフィアはチクニと一緒にバークウッド伯爵への仕返しを開始することになった。




