予想外の奇襲
「報告します。森を燃やしていた火ですが、すべて焼失してしまった模様です」
「新しい火矢はどうなっている」
「次々と放ってみたのですが、なぜか森に到達する前に消えてしまいます」
おかしい。
それがバークウッド伯爵領を守っている騎士団長の最初の印象だった。
火矢を放ち森が燃え始めた時までは順調だった。
火が燃え広がり赤く染まっていく光景は、勝利を確信させる光景だった。
それなのに、突然火が弱くなったかと思えば、あっという間に消えてしまったのだ。
新しい火種として火矢を放っても、なぜか森までたどり着けない。
「森の精霊が何かをしているのか?」
しかし、森の精霊は森の中でしかその力を発揮できない。長年調べてきてそのことはわかっていた。だから森に近づくことなく攻撃する方法として火矢を選んだのだ。
森から火が消えたのは精霊の力なのかもしれないが、飛んでくる火矢をどうこうできる力はないはずだった。それとも、まだ調べつくせていなかった何かが森の精霊にはあったのかもしれない。
だからといって、ここで諦めて撤退するつもりは団長にはなかった。
この作戦は少しでも森にダメージを与えることが目的の攻撃であり、陽動でもあった。
辺境伯が森に意識を向けている間に、森を迂回した部隊が辺境伯領の街と森に囲まれた屋敷を攻めることになっている。
鎮火してしまったら、辺境伯に他の部隊の存在を気付かれてしまう可能性があった。
「場所を移動してでも、もう一度火をつけろ」
同じ場所を狙っているから燃えない可能性もある。急いで火をつける場所を変えてもう一度試すように指示を出した。
他の部隊は今頃森を迂回しながらグリースト領に入るところだろう。
火が上がったら決行の合図になっていたので、移動はすでに始まっているはずだ。できるだけ森に意識を向けておいて、領地に侵入していることに気づかれたくはなかった。
「ここまで準備してきたんだ。失敗するわけにはいかない」
バークウッド伯爵の命で数か月の時間をかけてグリーストに攻める準備をしてきた。
すべての準備が整いイグレイト王の許可を取り付けることができたため、今夜決行となったのだ。
伯爵家の騎士団だけではなく、王国の騎士団の部隊も借りている。
隣接する領地からの支援も受けているのだ。
失敗すれば、グリーストからの反撃と、国王からの信頼を失うことになるだろう。
ずっと攻め込むことができなかった邪魔な森。森の精霊さえいなければ簡単に攻め込めたと思っている。
だが、国境となっている森に棲む精霊はグリーストに味方をして、バークウッドの人間を寄せ付けなかった。
「新しい辺境伯になってから、森が静かになった。今しかチャンスはないだろう」
バークウッド伯爵の命でクリス=グリーストの暗殺には成功したようだった。
憶測なのは、クリス=グリーストが突然死んだという報告を受けたからだ。暗殺者を送り込んでいたのでそう思っていたのだが、その暗殺者は伯爵領に戻ってくることがなかった。
クリス=グリーストは病死ということになっている。
すべてが憶測だが、暗殺に成功したと騎士団長は考えていた。
そこからすぐにレイス=グリーストが辺境伯になったが、同時に森が静かになったような気がしていたのだ。いろいろと森の調査をしていく中で、森の精霊はバークウッドの人間を受け入れないが、決して攻撃してくることがなかった。それをグリースト辺境伯が把握している様子も見受けられないと、調査報告が上がっていた。
森の精霊がレイス=グリーストとうまく連携を取っていないことを知ったので、これがチャンスになると考えたのだ。
「今夜のうちに街を掌握してしまうぞ」
辺境伯領の主要の街は森の近くにあるレグストだ。その街を攻め落として、その先に森の中にある辺境伯家に攻め込むつもりでいた。
レイス=グリーストがグリーストの直系最後の人間だ。レイスさえいなくなれば、邪魔に感じていた森も、その中にいる精霊もイグレイト王国側の味方ではなくなるだろう。
グリースト家の血筋も森の精霊との契約には重要であることは調べがついていた。
「気合を入れなおすか」
火矢を放っている騎士たちの士気を挙げるため、騎士団長自ら声掛けをしようとテントから出ようとしたところで、テントが大きくはためいた。
強風が布を大きく揺らしたのだとすぐにわかったが、それと同時にバチバチと何かが強く当たる音も響いた。
驚いてテントから出ると、騎士団長の顔面に叩きつけるような風と雨粒が当たってきた。
「なんだ?」
今まで晴れていたはずだ。
あたりを見渡して、騎士団長は愕然とした。
他にも数個のテントがあったはずなのに、いつの間にかテントがつぶれて骨組みと布があるだけの存在になっている。そして、雨がどんどん強くなってきているのか、視界がかすんで見えてきていた。
風も急に強さを増し、後ろにあったはずのテントが一瞬にして崩れる。それは見事な破壊に、騎士団長も呆然とするしかなかった。
故意に殺意を持って攻撃されれば反射的に身構えることもできただろうが、自然の力で押しつぶされたことで、ただ目の前の光景を見つめることしかできなかったのだ。
「どうなっている?」
疑問だけが残って、その答えを知る者がいなかった。
「団長」
複数の声が耳に届くと、ハッとしたように振り返った。
数名の騎士がずぶ濡れになりながら駆け寄ってくるところだった。
「どうした」
「この雨のせいで視界が悪く、矢を放つことができません」
「風も強すぎます。火をつけても消えてしまいますし、下手をするとこちらに被害が出てしまいます」
「先ほどまでは普通の夜空だったのに、突然嵐になりました。このままでは我々も嵐に巻き込まれて負傷者が出ます」
報告を受けている間にも、雨も風も強さを増していた。
話している声も聞き取りづらくなっていき、騎士団長は舌打ちするしかなかった。
ここまで準備をして決行したというのに、自然の力で身動きが取れなくなるなど考えてもいなかった。
「我々は撤退だ。一時的とはいえ森に火を放った。辺境伯側も森に気を取られたことだろう。あとは攻め込んでいる部隊の後に続いて辺境伯側に攻め込むぞ」
時間差で騎士団長たちも攻めるつもりでいたのだ。部隊は援護という形になるが、騎士団長だけは戦闘部隊に合流して攻め込む指揮を執るつもりでいた。今は副団長が務めてくれている。
部隊をまとめて移動するように指示を出したとき、叩きつけるような風と雨が急激に強さを増した。
そして、上や横から叩きつけるような風雨を受けていたはずなのに、一瞬下から足をすくいあげられるような感覚に陥った。
「え?」
それは誰もが同時に零した言葉だった。
本当に足元をすくわれた騎士たちはそのまま体が浮かんだかと認識する前に地面に叩きつけられることになる。
地面に大の字で寝転ぶことになった騎士たちは、その後もさらに激しくなった風と雨に翻弄させられて、夜明けにはぼろぼろの状態で発見されることになるのだった。




