後始末
焦げ臭いにおいが立ち込める中にソフィアは一人で立っていた。
「ひどいわね」
『結構燃えたわ』
『火は全部消したぞ』
ソフィアの頭の上で小さな姿のレラとワッカが言う。
夜空に雲一つない状態で、ワッカの力を借りて雨を降らせて消火した。広範囲に水をぶちまけるように力を使ったが、ソフィアは平然と立っていられた。ワッカの力とはいえ契約者であるソフィアにも負担はかかる。だが、これくらいの力ならソフィアにはほとんど影響がなかった。それほどまでに精霊力が強いという証拠でもあった。
「森を元に戻すには時間がかかるわね」
草木が燃えて残ったのは黒く焦げた立木や草だったと思われる灰。黒ずんでしまった森を緑豊かな状態に戻すには時間が必要だった。
『これからどうする?』
『向こうに敵がいるのは確かよ』
ワッカの質問に、レラがイグレイト王国側を指さした。
ソフィアの目にも松明を燃やしているのか明るい敵側がよく見えた。
火が消え暗くなった森にたたずむソフィアは、おそらくイグレイト側からは見えていないだろう。
勢いよく燃やしていた森が急に火の勢いが弱くなり消えてしまった。今頃敵側は何が起きたのか混乱しているはずだ。
消火をしている途中、何度か火矢が飛んできていたが、森に到達する前にワッカの水が消してしまった。
空が晴れているので、森にだけ集中的に雨が降ったことにすぐには気が付かなかっただろう。
「この場所の火が消えたから、別の場所を火元にする可能性があるわね」
火が失われた場所を諦めて次の場所に火矢を打ち込む可能性がある。
「あちら側を何とかしないと収まりが付かないでしょう」
夜の間に森を燃やしてしまおうとしているような気がした。夜明けまで飛んでくる火矢を消すという方法もあるが面倒でしかない。
「イグレイト王国はグリースト辺境伯領を攻撃した。これはプリディード王国への宣戦布告を意味するわ」
はっきりとした戦争が始まったと言っていい。
「国王陛下の指示はないけれど、攻撃を受けたのだから、反撃は当然の権利よね」
攻撃を受けた時点で、グリーストが反撃することは陛下の許可がなくても問題ない。
詳しい状況はわからないが、イグレイト王国の兵が森を迂回して辺境伯領に侵入しようとしている。それはチクニから聞いているので確定だ。
「旦那様も戦うことになるでしょうし、こちらも動いていいはずよ」
『思いっきりやる?』
『久しぶりに本気が出せるの?』
頭の上で精霊たちが嬉しそうな声を出していた。
「そうね。久しぶりに暴れましょうか」
視線を向けるとレラとワッカがくるくると回りながら踊っているように見えた。
戦うことに喜んでいるわけではなく、力を思い切り使えることが嬉しいようだった。
『水攻め?』
『吹き飛ばしちゃう?』
それぞれの力を主張してきたので、ソフィアは少し考えてから思いついた。
「どうせなら両方で行きましょう」
そう言って、松明で明るくなっている方向に視線を向けた。
「グリースト辺境伯を攻撃したこと、心の底から後悔させてあげましょう」
辺境伯家に嫁いできたソフィアにとって、ここは守るべき大切な場所だ。敵国に攻め込まれて支配されていい場所ではない。
「レラ、ワッカ。思い切りいきましょう」
高らかに宣言すると、精霊たちが嬉しそうに飛んで行った。
これから起こることは、バークウッド伯爵領で一生語り継がれる反省の物語になるのだが、そんな物語が紡がれることなど、今のソフィアには知る由もなかった。




