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兄の真相

「少し話ができるだろうか?」

ソフィアが姿を消してすぐ、レイスはチクニと2人だけになった。

ソフィアが消火できたらレイスの移動に協力してくれる約束になっている。それまで少し時間があるだろうと思い、話しかけてみることにしたのだ。

契約者でもないし、精霊使いでもないレイスに反応してくれない可能性もあったのだが、レイスの言葉にチクニが視線を向けてきた。

『グリーストの末裔』

レイスが現在の辺境伯であることは認めてくれているようだ。

精霊の契約と辺境伯を結び付けてはいけないとわかっているつもりだが、やはり目の前に森の精霊がいると契約できないだろうかという小さな期待が胸の奥に生まれてしまう。

深呼吸をしてそれはただの勘違いだと自分に言い聞かせることにする。

レイスには精霊と契約できる力がない。契約しようなんて考えは捨てなければいけない。

不思議とそこに悔しさがなかった。

はっきりと契約できないことを伝えられていたからかもしれない。それか、ソフィアが精霊と対峙していた時の堂々とした態度に比べ、レイスは驚きと精霊から感じる圧力のようなものを感じ取って、自分の力では契約などできないと本能的に察したのかもしれない。

「妻のソフィアから、契約が切れてしまったことは聞いている。だが、チクニと直接話をしてみたかった」

誰かを間に挟むのではなく、森の精霊チクニと向き合って納得させたいという気持ちがレイスの中には確かにあった。

それに、レイスには聞いてみたいと思っていたことがあったのだ。

「チクニは、兄の最期を知っているのか?」

クリス=グリーストは、チクニの最後の契約者となった。毒で弱った体に短剣を突き付けられ絶命したという話は聞いているが、より詳しいことは誰にもわからなかった。絶命した兄を発見したエクスの予想を交えた見解が真実として伝えられている。それに、森に消えたメイド2人はいまだに行方不明だし、騎士も森の中で何が起こったのかわからないまま息を引き取った。

森の精霊であるチクニが何かを知っているのなら、兄の最後やメイドたちについて聞いてみたかった。

『実際にこの目で見たわけではないわ。わたしはクリス=グリーストと契約している間は彼の気配を感じ取ることはできていた。それだけのことよ。わたしの領域にいない限り、クリスを守ることはできなかった』

森の精霊と契約したからと言って、いつでもどこでもチクニの力を契約者が使えるわけではなかった。

チクニは限定的な精霊の部類に入る。森の中でしか力を発揮できず、契約者が森の外にいる場合はその気配を察知することはできても力を貸すことができなかった。

ソフィアのように6大精霊と契約しているのなら、精霊が側にいなくても力を使うことは可能だっただろう。だが、チクニではそうはいかなかった。

辺境伯の屋敷はチクニが契約者となった辺境伯に与えた森の中にある人間の領域だった。それが逆にクリスが暗殺される要因になってしまった。

『わたしが助けられなかったことを責めたいの?』

「違います」

チクニが力を貸してくれれば兄は毒を盛られても助かった可能性がある。そんな恨みをぶつけられると思われたようだ。

レイスはグリースト家の人間だ。辺境伯と精霊の契約に条件があることは知らなかったが、森と人間の領域については知っていた。敵から辺境伯領を守ってくれていることもわかっている。

すべての脅威から辺境伯を守ってくれる存在だと思ってはいけない。

子供のころから教えられてきた。だからこそ、クリスが亡くなったと聞いた時も、チクニに恨みなど抱かなかった。おそらく隣国に暗殺されたと知っても、イグレイト王国を恨むことはあっても、チクニに向ける恨みはなかった。

『クリス=グリーストは辺境伯の中で、おそらく一番人を信じる人間だったのでしょう』

メイドが毒を盛るなど思いもしなかった。仕事の途中で出されたお茶を、何も警戒することなく口にしたのが証拠だ。

「それだけ隣国との間に何もなかったことを意味しているのでしょうね」

戦争が起こりそうな気配がなく、お互いに静かな時間が過ぎていた。そのせいでクリスは暗殺という考えをどこかに置いてきてしまったのかもしれない。

「兄の最期を知っている者がいません。チクニはどこまで察知できましたか?」

メイドに殺されたとして、そのメイドは森に姿を消した。発見したメイドも同じように姿を消してしまい、兄の本当の最期を知る者がいない。

『大きく気配が動いた時には、毒を盛られて苦しんでいた時でしょう』

チクニが目を閉じるとクリスの最期を思い出すように語りだした。

『その状況まではわたしにはわからないけれど、苦しかったことは確かよ。何かが起きたことはすぐに分かった。だから森に来るように伝えたわ』

契約者と離れていても屋敷の敷地内ならチクニは意思の疎通ができるようだった。

森に逃げ込めば毒をどうにかできなくても、チクニが保護することができる。だから森に逃げろと伝えていたのだ。

初めて知る事実にレイスは胸の奥が熱くなるのを感じた。

『クリス=グリーストも必死だったと思う。辺境伯であった以上、常に鍛えてはいた彼が動けなくなるのだから、強い毒だったのでしょう』

致死量に至らなくても、メイドの力で殺せるほどに弱っていたのは確かだ。

『気配がどんどん乱れていって、最後にぷつりと途切れたわ』

それが短剣を突き立てられた瞬間だった。

光景はわからなくても、チクニはそこで辺境伯との契約が切れたことを知った。

それがクリスの命が尽きた瞬間であることもわかっていた。

『わたしは何もできなかった』

目を開けたチクニの瞳の奥には悲しみが宿っているように見えた。

「ありがとう」

それがレイスの答えだった。わからなかったことが少しわかった。兄の苦しみを知れたことは苦しいことだが、それでも謎のままにしておくよりはよかったと思えた。

話してもらえたことに感謝すると、チクニは小さく微笑んだ。ずっとしまい込んでいた事実を話せたことに安心感が芽生えたのかもしれない。

静かな時間が一瞬流れた。

チクニが急に空を見上げると遠くを見つめる。

『終わったようね』

それが森を燃やしていた火が消えたことだとわかった。

ソフィアが消火に成功したのだ。

『約束通り協力しましょう』

それだけ言うと、急に視界がぼやけたような感覚があって、レイスはそのまま辺境伯の屋敷に飛ばされることになった。


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