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精霊との再会

それは突然のことだった。

レイスの手を握って歩き出したソフィアだったが、一歩前に踏み出した瞬間違和感を覚えるのと同時に、目の前に探していた森の精霊チクニが現れた。

正確にはチクニが現れたのではなく、ソフィアたちがチクニのいる場所に移動させられたのだ。

『怒りで我を忘れているみたい』

『ソフィアのことがわかってないようだな』

瞬時の移動であったが、何かを察知したのかレラとワッカはソフィアにしがみついていた。そのおかげで一緒に移動することになったようだ。離れていたらソフィアを探す羽目になったことだろう。

目の前にいるチクニは明らかに目が怒りを含んでいた。

「ちょっと、やばいかも」

そんな言葉が出てしまうくらいにはチクニがソフィアのことを認識できずにいることがわかった。

森に入った人間すべてを敵とみなしてしまったのだろう。目の前に呼び寄せたのは、敵の姿を確認するというより確実に仕留めるつもりだったのかもしれない。

当然だが殺されるつもりはない。そして、ここで争うつもりもソフィアにはなかった。

「これが、森の精霊チクニ」

隣に立っていたレイスがまっすぐにチクニを見つめて呟いた。初めて会えたことに感動しているのかと思ったが、レイスを見ると彼は真剣な表情でチクニの様子を伺っているようだった。

精霊の殺気を彼も感じ取っている。どう動くべきなのか必死に考えているようだった。

そっとソフィアから手を離すと、ゆっくりとした動きで腰に手が伸びる。

イグレイト王国の侵略で剣は身に着けていた。

チクニが攻撃を仕掛けてくるのなら剣を抜かなければいけないと思っているのだろう。

だが、元王太子の護衛騎士であったレイスでも、チクニには勝てないだろうとソフィアは思った。

ここはチクニの領域だ。剣を抜いても攻撃すらさせてもらえるかわからない。

余計な戦闘は避けなければいけない。そう思ったソフィアは、一歩前に出てレイスの前に片手を出した。

「いけません旦那様」

落ち着いた声で言うと、レイスは何かを察したのか柄に触れていた手を離した。

「このままだと危険だぞ」

それでも警戒は解いていない。何も知らない小娘として扱われるかもしれないと思ったのだが、レイスはソフィアの言葉にちゃんと耳を貸していた。

そんなところに好感が持てるなと内心思いながら、ソフィアは静かに片手を空高く掲げた。

その手をまっすぐに振り下ろしてチクニに指先を向けた瞬間。

ザバァとバケツをひっくり返したような大量の水がチクニの頭に一気に降り注いだ。

その光景をレイスは呆然と見つめ、水をかぶってずぶ濡れになったチクニは何が起きたのかわからず呆気にとられたようにソフィアを見つめていた。その目にはすでに怒りの感情が消え、それを確認したソフィアは静かに口元に笑みを浮かべた。

「また会えたわね」

『あ・・・・・』

呆然としていたチクニはソフィアをやっと認識できたようだった。攻撃しようとしていた相手がソフィアだと気がついてどう対応したらいいのか困っているようにも見えた。

「のんびり話をしている暇はないでしょう。チクニ、今の森の状況を教えて」

『・・・私の森が燃えている』

再開を喜んでいる暇はない。レイスが一緒にいるが、彼に説明している暇もないので、すべてをすっ飛ばして状況確認をすることにした。

すると、チクニも少しだけ間をおいて森に起こっていることを話し始めた。

『相手は森に入っていない。外から火矢を放っているようで、わたしは森の外への影響力を持っていない。そこを突かれた攻撃をされています』

今も火のついた矢が森の中に放たれているようで、森のあちこちで小さな火が木や草に燃え移り拡大していた。

「消火は自分でできるかしら?」

燃えやすい物しかない森にチクニの力が通用するのか確認する必要があった。

『小さな火なら消すことが可能でも、小さな火が無数に放たれてそれが同時に大きくなっているのはさすがに』

今までこんな攻撃を受けたことがなかったのだろう。もしも攻撃をされても辺境伯がすぐに動いて対処してくれていた可能性もある。だが、今は契約者がいない。助けを求める相手がいないため大きくなった火を消す方法がなかった。

森の精霊の弱点を狙った攻撃だ。

「だったら、森の火はこちらで消すしかないわね」

『敵は火を放った近くにいます。火を消しに行けば攻撃を受けることになるわ』

心配してくれたのだろう。森から出られなくても、その周辺の状況はチクニにはわかるようだった。

「そんなに近くに行かないわ」

火に巻き込まれでもしたら大変なことになる。それよりももっと効率よく火を消せる方法がソフィアにはあった。

『それから別の方向で、森を迂回して敵が領地に入ろうとしているわ』

チクニの森は全体が国境となっている。だが、国境は森だけではない。森が途切れ小さな川など目印になるものを国境にしている場所もあった。

イグレイト王国の敵兵は森以外の場所から辺境伯領へ侵入しようとしているようだった。それもチクニは察知しているが森の外では結局何もできない。

「そちらは旦那様に対応してもらいましょう」

振り返ると、今まで呆然としていたレイスがハッとしたようにソフィアを見た。

「君はいったい・・・」

その問いに答えることなくソフィアは二コリを笑うだけにした。今は状況を把握して対応するほうが先だ。

説明なら後でゆっくりいくらでもすればいい。

ただ、とりあえず理解しておいたほうがいいことだけは伝えなければいけない。

そっと左側に手を向けると、それを合図にしたように一人の男性が姿を見せた。

水色の髪と瞳。白い肌に端正な顔立ちのすらりとした長身の男だった。レイスと比べても見上げなければいけないため、かなりの長身だ。

冷たい雰囲気をまとった切れ長の目が、レイスをじっと見つめ。それに圧倒されたのか、それとも突然姿を見せたことに驚いたのか、レイスが息を呑んで固まった。

それは数秒のことだった。

何かに気が付いたようにレイスがソフィアに視線を向けた。

「・・・精霊」

ずっと隠してきたことを伝えるときだと考えたソフィアは、先ほどチクニの頭に水をかぶせてくれたワッカを見せることにした。しかも、ワッカは普段の小さい姿ではなく、正式な姿でレイスの前に現れた。小さいとかわいらしさが目立ってしまうが、本来の姿に戻ると威厳と威圧感があって、精霊として敬われる対処に見えるだろう。

これでソフィアが精霊の契約であることを知らせることになる。レイスのことだから、すべてを察したことだろう。

ソフィアがなぜ辺境伯家に嫁いできたのか。なぜ森の精霊がソフィアと接触するようなことをしたのか。なぜこんなにも冷静に物事を判断しているのか。

「殿下と同じだったのか」

エリック王太子も光の精霊と契約している。

ソフィアが同じ精霊使いだと理解すると、彼はなぜか大きく息をついてその場にしゃがみ込んだ。

「旦那様?」

ワッカに驚いていたはずなのに、急に力が抜けたようにしゃがんで俯いてしまった。

何も言わずにいたことに怒っている雰囲気でもない。

「殿下も人が悪い。そうならそうと最初から言ってくれればよかったんだ」

ソフィアが精霊と契約していることを知っていれば、チクニと契約できない理由や新しい契約者で悩む必要がなかったと言いたいようだった。

ただ、ソフィアはエリックから自分の目でレイス=グリーストという人物を見極めて、秘密を明かすかどうかを判断するようにと言われていた。

ソフィアもしゃがんでレイスと視線を合わせた。その気配に気が付いたのかレイスが顔を上げた。視線がしっかりと合う。

「旦那様はすぐにでも私の正体を知っていればと思っているのでしょうが、精霊と契約している者が周囲に簡単に正体を打ち明けてしまうと、悪知恵の働く者たちに簡単に利用されてしまう可能性があります。王太子殿下なら立場上利用されることもないでしょうが、たとえ貴族である私でも相手を見極めて慎重に打ち明けなければいけないのですよ」

「・・・自分の発言は失言だったようで、申し訳ありません」

簡単に打ち明けていいことではないのだと説明すると、レイスもわかったようで謝罪をしてきた。

「わかればよろしいのです。それと、状況も状況ですし、話してもよいと判断したので打ち明けることにしました」

緊急事態であることも確かだ。ここで何もできない辺境伯夫人でいては、敵国に攻め込まれてグリースト領は大きな損害を被ることになるだろう。それを避けるためにもソフィアの力を知らせることにしたのだ。

「では本題に戻りましょう」

立ち上がってチクニに向きを変えると、いつの間にはワッカがチクニの目の前に立っていた。

『ぼくの契約者に敵意を向けたことちゃんと反省しておけよ。ソフィアはこれで許してしまうが、ぼくはそう簡単に許すつもりはない』

『承知しました』

ソフィアよりも大きい姿になったワッカは、これが本来の姿だ。普段は力を抑えることと、大きすぎて邪魔になるので手のひらサイズになっているのだが、本来の姿になってすごんでいるとさすがに怖いと思えた。

チクニも大きいとはいえ、やはり6大精霊の威圧には負けるのだろう。

「ワッカ。もういいわ」

ここで止めないと説教が続きそうな気がして、ソフィアは片手をあげてワッカを制した。すると、ワッカが小さい姿になった。そのままソフィアの肩まで飛んできて座り込むと腕を組んでチクニを睨んでいる。

ずっと見張っているつもりのようだった。隣のレイスが視線を彷徨わせているのを見ると、彼には姿が見えないようにしてしまったようだ。ワッカが突然消えたように感じているだろう。

「私は森の火を消すわ。もちろん精霊の力を借りて」

水の精霊であるワッカがいれば火事を鎮めることはできる。

「森を迂回して領地に侵入しようとしている敵は旦那様のほうで対応してもらいましょう」

「人間相手なら任せろ。森は辺境伯領だ。燃やした時点で宣戦布告とみなされる。領地に侵入してきた敵兵はすべて一掃する」

レイスが頷いてくれた。いろいろ聞きたいことはあるだろうが、今は攻めてきた敵への対応が先だと判断してくれたようだ。

「チクニは旦那様たちを敵の近くまで案内してほしいわ」

契約はしていないが、森を燃やした敵をレイスが一掃してくれるのなら協力してくれるだろう。そう思って提案すると、チクニは少しだけ考えてから頷いた。

『森を守ってくれるのなら、協力しましょう』

「それじゃ、まずは旦那様を屋敷まで戻してくれるかしら」

状況を騎士団長にも話す必要がある。

「君は戻らないのか?」

レイスだけを戻そうとしたことに疑問を持ったようだった。

「私はこのまま火事の場所まで行きます。火を消さないとチクニも協力してくれませんし、先に片付けておかないと」

もう、ソフィアが精霊の力で解決できることを知ったレイスは止めるようなことはしなかった。

「わかった。気を付けて」

それだけ言ってくれれば十分だった。

『火の近くまで移動させます』

「お願い」

その一言だけで、景色が変わった。

周囲が急に明るくなり、焦げ臭いにおいが充満する。

『少し離れた場所に移動してくれたみたいだけど、匂いは風に乗ってここまで来ているようね』

頭の上でレラの声が聞こえると、小さな体が急に大きくなって緑色の長い髪に同じ色の瞳を持ったきれいな女性の姿になった。

レラもソフィアよりも頭一つ以上大きい。精霊はみな人間よりも大きい姿をしている。

『風向きを変えれば匂いや熱は防げるわ』

火か近いことで明るいこともそうだが、熱も少し感じていた。

それはレラが防いでくれることになって、ソフィアは空を見上げた。

「ワッカ。お願いね」

いつの間にかワッカが本来の姿に戻って森の上に浮かんでいた。

『これくらい簡単だ。任せろ』

その声が届くのと同時に空を見上げていたソフィアの頬に水滴が落ちてきた。

雨を降らせるつもりのようだった。

ソフィアはその光景を黙って見ているだけ。

ワッカの水が火を消すのにそう時間がかかることはなかった。


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