破壊と救い
森が燃えている。
それは突然のことだった。静かな空間に夜の星空を眺めながら、チクニは森の中で過ごしていた。
この森がチクニの領域で森の外には出られない。領域の外に出てしまえば、途端に力を失い何もできない落ちおぼれ精霊になるだろう。6大精霊のように自由に動き回ることはできないが、森がチクニのあるべき場所で、外に出ようと思ったことはなかった。
ただ、グリースト辺境伯と契約してから、森の外の世界を少しずつ知る機会は増えた。代々の契約者がいろいろなことを教えてくれた。それでも外に関心が持てるわけではなかった。
森があってチクニが存在する。森を失えばチクニも消えてしまう。これが大前提になっていて、森さえあればそれでよかった。
そんなチクニの森を荒らす人間がいた。森は国の国境となっていて、隣国の人間が攻めてくるたびに森を傷つけてきた。それを辺境伯と一緒に対処して、チクニの森は長く存在することができた。
辺境伯との契約が切れても、チクニは変わることなく森の中で静かに過ごしていた。
それなのに、それは突然だった。
侵入し荒らされる経験はあったが、燃やされた経験は今までなかった。
だからこそ、その異変に気が付いたとき驚きと衝撃に混乱することになった。
森が突然燃えたのだ。誰かが侵入した形跡はなく、何もないところに火が付いた感覚だった。
『どうして』
それしか言葉が出なかった。だが、よく調べてみると、火種が隣国から飛んできていることがわかった。
森に入らずに隣国の敵兵が火のついた矢を放っていたのだ。
数日雨が降っていなかったため、森はあっという間に火が付いてしまった。
『よくもわたしの森を傷つけるようなことを』
反撃したい気持ちは十分すぎるほどあるのだが、チクニは森の精霊で森の中でしか力を発揮できない。
森の外から攻撃してきている敵に反撃することができないのだ。
そのため、今までは契約者である辺境伯が森の外での戦いを引き受けてくれていた。
だが、今は契約者がいない。代わりに戦ってくれる人間がいないため、何もできない現実を突きつけられていた。
火が燃え広がっていくのが感じられる。チクニの体の一部も熱を感じるような気がした。
『悔しい』
率直に気持ちが言葉になって出る。
どうすることもできない悔しさに唇を噛みしめていると、不意に暖かい風が耳元を掠めていった。
その風は普通の風ではないことにチクニはすぐに気が付いた。
『これは・・・』
そこでやっとチクニは森の中に侵入者がいることを察知した。敵国側からではない辺境伯の屋敷だった。
だが、怒りに燃えているチクニはその時冷静な判断ができていなかった。
冷静だったなら、辺境伯側からの侵入者ならソフィアが入ってきたと考えられただろう。
今のチクニは侵入者という感覚だけで動いていた。
『わたしの森に入るなんて、許さない』
それがチクニの出した答えだった。
両手を広げるとソフィアたちが侵入した場所に意識を集中させる。広げた手を胸の前に持っていくと両手をぎゅっと握った。
すると、今まで何もなかった目の前に突然ソフィアとレイスが姿を現した。
チクニはその時、侵入者を捕まえるという考えしかなかった。その相手がソフィアであり、ずっとチクニに会いたがっていたレイスだとは確認していなかった。
それほどまでに頭に血が上っていたのだ。森を焼かれるということがそれだけの苦痛を伴っていたのだ。
「あっさり会えたわね」
のんびりとした声が聞こえたはずなのに、チクニはそれを無視してしまった。
『私の森を傷つけたこと、後悔させてあげる』
両手を空に突き上げたチクニはソフィアたちを攻撃するつもりでいた。
だが次の瞬間、彼女はその行動が愚かであったことを実感することになる。




