精霊との面会
特に大きな収穫もなく、レイスは森から屋敷へと帰ってきた。
精霊との契約ができないという現実にいまだに心が付いていけない部分はあったが、それでも前に進まなければいけない。隣国の怪しい動きを警戒するため、森の中の調査は続けなければいけなかった。
だが、森の中でイグレイト王国に繋がる何かを発見することは今のところなかった。
「お帰りさない」
出迎えてくれたソフィアは、今日はずっと図書室で調べ物をしていた。森の精霊と歴代の辺境伯の繋がりを日記で調べ、その中に精霊との契約が切れた時にどう対応するべきなのか、何かヒントがないか探してくれていた。
新しくレイスがチクニと契約できれば問題なかったのだが、そのための力をレイスは持っていなかった。
契約できる人間を連れてきてグリースト家で囲わなければいけないかもしれない。だが、その契約ができる人間を探すのは大変なことだった。
力を持っている人間を見極める方法をレイスは知らない。チクニに直接合わせていくわけにもいかないため、他に確実な方法を探したいと思っていた。
「兄さんは何も心配することなくチクニと契約して辺境伯として生きていくつもりでいたんだろうな」
精霊との契約についてレイスは何も知らなかった。兄であるクリスは辺境伯となったことで契約の条件を知ったはずだ。それを血のつながった弟にも話せなかった。
結婚してその子供が爵位と精霊との契約を引き継がなければいけないと知り、何か覚悟のようなものを秘めていたかもしれない。
どんな思いを抱えて辺境伯を担っていたのか、それを問いかけることはできなかった。
「殺されるつもりなんてなかったよな」
レイスは王都でクリスの死を知らされた。どんな状況であったのか話を聞くだけで実際に起こったことを見たわけではない。
普段通りの仕事をしていたクリスは、何の疑いもなくメイドが用意したお茶を飲んだという。
そこに毒が混ざっていたなんて考えもせずに口にしたのだろう。
毒に気付いた時には思うように体を動かすことができず床に倒れこんでしまったようだった。
そこに毒を仕込んだメイドが隠し持っていた短剣を突き立てた。
クリスはほとんど抵抗できなかったそうだ。現状を見た騎士たちがそう判断している。
クリスが殺されたのは執務室だった。今はレイスが使用している。
血で濡れたカーペットは処分され、ソファやテーブルも入れ替えられた。残ったのは壁際に置かれている本棚と執務机だけ。
毒を盛ったメイドはすぐに森に逃げてしまい、今も行方不明だ。クリスが殺されているのを発見したメイドが森に逃げていく同僚を見て追いかけたらしいが、そのメイドも戻ってきていない。そして、メイドたちをさらに追いかけた騎士が一人いたが、その騎士は数時間後に森から抜け出して屋敷まで戻ってきたが、全身傷だらけの虫の息だったと聞いていた。
森で何があったのか他の騎士たちが聞こうとしたが、何も聞き出せないまま息を引き取ったという。
いろいろとわからないことだらけの事件だった。
だが、事件として公にしてしまうとクリスが死んだことをイグレイト王国にすぐに知られてしまうことになる。それを避けるため病死を装った。
おかげで戦争を回避できたと思っている。
あの時の判断はすべて母と騎士団長が行ったものだと聞いている。
イリアナは街の別邸に滞在していたが、エクスがすぐに知らせ駆け付けたたらしい。
目の前に息をしていない息子が横たわっている光景を見た瞬間の母親の気持ちはレイスには図れない。どれほどの絶望を胸にしまい込んですべての判断を下していたのか、その時のことを聞いたことがなかった。
聞いてはいけないような気がして、レイスも急に爵位が舞い込んできてグリースト領へ戻ることになり混乱と慌ただしさの中にいた。精霊との契約ができず必死にもなっていた。イリアナを気遣える余裕がレイスにはなかったのだ。
「いつかちゃんと話をしたほうがいいかもしれないな」
気が付けば思考は別の方向に向かっていた。
夕食の前に着替えを済ませ執務室で書類の整理をしておこうと思うってやって気のだが、いつの間にか考え事をしていて手が止まってしまった。
ソフィアはすでに食堂に向かっていることだろう。
「いろいろ考えさせられるな」
精霊との契約が切れてしまった事実からレイスはいろいろ考えるようになったと思っていた。
それに、ソフィアが秘密を知って協力してくれることも考え事をする余裕を生んだのかもしれない。
彼女は森の精霊と辺境伯の秘密を知っても動じるそぶりを見せなかった。落ち着いて先のことを考えようとしてくれている。
「殿下に感謝しないといけないな」
王命ではあったがエリックが動いてレイスの花嫁はソフィアになった。突然の政略結婚に戸惑ったが、今ではソフィアが嫁いできてくれてよかったと思える。
「急がないとリノアが呼びだしに来るかもしれない」
再び考え事をしてしまったレイスは書類整理を諦めて食堂へと向かうことにした。
廊下を歩いている窓の外に森が見える。
あの森のどこかにチクニがいるはずなのだが、レイスはまだ一度も会ったことがない。会えるものだと簡単に考えていたのだが、契約が切れたことで会えないということになった。
「違うな。俺は兄さんが爵位を継いだ時点で資格を持っていなかった」
チクニと会うための条件を最初から持っていなかった。
「いつか会えるだろうか」
資格がないとはいえ、新しい契約者がチクニと契約して辺境伯の力になってくれたら、いつかチクニと会うことが可能かもしれない。そんなことを考えながら、レイスは苦笑いを浮かべて食堂に向かうことになった。




