辺境伯と精霊
「なかなか参考になりそうなものがないわね」
机に広げられた本を眺めてソフィアはため息をついていた。
レイスは今日も森へと向かった。森の精霊との契約ができないことは承知しているが、イグレイト王国の動きも気にしなければいけない状況になっている。精霊から情報を得られない以上自分で確認する必要もあるため森に入っていた。それに、レイスがチクニと契約していると思い込んでいる者がほとんどだ。契約できていないことを公にするわけにもいかない。契約が成立していて、隣国の様子を探るため森の確認も兼ねて毎日森に入っていると思わせておくしかなかった。
契約できていないことを知っている者はごくわずかだが、レイスが彼らに契約ができないことを伝えたかソフィアは確認していなかった。
彼の口から協力者たちに伝えるべきだろうし、今後のことについて、まだ可能性を探っている最中だ。ソフィアが余計な口出しをする必要はないと考えていた。
今のソフィアがするべきことは精霊との契約について、過去の辺境伯たちの日記を読み漁ることだ。
そこに何かヒントがあればいいと考えて朝から図書室にこもっているのだが、今のところ収穫なしだった。
「みんな無条件でチクニと契約しているから、契約が切れることなんて考えてもいなかったでしょうね」
条件を満たしている辺境伯たちは精霊が契約するために必要な条件を知らされていた。彼らは自分たちの子供を確実に残し、その中から辺境伯を選んで精霊と契約するという大事な仕事をしてきた。
まさかクリス=グリーストの代で終わりを迎えるなんて思いもしなかったことだろう。
「新しい契約者を探したほうが早いのかもしれないわね」
精霊と契約できる力を持った人間を探すこと。それも考えなければいけないと思っていた。
契約者が辺境伯である必要はない。代々引き継いできたからそう思われているが、グリースト領を守れる人間に契約者になってもらうことも可能なのだ。
「でも、その力を持っていて、チクニと契約可能な存在を探すのも苦労しそうね」
誰もが持っている力ではない。ソフィアなら力の有無は確認できるだろうが、契約するのはチクニだ。森の精霊が拒否すれば意味がない。
『ソフィアが契約するのは?』
『ソフィアにはぼくたちいるだろう』
天井を仲良く飛んでいたレラとワッカがソフィアの独り言に反応して降りてきた。机の上に降り立ったレラが、ソフィアがチクニと契約すればいいのではと提案してきたが、ワッカは不満そうな顔をしていた。
本来契約できる精霊は一人に対して一つの精霊が基本だ。その常識をソフィアは破っているが、レラとワッカの6大精霊と契約できるほどの力があるという証拠でもあった。
王太子であるエリックも光の精霊と契約しているが、他の精霊と契約することはおそらくできないだろう。
「私にはレラとワッカがいるから、これ以上はさすがに無理でしょう」
さすがに精霊を増やせるだけの力はないように思えた。
力を感じ取ったりすることができるが、自分にどれほどの力があるのかまでは自分のこととはいえわからなかった。
『ソフィアならいけると思うけど』
『ソフィアの負担が大きくなるだろう。ぼくたちだけでいいと思う』
レラは前向きに検討してくれているようだが、ワッカは気乗りしないのか不満げにしている。それでも、ソフィアが森の精霊を受け入れるだけの力があるのか、否定するようなことは言わなかった。
「その方法があるなら、一応考えておくわ」
とりあえずソフィアが契約するという考えも頭の隅に置いておくことにした。ほかに方法がなければもう一度チクニに会って契約を持ち掛けなければいけないだろう。
ソフィアがどれだけ契約したいと申し出てもチクニが拒絶すれば意味がない。
「ほかにも方法がないか検討する必要もあるわね」
あとどれくらい時間があるのかわからない。イグレイト王国の動きも気になるので、あまり時間をかけるわけにもいかないだろう。
「少し休憩しましょうか。外の空気も吸いたいし」
本ばかり見ていたので目も疲れていた。気分転換に外に出てみようと思い図書室を出ることにしたのだ。
精霊たちも当然ついてくる。
「奥様どちらに?」
廊下に出るとすぐ横に直立不動のニックがいた。視線をソフィアに向けてくるが体は一切動かさない。
「外の空気を吸いに行こうと思って」
「お供します」
彼はソフィアが森の中から戻ってきたとき、土下座をしそうな勢いで謝罪してきた。護衛騎士としての役目を果たせなかったことが悔しかったのか、リノアにも説教をされたらしく、ソフィアが謝罪を受け入れると心を入れ替えたように、常にソフィアの近辺に気を配っているのがわかった。
最初の時はソフィアと距離を取るような、どうして護衛をしなければいけないのかという雰囲気を感じ取れたのだが、今は真剣に護衛をしていた。
森の精霊の呼び出しだったため、ニックに非はない。ソフィアは彼を責めるようなことはしなかった。チクニと会えたことでいろいろと進展があったのだから気にすることもないと思っている。
玄関から外に出たソフィアはそのまま庭のほうに進もうとして足を止めた。
森の囲まれた屋敷はどこを見ても木々が見える。
その木々がなんとなくいつもと違うような気がしたのだ。見た目には変わりないのだが、ソフィアの中に違和感があった。
空を見上げると、レラとワッカがじっと森のほうに視線を向けている。ソフィアはなんとなく感じ取れた違和感を精霊たちはしっかりと感じ取ったのかもしれない。
すぐ後ろにニックがいるため声をかけることはできなかったが、精霊たちはすぐに降りてくるとソフィアの肩につかまった。
『森の精霊がソフィアを呼んでいるよ』
『どうする?』
レラの言葉にワッカが首を傾げてソフィアに問いかけてきた。
契約の話は聞いたし、他に伝えることはもうないと思っていたのだが、まだ何かチクニはソフィアに伝えたいことがあったようだ。
とはいえ、今すぐ森の中に入るわけにはいかない。後ろにはニックがいるし、森に入りたいと言って承諾してくれるはずもない。一緒に行くわけにもいかないため、今は森に入ることはできなかった。
その場で大きく伸びをしたソフィアはすぐに屋敷に引き返すことにした。
「もう戻るのですか?」
急に引き返したことにニックが不思議そうに首を傾げた。庭を散歩してから戻ると思っていたようだ。
ソフィアもそうしたかったが、庭に行くとまたチクニに強制的に森に引き込まれてしまいそうな気がした。
今森に姿を消せば、また屋敷内が大騒ぎになるだろうし、二度目の失踪にニックは護衛騎士失格だと自らを責めてしまいそうな気もした。
「少し外の空気を吸いたかっただけ。まだ調べることもあるから戻るわ」
調べ物の続きをしたいのは本当だった。森の精霊の呼び出しも気になるが、勝手な行動はできない。
「旦那様にも伝えたほうがいいかしら」
独り言はニックに聞こえないように零した。
レイスに伝えてしまうと、どうしてチクニが呼んでいることがわかるのかと質問されそうだ。まだレラとワッカのことを話していないため、あまり深く質問されるのは困る。
精霊と契約していることが知られたら、ここへ嫁いできた本当の理由まで話す必要があるかもしれない。そうなるとエリックの思惑も知られることになる。
どこまでレイスに伝えるべきなのか、彼がどこまで推察するのかわからなかった。
「どうしようかしら」
ソフィアは一人悩みながら、図書室に戻るしかなかった。
その後も夕方になるまで図書室で調べ物をすることになり、チクニの呼び出しを気にしながらも、森の精霊と契約する方法を探し続けることになった。




