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夜明けと覚悟

目が覚めて最初に気になったのは、ソフィアの横がベッドを使った形跡がなかったことだった。

「戻ってこなかったようね」

ソフィア一人で使ってしまったベッド。レイスがこの一晩をどこで過ごしたのかわからないが、一人思い悩んでいたことは想像できた。

顔色の悪いまま部屋を出て行ったことを思い出す。ソフィアは何も言えず彼の背中を見送ったのだ。

「探しに行ったほうがいいかしら?」

念のためレイスの所在を確認するべきかもしれない。

森の精霊のことを話したのはソフィアだ。チクニの意思を伝えただけと考えれば放っておくこともできるのかもしれない。だが、チクニがソフィアを選んだのは精霊に理解があるからだと思う。それ以外にも辺境伯の妻だからだったのかもしれない。

レイスを支えられるとチクニが考えていたのなら、このまま放っておくわけにはいかない気がした。

そんなことを考えていると扉をノックする音が聞こえ、リノアが入ってきた。起こしに来たのと、着替えを手伝うためにやってきたのだ。

すぐに隣の部屋に移動する。

「旦那様が今どこにいるか知っているかしら?」

寝室に入ってきたときレイスがいないことに気が付いていたはずだが、リノアはベッドを一瞥しただけで何も言わなかった。ベッドの片方が綺麗なままだということからレイスが昨夜ベッドを使っていないことも察しているはずだ。

何があったかわからなくてもリノアはすぐにそれを追求するようなことをしなかった。

気になるはずなのに、いつも通り仕事をしてくれている。ソフィアもレイスを探すつもりでいたので、気になるなら尋ねてくれてもよかったのにと思いつつ、ソフィアからレイスの行方を聞くことにした。

「今日はまだ見ておりません」

短い返事に本当に何も知らないようだった。

「そう。昨夜話をした後に部屋を出て行ったのだけど、戻ってきていないのよ。執務室にでもいるのかしら」

眠れなくて執務室でずっと仕事をしている可能性を思いついた。

「それでしたら、執事長が何か知っているかもしれません」

「確認しておいて。徹夜で仕事をしていたら体に悪いわ。少しでも休むように伝えて」

精霊と契約できないことを知っても、急に森に行くことを取りやめると周囲から不審に思われる。できるだけいつも通り森へ行くようにレイスはするだろう。そうなると徹夜で体の負担が大きくなっている可能性もある。その前にレイスが休めるようにしようと思った。

「確認しておきます。奥様は今日は屋敷内でお過ごしになりますか?」

昨日突然姿を消したことで、明らかに心配されていることがわかった。

ソフィア自身は特に大きな怪我もなくチクニと会って話をした程度の感覚なのだが、周囲は森の精霊に攫われて危険な目にあったか弱い奥様という風に見えているのかもしれない。

ここでまた今日も庭に出たいと言ったら全力で止められてそうな気がした。

「今日は図書室で調べ物をしようと思っているわ」

心配をかけないためもあったが、ソフィアは昨日チクニと話をしたことでいろいろと辺境伯家のことを調べようと思っていた。あそこには今までの辺境伯たちの歴史が詰まっている。

チクニは契約が切れてしまったと言っていた。もう一度契約を結ぶためには精霊と契約できる力がレイスになければいけない。だが、レイスはその力を持っていなかった。

このままでは辺境伯家と森の精霊の契約は永遠に結ばれることはない。

何かいい方法がないか探してみようと思ったのだ。

「とりあえず食堂に行くわ」

この後朝食の時間となる。執務室の確認をしてもらうが、食堂でレイスと会える可能性があった。

食堂ではほかの使用人もいるため精霊の話はできない。それでも姿を見ればレイスの状態が少しはわかるだろう。

そう思いながら部屋を出ようとしたときノックの音が聞こえた。

返事をすると、少し遅れて扉が開いた。

なんとなく遠慮しているような感じがした。

その感覚が当たっているかのように、レイスがゆっくりと姿を見せたのだ。

「旦那様」

「・・・おはよう」

気まずそうな雰囲気があった。昨夜部屋を出て行ったきり戻ってこなかったことを気にしているのかもしれない。ソフィアが怒っているとでも思って様子を伺っているようにも思えた。だが、ソフィアは心配はしていても怒ってなどいない。

「先に食堂に行って。少し話をしてから行くわ」

様子を伺っていたリノアを先に部屋から出すことにした。このままレイスと一緒に食堂へ行っても気まずい雰囲気のままだろう。その前に話をしておいたほうがいいと考えた。

リノアには少し遅れて行くことを伝える役目もあった。

「わかりました」

詳しいことを何も言わなかったがリノアはすべてを理解したように一礼して部屋を出て行った。

優秀なメイドがいるのは助かる。

「昨夜は寝られましたか?」

2人だけになるとすぐにソフィアは昨夜レイスがどうしていたのか確かめた。

徹夜でもしていたのなら少しベッドで寝てもらおうとも考えたからだ。

「別の部屋で休んだから問題ない」

寝室には戻ってこなかったが、どこか別の部屋のベッドを使っていたらしい。

「いろいろと考えることがあったから一人になりたくて。待っていたならすまなかった」

「事情が事情ですから、心の整理が必要でしょう。私のことは気にしなくても大丈夫です。最初は待っていましたが、いつの間にか寝てしまいましたから」

戻ってきて話の続きをするのかもしれないと思い待っていたのは確かだが、そのまま寝てしまったことも事実だった。レイスが戻ってこなかったことを咎める気持ちもない。

精霊と契約することが当たり前だと思っていたレイスを絶望させるという役目をソフィアは担ってしまった。彼が混乱し悩むこともわかっていた。

「少しは考えがまとまりましたか?」

レイスと森の精霊の契約はできないだろう。それでもほかの方法がないか調べてみるつもりでいた。レイスもこの一晩いろいろと考えたはずだ。

「俺に精霊と契約するための力がないことはわかった。だが、あの森は辺境伯領の一部になっている。イグレイト王国の脅威からグリースト辺境伯家が守らなければいけない場所になる」

その事実は契約が切れても変わることはなかった。

「イグレイトに俺とチクニの契約が成り立っていないことを今はまだ知られていないはずだ。だが、契約が切れていて辺境伯領の力が弱まっていると知られたら、おそらく戦争が起きるだろう」

ずっと森の精霊の力を借りて国境となっている森を守り辺境伯領を守ってきた歴史がある。

契約が切れていれば辺境伯家は森の精霊の力を借りることができず戦力が大きく失われていると隣国は考えるだろう。今がチャンスだと思い攻めてくる可能性はソフィアも否定できなかった。

「ちょうど怪しい動きが出始めている」

「え?」

その話は初耳だった。戦争の可能性は嫁いでくる前から知っていたが、その時期が迫っていることをソフィアは今知ることになった。

「詳しい話はまた後ですることになるだろう。それよりも今はチクニとの契約について、何か方法がないか探すことが必要になった」

レイスが契約するのではなく、他の方法を模索してでもグリーストとチクニの契約を取り付けようと考えているようだった。

「私も図書室で調べてみようと思っています。あそこには今までの森の精霊との歴史もありますから、何かヒントが得られるかもしれません」

レイスはすでに別の方法を考えて動こうとしていた。そのことに安堵しながら、ソフィアも方法を探すため協力することを伝えた。

ソフィアの意思を伝えるとレイスは一瞬驚いた顔をした。

「ここにいると危険だとわかっているだろう。それでも残って調べてくれるのか?」

イグレイト王国との戦争が起こるかもしれない。危険の可能性が高まってきている中でソフィアが残ることを選択したことに驚いていたようだった。

しかし、ソフィアは逃げることを考えてなどいなかった。

「戦争が起こる可能性はあるかもしれないけれど、それはあくまでも可能性です。まだ確実に起こるとは限らないのに、今から怯えて逃げる必要はないと思います」

怪しい動きを見せている隣国には注意が必要だが、今すぐ逃げる必要はない。

本当にここを離れなければいけなくなったときに動けばいいのだ。

それに、ソフィアには水と風の精霊がそばにいてくれる。危険をすぐに知らせてくれるだろうし、いざとなれば守ってくれる。

視線を一瞬天井に向けると、そこにはレラとワッカが仁王立ちするように浮かんでいた。ずっと黙ってレイスの話を聞いて精霊たちは、いざとなれば自分たちが動くと無言で意思表示をしていた。

頼もしい存在を確認してソフィアが視線をレイスに戻すと、彼は少し考えてから何かがまとまったのか大きく頷いていた。

「わかった。調べ物は君に任せる。イグレイト王国の情報は常に共有できるようにしておこう。もしもの時は森を出られるようにしておくことも忘れないでくれ」

「わかりました」

「それから、一つ確認したいことがある」

「なんでしょう?」

話はこれで終わりだと思ったソフィアは食堂に行こうと動こうとすると、レイスはまだ話が終わっていなかった。

「チクニとの契約ができないことはわかった。だけど、そのことを直接会って話すことはできないだろうか」

ソフィアを通してチクニから契約ができない理由を知ったレイスだが、やはり直接チクニから話を聞きたいという思いはあったようだ。会って直接伝えてもらえなかったことに思うところがあるのだろう。

「ごめんなさい。私はただ精霊に呼ばれて森に入っただけで、私の意思で精霊に会ってはいないし、会えるかどうかを確認することはできません」

会いたいという気持ちが伝わってきても、ソフィアは自分の意思でチクニと会って話をしたわけではなかった。チクニに森に引き込まれて会うことを許されて話ができただけだった。レイスが会いたいと願っても叶える資格を持っていない。

「・・・そうだよな。君に頼んでチクニに会えるはずはないよな」

レイスも気が付いてはいたようだが、諦めきれない気持ちがソフィアへの質問になったようだった。

「今日も森に入りますよね。契約のことを伝えたので、チクニにも心境の変化があるかもしれません。もしかすると、会える可能性がある、かも・・・」

レイスを励ますつもりで言ったのだが、ソフィアは自分で言っていて最後には自信がなくなってしまっていた。ソフィアにすべてを伝えたチクニがわざわざレイスに会うとは思えなかったのだ。

「無理に励まさなくてもいい」

レイスもわかっているからこそ、ソフィアの言葉に苦笑していた。

「話はここまでにしよう。まずは朝食にしようか」

朝食の準備はきっと整っている。

レイスが手を差し出してきたので、ソフィアはその手を取ることにした。

精霊の話はここまでだ。あとは食事をして、今後の隣国の動きを気にしながら調べ物をしていくことになる。

問題解決のため、ソフィアはレイスのエスコートを受けながら気を引き締めて食堂に向かうことになるのだった。


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