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森の導き手

「申し訳ございません」

それが何度目の謝罪になるのかレイスは数えることなく、今後のことを考えていた。

ソフィアが姿を消して、ニックから話を聞いている間、使用人と騎士たちで屋敷の中を捜索することになった。屋敷と言ってもレイスたちが住む居住区以外にも騎士たちの宿舎や使用人たちが使う倉庫など、本来なら別々に建てられるはずの建物が一つにまとめられている辺境伯家の屋敷は広い。総出で探さなければ夜が更けてしまうだろう。

廊下でバタバタと音が聞こえるがそれを無視して、ニックが経験した状況を事細かに聞くことになった。

ソフィアが消えたのは本当に一瞬のことだったらしい。

その一瞬で人が姿を消すなんてありえないことだが、精霊が何かを仕掛けたのなら話は別だ。

森の中に人影はなく、ソフィアがどこへ消えたのか見当もつかない状況だった。

「精霊が関わっているのなら、おそらく森の中だろうな」

森の境界ぎりぎりに立っていたソフィアが引きずり込まれたのだろう。

そして、屋敷の中にはおそらくいない。屋敷は人間の領域と定められている。森の精霊が手出しをしないことになっているので、いたずらで屋敷に瞬間移動したとは考えられなかった。それに、屋敷にいるのならソフィアが自ら姿を現さないことにも疑問があった。

「森の中で迷われているのではありませんか?」

「その可能性は高いだろうが、ニックが最後に聞いたという声が気にかかる」

慌てるニックの耳にソフィアの声が届いたという。暗くなる前に戻るから心配するなというその内容をニックが耳にしたというが、疑わしいことでもある。だが、その声を聞いたニックはなぜか慌てることなく待つことを選んだ。そうさせる何かが声にはあったのかもしれない。

「暗くなる前に彼女を屋敷に帰してくれるという精霊の伝言だった可能性もある。そうなると下手に動いて森で騒ぎを起こすと、それこそ森の精霊の反感を買いかねない」

すぐにでも探しに行くべきだと思うのだが、精霊が機嫌を損ねる可能性も捨てきれず、レイスは動くことができないでいた。

外を見れば日が沈み、あたりはすでに暗闇に包まれつつあった。

太陽は沈んでしまったが、わずかな光がまだ西の空を赤く染めている。

ソフィアの伝言が正しければもうそろそろ彼女は戻ってきてもいいはずだ。

「精霊のいたずらだとしたら、彼女はこのまま戻ってこない可能性もあるな」

戻すつもりがなかった場合、ソフィアはずっと森の中を彷徨い続ける可能性があった。

もしかするとレイスに探すように仕向けているのかもしれない。そんなことも考えると、暗くなってしまったが森に足を踏み入れる覚悟を持つ必要があった。

探しに行くべきか、待つべきなのか、その判断を騎士たちは待っているはずだ。

「もう少しだけ待つか。完全に暗くなっても戻ってこなければ、森に入る」

「・・・わかりました」

ニックは悔しそうな表情で頷いた。待つことを選んだことに深い後悔をしているのだろう。

「森には少人数で行く。俺とニック、他に数名の騎士を連れていくが、エクスはここに残ってくれ。もしかするとすれ違いで戻ってくる可能性もある」

騎士団長を残すことで屋敷の警備を怠らないつもりでいた。ニックは連れて行かないとさらに自分を責めそうだったので一緒に連れていくことにした。

「承知しました。ですが、あまり長い時間森の中にいることも危険かもしれません」

エクスの言葉には、諦めるという覚悟を持てと言っているようだった。ソフィアが戻ってこない原因が森の精霊なのか彼女自身なのかわからないが、レイスが探しても見つからなければ深追いはするべきではないのだろう。

ソフィアが嫁いできてから寝室が一緒になり少しずつ会話も増えていった。お互いのことをゆっくりと知っていくことで信頼も生まれつつあったと思っていた。それが急に失われると心にとげが突き刺さったような気持ちになる。

「わかってる」

そう返事はしたものの、心はまだ納得していなかった。ソフィアが戻ってこないという判断をするにはまだ早いという気持ちもあるからだろう。

「森に入る準備をする」

屋敷に戻ればソフィアと夕食をともにしながら会話をするのが当たり前になっていた。その時間がなくなり捜索に専念することになった。

「レイス様」

連れていく騎士をエクスと相談しようとしたとき、部屋にリノアが飛び込んできた。

「奥様が」

その一言だけですべてを理解できた。気が付けばレイスは部屋を飛び出して玄関へと向かっていた。

そのまま玄関を飛び出してあたりを見回すと、庭のほうから足音が聞こえてきた。

息を呑んでそちらに視線を向けると、少し疲れた顔をしているようだったが、しっかりとした足取りでソフィアが歩いてくるところだった。

森の中を彷徨っていたのか、ドレスの裾が汚れている。だが、それ以外は見た目には特に問題ないように見えた。

「奥様」

レイスに遅れてリノアも玄関から出てくると、歩いてくるソフィアのところまで一気に駆け出した。

「あら、リノア」

「ご無事でしたか」

「少し疲れているけれど、大丈夫よ」

声もしっかりとしていることがわかった。

「心配しました。急にいなくなったことで、屋敷中大騒ぎです」

「ごめんなさい。どうやら森の精霊の仕業みたいで、しばらく森の中を彷徨ったのよ」

その言葉通りドレスは汚れている。怪我はしていないようだが、消えてから今まで森の中を歩き続けて屋敷までたどり着いたのかもしれない。

どうしてそんなことになったのか、森の精霊の意図はわからないが、ソフィアが無事であることを確認できたことはよかった。

「ソフィア」

突然帰ってきたことによる驚きと無事だった安心感が胸の中に混ざり合いながら、レイスは駆け足でソフィアへと近づいた。

リノアと話をしていたソフィアは一瞬驚いた顔をしてレイスを見てから、小さく微笑んだ。

「旦那様。ご心配をおかけしました」

「まだ戻ってこないようなら森に探しに行くつもりでいた。無事に帰ってきてくれてよかった」

「そうでしたか。その前に戻ってこられてよかったです」

もっと大事になるところだったことにほっとしているようだったが、精霊が何のためにソフィアを森に連れて行ったのかわからないが、大変な目にあった本人なのに、周りの心配をしていて呆れそうになった。

「疲れているだろう。すぐに夕食の準備をさせる」

「奥様。食事の前に着替えましょう」

詳しい話を聞きたいところだが、ソフィアは森の中を歩き続けていたらしい。まずはゆっくり食事をして休ませることが先決だった。

ドレスも汚れているので着替えも必要だろう。

疲れているだろうし手を差し出してエスコートをしようとすると、ソフィアはなぜかレイスの手をじっと見つめた後レイスの瞳をまっすぐに見つめた。それは一瞬ことですぐに何事もなかったようにレイスの手を取った。

だが、その視線だけで、ソフィアがレイスに何かを訴えようとしていることは察知できた。

使用人や騎士たちがいる前で話せない内容なのかもしれない。そう思いレイスも何も言わずにソフィアを部屋までエスコートすることにした。

途中すれ違う騎士や使用人が驚いた顔をした後にほっとする光景を部屋に到着するまで見ることになった。

すれ違うと皆一斉にどこかに駆け足で去っていく。おそらくいまだにソフィアを探している者たちに知らせにいっているのだろう。ソフィアの無事は彼らに任せることにして、レイスはできるだけソフィアの歩調に合わせて部屋まで送ることにした。

「夕食後にお話があります」

ソフィアの部屋まで到着すると、小さな声でそう言ってきた。

その瞳がどこか憂いているように見えたのは、気のせいだったかもしれない。

「着替えが済みましたら食堂へ行きますから、先に行ってください」

待つ必要がないと伝えてからソフィアは静かに部屋に入っていった。

リノアがその後を追うように部屋に入っていく。

後のことはリノアに任せることにして、レイスは言われた通り先に食堂に向かうことにした。

部屋に入る前のソフィアの雰囲気が気にはなったが、それも夕食後の話で分かることだろう。

そう思いながら、胸の奥にモヤモヤを残してレイスは食堂へと足を向けるのだった。


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