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森の精霊

どれくらい歩かされたのかわからないくらい、ソフィアはただ前進するように歩いていた。

すべてが木に囲われた森の中。自分がどこにいるのかわからないまま、目の前に道を示されて歩いているだけだった。

「導いているわりに到着しないわね」

そんな愚痴が零れるが、返事をしてくれる者はいない。

そこに違和感を覚えたソフィアはふと立ち止まった。

まっすぐに上を向いて見る。視線だけを動かしても木の枝が生い茂って空が少し見えるような状態だった。

かすかな日差しが森の中を照らしてくれることで、薄暗さはあるものの歩けないことはなかった。

ただ、いつも見えるはずの存在がどこにもないことに気が付いたのだ。

いつからいなかったのかレラとワッカの姿が見えなかった。

顔を前に戻しても精霊たちの姿がない。周囲を見てみるがどこにもいなかった。

ソフィアから離れることのない精霊たち。もしも、そばを離れるのなら必ず声をかけていく。その声掛けもないまま姿を消したことに気が付くこともなかったソフィアだ。

「・・・チクニの仕業かしら」

少し考えてからソフィアはここが森の精霊の領域であったことを思い出す。森の中はチクニの領域。レラやワッカでもその力は大きく抑えられてしまうと言っていた。とはいえ、6大精霊の風と水が力を合わせて森の精霊と本気で戦えば勝てるとも思っていた。

力を抑えこまれてソフィアから引きはがしたのがチクニの仕業だと断言することはできないと思った。

もしかすると、精霊たちはわざと姿を隠したのかもしれない。

「森の精霊と私だけを会わせるつもりかしら」

何が起こるのかわからないが、森の精霊が強制的にソフィアを呼んだことで、最初は拒否反応を示していたレラとワッカだが、何か心境の変化があったのかもしれない。

「あの子たちなら問題ないでしょう」

何か起こっても精霊たちが危険な目に合うことはない。それくらい精霊たちの力の強さをソフィアは理解していた。

それよりも今は自分の心配をしたほうがよさそうだった。

いつもそばに精霊たちがいるからソフィアは守られていたが、ソフィア自身は戦闘能力などないに等しい。精霊たちの能力を使って戦うことはできても一時しのぎ程度だろう。戦闘経験がないこともその要因だ。

「森の精霊と戦うことはないと思うけど」

なぜ呼ばれたのかはっきりしない以上楽観視もできない。平和的な話し合いになればいいと思いながら、ソフィアは再び歩き出した。

「もっと歩きやすい恰好ならよかったな」

ソフィアが辺境伯領へ来た時の服装は平民と変わりない服装だったのでとても動きやすかった。今はイリアナが用意してくれたドレスを毎日リノアが手伝って着ているものばかり。アクセサリーも身に着けているため、森の中を歩くには重かった。森の精霊に呼ばれるとわかっていたなら、もっと軽装にしていたなと思いながらも前に進むしかなかった。

だが、その歩みが急に止まることになった。

ソフィアの愚痴を聞いていたかのように、急に開けた場所に出たのだ。そしてそこが森の精霊の場所だと直感できた。

森の中にぽっかりと開けた空間。草は生い茂っているが足首くらいまでしか丈がない。

「森の精霊チクニ」

呼びかけてみたが返事はない。真ん中まで歩いてから、ソフィアは空を見上げた。

木々の枝が邪魔することのない青空が見える。

まだ明るいうちに精霊に会えそうだと思ってほっとしてから、ソフィアはそのまま目を閉じて息を深く吸った。

体の隅々まで空気を取り入れるように目いっぱい肺に取り込む。

限界を迎えたところで、ゆっくりと息を吐きだしていった。それと同時に顔をまっすぐ前に向けて、意識を深く沈めるようなイメージを浮かべる。

息を吐きだし終えると、ゆっくりと呼吸をしながら目を開けた。

すると、ソフィアの目の前に緑色の髪が地面まで伸びていて、同じ色の瞳がじっとソフィアを見つめている美しい女性が立っていた。

白い肌が光を浴びて透けるような神秘的な反射をしている。

ソフィアよりも大きい。成人男性よりも頭一つは飛び出していそうな細身の女性だ。

ソフィアが静かに見つめ返すと、女性は口元に笑みを浮かべた。美人の微笑みは美しいだけじゃなく凄みまであるなと思った。

『ようこそ。我が森へ』

その一言で森の精霊チクニだと断言している。

「初めまして森の精霊チクニ。1か月ほど前に辺境伯領へ嫁いできた者です」

あえて名前を言わなかった。精霊とは契約をしに来たわけではない。契約者となるのなら名乗ることが必要になるが、ソフィアはチクニが辺境伯となぜ契約しないのかその問題を聞き出すために来ただけだった。

『知っています。ずっと見ていましたから』

森に囲まれた屋敷に住んでいるのだから当然だろう。屋敷が人間の領域でも森がそばにあるのだから、ずっと監視されていてもおかしくなかった。

『あなたが連れてきた存在を知っています』

ソフィアには風と水の精霊がそばにいることも知ったうえでずっと見られていた。

「精霊たちが目障りだったかしら?」

『そんなに狭量ではありません。それに、6大精霊とただの森の精霊では格差が違いすぎます。森の中は私の領域ですが、彼らが本気を出せば、私など簡単に消されてしまうでしょう』

それほどまでに6大精霊とほかの精霊には大きな差があるということだ。その精霊の風と水をソフィアが従えている。

「私に用があってここへ連れてきたのでしょう。用件を聞きましょう」

まだ空が明るいとはいえ、それなりに歩かされたと思っている。ここが森のどのあたりなのかもわからない状況なので、帰りが遅くなることだけは避けたいと考えていた。暗くなる前に帰るとも伝えてしまったので、まずは用件をすぐに聞くことにした。

内容によっては時間がかかる可能性もある。

『ずっと私のことを探していたでしょう』

それはソフィアというよりレイスだと思った。彼は爵位を継いでからずっとチクニと契約するため探し続けていた。

ソフィアは探していたというより、森の精霊に会えないだろうかと森に入るための様子を伺っている最中だった。

「それは私の旦那様のことを言っているのかしら?」

『彼も探していることは知っています。でも、私が言っているのはあなたのことよ。いつも森に入るきっかけを探しているようだった』

精霊に会うため森に入りたいと考えていた。それを知った精霊が庭に出てきたソフィアを導くことにしたようだった。

「私もチクニに会いたいと思っていたわ。でも、私よりも先に旦那様に会ってほしかったわ」

できれば契約してほしかったが、契約したくないから森に隠れたままだったように思っていた。その真意を知るために直接会いたいと思っていた。

「どうしてレイス=グリーストと契約しないのか、その理由を教えてほしいの」

遠回しな会話をしていても仕方がない。ソフィアはここで会えたのだからと質問することにした。

「彼は辺境伯を継いだわ。森の精霊はずっと辺境伯と契約していくのだと思っていたけれど、それができなくなった理由を聞きたいの」

これで問題点がわかれば解決できるようにソフィアは動くつもりでいた。王命で結婚という形をとってでも、辺境伯領を守ってほしいというのが王太子の考えなのだ。

『・・・彼は契約者にはなれないわ』

「どういうこと?」

『辺境伯家との契約自体がすでに途絶えてしまったということよ』

「え?」

言っている意味が分からなかった。辺境伯が森の精霊と契約していたのは代々続けられていた。森の精霊もそれを当たり前のように受け入れていたのだから、血筋が契約に関係していると思っていた。

本来、精霊と契約できる人間は、精霊に選ばれるだけの力がないといけない。それを魔力と呼んでいる者たちもいるし、ただの力と呼ぶ者もいる。精霊力と呼ぶ人もいるが、表現が違うだけで皆言っていることは一緒だ。

その力をソフィアは強く持っていたことで6大精霊の風と水の力を得ることができていた。

ただ、辺境伯はその力を持っていなくても辺境伯家と精霊の契約として代々受け継がれているようだった。レイスからソフィアと同じ力を感じたことがなかったからだ。

精霊だけでなく、契約者も力を持っている人間を見極めることができる。

ソフィアは初めてレイスに会ったとき、彼に精霊と契約できるだけの力がないことはわかっていた。しかし、血筋での契約だから問題ないのだと思い込んでいた。

「もしかして、レイス=グリーストに力がないから契約しないということ?」

彼の兄であるクリス=グリーストには会ったことがないが、彼は力を持っていたからこそ契約者でいられたのかもしれない。やはり力は必要なのかと思っていると、チクニは首を横に振った。

『力の有無は関係ないわ。力を感じられたのは私と最初に契約を交わした初代とその孫の代くらいまでね。それ以降はだんだん力が薄れていたわ』

力が薄れていても契約が続けられていた。やはり血筋が最優先のようだった。

「レイス=グリーストはグリースト家の血をしっかりと引き継いでいるはずよ。それなのに、彼は適任ではないということ?」

養子など血筋が違うのであれば契約できないことに納得もできるだろう。だが、レイスはれっきとしたグリースト家の血筋だった。

「血筋以外に何か条件があるのかしら」

その条件を満たしていないからレイスは森の精霊と契約できないのかもしれないと思えた。

そう思ってチクニを見ると、彼女は静かに瞼を降ろすとゆっくりとした動きで頷いた。

『契約には条件があるのよ。彼はそれを満たしていないし、今後も満たすことはないわ』

それは永遠にレイスがチクニと契約できないと宣言しているようなものだった。

「その条件とは?」

レイスが契約できないのであればほかの方法を考えなければいけない。

内心落胆している自分を抑え込んで、ソフィアはチクニが言っている条件を聞くことにした。

どんな方法があるのかわからないが、森の精霊を味方につけるため、ソフィアは新しい道を模索しなければいけない。森の精霊が言う条件を聞きださないといけなかった。

チクニはあっさりとその条件を話してくれた。

簡単な説明ではあったが、その後ソフィアはその場でしばらく今後のことを考え込むことになるのだった。


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