夜が更けていく
ふかふかのベッドに、見慣れない天井。時々視界に入る精霊たちの存在にほっとしながら、ソフィアはレイスと一緒のベッドに横になっていた。
隣に人がいる。いろいろと変わりすぎて眠れる気がしなかった。
レイスは精霊の存在を知らないため話しかけることもできず、ソフィアはじっと天井を見つめているだけだった。
「眠れないか?」
急に声をかけられて横に視線を向けると、レイスもしっかりと目を開けてこちらを見ていた。
きっと彼も眠れないのだろう。ソフィアという存在に違和感を覚えて戸惑っているのかもしれない。
リノアの提案に素直に乗ってしまったが、今になって後悔してきていた。ソフィアの立場をしっかり位置付けるため、レイスに冷遇されていないことをアピールする意味で一緒に寝ることになったのだが、これでは精神が持ちそうになかった。
夫婦になったと口では言っていたが、いざ同じベッドに寝てみて初めて結婚したという実感を得ているようだった。
「旦那様も眠れませんか?」
「俺のことは気にしなくていい。と言いたいところだが、俺のせいで眠れないのだろう」
まったくその通りであった。
『ソフィア眠れないの?』
『この男、風で吹き飛ばしちゃう?』
そんなことをしたらいろいろと問題になる。絶対にしてはいけないと視線を一瞬精霊に向けると、レラは楽しそうに天井を飛んでいる。冗談だったようでホッとしてしまった。
「俺が邪魔なら、床で寝てもいい」
この部屋には必要最低限の物しかない。ソファは必要ないのだろう。置かれていないためソファで寝ることができずベッド意外だと床になってしまう。
「駄目です。旦那様は明日からまた森に行かれるのでしょう。しっかり休んでおかないと」
「騎士学校でベッド以外の場所で眠る訓練は受けている。野宿もできるから問題ない」
そうは言うが、辺境伯の当主が自分の屋敷の部屋で床で眠るなんておかしすぎる。
それにベッドは2人で寝ても十分余裕があった。
この部屋には1人用のベッドが置かれていたのだが、食事を終えて戻ってくると大きなベッドに変えられていたのだ。
食堂にいなかった使用人たちで取り換えたようだ。せっかく彼らが運んでくれたベッドを使わないのは申し訳ない気もする。
「私は平気です。少し違和感があって眠気が来ないだけです。しばらく待っていたら眠りますから、気にしないでください」
じっとしていればそのうち眠れるはずだ。だから気を使う必要はないのだと伝えたつもりだった。
だが、レイスは納得していない様子で天井に視線を向けた。
「少し、話をしようか」
「え?」
「俺は君の両親が半年前に亡くなっていたことを知らなかった。そのあとの伯爵邸での待遇も知らずにいた。急な結婚ではあったが、君のことを何も知らないから、少しだけでも教えてくれないか?」
突然の王命で何も準備することができずソフィアを受け入れることになった。
レイスは精霊との契約に必死でソフィアのことを知る余裕もなかったと思っていた。だからこそ今回のようなリノアの指摘を受けることになってしまった。
そんな彼がソフィアという存在を知ろうとしてくれている。
「何を話せば・・・」
話してほしいと言われたことに心の奥に温かいものを感じたが、何を話せばいいのか急に言われても戸惑ってしまう。
「この半年はずっと学園で過ごしていたのか?」
何を話すべきか戸惑っていると、レイスが質問をしてくれた。それなら答えられる。
「ほとんどを学園で過ごしていました。時々屋敷に帰らなければいけないときはありましたが、その時は叔父家族とはまともな話はできなかったです」
それがどういうものなのか、ソフィアは具体的な内容を話すことをしなかった。
話したところで過去は変えられないし、思い出すとわずかでも心の奥に惨めさが浮かんでいく。ソフィアの大切なものを奪われて諦めるという感情を習得していなかったら、もっと深く傷ついていたことだろう。たとえ夫とはいえ、それをレイスに晒そうとは思わなかった。
「そうか」
短い説明だったがレイスは何かを汲み取ってくれたような気がした。
「王太子殿下とは学園で親しかったのか?」
「え?」
話題が変わり、急にエリックが出てきたことに驚いてしまう。
「なんとなく親しくしていたのかと思ったんだ。ジークが帰るときに殿下への言伝をしていただろう」
手紙と一緒にレイスたちが驚くような行動をしたことは覚えていた。
あれは王太子に対して不敬になると思われているが、ソフィアとエリックだけがわかる会話のようなものだった。
ソフィアがエリックに伝えたのではなく、精霊たちからの伝言だったのだ。精霊の存在を知らない者たちから不審に思われるのは仕方がなかった。
だが、エリックは光の精霊の契約者だ。彼はソフィアの伝言を正しく理解するだろう。
「殿下とは学友です。学園内だけで時々話をする程度でした」
すれ違えば挨拶をする程度に周囲からは認識されていたことだろう。だが、ソフィアとエリックはあまり人の来ないような庭の一角などで会うことがあった。その時は精霊たちも交えての何気ない会話もあれば、精霊から助言をもらうような一般人に聞かせてはいけない内容まで様々だった。
他に精霊と契約している人間を知らないので、お互いに気兼ねなく会話ができたのかもしれない。その時だけは王太子と伯爵令嬢という立場を忘れて会話をしていた。
「学生だったからこそ、会話も気軽にできたと思っています」
次に会うことがあれば、もう学生時代のような気軽さはお互いに持てないだろう。
「殿下のことは旦那様のほうがよくご存じだと思いますよ」
レイスは護衛騎士だったのだから、ソフィアよりも断然一緒にいる時間が長かったはずだ。
「そうだと思う。ただ、学園に通っている間は、俺もジークも一緒にいることができなかったから、どんな風に学生生活をしていたのかあまり知らない。時々話をしてくれることはあったが、その程度だ。だから、君の話も少しだけ聞いたことはあった」
ソフィアのことをエリックは護衛騎士たちに話していたことがあった。とはいえ、精霊に関することは何も聞いていないはずだ。聞いていればソフィアが精霊と契約していることをレイスも気が付いていていいはずだった。
時々会話をする程度の学友とでも言っていたのかもしれない。
「殿下以外にも学園では友人がいただろう」
エリックとは時々会話をする程度だ。ソフィアには学園生活でいつも一緒にいてくれる仲の良い友人もいた。
「普通に会話をしたりする友人はいましたけど、両親が亡くなってからは肩身の狭い立場になりました。そのせいか、同情する子もいましたが、明らかに距離を取った子もいました」
伯爵令嬢から、伯爵家の居候のような立場になると、今後の付き合いを考えてか、今まで何気なく声をかけてくれた人たちが距離を取っていることに気が付いた。
そういった者たちは従妹のセイラが伯爵令嬢として認識されると、彼女に話しかけたりしているようだった。学年が違うため滅多にその光景を見ることはなかったが、たまに目撃することがあったのだ。そして、セイラはソフィアから友人を奪えたことへの優越感があったようで、顔を合わせる時があると、友人の名前を口にして勝ち誇ったような態度を取っていた。
ソフィアの周りにいた友人の数が減っていく中、最後まで態度を変えることなく仲良くしてくれたのはユーリル=エステリアだった。卒業後は領地に戻ると言っていたが、無事に到着していればいいなと思う。
ソフィアが辺境伯に嫁いだことを彼女にはまだ知らせていない。知ったときにどんな反応を示すのかわからなかった。今度手紙を書いてみようと思う。
「ずっと見守ってくれていた友人がいたので、学園で寂しいと思うことはあっても、辛いとか苦しいという思いはなかったですね」
だからこそ半年間の学園生活を穏やかに過ごせたと思っている。
「それならよかった」
レイスの明らかにほっとした声が聞こえた。学園生活では関りがなかったが、話を聞きながら彼なりに気にしてくれたようだ。
「私のこともいいですが、旦那様のことも話してください」
今度はソフィアが質問することにした。一方的に答えるのではなく、ソフィアもレイスという人間を知るいい機会だと思えたからだった。
「お屋敷のことはエリオットから説明を受けていますが、グリースト辺境伯領全体のことはまだわかりません。森についても精霊がいることは知っていますが、それ以外のことも聞いてみたいです」
レイスの半年間を聞いてみようと思い質問すると、隣で大きく動く気配がした。
横を向くと、レイスがこちらに背を向けていた。
明らかに会話が終了したことを意味する態度だった。
「俺は爵位を継いでここへ戻ってきたが、毎日森に入るのが日課になっている。隣国の動きにも目を光らせる必要があって、警戒する日々を過ごしているだけだ」
森の精霊については何も触れようとしなかった。契約できていないことを隠したいのだろう。
「もう寝たほうがいいだろう。明日からまた森に行くことになる。辺境伯領のことを聞きたいのなら、エリオットに聞くのもいいし、図書室にいろいろと資料がある」
完全に突き放した言い方だった。森のことを聞いたのはまだ早かったようだ。
少し残念に思いながらも、これ以上は会話に進展がないためソフィアもそのまま眠ることにした。
ただ、最後に目を閉じながら、レイスが聞いているかわからない状態で口を開いた。
「これから一緒に寝るのですから、毎日こうやって少しずつ会話をしていきましょう」
そうすれば時間はかかってもレイスとの距離を近づけていけるだろう。
返事を聞くことなく、ソフィアは隣に異性がいることを考えることなく眠りについたのだった。




