メイドの本音
「まさかこんなに荷物が増えるなんて」
森の屋敷に到着するとすぐにソフィアのドレスなどの荷物が部屋に運ばれることになった。
一緒に街へ行ったリノア1人では持ちきれないため、執事のリックスの手も借りて荷物が運び入れられていた。ソフィアも一度部屋に戻るため後を追うように廊下を歩いていたのだが、2人が荷物を抱えて廊下を歩く姿に、何となく申し訳ない気持ちになってしまった。
社交界から離れることになる辺境伯領で、パーティーが開かれることはないに等しい。親しい人たちによるお茶会くらいはあるようだが、今はそんなことをしている時でもない。ソフィアのドレスを取りそろえる必要性がないと言えるのだ。それなのに、イリアナはすぐに着られるドレスを数着用意してくれ、それに合わせた小物まであった。それ以外にも後日オーダーメイドの品も届くことになっている。
何も荷物を持たずに辺境領へ嫁いできたソフィアを気遣ってくれたのだろうが、ここまでしてくれなくてもいいのにと思ってしまった。だが、義母の行為を断れるほどソフィアも冷淡ではなかったため、全部受け入れる形になってしまった。
ガラガラだったクローゼットがあっという間に埋まることだろう。
そして、荷物を抱えているリノアの後ろ姿がなぜか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
ソフィアの支度を手伝うことができなかったリノアにとって多くのドレスがクローゼットを埋めてくれることを内心喜んでいるなど、ソフィアは想像もしていなかった。
荷物を抱えたまま器用に扉を開けたリックスに続いてリノアが部屋に入った瞬間、彼女は一歩入りこんだ場所で急停止した。
少し距離をあけて歩いていたソフィアはぶつかることはなかったが、急に止まったリノアのすぐ後ろで立ち止まった。
「どうしたの?」
急に動かなくなったリノアに首をかしげる。
「失礼しました。それが・・・」
荷物を抱えたままリノアが振り返る。その表情は珍しく戸惑っているようだった。
あまり表情を崩さず淡々と仕事をこなしているリノアが表情を曇らせたのだ。
ソフィアはすぐに体をずらして部屋の中を覗き見た。
「・・・あら」
部屋の中は特に変わった様子はなかった。何か荒らされているのではと思ったのだが、物が散乱している様子はなく、リノアが困惑した理由がすぐにはわからなかった。しかし、視線がベッドに向いたとき違和感を覚えた。
昨日は街の別邸に泊ったのでベッドを使っていない。それなのに、ベッドは使用された形跡がそのまま残されていた。
誰かが勝手に一晩使ったのかと思うが、この屋敷の使用人の数は少ない。わざわざソフィアの部屋のベッドを使わないといけないほど人が多くはないのだ。
そう考えてから、ベッドはソフィアが使った後に整えていないのだと考えられた。
昨日から一晩そのまま放置されていたのだ。
ベッドメイキングはメイドたちの仕事のはずだ。
リノアはソフィアと一緒に出掛けていたのでできない。そうなると、残っていたメイドかメイド長ということになる。
「リックス。あなたこの状況を知っていたの?」
リノアはまず目の前にいるリックスを問い詰めることにしたようだった。
彼もソフィアの部屋を整えていないことを知っていたのなら同罪だと判断するつもりのようだった。だが、リックスは驚いた顔をして、明らかに動揺を見せた。
「し、知らないよ。俺は俺の仕事をしていただけだし、奥様の部屋を整えるのはメイドの仕事だろう。人手が少ないから、みんなちゃんと仕事をしていると思って自分たちの仕事をしているよ」
使用人たちにはそれぞれに与えられた仕事がある。それをお互いに監視するようなことはない。与えられた仕事を全うしていると思い、自分の仕事をこなしていくのだ。
「そうなるとあの子たちが独断で仕事をしなかったことになるわね」
リノアの声には怒りが混ざっているように感じられた。
自分たちのベッドならいざ知らず、仕えるはずの女主人のベッドを放置したのだ。
ここへ嫁いできて温度がおかしいお茶を出されたが、今度はベッドを整えないことで嫌がらせのつもりなのだろう。
リノアは怒っているが、他のメイドたちにとってはソフィアは認められない存在のようだ。
お茶程度ならと様子を見ることにしていたが、このまま放っておけば、嫌がらせがひどくなっていくような気がした。
その前に対処したほうがよさそうだと考えていると、リノアが抱えていた荷物をクローゼットの前に置くと、無表情で部屋を出ていこうとした。
「リノア?」
急な行動に首をかしげると、リノアがソフィアの目の前で立ち止まった。
入り口をソフィアが塞いでいて部屋から出られなかったのだが、ソフィアは動かずに立っていてよかったと思った。そうしないと、何も言わずにリノアが出ていくところだった。
「イリアとサリーから話を聞いてきます。奥様は別の部屋でお休みください」
2人のメイドの仕業であることは明白だ。メイドの仕事を放棄したようなものなので、言い分を聞くために行くつもりのようだったが、リノアのあまりにも据わった目に、それだけで済むのか疑問ではあった。
「それなら私も一緒に行きましょう。屋敷内のことは女主人である私の役目でもあるから」
どんな言い訳をするのかわからないが、仕事をしていないことには変わりない。彼女たちをどうするか、ソフィアは決められる権利を持っている。
「まずはメイドたちから話を聞いてきます。メイド長にも確認を取りますので、奥様は報告をお待ちください」
一緒に行こうと思っていたソフィアだったが、リノアはそれを制してきた。まずは事実確認を自分が行って、すべての判断をソフィアに任せたいと思ったようだ。
「わかったわ。私は違う部屋で休んでいるから、わかったことがあったら報告しに来なさい」
それだけ言って扉から体をずらすと、リノアは足早に廊下を歩いて行った。
荷物の片付けも後になりそうだ。リックスが抱えていた荷物を降ろすとソフィアが休める部屋へと案内してくれる。
「レラ」
客間の一つに案内されたソフィアは、すぐに頭上を振り仰いだ。
「リノアとメイドたちの様子を聞けるかしら?」
『任せて』
風の精霊レラは風を操って、遠くの音を聞くことができる。あまり遠いと聞き取ることが難しくなるが、屋敷の中という範囲ならしっかり聞き取れるはずだ。
ただ、声を聞けるだけで、誰がどんな動きをしているかはわからないというデメリットもある。
それでも、情報を得るのには有意義な能力だ。
『拾えたよ。ソフィアにも聞こえるようにするね』
そういうと、レラの周りから風が発生してソフィアを包み込むように渦巻いた。
それと同時にソフィアの耳に聞きなれた声が聞こえてきた。
「一体どういうことなの?」
リノアが誰かを問い詰める声が聞こえた。
「ソフィア様はこの屋敷の女主人なのよ。私たちが使えるべき相手の部屋と汚したままにするなんて、何を考えているのよ」
「でも、あの方はレイス様のお飾りの妻なのでしょう。私たちがしっかりお世話をする必要があるの?」
「ご主人様であるレイス様が適当に扱っている相手なら、こっちもそれに合わせた対応をしているだけよ」
イリアとサリーの声が聞こえてきた。
『あいつら身勝手だな。ぼくが水浸しにしてあげようか?』
声はワッカにも聞こえていて、反抗的な声に今すぐにでも水浸しにしそうな勢いがあった。
「最後まで話を聞かないと」
突然水浸しになったら大騒ぎになる。どんな言い訳をするのかも気になったので、ワッカには抑えてもらうことにした。
「レイス様は奥様のことを軽んじてはいないわよ」
「どうしてそう言えるのよ。あの人が嫁いできてからろくに会話もしていないでしょう。レイス様は森に行っていないことが多いけど、食事の時間に簡単な会話をするだけじゃない」
「そうよね。妻を迎えた感じが全然しないし、寝室も別でしょう。妻として認識していないんじゃないの」
リノアが反論すると、2人がここ数日のレイスとソフィアの関係性を言ってきた。会話がほとんどなく寝室も別なのは事実だ。一緒にいる時間がほとんどないため、メイドたちはソフィアをお飾りの妻と認識したようだ。だからと言って、使用人が女主人を軽んじていいわけではない。
「まさか誰かに言われてわざとやっているの?」
共犯者いるのではと思ったのかリノアが質問する。それはソフィアも気になっている。指示するとしたらメイド長か執事長になるだろう。
「誰からも言われてないわよ。メイド長は仕事さえちゃんとしていれば何も言ってこないし、執事長は忙しくてほとんど会えないもの」
イリアの言葉にリノアがホッとしたように息をついたのがわかった。誰かの指示でやっているのなら、その指示を出している人間も追求しなければいけなかった。それがなかったことに安堵しているようだ。
「ちゃんと仕事をしているっていうけれど、奥様の部屋は放置しているわ」
「だから、あそこはいいのよ」
リノアの指摘にサリーの声に怒りがにじみ出る。
「リノアだってあの人の世話係だけど、特に世話もできていないでしょう。平民と同じような服を着て、あれで貴族だなんて思えないわよ」
ソフィアは気にしていなかったが、どうやら服装もメイドたちが軽んじる理由になっていたようだ。
「あなただって思うところはあるでしょう?」
サリーの期待のこもった声が聞こえた。リノアもソフィアに嫌な感情を持っていたら、自分たちの側に引き入れようとしているようだ。
ソフィアの専属のメイドとしてあまり仕事ができていないことを考えると、リノアも何かしらの負の感情は持っているように思えた。
このまま2人の誘いに乗ってリノアまで嫌がらせを始めるのなら、彼女も罰を与える対象にしなければいけない。
少し気が重くなるソフィアだ。
「いい加減にしなさい。あなたたちもお給金をもらって仕事をしているんだから、仕事をしっかりこなすのは当たり前でしょう。それができないのなら、違う場所で仕事をするべきじゃない」
リノアのはっきりとした声には、2人のメイドと自分は違うのだという意思が伝わってきた。
「全部メイド長に報告するわ。メイド長から奥様やレイス様の耳にも入るでしょう。その前に自分たちのしていることを反省して行動で示しなさい」
それだけ言うとリノアはその場を離れたようだった。
『これで終わり』
レラの声で聞こえていた会話が終了したことを確認できた。
2人のメイドは何も言い返さなかったようだ。メイド長への報告という言葉が効いたのかもしれない。
『2人にお仕置きするの?』
『手伝ってあげようか?』
ワッカが楽しそうに質問してくると、レラもやる気があるようだった。だがソフィアは今は動くつもりはなかった。盗み聞きをしただけで、リノアからの報告がまだだ。彼女はまずメイド長に話をしに行ったことだろう。そのあとメイド長の判断を仰いでソフィアのところへ報告するはずだ。
「今は何もしないわ。ただ、2人をこのままにはできないでしょう。私もここへきて日が浅いし、嫌がらせも大した実害はないもの」
何か罰を与えるとしても別の仕事も与えて仕事量を増やすか、だれもが嫌がる仕事を押し付けることもできる。
「お給金の話が出ていたし、仕事をさぼった分は減らしましょうか」
今のところクビにして追い出すつもりはなかった。女主人として最初に与える罰が解雇というのは重いし、あまり気分のいいものではないとも思ったからだ。
「これで2人がちゃんと働いてくれればそれでいいわ」
そんな願いを込めて、ソフィアはリノアが戻ってくる間、どんな罰を与えるべきかを考えることになった。




